魔物裁判の行く末
とある町の建物の中、さまざまな職業の人が一つの部屋に集まっていた。どうやらここは裁判所らしく、前に大きな机がありそこにかつらをかぶった厳めしい顔つきの裁判官が座っていた。皆真剣な面持ちで裁判官が口を開くのを待っている。重苦しい雰囲気の中、裁判官がようやく口を開いた。
「これより、魔物裁判を行うこととする。容疑は馬車に向って突進していき馬だけでなく馬車に乗っていた乗客もろとも殺害したことである。その殺害を犯したと思われる魔物がこれだ……」
裁判官が指示した先には檻に閉じ込められたシカと思しき生き物がいた。が、よく見ると口から牙が生えていて角は鋭利な刃物になっていて、禍々しく光っていた。この魔物にうかつに近づけば切り裂かれそうだ。シカに似た魔物は檻に閉じ込められておとなしくしていたが、それは見せかけのおとなしさで、かわいらしく見える目もよく見ると殺気だっていた。
「このシカは無実です! 事実無根の濡れ衣です!」
裁判官が言葉を続けようとした時、弁護側の人が大声を張り上げて挙手した。言葉を遮られた裁判官は怒りを現す代わりに冷静に言葉を続けた。
「代理弁護人、そのように思う理由を述べよ。ただし想像ではなく事実だけを述べるように」
「このシカはだれもころしてなどおりません。なぜなら現場にいなかったからです。馬車の乗客はシカにころされたのではなく、突風に巻き込まれたのではないでしょうか!」
「想像を述べてはならぬと言ったはず、この魔物が殺害現場にいないほうが好都合だからそう述べたのであろう。故にその主張は却下する」
主張を打ち砕かれた弁護人はうなだれたが、目だけはあきらめていないことを物語っていた。弁護人が肩を落とした間に検察側が挙手をした。
「弁護側の主張は間違っています。なぜなら、この魔物を目撃したという者が何人かおられるからです。ここにいる目撃者の意見を聞いてから異議なりなんなりだしたらどうなんですか」
検察の意見に同意したと見えた裁判官は深くうなずいたが、それを見た弁護側は悔しそうに息を飲んだ。
「検察側の意見を受け入れることとする。一人ずつ、この魔物について覚えていることを憶測なく述べてもらおう」
裁判官が言い終えたとき、一人の男が進み出た。服装は擦り切れていて靴は土が付いたままだ。どうやら農民らしい。その男は魔物のシカをキッと見据えた。今にも目から火花が出そうな勢いだ。
「俺は以前こいつを見たっ。こいつは俺の牛舎に入りこんで俺の大事に育てた牛たちを斬り裂き始めたんだっ。鋤を持って追い払おうとしたけど、俺にはお構いなしで牛を斬り刻んだっ! そして、そいてこいつは、最後に俺の牛たちを貪り食い始めたんだっ! 俺の、俺の大事な牛たちを返してくれよっ!」
最初は押さえて話していたが、思いだして熱くなったのかしまいには周りの人たちに抑え込まれる始末となった。
「……その話は事実かね」
深く溜息をつきながら裁判官は農民に話しかけた。これ以上熱くなってもらっては困る、と言いたげだ。
「事実だっ、……あ、いや事実ですっ。 俺がこの目でしっかりとこのシカが俺の牛たちを刻むのを見ましたっ! このシカを今すぐ処刑してくださいっ!」
「処分するかどうかはほかの人達の話を聞いてから決めることだ。次の者、このシカについて知っていることをつまびらかに述べよ」
二人目も農民だった。が、一人目と違い熱くなってはおらず、むしろ戦々恐々とした目でシカを見ていた。隣の人に促されてようやく戦慄くように話し始めた。
「このシカは……、このシカは生き物をころすのを楽しんでるとしか……、思えない。僕がこのシカを見たとき、隣にいたあの子、僕の犬がおびえて逃げだしたんだ……」
「そしてその後、そのシカが、とてつもない速さで僕の犬に追いつくと、……犬を斬りころした。息が絶えてからも斬り続けたんだ」
「僕は怖くなって逃げてしまった。あの子は逃げた僕を怨むだろうね……、怨まれても仕方がない、逃げたんだ、僕は。このシカからっ、あの子を、犬を守れなかった罪悪感からっ。あのシカから生きて帰れたことが不思議だよ。僕はころされても、文句が言えないのにっ」
とぎれとぎれになりながら二人目の農民が話し終えたとき、裁判所が静まり返ったような気がした。弁護側の人達でさえ、「異議あり」の言葉を言いかねていた。
すべての人の証言が終わったとき、ここぞとばかり弁護人がシカの弁護を開始した。
「このシカは言ってみれば被害者です。被害者たちはこのシカのなわばりに侵入したか、シカの怒りに触れるようなことを知らず知らずのうちにしたのではありませんか……」
言葉を言い終えないうちに怒りの眼差しが四方八方から弁護人に向けられた。皆一様に弁護人が気が狂っているとでも言いたげな顔つきをしていた。裁判官の机の隣に置かれていた檻の中でシカはなぜか目をぎらつかせていた。
と、次の瞬間大きな金属音が響いた。皆一斉に大きな音がした方向に目を向けたとき恐怖で顔をひきつらせた。シカが檻にかけられている南京錠を壊したのだ。その意味するところを理解した人達は我先にと裁判所から出ようとした。一番先に裁判所から出ようとした人は弁護人だった……。
ディレル街は憎悪の渦に巻き込まれていた。魔物を擁護する人と兵士との間でいざこざが起きていた。アールは自分がその原因になっていると知ってか知らずか、兵士から逃げまわっていた。
「……おれが何したって言うんだよっ。何でおれは逃げなきゃいけないんだよっ。どうしておれは憎いものを見る目で見られなきゃいけないんだっ」
自分の身体に起きた変化に目を背け続けるのは簡単だ。けれども、無視し続けるのは無理な話だった。なぜなら周りの人々の反応が今までとは違っていたのだから。
魔物を擁護する人達に助けを求めれば済む話、でもそうすることは兵士たちの憎悪を増長することでしかなかった。人々から尊敬される騎士になりたい、そう願うアールにとって兵士からの憎悪の眼差しはとてもつらいものだった。
「何でおれはこんな目に遭わなきゃいけないんだよ……。どうしておれは憎まれなきゃいけないんだよっ」
ただ騎士になりたい、その願いすらも今のアールには叶わない幻想でしかなかった。ディスバニーの呪いにかかり黒い影になったという現実が、アールに重くのしかかった。
ディレル街にたどり着いたマダムはある人物がいることに気づいた。本人は目立たないようにしているがこそこそしていて挙動不審なところが余計に目をひきつけてしまう。
「そこで何しているんですの? 盗人さん」
まさか話しかけられると思わなかったスカイは、ビクッとした。まるで不手際を咎められたかのようにマダムと眼を合わせようとしないところがますます怪しく見えた。
「べ、別にオレは何もしてねえよ……、じゃあなっ」
逃げだしたスカイを追おうとしたマダムはあるものに目をひきつけられた。そこにいたのは、蹲る巨大な影と化したアールだった。




