とある未来の話 -カーラに不穏な空気が忍び寄る-(改)
呼びだされたその部屋は、なぜかとても薄暗く不気味なぐらい無機質だった。目を凝らしてみてようやく誰かがいることに気がついたけれど、薄暗い中ではそこに立っているのが男か、女か、どういう目の色でどのような表情をしているのか全く見当が付かなかった。
「私はドクター・ハイネだ。聞いているとは思うが、君にはこれから魔力検査を受けてもらう。長くはかからないから安心してほしい」
聞こえてきた声は中性的で、男性とも女性とも言えない声だった。あえていうならば、アルト寄りの声というべきか。私は指示されたイスに座ったが居心地が悪くどうも落ちつけなかった。部屋を暗くする意味はあるのか、聞こうとした時目の前の人は口に人差し指をあてた。質問するな、ということか。
しばらくイスに座っていたけど、目の前の人は何もするでもなくただ私の目の前に立っているだけだった。本当に検査する気があるのか、それとももう検査は始まっているのか。無意味な時間を過ごしているのでは、と思い始めたときだった。
「よろしい。もう終わりだ」
「え? も、もう終わりですか? というか、結果はどうなんですか?」
「今検査結果を抽出しているところだ。そのイスが魔力検査器具なんでね。今はまだ結果が出ていないが、直出てくるだろう」
イスがどうやって魔力を検査するのか、と質問しかけたとき、腰かけていた椅子がぼんやりと光始めた。その光は微かに光っている程度で、うっすらと青みを帯びていた。
「ふむ、興味深い。……どうやら、とんでもない結果が出てしまったようだ」
検査が終わるころにはもう日が沈んでおり、すぐさま学生寮に戻った私はイスに腰かけ、ダニエラからもらったチョコレートケーキをほおばる。魔力検査が程なくして終わり、その検査結果を頭の中で反芻する。
(……能力模写、か……。誰かの能力を真似することができるみたい。それって、誰なんだろう? でもどうして……。あの人、ハイネさんだっけ。私の魔力がなくなった理由なんて教えてくれなかったし……。これからどうしよう……)
考えれば考えるほどわからなくなっていた。ハイネさんに聞いた時口を濁し話をそらされたのだ。何か重要なことを隠されたような気がした私は気が気でなくなっていた。
コンコン。
考えに没頭していたせいか、ドアをノックする音を聞き逃してしまった。が、私が返事しないのですぐにまた誰かがドアをノックした。
「はーいっ。今開けますっ」
すぐにイスから立ち上がりドアを開けるとそこに立っていたのはダニエラだった。何やら深刻そうな顔をしている。そういえば、ダニエラにはまだ話をしていないんだった……。
「もしかしてまだ戻ってないかと思ってたんだけど……。その……、大丈夫だった?」
「ごめん……。なんだか心配かけさせちゃったね。でも大丈夫だから。安心して、ね?」
なんだかダニエラのほうが私より心配していたようで、無意識のうちに私はダニエラを安心させようとしていた。
「でも、これからどうするかまだ決まってないんでしょ? もしかしたら……、その、この学校にいれなくなったらどうするの?」
意識して考えていなかったけれど、恐れていたことを言われた私は落ち着くために深呼吸した。考えたくない、退校のことなんて。せっかく魔導士になるためにこの学校に入ったのに……。
「ご、ごめんっ。傷つけるつもりはなかったのっ。その、私、もしカーラがこの学校を追いだされたらどうしようって不安になっちゃって……。私、実を言うとカーラが来るまで友達がいなかったの。だからカーラがいなくなったらどうしようって思っちゃって、つい……。本当にごめんね……」
「……ダニエラが謝ることないよ。魔力を持っている人だけがこの学校に入れるのだから、魔力がなくなったら出るだけだし。それに私が出ていくかどうかは先生が決めることだと思うの。だから、まだ……」
だからまだ退校が決まったわけじゃない。なんて言えるはずはなかった。希望的観測をしても何の慰めにもならない。それは、私がよく痛感していた。夢をあきらめてこの学校を出ていくなんて私はまだ認めたくなかったけれど。
それども現実は容赦なく私の夢を跡形もなく打ち壊したのだった。
どうやらわたしに魔力がなくなったらしいことが校内にいつのまにやら広まってしまったようだった。「能力模写」という魔法だか何だかわからない能力を持っているとはいえ、その能力は学校のどの学部にも属さないことは明らかだった。
先生からまだ退校処分を言い渡されていないから、と自分に言い聞かせ校舎内を歩いたがどうも落ち着かなかった。私を見るなりひそひそ内緒話をし始め、私が話しかけようとするとあからさまに無視するのだった。
気にならない、なんて嘘だ。確かに私は友達が少ないほうだけれど、それでもこのような扱いにはなれていなかった。初等学校からの友達でさえ、私と話をしようとしなくなってしまっていた。
魔力を持っていることが当たり前のこの学校で、私は不当に居座っていると思われているのが嫌でも分かった。唯一の救いは、先生方は私を無視していないらしいということ。それでも親しい先生がいるわけではないし、先生に話しかけられるのは授業の時に挙手して「それではハルトナーさん、答えてください」と言われる時だけだ。
話しかけてくる人が誰もいない。逐一私に嫌味を言いに来るルームメイトのジェニファーでさえ私を無視したのには堪えられなかった。まるで私がこの世に存在していないかのような、そんなふうに彼女の視線は私を素通りしたのだ。
あからさまな無視に傷つきながら平気な風を装ったけれど、それでも心がずたずたに傷ついているのは隠しようもなかった。
気持ちを落ち着けるため中庭に行くことにした。が、私が中庭に入ってくるなりそこにいた学生たちが校舎に戻っていった。そんなに私の姿を目にいれたくないのだろうか? 気にしないふりをしてトチノキのそばにあるベンチに座ったが、無性に悲しくなってしまっていた。
「ねえ、本当に大丈夫? ……顔、赤いよ?」
ハッとして顔をあげる。目の前にはダニエラが佇んでいた。とっさに目をぬぐったが彼女はおもむろに私のそばに腰かけた。
「なんでもないっ。でもありがとう。心配してくれて。私のこと無視しないのダニエラだけだよ」
「どうして無視する必要があるのよ? 私たち友達なんだから無視する必要ないでしょ、それとも、やっぱりさっきの検査が原因で……」
「さっきの検査は何でもない、な、なんでもないからっ。だいじょぶなんだからっ」
「そう……」
思わず私が周りの人たちに無視されていることを打ち明けてしまったことを後悔した。ダニエラのことを信用していないということではなく、ただ彼女にこれ以上心配させたくなかったから。けれど、言ってしまった言葉は取り戻せない。
「大丈夫、だから……、心配しないで」
けれども今思えばこれはダニエラ、というよりは自分自身に言い聞かせていたに違いなかった。この時の私は、まだ未練たっぷりに魔導士になる夢をあきらめきれていなかったのだから。
カーラが自分自身の行く末を案じている中、真夜中の図書室に忍び込むものがいた。鍵がかかっているはずの図書室に侵入してきたのは銀髪の少年だった。明かりがついておらず真っ暗な中、本棚にぶつかることもなく少年は歴史コーナーを目指した。
真っ暗で見えないはずなのに、迷いなく目当ての本を手に取った。その本はカーラに手渡したものと同じ年代のまだ巨人や亜人が栄えていた時期の歴史書だった。
「ふう……、恐ろしく手間取ることさせるなあ、あの人は。この図書館にどれだけ歴史書があると思ってるんだか……」
ひとしきり文句を言った後少年は開いた本に手をかざした。すると、本が不気味な紫色に光り出した。そして瞬く間に書かれている文字がどんどん変わっていった。そこには、魔物を賛辞する記事が書かれていた。
「……あの人の楽園造りときたら、本当に際限がないんだから。この時代の人たちに自分の思想を植え付けようだなんてさ。ほんと、見境がないよね」




