侵食する呪い
すべては父親と国のためだった。生まれたころから騎士になる教育を受けてきたゼルにとって国を守るのは当然の義務だ。が、今の現状はゼルにとって芳しく無いものだった。街の人達のため魔物を討伐しようとすればするほど、街の人から奇異なものを見る視線を向けられた。
そのほとんどの理由はゼルたちが魔物を狩ろうとしていることにあった。パン・シール教団の教義を素晴らしいものとみなした街の人々は魔物を守る側としてゼルたちに妨害することを決めたのだ。
街の人達にとって浮浪者の一人が亡くなったことなどどうでもよかった。魔物の気分を害したからこそころされたのだと多くの人々はそう受け取ったのだった。
「なんでみんな協力してくれないのかな。あの黒い影みたいなものに取り憑かれたらおしまいじゃない?」
足を撫でさすりながらパツィがゼルに聞いた。走りすぎたせいで足が痛くなってきたのだ。疲れているのはゼルも同じだった。が、こちらのほうは身体的というよりも精神的な痛手のほうが大きいらしく時折溜息が口から漏れていた。
「……思うにあの黒い影はここで普通の暮らしをしている人は狙わないだろうな」
「ど、どういう意味? 人が一人亡くなってるんだよ? 人が亡くなっているのに貧しいかどうかなんて関係あるわけっ?」
ゼルの言葉にカチンと来たパツィは声を荒げてゼルに突っかかった。魔物狩りがうまくいかないせいでイライラしているのはパツィも同じだからだ。が、ゼルは抑えたように答えた。
「狙われたのは元は肉屋を経営していた者だ。これは俺の憶測でしかないが、あの黒い影はパン・シール教団が敵とみなしたものを狙ってるんじゃないかと疑っている」
「だ、だから何なのよ?」
「あれは魔物じゃない。パン・シール教団に関係ある誰かが作りだした呪物に違いない」
「どうしてそんなものを作る必要があるのよ? 命を大切にって言ってるのに?」
「だからこそだ。パン・シール教団の誰かは分からないが敵対するものを排除したら言ってることとやってることが矛盾してしまうだろ。だから自身の手を汚さないようにあの黒い影で手を下すことにしたんだ。それに俺は普通の暮らしをしている人は狙わないと言ったはずだ」
普通の暮らしをしている人達がどのような人々か、ということに思い当たったらしいパツィはハッとした。
「それって、つまり……、私たちも危ないってことじゃないっ!」
「だからさっきもそういう意味で言った……」
何かを思いついたように立ち上がったパツィはどこかに向おうとしたらしく、ゼルがすぐさま食い止めた。
「どこに行こうとしてるんだよ?」
「パン・シール教会っ! 今すぐ悪事をやめさせるんだからっ!」
「それはやめておいたほうがいい」
気が高ぶったパツィはゼルがなぜ止めるのか理解できなかった。今すぐにパン・シール教会に向っていきたいパツィだったがゼルはどういうわけか渋る顔をした。
「な、なんでよ? 私たちも危ないんでしょ?」
「お前のしていることは火に油を注ぐようなものだぞ。相手がどういう人かわからないうちに突っ込むのは危険だ」
そのころマダムはトルストゥールの人形工房の人形の数に圧倒されていた。とても到底一人で作りきれる数ではない、膨大な数の人形が異質な闖入者であるマダムを見据えていた。
「どれかお気に召したものはありましたかな」
ハッとして振り返ると店主がマダムのすぐそばに立っていた。無意識のうちに後ずさったマダムは入ったことを後悔し始めていた。この人形には普通の人では感じることのできない禍々しい何かが巣くっているのを感じ取ったからだ。
「え、ええそうですわね……。もうちょっと考えさせてくださいな……」
とっさに見えない結界を自身の周りに張り巡らせたマダムは一つの人形を手にした。黒い瞳と黒い髪がどことなくマダムに似ているような気がする。
まさか、と思ったマダムは辺りを見まわすと、そこにはどういうわけかゼルやパツィに似た人形、そしてさらにはマダムが見知っている人に似ている人形がこれでもか、というほどたくさん棚に鎮座していた。もしかしたら、という思いが捨てきれないマダムは自身によく似た人形を一つ購入することにした。
「これを下さい。黒い瞳がきれいですわ」
「さすが、お目が高い。瞳に黒メノウを使った一品でしてね。これは百ディルです」
高すぎる、と思いつつ百ディルを支払うと、マダムは焦っているところを気取られないようにして店を後にした。この人形にどのような呪いがかかっているか、後でじっくり調べようと心に決めたマダムは、姿をくらましたヨエルを探すことにした。
逃げたヨエルはというと、ディレル街に行っていた。自身の開発した魔物レーダーがディレル街にいることを察知したからだ。どうして街に出没したかはわからないが、魔物を捕まえて研究するにはもってこいだと思ったのだ。人形は後でも受け取れるだろう。
(それにしても街に入るのにてこずってしまった……。あの門番にちょっとした魔法をかけてこの街出身と思わせたのは気が進まなかったが……、その魔法が切れる前に魔物を見つけなくてな。それにしてもここら辺にいるはずなんだが……、あそこにいる兵士に聞いて見ようか? 至るところにいるみたいだしな)
街を見守っているらしい一人の兵士に声をかけようとした時だった。空が暗くなったかと思うと、兵士が妙な行動をとり始めたのだ。突然叫び始め、手に持った剣を振り回し横に通りかかった通行人を斬りつけようとしたのだ。
「……っ! 危ないっ!」
ディレル街で魔物狩りが行われているなどつゆ知らず、パルアベルゼの森の診療所ではとある騒ぎが起こっていた。重傷患者が運びこまれた、というのではない。
きっかけはミュリエルの肩に乗っている自称テレージアという人形だった。魔物にやられたという怪我人がごった返している中でテレージアはずっと静かにしていたが、耐えきれず動いてしまったのを怪我人の一人に見られてしまったのだ。
「……の、呪いの人形だ! なんでこんなのがここにあるんだっ! お、おれは帰るっ!」
「ちょっと動かないでくださいっ! まだ怪我の手当が終わってない……」
エリアが怪我人を抑えようとしたがそのときにはもうドアのところまで逃げだしていた。魔物に咬まれた足は塗り薬を塗ったばかりでまだ包帯が巻かれておらず血がにじんでいた。
「本当か? 人形が動いたなんて?」
「嫌だわっ! 怖いじゃないのっ!」
人形が動いているのを見ていない人達の間にも、その動揺は早く伝わったらしい。瞬く間にテレージアは呪いの人形として恐れられることになってしまった。が、問題はそれだけにとどまらなかった。テレージアを肩に乗せていたミュリエルにその非難が飛んできたのである。
「なんでお前はそんな不吉なものを持ってるんだっ! ここは素晴らしい医者であるエリアさんの診療所なのにっ!」
「そうよっ! 早くここから出て行ってっ!」
険悪なムードが最高潮に達しようというときだった。居残り組のスカイが押し黙る中、ルッツィが前に進み出たのだった。
「ちょっと待ってっ! ミュリエルさんを非難しないでください! 彼女を非難したら、彼女を雇ったエリアさんを貶めることになるんですよっ! 二人に謝ってくださいっ!」
普段のルッツィからは想像できない必死の声だった。すさまじい形相で声を張り上げたからか、診療所内は一気に静まり返った。
「……そ、そんなまさか……。ありえない……」
暴れだした兵士を魔法でとり押さえたヨエルは、目の前で起きていることに驚きを隠せなかった。兵士の口から黒い影が出てきたかと思うと、それはヨエルの知っている姿に変貌したのである。アールだ。気を失っているのか、起きる気配はない。
そこに駆けつけたゼルとパツィも、黒い影の正体がアールということに困惑していた。戸惑いを隠せない三人だったが、辺りが騒がしくなっていることに気づいた。
「おいっ! あの三人を捕らえろ! あいつらが魔物をころそうとした張本人だっ!」




