街にたなびく黒い影
久しぶりに入ったディレル街は相変わらず人の行き交いが激しく、そして活気があった。街で暴れているという魔物はどこにも見当たらず、人々も魔物が潜んでいることも知らないように生活していた。
「いないね。魔物。どこにいるんだろう?」
辺りを見まわしながらパツィが呟いたが、ゼルもちょうど同じことを考えていたらしい。確かに街中に兵士が至るところにいるが、魔物らしき姿がどこにもおらず、影すら見当たらないのだ。
魔物討伐にはゼルとパツィだけが向かうことにした。というのも、ルッツィはお尋ね者だし、エリアは怪我人の手当がまだ残っている。ミュリエルは補助魔法の素養はあるが妹のパツィとは違い実戦経験がなく足手まといになるだけなのでお留守番確定だし、スカイに至ってはミュリエル以上の足手まといどころか火事場泥棒をしそうなので論外だからだ。
しばらく街を歩いていると、ある兵士がゼルに気がついたらしく近寄ってきた。兵士の顔を見る限りではあまり緊張感がなく魔物を討伐している最中のようには見えない。本当に魔物が街に出たのだろうかという疑問すらわきあがる。
「ゼル様、ちょうど良いところに参られましたっ。ご足労をかけさせまして申し訳ありませんっ」
「いや、それはいいんだ。それにしても、魔物はどこにいるんだ? 街中で暴れているんじゃなかったのか?」
ゼルの問いかけに答えにくそうにしていた兵士だったが、ゼルに促されようやく答えた。
「何と申し上げたらよいのか……、その魔物は姿をくらますので見つけたと思ってもまた消えてしまい、捕まえることができないのです……。その魔物はまるで影のように掻き消えるのです」
「……影のように?」
「そうでございます。だから……」
兵士が言い終えようとした時、横から話を聞いていたらしい女性が素っ頓狂な声をあげた。
「何言ってるのっ? まさか魔物がここにいるの?」
キンキン声の女性にイラッとしたゼルだったがパツィの責めるような視線に気づきグッとこらえた。
「心配には及びません。我々がすぐに捕まえ……」
「それって、ころさないわよね?」
「……はい?」
この人は何を言っているのだろう、という疑問がゼルの顔に浮かんだらしい。女性はムッとしながらこう付け加えてきたからだ。
「捕まえてもころさずに街の外にだすだけにしてってことよ! どんな魔物であれ生きてることに変わりはないのだから、ころしちゃだめよ!」
アールの身体が影のように薄くなったという情報は、小鳥型ロボによりすぐさまトルストゥールにいるマダムのもとへと届けられた。その時マダムはヨエルと共に人形工房の店内へと入る直前だった。
「何ということですのっ? ディスバニーの呪いはまだ進行しているなんて……、ヨエルさん、戻りますわよっ!」
「いやしかし、人形が……」
「アールはディスバニーの呪いにかかっているということぐらいあなたにもわかっているんでしょうっ?! それよりもあなたは人形のほうが大切だとでもいうのですか?!」
マダムはかなり大声を出していたらしい。店の中から怒ったような顔をしたザカリーが出てきたからだ。
「すみませんが、営業の邪魔なのであまり騒がないでもらえますか?」
かなり抑えた声だが、それでも全身から怒りの炎がメラメラと煮えたぎっているのが嫌でもわかる。店主が出て来た時点でヨエルはあろうことかマダムをその場に残して逃げだしていた。
「あの似非魔術士……、い、いえ、何でもありませんわ。それでは……」
店主の機嫌がすこぶる悪いと見てとったマダムは、ヨエルの後を追うように工房を去ろうとした。が……。
「ちょっと待て! 人形を購入するんじゃなかったのか?」
「それは、……そうですわね。では一ついただこうかしら」
そういうやいなや、店主のザカリーの口元に不思議な笑みがこぼれたのをマダムは見逃さなかった。きっと何か重大なことを隠しているに違いない、とマダムは直感したが平静を装い、人形を選ぶため工房の中に入ることにした。
アールのことはまた後で考えよう。今はまだ昼で起きることなどないのだから。
ゼルたちが街中を歩いていくと、兵士がそれに気づき敬礼する。以前パツィがルッツィやスカイを助けるためグリフォンに立ち向かったにもかかわらず、不気味なぐらい街の人々から敵対心を向けられなかったことに嫌でも警戒心が増した。
言いようのない違和感は魔物を探している間にゼルの中で渦巻いていたがそれはパツィのほうも同じだった。この街の空気には何か嫌なものが蠢いている。それが何かは分からないが、いいものであるはずがなかった。
路地裏を探索しているときだった。以前では少なかった浮浪者があちこちで野宿しているのが嫌でも目についた。その多くが肉屋を経営していた者たちだということにただならぬ異様さを感じた。それでも、魔物を探すため意を決してゼルは浮浪者の一人に声をかけてみることにした。
「魔物が街で出没したらしいんだが見かけなかったか?」
ゼルに声をかけられたにもかかわらず、耳が聞こえていないかのようにぼんやりしている。あまりにも気の毒に思ったゼルが銀貨を渡そうとした時だった。おもむろに顔をあげた浮浪者にゼルとパツィはギョッとした。
両目がない。この人は目が見えていないのだ。これでは生活するのにも困るだろう。エリアからもらった薬になくなった身体の一部を復活させるような薬がないことを憂いたパツィだったが、栄養になる薬ぐらい渡してもいいだろうと袋を探ったときだった。
「……目」
「え、何……?」
「パツィ! 危ない!」
とっさにゼルがパツィを突き飛ばした。いきなり突き飛ばされて頭に来たパツィがゼルに文句を言おうとしたが目の前にいる浮浪者を見て絶句した。
「……ひっ」
浮浪者の目があったはずのところから、どす黒い影が出て来たのだ。まるでヘビのようにうねうねと動いている。これが探し求めていた魔物であると理解するのに時間はかからなかった。
「……目、目ヲ寄コセ……。目ガ欲シイ……。目ヲ寄コセッ!」
体を乗っ取られて揺ら揺らと動いていた浮浪者だったが黒い影が完全に体の外に出ると操り人形の糸が切れたかのようにどさっとその場にたおれた。体の外に出た黒い影は思っていたよりも大きい。こんなものに体を乗っ取られてしまったら、いったいどうなることやら。
「これはまずいぞ。パツィ、ここはひとまず逃げようっ!」
「で、でもっ」
倒れた人を助けようと思ったパツィだったが、ゼルの強気な態度におされ渋々路地裏から立ち去ることにした。ふと後ろを振り返ると、黒い影が空に向って飛んで行くところだった。黒い影に体を乗っ取られていた人は見る見るうちに体が萎れていった。
「何しているっ! もたもたしている暇はないんだっ! あの影の犠牲者を増やしたら大変なことになるぞ!」
自身の身体が影のように薄くなっているとも知らず、アールはとても奇妙な夢を見ていた。夢の中で目を覚ましたアールは、彼の体が薄れていくことに気がついて大慌てしているミラに目もくれず外に歩いて行った。洞窟の外に出ようとした時、体の感覚がなくなっていったがそんなことにも気にも留めず外に出た。
「……今日は良い狩り日和だ」
そう呟くとアールは黒い雲のように空に飛び去って行った。




