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優しさで、滅びる

 パツィとゼルが去った後のディレル街ははっきりとわかる形で変わってしまっていた。街から精肉屋が消えた一方、野菜や果物売り場が以前よりも増加していたのだ。


 街はパン・シール教徒でいっぱいあふれていたため、サン・マリ教会に出入りするものは神父一人きりというありさまになっていた。いつのまにかたくさんいたはずのサン・マリ教徒はパン・シール教団に鞍替えしていたのだ。


 敵対するような相手もいないせいか、表面から見ただけでは街は平穏そのものだった。が、ひとたび薄暗い路地裏へ入れば、華やかな印象は陰鬱なありさまへと変貌へんぼうする。


 そこには明らかに貧しい人々が簡素な敷物を敷いて生活していた。中には以前精肉屋を営んでいた者もいる。青果店に切り替えようとしたのだが、肉を売っていた人からは買わないと言われ、しまいには破産したのだった。出ていく資金もない彼はそこで生活するしかなかった。


 そこにははっきりと明暗の差が浮き彫りになっていた。パン・シール教徒の熱狂ぶりから、いつの間にか伝統的な国教のはずであるサン・マリ教のほうが異端になってしまっていた。


 いまだにサン・マリ教を信仰している者は冷ややかな目で見られるはめになり、サン・マリ教の熱心な信徒であるゼルの父親はミドルーラ家が落ちぶれてしまうことを危ぶんだ。


 変わらない者は廃れる。多くの者はこの変化を好ましく思っていた。命を大事にするパン・シール教こそ待ち望んだ信仰だった。命を大事にするためなら彼らは自分の考えを熱心に伝えようとするだろう。今後どんな影響を及ぼそうとも。





 時が経つにつれ、朝日がのぼる時間が早まりだすようになった。それにともない、積もった雪も溶けてきており樹には新芽が見えるようになった。が、春がそろそろやってくる頃にもかかわらず、アールにとってはいいことづくめではなかった。


 というのも、ディスバニーの呪いを受け夜しか起きられなくなったアールにとって、春が来るということは必然的に起きられる時間帯も短くなるということだからだ。


 今までなら日の出とともに目覚め、日が沈むとともに寝る(いつも羽目を外すことが多いためある程度だが)規則正しい生活を送っていたが、夜にしか目が覚めなくなって別の意味での規則正しい生活を送らざるを得なくなっていたのだった。


 ヨエルが生活の輪に加わってからというもの、アールの生活はやや上向きになった。というのも、ヨエルは別の国から来たからか、マダム・マーラの知らない魔術を扱うことができたのだ。ようは、魔法薬や魔法陣を使わない魔法によって生活の困りごとを瞬時に解決できるようになったのである。


 そのせいもあってか、マダムは自分の得意分野を奪われたような感じになっていた。が、アールやミラと違い自制心は人一倍ある方なのでそれを顔に出すような真似はしなかったが。


 冬の間中洞窟で引きこもり生活が続いたからか、アールは冬眠から覚めたクマのようになまった身体をほぐすように外で走った。が、案の定体が大きいせいで地響きが起こり、樹に積もっていた雪がおち雪崩が発生してしまった。


 ただ、幸いなことに山に樹が密集しているおかげでアールたちのいるふもとまで雪が到達することがなかったが。が、アールたちのいた洞窟はその雪の中に埋もれてしまった。


「あー! 洞窟が雪で埋もれちゃったっ! あぶなかったねー」


 ミラが雪崩のすさまじさに感嘆する中、マダムは寒さではない何かで震えていた。


「ちょっと! 何てことをしてくれましたのっ! ただでさえ住む家がないんですのよっ?!」


 なぜ怒られているのか、ちょっとよく理解できなかったアールはただ肩をすくめてこう言った。


「悪かったってっ。そんなに怒んないでよ……。で、でも雪かきしたらいいだけの話だろ……」


 簡単そうに言うアールだが洞窟の穴は巨人のアールが入れるぐらいとても大きくそれを埋めるくらいの雪が洞窟の入り口をふさいだのである。雪を溶かす魔法を使った方が手っ取り早いが、あいにくマダムの魔法では魔法陣を描かなければならず雪の上では意味がなかった。


 悲観しそうになったマダムを制するようにここで今まで黙っていたヨエルが発言した。


「……この雪を溶かす魔法ならある」


「じゃあ、さっそくその魔法をやってくれよっ! おれが雪かきするより早いんだろ?」


「ただし条件がある」


「……?」


 何を言いだすんだと思ったマダムは怪訝そうな顔をしてヨエルのほうを見た。きっと法外な金でも請求するんだろう……、とマダムはとっさに身がまえた。


「人形が欲しい」


「……へ?」


 まったく理解できなかった。小さな女の子ならともかくなぜ、大の大人であるヨエルがそんなことを言うのか……。アールも変に思ったらしく不信感をあらわにした。が、ヨエルは周りの空気もお構いなしに話を続けた。


「それも普通の人形じゃない。トルストゥールという街にある魔導式人形が欲しいのだ! 私がいたカリドゥスには人形はあっても魔法で動く人形がない! 私はそれを手に入れて愛でた……、じゃなくそれがどのような魔法で動くかこの目で見てみたいのだ!」


 ヨエルがなぜはるばるディレル国に来た理由がわかった気がしたマダムは一人溜息をついた。


「……魔物の研究をしにここに来たんじゃなかったんですの?」


「も、もちろんそれが第一の理由に決まっておろう」


 今まで威厳があるように見えたヨエルだったが、先ほどの発言で威厳オーラは木っ端みじんに消え失せたことを当の本人は気づいていないようだった。




 ルッツィの故郷であるル・フェア村があった場所には、魔物が残したと思われる爪痕がたくさん残っていた。家は極めて質素な作りをしていたため、屋根や壁に大きな穴が開いていた。村の隣にある牛などの家畜小屋も被害を免れなかった。中にいた牛は皆魔物に食われてしまったのだ。


 パルアベルゼの森にある診療所でエリアの手伝いをしながら暮らしていたルッツィだったが、胸の内では逃げてきた際に残してきた家族のことを考えないわけにはいかなかった。パン・シール教団を名乗る神父が来たときも家族は懐疑的だったし、村の人総出で神父を追い返したではなかったのか?


 しかし、パン・シール教団の神父を追い返した後、村や家族の奇妙な変化をルッツィは見逃さなかった。あれだけ否定的だったのに、なぜかパン・シール教の考えを擁護し出したのだ。今まで生命に感謝しながら命をいただいていたが、拍車をかけるかのように殺生はダメだとばかりに野菜だけで生活するようになったのだ。


 それだけならまだいいほうだった。肉を食べるにも街に赴かないと手に入らないのでわざわざ肉食をやめるまでもなかった。が、異様なのは生き物に対する考え方だった。どんな生き物も生きるに値するとばかりに村の近くで増えだした魔物を狩ることを突如やめてしまったのだ。


 その結果村は亡びた。魔物だって生きてると叫びながら村人が魔物に食われる姿は尋常ではなかった。ルッツィは怖くなって逃げだした。必死になって走った後ふと後ろを振り返ると、ルッツィの母親が満面の笑みで魔物に食われていた。


 狂ってしまった村を後に、ルッツィは家族や村の人たちを死に追いやったパン・シール教団を壊滅させることを決意した。

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