とある未来の話 -カーラ・ハルトナーの獲得と損失-
たいしたことじゃない、と自分に言い聞かせることは簡単だ。けれども、あの少年の言葉が私に及ぼした効果はたいしたものですむようなことではなかった。
心理的な揺さぶりをかけてくる少年に憤りさえ感じたが、それを表に出しただけで敗北を認めるようなものだ。
それにしてもあの少年の目的は一体何なのだろう? あの本をもらった時から感じていたあの少年に対する不信感は昨夜にあの少年と対峙したことで頂点に達していた。
そのことが少年からもらった本に対する不信感にもつながっているかもしれない。この本にははっきりと、「魔物は造られたもの」と書かれていた。が、歴史の授業では魔物は太古の昔から人間と共存してきたといわれてきたのだ。
では、今ここに現存する魔物も造られたものの子孫なんだろうか? それと、私の祖先が犯した過ちとどうつながっているのだろうか? 考えれば考えるほどわからなくなっていた。
歴史の授業で習ったことが真実だと私は疑っていなかった私にとってこの本に書かれていたことは私の中の常識にも揺さぶりをかけてきた。
けれども、これだけは本当だと言えることが一つだけある。それはパン・シール教団なるものは今現在存在していないということだ。歴史の授業でもこの教団の存在は語られてこなかった。だからパン・シール教団が魔物を造ったかもしれないということは確かめようがないのだ。
中庭のトチノキの下でで読書をしていると、もうすぐ次の講義の時間が近づいてきていたらしく、中庭にいる人数がめっきり減っていた。
「いけないっ、次歴史の授業だっけっ」
立ち上がった次の瞬間講師に何を聞くかもう決まっていた。パン・シール教団が存在していたか、そして魔物が造られたものであるかどうかだ。
歴史の授業で習っていないこと、常識とされていることに真っ向から反対することを聞くのは勇気がいることだったが、私はいても立ってもいられない気持ちになっていた。
この本に書いてあることが嘘かもしれない。が、前に先生にこの本を返してもらった時にわかっているはずだったのだ。この本を先生が私に差し出すときはっきり言ったではないか? これは歴史の本だと。
この本は単なる巨人の冒険譚などではないのかどうかはっきりさせよう、そう心に決めたとき、校舎から急いで私に向って走ってくる人物が見えた。ダニエラだ。勢いよく走ってきたせいで息が上がっている。
「どうしたの? そんなに急いで? もしかして次の授業のこと……」
「違うのっ!」
いつものダニエラとは違う強い語気にびっくりしたが、それは次に彼女が言おうとしていることと無関係ではなかった。
「保険の先生がカーラを呼んでる。……連れてきてほしいって」
ダニエラのいわくありげな顔にたじろいだが、私は健康そのものなので気にしない風を装うことにした。
「保険の先生が私に用ってどういうことなのよ?」
「深い話は聞いてないからわからない。けど、カーラが金属製の魔法の杖を折ったことに関係しているみたい」
あの魔法の杖を折ったことをダニエラが知っていることに驚いたがきっとそのことは噂になっていたのだろう。それにしても何だか変だった。もし金属製の杖を弁償しろ、とでもいうのなら保険の先生が言ってくるはずがないからだ。
「でもたかが杖を折っただけじゃない……。体質の異常とかやめてよね」
ダニエラを安心させようとしてわざと茶化して言ったが、彼女の不安げな表情は変わらなかった。
「私にはわからない……。ともかく医務室に行ってきて。先生を待たせてしまうから」
医務室はさぼりたい人にはうってつけの場所だ。仮病を使ってベッドに横になるだけで煩わしい勉強から解放されるのだから。私が医務室に行った時にも、そんな一人がベッドの上で横になっていた。
ベッドに横になっている彼は、手には学校で禁止されているはずのタブレットを持っている。小さな画面を食いいるように見ているせいもあってか、私が入ってきたことに気づく様子はなかった。
ジョシュア・ウェルシュというのが彼の名前なのだが、違う講義をとっていることもあってめったに会うことはない。それに、彼の第一印象も印象に残るほうではなかった。が、タブレットから見えたインパクトのある画像のせいで私の中で彼の存在がいや応なしに焼き付くことになった。
「……何見てんだよ? 用がないならあっち行けよ」
ようやく私に気がついた彼は、胡散臭いものを見るような目で私を見るなりこう言った。私は目に見えたタブレットの画像のせいで口が思わず開いてしまっていたがあわてて切り返した。
「禁止されてるタブレットを持ってると思ったら、何てもの見てるのよっ?」
「ああ、これ? 街を襲った人狼を近くにいた男性が魔法銃でやっつけてる映像。誰が撮ったか知らないが、結構うまく撮れてるぞ」
ひょうひょうとした口調で言ってのけた彼だが、私は銃で撃たれた人狼が口から血を吹いて痙攣しているのを冷静に見ていられる彼の心境が理解しがたかった。
「そ、そんなもの心臓に悪いじゃないのっ。見るんだったら他のだってあるでしょ?」
「知り合いでもない君に指図されるいわれはないね。これは俺が見たいと思って見てるんだ」
私の指摘を軽く受け流すと、彼の視線は画面に舞い戻った。その目は真剣そのもので楽しんでいる表情には見えなかったが、私には人狼を始末する画像を見る彼が空恐ろしく思えた。
「なんで……、そんなもの見るのよ?」
「……ああ? まだいたのか? そんなに知りたいなら教えてやる。俺の妹が人狼に食いころされたんだよ。咬まれている間ずっと意識のある状態だった。俺は妹の敵をとるため、魔物を倒す講義をとることにしたんだ」
突然の告白に虚を衝かれた私はどう言ったらいいのか分からなかった。「魔物対処法」という講義があるのは知っていたが、講義をとることができるのは上級生だけで私はその講義の中身を知ることすらなかったのだった。
どう言おうか迷っていたとき、彼の口角が徐々に上がっていったことに気づいた。
「はははっ、なんだその顔。本気でこの話しを信じたのか? 嘘だよ嘘。俺の妹が人狼に咬み殺されたなんて嘘に決まってるだろ? だいたい人狼にしたって街に入らないようにしっかり警護されてるんだから、この画像はいわゆるフェイクなんだよ。もしも人狼が街に出たときどう対処するかを教えるための動画なんだよ。ははっ。わかったら早く出ていけよ。俺はこの動画見るんで忙しいの」
「な、なにそれっ。人をバカにするのもいい加減に……」
「ハルトナーさんっ。来ていたのですか? 来たのなら速くこっちに来てくださいっ」
声のしたほうに振り向くと、医務室の先生らしき人が立っていた。気配が全く分からなかったがいつの間にそこにいたのだろうか? もしすぐ来ていたなら話しを途中で遮ってきてもよさそうなはずなのに……。
けれど、ここで突っ立っているわけにもいかず私は先生のところへ行くことにした。ついでにジョシュアのほうを横目で見てみると、タブレットを布団の中に隠し、寝たふりを決め込んでいた。こいつ、いつかタブレットを持ち込んだことばらしてやるんだから。
先生のほうに向き直ると、明らかにいら立っていたが、そんなに私の態度がよくなかっただろうか?
「……カークさんに言伝は聞いてますね。単刀直入に言わせてもらいますと、ハルトナーさん。これから魔法適正精密検査を受けてもらいます」
「はい……?」
「はっきりとしたことは言えませんが、あなたから魔力が急速に失われつつあり、代わりに別の能力を獲得したようなのです。それを今からする検査で明らかにしていきます」
この時はまだわかっていなかった。白魔導士に適性があるなんて別の先生に言われていたときよりも、事態はよくなるどころか、悪化していく一方だということに。




