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それぞれの夜

 マダム・マーラの自宅の中には、不思議なものがいっぱいあった。棚の中には水晶玉や薬草、中には動物の毛と思われるものが陳列していた。あまり触れたくなさそうなものが多かったが、その中にひときわ異彩を放っているものがあった。


「なんだろ、これ……」


 手に取って確認してみたそれは、金属の板だった。表面に何やら不思議な文字がかかれていて読めそうにない。もっとよく読もうとして見たときだった。


「それを棚に戻してくださいな」


 こっそり手に取ったところがばれたらしい。ギクリとして金属の板を落としそうになったが、なんとか落とさずに済んだ。


「ご、ごめん……、よく見てみたくなったものだから……」


「いいんですのよ。この護符に傷が付いていなければね。でもそれをあまり長く見ないほうがいいですわよ」


「というと?」


 身を屈めながらマダムに聞く。そうでもしないと天井に頭がついてしまうのだ。アールの家は巨人用なので今まで天井に頭が付くなんてことはなかったが、もちろんここは普通の人間の家である。アールの目につくものすべてがミニチュアに見えた。


「これには蠱惑こわくの術がかかってますの。これを見続けると、普通の生活ができなくなってしまいますわ」


 それを聞いたアールは今度こそ、その金属板を落としてしまった。




 皿に盛りつけられた料理、そしてワインと思しき飲み物が入っているグラスがテーブルに次々と運ばれていく。パツィはそわそわしながら眺めているが、ゼルはといえば不機嫌そうな顔つきだった。


「わぁー。おいしそう。どれから食べようかなぁ。……ねえ、食べる時ぐらいその顔やめたら?」


「俺たち二人だけだってのに、たくさん出しすぎなんだよ。だいたい俺はそんなにいらない……」


「出してくれたのにいらないの? もったいないなぁ」


「たくさん出してぼったくるつもりだ……、っておいっ、それから食べたらダメだっ」

 

 ゼルが大声を出しそうになりながら制止した。パツィはソースのかかったロースハムを食べようとしていた。


「どうしたの、急に……」


「まず食べ始めは前菜アペリティフというものから食べるべきなんだ。肉から食べ始めたら胃がもたれるだろっ」


 周りの人達がゼルの出した声に驚いて彼らのほうを振り向いていた。周りの人達のテーブルにはもちろんゼルたちのところのようにたくさんの料理が出されているわけではなかった。どうやら店の人がゼルの身なりを見て判断したらしいのは確かだ。


「ゼルったら気にしすぎだよ。ここホテルのレストランじゃなくて食堂だよ? 食べ方くらい自由にさせてよぉ」




 四者四様、それぞれの夜を過ごしている頃、ディレル街の街中はすっかり暗く人通りがなくなっていた。しかし完全に人通りがなくなっていたわけではないらしい。狭い路地裏に誰かがこそこそ歩いていたからだった。


「……けっ。ゼルのやつ後で覚えてろ……。まあ、牢屋にぶち込まれるよりはいいか。はあ、暗くなると誰も通らねえなぁ……」


 そこにいたのは、毎回毎回ゼルの屋敷に盗みに入って追いかけまわされてるのにまだ懲りない盗人のスカイだった。昼間であれば人通りの少ないところに入った人に狙いをつけてスリやひったくりをするのだが、夜には誰もいないので物盗りは不可能だ。


「だれかいねぇかなぁ、……ん?」


 目の端に何か動くものを感じ目を向ける。しかしそこには誰もいなかった。気のせいかと思い正面に向き直ったときだった。


「……! 何っ」


 先ほどまで誰もいなかったはずなのに、布で顔を覆った見知らぬ誰かがスカイの目の前にいた。不意を突かれたせいでその人物がとりだした何かに注意を向けることができなかった。




 真っ暗な路地裏。目が覚めると少しばかりくらっとしたスカイは殺されなかったことに安堵しながらもまだ脅威が去ったわけではないと身を引き締めた。そばには先ほどスカイを襲った顔を隠した人物がおり、袋の中から何かを取り出していた。


「おいっ、何をする気だっ……」


 聞かれたにもかかわらずその人物は相変わらず袋の中の何かに集中しているようだった。取り出した何かをひとつまみ口の中に入れるとブルっとした。


「おい……」


「ああ、すみません。襲ったりして。でもあなたを殺すつもりはありませんから。ちょっと尋ねたいことがあるんです」


 低くもなく高くもない中性的な声に少し混乱する。顔を隠しているためどういう人なのか判別しがたい。スカイは目の前の人の品定めをあきらめた。目の前の人は何も持っていなさそうなのはあきらかだったからだ。


「なんだよ。尋ねたいことって……」


 少し朦朧もうろうとする頭で返した。きっと睡眠薬でもかがされたに違いない。そうでなければこんなにくらくらすることはないだろうから。


「ある人を探してほしいんです」


 そう言ってとりだしたのは誰かの似顔絵だった。さわやかな表情の人の良さそうな人物が描かれている。


「……誰だよ? こいつ? 探すっつっても何でオレが……。メリットなんてねえじゃねえかよ」


「この人はいま都心部を中心に人気のあるパン・シール教団のジェイル父長です。いろんな街に出かけていって布教活動しています。あらゆる生き物の命を大切に、がモットーらしいです」


「でも……」


 目の前の怪しい身なりの人物の目的がさっぱり見えてこない。探しだしてどうするつもりなんだろうか。スカイが答えを出し渋っていると、顔を隠した人物は顔を覆った布をとった。


「……お前っ! 確か……」


「しっ、静かにっ! あなたはこの人を探しだしてくれるだけでいいんです。後はこの人の財産なりなんなり盗めばいい。この人はかなりの財産を隠し持ってます。……ゼル・ミドルーラの屋敷にあるよりも莫大な財産をね……」





 なかなか寝付けず天井を見つめる。何の準備もなしに父親のところから飛びだしたアールだったが、騎士になる方法を考えてないわけではなかった。彼自身が持てる剣がないことは知ってはいたが、鍛冶屋に頼んで大剣を作らせることも考えた。けれど、アールにはまだなんのコネもないのだ。


(……とりあえず、明日マダムに騎士になる方法を聞いてみようかな。きっと何か知ってるだろうし……、でも……)


 まじない師のマダムの言葉を鵜呑みにしているわけではなかった。占いのお告げで引き取りに来たと言ってはいるものの、本当の狙いも知っておきたかった。


 人間というものを遠巻きでして見てこなかったアールにとって人間はまだまだ見知らぬ存在なのだ。人間社会を知らないまま騎士になることはボロボロな橋を渡ることに等しいのだから。




 夜も深まるころ、上空からディレル街を眺めるものがいた。ふわふわしていて鳥の足が一本生えている、謎の物体は何かを物色しているかのように飛び回っていたかと思うと、別の方向に向き直った。顔は見えないが、ニヤニヤしているような動きをした。


「……やっぱり、人外は森にいるほうがいいよねぇ。人の街の中なんてお似合いじゃないもの。ねぇ、……アール君? 君の夢どこまで叶うのか、見させてもらうよ」


 

 


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