夢をむしばむ現実
気まずい雰囲気が流れる中、ミュリエルは必死になって弁舌を振るっていた。薬草づくりを放棄して診療所から出てきたエリアはこれ以上人を泊めたくないらしく、どう断ろうかとドアの前で思案している最中だった。
「ここに私の妹がいるはずなんですっ。その、会わせてくれるだけでいいんですっ。……ここにいますよね?」
「……ミュリエルさん、でしたよね?」
「は、はいっ」
まくし立てるようにしゃべっていたせいで、のどがカラカラになってミュリエルは口から白い息を吐いてせき込むように返事した。
ミュリエルがしゃべっている間テレージアは終始黙ったままだったが、ずっと動かないわけにいかずエリアのほうをチラチラ見ながら肩にしがみついていた。
「妹さんの名前聞かないことにはいかないんじゃないですか? ここにはいないかもしれないじゃないですか」
「あ……、そうでしたよね。つい……」
的確な指摘に顔を真っ赤にしたミュリエルだったが、ドアから出てきた人物に声を詰まらせた。
「み、ミュリエルっ! どうしてここにいるのっ? トルストゥールの人形工房にいるんじゃなかったのっ?」
気まずい雰囲気はミュリエルが飛びだした後のザカリーの人形工房の中でも流れていた。突然押しかけた人物、パン・シール教団のジェイル父長が出された紅茶を優雅に飲んでいる隣で新人が申し訳なさそうに人形の服を縫っていたからだった。
「……で? 話というのは? 父長が直々にここに来る、ということは普通じゃありえませんよね?」
眼光鋭くジェイル父長をにらんだザカリーだったが、それは犯罪者をつきだしても報奨金を全くもらえなかったことに対する腹いせのような物が含んでいたのかもしれない。が、ジェイル父長はザカリーの視線に気がつかないかのように紅茶を飲み続けていた。
「まあ、落ち着いて話を聞いてもらえるだけでいいんですよ。ほら立ったままじゃ、疲れるから座ったらどうです?」
ここは俺の工房だぞ、と喉もとまで出かかったザカリーだったが、確かに立ったままだったので足が疲れてきた。が、父長の言いなりになるのは癪だと言わんばかりに隣にあった椅子に荒々しく座ったせいで椅子がきしんでしまった。
「……で? わざわざパン・シール教団の説法を説きに来たわけではないでしょう。ここまで来た理由まで含めて聞かせてもらいましょうか」
「なかなか勘が鋭くていらっしゃる。まさに、頼みたいことがあってこちらにお伺いしたのです。……ああ、お嬢さんには別の部屋に移動してもらったほうがよいでしょう」
ジェイルの声を皮切りに新人は立ち上がったかと思うとすぐさま奥の部屋に行った。ザカリーは自分以外の命令で新人が動くのが気に食わなかったが、父長が部屋に二人きりにした理由をぜひとも知っておきたかったので、歯ぎしりしそうになった口をすぐさま食いしばった。
「この工房は少々手狭なので小声になることをお許しいただきたい。……実はこの工房で作っている人形をすべて買い取らせてほしい。無論、これからもわが教団のために人形を作り続けてほしい。もちろん魔法がかかってなくとも結構。そのことはこちらで解決いたしますので」
ザカリーは怒りも忘れて口が開くのを感じた。こいつはキチガイか? とまで思ったが、その思いは払拭してしまった。なぜならその言葉の後すぐに、ジェイルは懐からザカリーが今まで見たこともないような大金を机の上に出したからだった。
「……この金ですべての人形を買い取ることはできますかな? 今は言えないのだがわが教団の説法に是非とも世界一とも言われるこの工房の人形が必要なのです」
迷いは全て消え去った。どうして説法に人形が必要なのか思いもしなかった。報奨金をもらえなくてむしゃくしゃしていた思いも今はどうでもよかった。ザカリーはここに来て初めて自身の人形を認めてもらえた気がしたのだから。
「わ、わかりました。……ここにある全ての人形を教団に売りましょう」
半透明ではあるけれども、誰からも見ることができる体を取り戻したアールは嬉しさのあまり騎士になる特訓に力が入るようになった。人間には持てないほどの大きな枝を折ってきたかと思うと、いきなり素振りを始めたのだ。
「ちょっと! テントの近くで枝を振り回さないで下さないなっ! 魔法で強化してあるとはいえ、テントが破れない保証はどこにもないのですわよっ!」
顔を真っ青にしてマダムが叫んだがむなしく、アールはミラが喜んでいる姿を見てますます素振りに力が入った。
案の定、大きく降りまわしすぎたせいで枝はアールの手を離れたかと思うと、すぐそばにあったマダムのテントに突き刺さってしまった。突き刺さった枝はそのまま下に落ちたが、テントには大きな穴が開いてしまった。
「すごいっ! 大きな穴が開いてるよ! 兄ちゃん力持ちー!」
ことの重大さに気がついてないらしいミラはアールがテントに開けてしまった穴を見てはしゃいでいたが、アールはいけないことをしてしまったと感づいてうろたえた。
「ご、ごめんっ! どうやって穴をふさごうか?」
「わたくしが魔法で穴をふさぐからいい……、あっ! ちょっと何するんですのっ?!」
穴を開けてしまった罪悪感からアールは開いた穴をふさごうとしてテントをつかんだのがいけなかった。魔法で強化してあるにもかかわらず、アールがテントの破れた箇所を握った瞬間テントは魔法が消え去ったかのように崩れてきたからだった。
「あ、ああ……。わたくしの……、テントが……」
「ほっ、本当にごめんっ! 何とかして立て直すよっ」
そう言ってテントを組み立てようとしたが、アールの力が強すぎるせいもあってか持ったところからテントの布が破れたり、骨組みの部分が折れてしまったりして触る前よりもさらに事態を悪化させてしまった。
「兄ちゃん……、前よりもさらにこわしちゃってる……」
アールのしたことがいけないことだとようやく気がついたミラがうなだれた声で言うと、マダムが悲鳴をあげた。が、それさえも冷たい北風の中に溶けていくのだった。
森の診療所でゼルが一生懸命父親にあてて手紙を書いている間、彼の父親が何もしなかったわけではない。息子を勘当したりしようともしなかった。
むしろディレル街から流れるあるうわさから息子の身に起きている状況を憂慮していたのだった。
『ミドルーラ家の子息がパン・シール教団に楯突いたためにジェイル父長に目の敵にされたのでいてもたってもいられず逃げだしたのだ』
息子の安否を探るため兵士たちにゼルの居場所を探らせたが、ディレル街のどこにもゼルの姿は見いだせなかった。となると考えられるのは別の町か、知らない場所に街に広がった噂通りに逃亡したということだ。
(助けたいのはやまやまだが……、どこにいるか分からないでは、な……)
どうしようか散々思案した挙句、ゼルの父親は机に向かった。そして、取り出した羊皮紙にさっそくインクをつけた羽根ペンで手紙を認めた。




