歓喜、絶ちこむ
いまやパルアベルゼの森の診療所は呼ばれてもない人たちでごった返していた。ゼルやパツィはエリアの邪魔にならないよう努めて助手を手伝おうとしていた(それでも二人はなれないことをしているわけでエリアが一人でやったことがいいことが多々あった)。
が、問題は突然押しかけてきたお尋ね者の盗賊スカイと、指名手配犯のルッツィが来たことだった。
「どうしてあなたは問題ばかり起こすんですか? 変なことを犯さなければトルストゥールの人形師に義手を作ってもらえるのは訳なかったでしょう?」
薬の調合をしながらエリアは押しかけたうちの一人であるスカイに聞いた。彼はといえば右手の指がないことをいいことに助手の手伝いを突っぱねたところだった。
「オレはなんもやってねえよっ! あいつが悪いんだっ! こいつが悪いことしたみてぇに、つきだそうとしたんだぜっ! なぁっ? ルッツィ?! お前は悪くないよなっ?!」
あいつ、とはトルストゥールの人形工房店主、ザカリーのことである。パン・シール教団につきだされたことを未だに根に持っているらしく、スカイは語気を荒くしてルッツィの代わりに弁護しようとしていた。
なぜかキレ気味になっているスカイにびくついたルッツィは黙りながらうなずいたが、内心はとても気が気ではなかった。この診療所に駆けこんだはいいが、エリアという名のエルフがいつ二人を追いだすとも限らないからだった。
「ねえ、あの二人何で来たんだと思う?」
思わず助けてしまった二人がいることに変な気分でいっぱいのパツィは小声でゼルに聞いた。しかし、薬草をすりつぶしている最中だったらしいゼルは「うーん」と言っただけだった。
狭い診療所で何かしらひと悶着が起こりそうなさなか、とある人物が診療所を目指していた。トルストゥールの人形工房を飛びだしたミュリエルだ。妹の居場所を散々いろんな人に聞きまわった挙句有力な情報をやっと得たらしい彼女はどういうわけか診療所に向うことにしたのだった。
「今度こそ確かな情報のはずっ。ここには私の妹がいるっ……」
「手紙を出すんじゃなかったの?」
ミュリエルの華奢な肩に乗るのが癖になったらしい自称テレージアという人形が聞いた。というのも、変な情報をつかまされて金をすられそうになったのが一度や二度ではなかったからだ。
「そうなんだけどね……。いつも同じ場所にいるわけじゃないらしいから、妹のいる屋敷に手紙を出したって意味ないって思ったんだ……」
「ふーん。でもねぇ、あなたがそうしても別に構わないんだけど、本当にその情報出した人のこと信用できると思ってるの?」
痛いところを突かれたらしいミュリエルは口をギュッと結んでムッとなった。人を信用しすぎるのは痛い目に遭うだけだということを金をだまし取られそうになって初めてわかったことだからだった。けれど、今回の情報は絶対信じることができると思ったミュリエルはあえて反論しなかった。
「……まあ、妹さんがそこにいるといいわね」
いつの間にか雪が降っており、ミュリエル達の目の前に広がるパルアベルゼの森の林冠には雪がうっすらと積もっていた。森は深いため森の中まで雪が積もることはないだろうが、迷うことだけはなるべく避けたいと思ったミュリエルは気を引き締めた。
ミュリエルがいなくなった工房は意外なほどごたごたが起きず、静謐と言っていいぐらい静かなものだった。ミュリエルがいた場所には新しい人が座って人形の服を縫っていた。時折縫う手を休めては服の出来栄えを見ている以外は新人は静かにしていた。
人形工房の主であるザカリーはというといつもと同じか、それ以上に人形の制作に没頭していた。それもそのはず、ミュリエルがいたころはいろいろと口げんかが絶えなかったが、別の新人は無口な質なのか言い争うことがないためにザカリーは誰にも邪魔されず人形作りに励むのだった。
そんな工房の静寂は突然の響いたドアのノックによって破られた。新人はビクッとして顔をあげると、さらにドアのノックが強くなった。
「すみませんっ! 誰か来たみたいなんですけど……」
「俺は人形を作っている途中なんだ。お前が出てくれ」
「は、はい。わかりましたっ。今でますっ」
新人が椅子から立ち上がりドアを開けた時だった。新人はドアの前に立っていた人を見てハッとした。そこに立っていたのはパン・シール教団父長、ジェイルその人だったのだ。
「ごきげんよう、お嬢さん。ここの店主に用があるんだが良いかな?」
日も沈んだディネポサ山の麓にある簡素なテントの中。皆が夕食を終えたころ、ようやく三日三晩続いたマダムの爆発するかもしれない危険な魔法薬作りが終わったらしく、鍋の火が消された。
中に入っている薬はドロドロでチョコレート色というよりは泥のような色をしており、飲む気になれないような代物だった。
「薬が出来上がったはいいけど、問題は効果が出るかどうか、ですわね……」
木のスプーンですくってみると魔法薬はテント内のロウソクに照らされますます泥のように見えた。ミラはどんなものか見に来たが薬に近づいた途端鼻をふさいで逃げてしまった。
「なんなのそれ、ヘンなニオイがするっ」
「アールを見えるようにする薬ですわよ。わたくしにはあまりきつい臭いは感じないけど、やっぱりミラには無理な臭いのようですわね……」
「ミラは鼻が利くもんなっ。で、それをおれが飲めばいいのか?」
どこからともなく声が聞こえてくるが、アールの姿は見えない。夕食の間は一人でに消える生肉を見てアールの位置が確認できたが、今はそれもない以上声で確認するしかないのだ。
「そうですわよ……、てっ、ちょっと待ってくださいなっ! ちょっ、あっ……」
マダムは顔をひきつらせた。アールが魔法薬入りの鍋を持ったかと思うと、全部飲み干してしまったからだ。机の上に戻された鍋の中は、ものの見事に空っぽになっていた。
「……副作用が出ると悪いから試しに一口だけ飲んでからにしてって言おうと思ったのに……」
「ううっ、不味っ! これ飲めたものじゃないや……」
薬を全部飲み干したアールはあまりの不味さにうめいた。今まで薬を飲んだことがないからか、薬の味になれていないせいもあるだろう。しばらくの間アールはむせ返っていた。が……。
「ねえ、アール兄ちゃん。見えるようになってないけど?」
部屋の片隅に隠れていたミラが顔をのぞかせながら言った。確かに、アールがいると思われるところには影も形も見えなかったのだ。
「おかしいですわね……。調合を変えたほうがいい……、あっ」
最初は微かなものだった。徐々にではあるがアールの姿が見えだしてきたのだ。しばらく待っているとアールは半透明ながらも見える姿を取り戻したのだった。
「兄ちゃんの姿が見えるっ! やったぁっ!」
「お、おれの姿が本当に見えるようになったのか? ……ありがとうマダムっ! それにミラっ。これでまた騎士になる特訓ができるようになったよっ!」
歓喜の声は夜の間ずっと続いた。が、アールの騎士になろうという夢を摘み取ろうとする魔の手が、そこかしこに潜んでいることをアールはのちにはっきりと思い知らされることになる。




