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とある未来の話 -カーラ・ハルトナーの真夜中の恐れ-

 夜も更けて誰もが寝静まるころ、さっそく課題をこなすためにノートを開く。今のところ全く答えは出ていないのだけど、最初のところだけでも書いておいておいたほうがいいだろう。


 けれど、本当のところまったくもって書くべきことは見つかっていなかった。ルームメイトとの微妙ないざこざ、謎の銀髪の少年から言われたことが頭の中を巡って書こうとするたびに私を責めさいなんだからだ。


(ああーっ! 思い出しただけでイライラしてくるっ。何か飲んで気持ちを落ち着けよう……)


 書こうとしていたノートを閉じペンを片づけ、カバンの中を探った。販売店で買っておいた飲み物があるはずだったが、代わりに見なれない箱が中にあるのを見つけた。


「これって……」


 そう言えば中庭にいたとき、ダニエラからチョコレートをもらっていたのをすっかり忘れていた。とはいえ、こんな夜中にチョコレートは食べられない。明日の楽しみとしてとっておこう。箱をそっと戻そうとした時、だった。


 部屋の中は暗かったが、目の前に誰かいる感覚がした。もしかしてジェニファーを起こしてしまっただろうか? 怒られることを覚悟して顔をあげたとき、思わず声をあげそうになった。


「ひっ……」


 目の前に得体の知れない物体がふわふわと浮いていたのだ。暗くてよくわからないが、ふわふわした何かが私のことを()()していた。これは一体何だろう? ジェニファーを起こしたほうがいいだろうか? 


 そんなことを考えた矢先、またしても声をあげてしまいそうなことが起きた。謎の毛玉から鳥のような足が生えたのだ。もしかして、鳥? でもこんな鳥見たことがない……。どうしようか決めかねていたときだった。


「ねえねえ、さっきから僕がそばにいるのに、声もかけないなんてショックうけちゃうんですけどぉー」


「ひぃっ?!」


 今度は本当におかしな声をあげてしまった。毛玉がしゃべった。魔物図鑑にも載っていないような変な生き物がしゃべったっ! 無意識のうちに毛玉を敵と認識した私はいつの間にか毛玉に向って殴りかかろうとしていた。が、毛玉はあっさりと避けてしまったせいで私はなすすべもなく床に尻もちをついてしまった。


「もぉー。いきなり殴りかかるなんて失礼しちゃうなぁ。君は分からないかもしれないけど、僕は君のこと知ってるよー」


「で、出てってよっ。さもないとっ……」


 カッとなって声を荒げそうになったがグッとこらえて低い声で脅してみたつもりだったが声が続かなかった。この毛玉が何を隠し持っているのか、まだわかったわけじゃないのだから。


「さもないと、何? 殴っても無駄だよ。さっきみたいに転びたいの?」


 鳥の足が生えた毛玉がしょざいなさげに言った。魔法を使えなくなった私にとって、できることといえば金属製の魔法の杖を折った時のようにこの毛玉をひねりつぶすことしかないの? どうすればこいつは出て行くのだろうか……。


「そうじゃ、ないけど、何の用? 何がしたいの?」


 先生たちから言われたことをまた言われるのはごめんだった。それにしてもこの毛玉は何だろう? 鳥のような謎の生き物は翼で飛ぶこともなしにふわふわと浮いていた。


「もしかして僕のことがわからない?」


「は? 何が? こんな毛玉、誰が知ってるって言うわけ?」


 いったいこの毛玉は私に何を期待しているのだろう? こんな毛玉、知るわけがないじゃない……。が、何かが引っかかった。確かにこんな生き物見たことない。が、なぜか知っているような気がする……。


「……あっ」


「ようやく気がついたみたいだね? カーラさん?」


 思い出した。この毛玉は私が銀髪の少年からもらった本に出ていた毛玉にそっくりなのだ。でもどうしてそんなことが? あの話はもう400年以上も前の話のはず……。


「毛玉のらんこ……」


「らんこじゃないってばっ。……と、そのようだと僕のこと知ってくれているみたいだね」


「でも、ありえないっ。そんなはずないじゃないっ。どうしてあなたがそこにいるの? 本の中の架空の生き物じゃなかったの?」


「架空だなんて面白いこと言ってくれるねー。でも、僕は正真正銘ここにいるさ。あの話は本当にあった話なんだよ?」


 私はさらにもっとありえないことに気がついてしまっていた。そのことを口にするだけでも十分ありえなかったけれど……。


「君、この前会った銀髪の少年でしょ? それに本の中にも似たような人物がいるの。でも、こんなのありえないでしょっ。同じような人物が400年も生きて、しかも毛玉の姿で出てくるなんてっ」


 どういうわけか毛玉は口を閉ざした。私の質問には答えたくないようだった。その態度を見て無性に腹立たしくなった私は、ジェニファーが起きるかもしれないギリギリの声を張り上げることにした。


「どうなの? はっきり言いなさいよっ」






 夜中の二時すぎ、私は毛玉とにらみあったまま立ち尽くしていた。ありえない、という言葉が頭の中で鳴り響く中、隣の部屋からゴトッという音がして思わず私は音のしたほうを振り向いた。ジェニファーが眠い目をこすりながら起きてきたのだった!


「……うるさいじゃない。何時だと思ってるの?」


「そ、それは、この毛玉が……」


 理由を説明するため毛玉のことを言おうとして毛玉のいたところに向き直った。が……。毛玉はおろか、怪しい生物は部屋のどこを見渡してもいなかったのだ。さっきまでここにいたはずなのに……。


「あんた寝ぼけてるんじゃない? 夜更かししてるから変なものが見えるのよ。早く寝たら?」


 あまりにも眠いのか、ジェニファーは私に注意するなりさっさと寝室に戻っていった。いつの間にかほっと安どのため息が出る。私はそんなに彼女に対して緊張していたのだろうか? そんなに私は弱虫になったのだろうか?


「……あの毛玉もいないことだし、もう寝よ」


 けれど安心したのはつかの間だった。私も部屋に戻ろうと歩こうとした時後ろから何かが私の手をひいたのだった。


「ひゃっ」


「ねえねえ、話はまだ終わってないんだよねー」


 後ろから聞こえた声にゾッとした。さっきの毛玉の声だ。もう部屋にはいないはずなのに、どうして? おそるおそる後ろを振り向くとまたもや私は声をあげそうになった。


 そこにいたのは毛玉などではなく昼間に出会ったあの少年だったのだ。やっぱり、あの毛玉はあの銀髪の少年で間違いなかったんだ。


「……いったい、私に何の用なの……」


 ようやく声を振り絞ったが、声が震えていた。初等学校の時から魔物の対処方法を学んでいたけれど、いざこういう場面に出くわすと頭の中がこうも真っ白になるものなのか。


「別にあなたを襲いたいわけじゃないってば。ちょっとお知らせしたいことがあって来たんだけど、ね」


 毛玉、もとい少年の発する言葉に不吉なものを感じた私は身構えた。今度は何を言ってくるのだろうか? 


「前にあなたの祖先が罪を犯したかもしれないってこと、言ったよね?」


「あ……」


 完全に忘れていた。本当ならば眠れなくなるほど悩むはずのことだが、そのことは一切私の頭から抜けていたのだった。でも歴史の授業では何もそんなこと聞かなかったはず……。が、私の思考に食いこむかのように少年が私の考えを遮ってきた。


「これを言ったらあなたの特別課題の答えを言っちゃうことになるけど、まぁ、いいか。実はね。……あなたの祖先がほとんどすべての亜人を滅ぼしたんだよぉ? 怖いよねー」

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