災厄の始まり
皆祝福していた。厳しい修行を耐え抜いて晴れて騎士になることを認められたアールは周りに集まってきたマダム、ミラにエリア、そしてスカイやルッツィに手を振っていた。手には新しく作られたばかりの巨人専用の大剣が握られていた。剣は人間の大人ほどの大きさがあるがアールと比べれば普通に騎士が剣を携えているように見えた。
「おめでとう! ようやく騎士になれたんですのねっ」
「おめでとうっ! アール兄ちゃんかっこいいよっ!」
「まさか本当に騎士になれるなんて思ってもなかったわ。おめでとう、アール」
「アールが本当に騎士になるなんて、うそみたいだぜ。なあ、ルッツィ」
「う、うん。そうだね」
「みんなの応援のおかげで騎士になることができたんだっ。ありがとうっ」
あまりの誇らしさに思わず笑みを浮かばずにはいられない。夢は果たせたけれど、騎士としては出発点に立ったばかりだった。そのことに気がついたアールは顔を引き締めた。ちょうどその時だった。なぜか辺りが立ち込めるように煙って来たかと思うと、辺り一面焼けるように熱くなってきた。
そのことに気がついた皆はアールのことをお構いなしに四方八方に逃げていった。周りを見渡すと火事になっていた!
「火事だっ! 逃げろっ!」
確かに辺りには燃えるような火が迫ってきていた。早く逃げなければと、ふとマダムのほうを見ると一目散に逃げた後だった。それはほかの皆も同じだった。魔法で水を出せるはずのマダムが真っ先に逃げるなんて……。
ショックを隠しきれなかったアールだったが、このままではアールも焼け焦げてしまう。逃げだそうとした時、なぜか足元が滑って思いっきりこけてしまい、頭をぶつけてしまった。顔をあげると火がもうすぐそこに迫っていた。
「う、うわぁー!」
飛び起きると辺り一面火事になっていた。アールの手には騎士になった証の大剣はなく、代わりに割れたツボの破片が握られていた。強く握ったせいで手に痛みが走り血が出ていた。立ち上がろうとすると煙のせいでむせてしまった。
「ゴホッ、ゴホッ。……ま、マダム……?」
目の前ではマダムが何やら魔法陣を描いてぶつぶつ言っている。声をかけようとしたが真剣な表情をしていたのでやめることにした。
きっとこの火を消す魔法陣を作っているところなのだ、と直感したアールはできることをしようと決めた。けれど一体何を?
決めかねているとミラがアールが起きたことに気がついたかのように話しかけてきた。この火事の中ミラやマダムは夢とは違い逃げずにできることをしようとしていたのだった。
「もしかしてアール兄ちゃん起きた? 今マダムはまほうじんっていうのをを描いてるんだって。だから邪魔しないように見てたんだ」
「けれどこんなところにいたら危ないだろ? 今すぐここから出ないとっ」
アールがマダムやミラを抱えようとした時マダムに制止されてしまった。
「入り口のドアは瓦礫でふさがれてしまいましたのよっ! だから外に出るための魔法陣を描いている途中ですのっ! 魔法陣なしにここを出ようとすればケガだけでは済まされませんわよっ!」
「わ、わかった……。でもおれも何かしたほうが……」
「いいえ。あなたは何もしなくてもいいですわ。この屋敷を壊しでもしたら、わたくしたちの上に瓦礫が落ちてきますからね」
マダムの少し辛らつな言い方に傷ついたアールだったが、この状況を打開するために少し言い方がぶっきらぼうになってしまっただけだと思い直した。それに、ここで仲たがいしても得るものはないのだ。
しばらくマダムが魔法陣を描いているのを見守っているうちに辺りが煙で充満してきた。吸い込まないように口で押さえたがそれでも煙を吸いこまないようにするのは難しかった。早くしないと火に巻き込まれないにしても煙で倒れてしまう。
ヤキモキしていたのはミラも同じだった。煙を吸わないように口を手で押さえては顔が赤くなり、手を離しては煙でむせるのを繰り返したときにようやく魔法陣が完成したようだった。
「この魔法陣の中に入ってくださいなっ! 見えるように光らせますからっ」
その言葉通りに魔法陣がぼんやりと青白く光った。マダムに続きミラが魔法陣に入り、最後にアールが入った。これで外に出られる、そう思いアールは汗がにじんだ顔を手でぬぐおうとした時火事のせいで熱いはずなのに体になぜか寒気が走った。
(……っ、手が、透けて見える……? ど、どうして……)
その疑問を口にする前に魔法陣が強く光りだし、気がついた時には三人は屋敷の外に出ていた。外は日が暮れて、西の空が赤くにじんでいた。おもむろに夕日に手をかざしてみると、日に照らされた手は赤く染まっていた。
屋敷のほうに目をやると大きくなった火に包まれて崩壊するところだった。アールの苦難は始まったばかりだった。
このところ眠れない日が続いている。父に手紙を送ったゼルは何週間待っても返事がないことに戸惑いを隠せなかった。もしかしたら何とかしてくれるかも、と思っていたがこうも返事がないのでは淡い希望も途絶えそうだ。
ゼルとパツィの二人はパルアベルゼの森にあるエリアの診療所に身を寄せていた。最初こそ押しかけてきた二人に気をもんでいたエリアだったが、今では二人とも診療所の立派な助手になっていた。
パツィも最初こそ家に帰りたがっていたが、ディレル街での騒動のことを考えると戻るに戻れない、と考え直した。
「サフランの量はこれぐらいで良いですか?」
森の外で薬草を摘んでいたパツィがカゴいっぱいのサフランを持ってドアを開けて診療所に戻ってきた。ゼルは外で暖炉に使うための薪を斧で割っていた。
いつの間にか夏は過ぎ昼でも空気が冷たくなるのを感じる季節になっていた。冬支度は早くすればするほどいい。冬になれば雪が積もり、薬草にするための植物も枯れるため乾燥させて貯める必要があった。
「ええ。本当はもっと必要なんだけど……、はじめてにしては上出来といったところね」
ホメてもらえると思っていたパツィはエリアにおざなりな評価しかもらえなくて少し悔しがった。補助魔法を扱うダンサーとしては上位に入るほどうまいが、それ以外のことをしてこなかったつけが回ってきたようだった。
「ち、小さいころはちゃんと親の手伝いはしたんだからねっ?」
「はいはい。分かったから今度は10枚ほど葉っぱをこのすり鉢ですりつぶしてくれないかしら。パンを作るから」
「はぁい……」
気落ちしながら先に用意してあったすり鉢でサフランをすりつぶそうとした時だった。
「おいっ! お前らどうしてここにっ……」
ゼルの慌てふためいた声が外から聞こえてきた。どうやら来客が来たようだったが、どうも様子がおかしい。パツィが外に出ようとしたがエリアに引き留められてしまった。
「ちょっとここの人に用があるんだよ。ちょっくら泊まらせてくれやしないかなってね。なあ?」
「う、うん。で、でも長く泊まるつもりはないからっ」
「だ、ダメだっ! お前らはっ……」
その言葉の後にドアが勢いよく開いた。どうやらゼルは引き留められなかったらしい。ドアを開けてきた人物を見てパツィとエリアはあっと小さく声を漏らした。
「ちょっと邪魔するぜ」
「お、お邪魔します……」
診療所に入ってきたのは、パン・シール教団に捕まっていたところをパツィが思わず助けたスカイとルッツィだったのだ。




