途絶えた道と見えない未来
ゼルはパツィを引き連れて街を脱出していた。二人とも無事で脱出できたのはパツィが無意識のうちに自身に施していた補助魔法のおかげだった。鋼のように固くなることで殴打や蹴り上げるなどの攻撃をやり過ごせたのだ。そうして固くなったパツィを鎧を着こんだゼルが助けだし這う這うの体で悪意みなぎる街から逃げだせたのだった。
しばらく道なりに歩きたどり着いたのはパルアベルゼの森だった。どうしてここに来たのか、ゼルでさえ理由を思いつくのは難しかった。なにせ、この森に住むエルフのエリアはヒーラーであり、マダム・マーラのような呪い師などではないのだから。けれども今頼れそうな人はエリア以外思いつかなかったのだ。
ゼルの父は厳しい人なので今回のことが耳に入ればパツィがやめさせられるだけでなく、ゼル自身も勘当させられるだろう。それに、ゼルには一つ気がかりなことがあった。このことがきっかけでディレル街に入れなくなるばかりか、ゼル自身の将来が暗澹たるものにならないか心配になってきたのだ。
「……ほら、パツィ。エリアさんの診療所に着いたぞ。これからのことは……、後で考えよう」
街から逃げだしたのはゼル達だけではなかった。パツィが引き起こした騒動に乗じてスカイは気を失いかけたルッツィを背負いながら街から逃げたのだった。
「まったく、お前が気配を消す薬持ってなかったら今頃どうなってたか……。おいっ、ここはディレル街の外だぞっ! しっかりしろよっ!」
「……え? 外……」
ルッツィはまだ気がしっかりしていないのか、スカイの問いかけにもぼんやりとした対応しかできなかった。
「ほんとだ……。……トミーが助けてくれたの?」
「まあな、……てかっ、本名を言うなよっ。今のオレは盗賊スカイで通ってるんだぞっ!」
「盗賊……」
口が滑ったことに気が付き慌てかけたスカイだったが、ルッツィが微笑んでいるのを見て安堵した。
「盗賊、ねえ……。やっぱり住んでた村がなくなっちゃったら普通の暮らしできなくなるもんね……」
ルッツィの言葉にハッとした。ルッツィは村が魔物たちに滅ぼされた後、行方をくらましたかと思ったらいつの間にやらパン・シール教団に指名手配されていたのだ。
「そう……、だな」
街の中は陰惨なことが起きているというのに、空はそんなことは無関係と言わんばかりの晴天だった。自分たちの未来もこれぐらい晴れやかだったら、と思わずにはいられないような空だった。
影となったアールはというと、マダムの館に連れ戻されていた。朝になり日が照っているせいもあってか、なかなか目覚めようとはしなかった。
魔法のメガネをかけなかったらアールがどこにいるかもわからないため、マダムはメガネをかけたままアールを見えるようにするための薬を調合しようと四苦八苦していた。
「あ~、ダメだわ……。この薬じゃ腹痛を治せてもアールが見えるようにはならない……」
「ねえ、マーラっ。この薬なに?」
薬を作っている最中だというのに、ミラは棚においてある薬を興味津々に見ながら目を輝かせていた。
「あまり触ってはダメじゃないっ。ここに置いてある薬はどれも扱いに注意しなくちゃいけないものばかりなんだからっ」
ミラが持っている小さなツボの中には、琥珀色の液体がなみなみと入っていた。ときおり泡が立って小さくはじける音がした。
「えー。教えてくれるだけでもいいじゃんっ。これが何かだけでも教えてよー」
「じゃあ、教えてあげるからその後はおとなしくしていてくれない?」
「しゃべるのもダメ?」
「薬を作るから集中したいんですのよ。静かにしてくれると嬉しいわ」
「えぇー」
不服そうに下を俯くミラ。彼女を別の部屋に行かせることも考えたが、ミラが物を壊さないという保証はどこにもない。やむを得ず薬を調合する部屋に一緒に来させたことをマダムは少し悔やんだ。何と言ってもミラはまだ子どもなのでおとなしくできるか分からないからだ。
「ずっと黙ってろなんて言いませんわ。ほら、その薬のツボを棚に戻して。その薬は目がすごくよくなる薬だけど副作用がひどくて薬が少し肌についただけでも不眠症になってしまうんですのよ」
「ふみんしょう?」
「眠れなくなるんですのよ」
「えっ。わ、わかった。戻すよ……」
しょんぼりしながらミラは薬を棚に戻そうとした。が、やはりというべきか案の定問題が発生してしまった。ミラが手に持っていたツボを棚においた際、隣においてあった別のツボに強く当たってしまいそのツボが落ちてしまったのだった。
「大丈夫っ?」
「う、うん。でもツボが……」
マダムがミラのそばに駆けよるその間にもツボに入った薬は床に零れ落ちていた。ミラは反射的によけたのでツボに入った薬を浴びずに済んだが、避けた先には眠っているアールがいた。
「きゃっ」
影になり見えなくなったアールにぶつかり危うく転びそうになったミラをマダムが支えようとした時、床にこぼれた薬をマダムは踏みつけてしまい滑ってしまった。その拍子にマダムがかけていたメガネが顔から外れてしまった。
「いたた……」
「マーラのほうこそ大丈夫?」
「ええ、でもこの薬早く拭きとらないと。この薬は物を燃えやすくする薬なんですの……、って大変っ。わたくしのかけていたメガネが割れてしまいましたわっ」
マダムの目の先には確かに割れてしまったメガネがあった。メガネがなければアールの存在を確認することができない。割れたメガネを元に戻すことはできるが物を治す魔法は意外に体力を使うので薬を作っている最中にはあまり使いたい魔法ではなかった。
けれど四の五の言っている暇はない。アールが見えなければこの先苦労するのは目に見えていた。マダムがメガネに魔法をかけようとした時ミラがこう言った。
「ねえ、この薬拭かなくてもいいの? 早くしないと燃えちゃうんでしょ?」
「え、ええ、そうでしたわね。けどアールが見えないんじゃまたぶつかって……」
「あたしが拭いてあげるっ。アール兄ちゃんのニオイしてるからそこをよければいいんだよっ。布巾どこ?」
さっき思いっきりアールにぶつかってしまったくせにミラはそのことは一切忘れているようだった。しかたなくマダムは布巾の場所を伝えようとした時、うめき声が聞こえた。
気が付けば工房を飛びだしていた。ミュリエルの目からとめどなくあふれる涙は拭いても拭いてもこぼれてきた。ザカリーが傲慢な人間だとは工房に弟子として入ったときから感じていたものの、まさかあそこまで人の感情に鈍感だとは思いもしなかったのだ。
「そんなに泣いてたらきれいな顔がみっともなくなるわよ」
耳元で声がしたのでギョッとした。しかし見渡してもそばには誰もいない。時折街を歩く人がいるだけだ。しかし気のせいだろうか。わずかに左肩が重い。
「も、もしかして幽霊がついてきちゃったり……」
「勝手に殺さないでよっ。私はちゃんと生きているわよっ」
今度ははっきりとした声が耳元で響き渡ったのでミュリエルはとっさに耳をふさごうとした。がそのとき手に何かが当たった。なにか、無機質なものが彼女の肩に乗っている……。
「ひっ……」
何かが肩に乗っている。そう感じた瞬間、ミュリエルは肩に乗っている何かをつかみ放り投げようとした。
「やめてよっ! 落ち着いてってばっ! 私よっ! テレージア!」
「あ……」
確かによく見てみると、ミュリエルが掴んでいたものは自称テレージアと名乗る人形だった。気が滅入っていたせいで幽霊に取り憑かれたと勘違いした彼女は行き交う人の視線を感じたためますます顔を赤くした。
「ご、ごめんなさい……。まさかついてくるなんて思ってもなかったから」
「私がいつまでもあそこにいたいわけないでしょっ! ほかの人形たちもつれていきたかったけどあなたが勢いよく飛びだすものだから、慌てて肩に飛び乗ったってわけよっ」




