悪意に飲まれ、影となる
もうダメだ、そう思ったときだった。この悪い状況を蹴破ろうとしたものがいた。パツィだ。我慢できなくなったパツィはゼルが止めに入る前に広場の中央に駆けだしていた。
「ちょっとっ! 勝手に近づかないでもらえますかっ!」
広場の真ん中に立つ男性の忠告も聞かずパツィはこぶしを握りしめ空を見上げた。急降下してきたグリフォンの爪がルッツィに食いこもうとした時、パツィは思いきりグリフォンの身体を殴った。
「おいっ、そんな弱っちい殴り方じゃ倒せない……って、うわっ!」
弱弱しいパンチに文句を言おうとしたスカイは思いきり身をよじらせた。どういうわけか殴られたグリフォンが気を失いスカイに向って倒れかかってきたからだ。
「……う、嘘だろっ。倒しちまった……」
突然の出来事に驚きを隠せないスカイだったが、ふとあることに気がついた。広場に集まっている人々の視線。憎悪も入り混じった白眼視ともいうべき視線がいまやスカイとルッツィだけでなく、パツィにも浴びせられていたのだ。
「ああ、なんてことしたんだあいつはっ」
ゼルがうめくと同時に、広場に集まった人達が罵声をあげてパツィたちに向かって殴りかかって行った。無理もない。ここに集まった人達は皆、悪者であるスカイやルッツィがグリフォンにコテンパンにやられている姿を見たいがために集まってきたのだ。
それが線の細い一人の少女に台無しにされたのである。人々の怒りは止められようもなかった。二人を助けようとしたパツィは事の状況を悟り表情を硬くしてしまった。
「悪党を守ったこいつをやっちまえっ!」
広場に怒声が鳴り響き、パツィに向って群衆が詰め寄って行った……。
「……おかしいですわね。見当たらないなんて……」
時をさかのぼること数時間前、夜明け前のこと。マダム・マーラの館があるディネポサ山で、マダムは気を失ってぐったりしている毛玉のランコアの足を握ったミラと一緒にアールを探していた。マダムのそばには足のない毛玉が浮いており、時折機械的な音を発していた。
「ピピッ。コノアタリニハ、巨人ノ気配ハ、アリマセン。別ノ場所ヲ探シマスカ?」
「賛成っ! だってここらへんアール兄ちゃんの匂い、まったくしないんだもんっ!」
「そのほうがいいかもしれないですわね……。もしかしたら山を出たかもしれないですものね」
そう思うと気が重くなった。マダムはアールに散々この山から出るなと忠告しておいたはずなのに、出て行ってしまうことなんてありえるだろうか? 気が滅入りそうになりながら歩いているときだった。ミラが何か見つけたらしく、その何かに向って一直線に走ろうとした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ! どうしたんですのっ?!」
「なんか変なものがいるっ! マーラ、こっちに来てっ!」
ミラが指を指したほうを見たマダムだったが辺りはまだ暗くランタンをかざしても何も見えなかった。
「何も見えな……、いやちょっと待ってくださいなっ。もしかすると……」
何かに気がついたらしいマダムは懐からメガネのような物を出してミラが指さしたほうに向けて覗いてみた。
「これは……」
「ね? いるでしょ?」
メガネを通してみたものは、さっきまでいるはずのないアールだった。メガネを外してみるとやはり目の前には何もなかった。それなのに、メガネをかけたときだけアールの姿が見えるのだった。
メガネを通して見たアールは気を失ったまま突っ伏していて起きそうになかった。ことの重大さに気が付いたマダムは寒くもないのに身震いした。
「ありえない……、こんな、はずない……」
ディスバニーの呪いには三段階あるとされている。が、最終段階があることをほとんどのものは知らない。その最終段階とは、呪いに飲みこまれ形を持った影になってしまうことである。
最終段階になってしまうと、もはや理性は持たずその後は取り憑く相手を探しあるくようになる。そして取り憑かれたものはその影と一体化してしまう。アールが見かけたミラのような影はディスバニーの呪いの被害者だったのである。
そしてアールは無残にもその影と一体化してしまったのだった。
パルアベルゼの森の中、夜更けなのに眠れないエリアは恐れていたことが起こってしまったことを悟っていた。エリアがアールにした処置では呪いを取り除けないばかりか、問題を後回しにして事を大きくしてしまう。
今までディスバニーの呪いにかかった者はいたが呪いの最終段階になるまで生きたものは誰もいなかった。そうなる前に皆殺されていたからだ。
このことはマダムはおろか、エリアでさえ予期していなかった。呪いにかかったアールが呪いの最終段階に入った者に憑かれるなんて予想だにできないことだったのだ。
呪いの根源であるディスバニーを殺してしまうなんてできない。殺生することはエルフの掟に反するからだ。それに最近興ったパン・シール教団の教えによれば、魔物の命でさえ守るに値するらしい。それに変に目だった行動をとってしまえばパン・シール教団の目の敵にされることは目に見えていた。
「いったい、どうすればいいの……」
パツィがグリフォンを倒したころ、トルストゥールの町にあるザカリーの人形工房内でちょっとしたいざこざがあった。ミュリエルの師匠であり、工房の店主でもあるザカリーが人形にかかっている魔法を除去しろとミュリエルに迫ったのだ。
「こいつら全部だ! わかったか!」
「そんなことできません! 私のかけている魔法がなければ師匠の人形はただの人形と変わりないじゃないですか!」
「師匠の言うことが聞けないのかっ!? とんでもない知識を吹きこまれた人形なんて売れるはずがないだろっ! 魔法を除去することができないなら人形から知性だけでも取れないのかっ?!」
二人がもめている間、人形たちは押し黙って自分たちの行く末を案じていた。ザカリーという人物は俺さま気質なところがあるがそれが悪い方向に出ようとしているのではないかと皆ひやひやしていた。
「それはただの操り人形と一緒ですよ! 師匠は知性のある人形が作りたいんじゃなかったんですかっ!」
「それとこれとは話が別だ! 確かに会話ができる人形を作りたいとは思った。けどへんなことを覚えた人形を売りつけたらどうなる? 俺の工房は破産することになるっ! どうしてかって、こんな変なことを覚えた人形はいらないって買った人がつき返すに決まってるからだっ!」
師匠の言葉にぐうの音も出ないミュリエルだったが、そこでひるむつもりはなかった。彼女としては知性と人間味のある人形を顧客に買ってもらいたいと思ったからだ。
「確かに師匠の言う通りかもしれないですけどねっ! 人形だって日々学んでるんです! その中には教えようと思ってないこともあるかもしれません! けどここにいる人形たちは私たちの話をいろいろと聞いて学んでるんです! 私たちの何気ない会話だって覚えてるんです!」
一気呵成にまくし立てたミュリエルだったが、とんだ地雷を踏んでしまったことには気がつかなかったようだった。なぜならばミュリエルの主張によってザカリーの意思が固まったらしかったからだ。
「……やはり俺の考えに間違いはなかったようだな」
「へ……?」
「これからこの人形には今までのことを忘れるようにしてもらう」
「し、師匠、何言って……」
「この人形たちから今までの記憶を抜きとれと言ってるんだ! わかったら早くしろ!」




