とある未来の話 -カーラ・ハルトナーの祖先の罪?-
机に転がる折れた金属の杖。紛れもなく私が先ほど先生の目の前で折って見せたものだった。先生は驚きを隠せないらしく、しばらく折れた杖を見つめたままだった。
「……今日はここまでにしましょう。今後のことは後でお知らせします。もう、寮に戻りなさい」
それからのことはあまり記憶に残ってない。どうやって寮に戻ったのかも定かではなかったのだから。
「ねえっ! 聞いてる? ねえってばっ」
びっくりして顔をあげると、ルームメイトのジェニファーがしかめつらをして私を見ていた。授業から戻って来たところらしく、手にはまだ杖が握られていた。
「ご、ごめんっ。聞いてなかったっ。で、なんの用?」
呆れたように見返してきたジェニファーはうんざりしたかのように返してきた。
「あのねえ、カーラは最近白魔法科に転入したばっかでしょ? どうなのよ、授業のほうは? やっぱり呪文の詠唱はしないんでしょ?」
どんな話をするのかと勘繰ったが、どうやら好奇心で聞いてきただけのようだった。ジェニファーとは同じ部屋で暮らしているというだけで友達というわけでもなく、深い話をする中でもないので簡潔に答えることにした。
「うん、まあ、そんなところ」
「ふ~ん。それはそれとして……、聞きたいことがあるんだけど、ちょっといい?」
「え? な、何?」
話は終わったと思っていたので、思わず声が上ずってしまった。何がききたいんだろう?
「……カーラの家族ってさ、白魔法を使う家系なの? もしそうだったとしたら、どうして最初魔導科に入ったりしたの? それってはっきり言って意味ないよね」
いきなり放たれた不躾とも思える質問に私は言葉を失った。ジェニファーに悪気があるのかないのか、表情からは読み取れなかった。私が答えずにいると、彼女が詰め寄ってきた。
「別にいいんだけど、さ。そういうのって自分のことよくわかってない人のとる行動だよね。わかってる?」
なぜ、親しくもない彼女からこんなことで詰め寄られなければいけないのか腹立たしくなって来た私は思わず言い返してしまった。
「私だって初等科にいたころは初歩的な魔法は使えたのっ! それにそのころは私が白魔法科にいくなんて思ってなかったし、魔導士になるのが夢だったのっ。もういいでしょっ」
「ふぅん、だから自分が魔導科に入るのは当たり前って思ってたんだ。でも、いい加減気付いたらどうなのよ」
彼女の声のトーンが一段と低くなる。私はこの時ほどジェニファーがルームメイトなのを憎らしく思ったことはなかった。やめてといいたかったが、その前に彼女に先をとられてしまった。
「魔導士って素質がある人しかなれないの。あんたははじめからその素質がなかったってことよ。この学校に入る前に気づくべきだったんじゃない?」
中庭にあるトチノキの木の下で白魔法の教科書をめくる。けれどもその教科書の内容はあまり頭に入ってこなかった。先ほどまでのジェニファーとのやり取りのせいで気がいら立ったせいもある。
ぼんやりしすぎたせいか、目の前に誰かが立っているらしいことに気が付くのが遅れてしまった。ようやく顔をあげると、そこには白魔法で一緒の講義を受けたダニエラ・カークが立っていた。
何やら不安げな顔をしている彼女は、言おうかどうか迷っている時のあいまいな表情を浮かべていたので、私は話をせっつくようなことはしなかった。会ってまだ間もないけれど、彼女が話し下手なのは真正らしい。
「どうしたの? 何か話したいことでもあるの?」
「……そ、そうじゃないんだけ、ど。ちょっといい?」
「別に今のところ用事はないからいいに決まってるじゃないの」
ようやく口を開いたダニエラは手に持っていたカバンから何かを私に差し出してきた。どうやら何かのお菓子のようだった。なぜか私に渡す時の手が震えていた。
「あ、あのっ。良かったらこれ食べてっ。これ、休みの日にチョコレート専門店で買ったチョコケーキなのっ。……へ、ヘンな意味じゃないからねっ? そ、そのあまりにもおいしそうだったからたくさん買っちゃって、一人じゃ食べきれなくて……。だから、その……」
自信がないのか一気にまくしたて、挙句の果てには顔がまた真っ赤になったダニエラは私と目が合うと目を伏せてしまった。本当に恥ずかしがりらしい。
「私、チョコレートは大好きなの。ありがとうね」
「……っ。お、お礼なんてっ。たくさん買っちゃっただけだからっ。じゃねっ」
彼女は私にチョコケーキを渡すなりさっさと立ち去ってしまった。
いつの間にか日が暮れていた。冷えた空気が肌を刺したため、早めに寮のある建物に入った。けれど、正直言ってしまえば、戻りたくなかった。ルームメイトとの変ないざこざのせいだ。
寮内にあるカフェにでも入ろうかとも思ったが、そこはさまざまな生徒が出入りしている。ということは、ジェニファーと鉢合わせしてしまう可能性があるということであり思い直した。
「戻りたくないな……」
「別に戻らなくてもいいじゃん」
すぐ後ろから声がした。建物の一階には私一人きりで周りに人はいないはずなのに……。思いきって振り返ってみるとそこには例のあの銀髪の少年が立っていた。面白そうにニヤニヤしているところが憎たらしい。でも、どうしてここに?
「……っ。き、君この間のっ」
自分ではそんなつもりはなかったのだが妙な声が出てきてしまった。なぜこの少年に会うと動揺してしまうんだろう? 変な声を出してしまったせいで銀髪の少年は含み笑いを募らせた。
「んも~。変なものを見る目で僕を見ないでほしいな~。僕にだって心はあるんだから傷ついちゃうっ」
わざとらしくそう言うと少年は傷ついたようにしょんぼりした顔をして見せた。何か嘘くさい……。
「どうしてまた私の前に現れたりしたのよ? 先生につきだしてもいいんだけど?」
怖く聞こえるように態と声のトーンを落として言ってみたが、少年は全く意に介さないようで笑みを漏らした。やっぱり嘘だったんだ……。
「……ねえ、気がつかないの?」
少年の笑みが一段と顔中に広まる。なんてやつなんだろう。自身が上位に立っていることを確信している笑みだ。でも、どうして私がこの子に脅威を感じなきゃいけないの?
けれども、私の胃は少年の笑みで縮みあがっていたのも事実。認めたくないけれど。
「な、何が気がつかないって言うのっ」
勇気を出して声に出す。怖気づくな、私。怖がることは何もないんだから。
「へぇー。じゃあ、言うけどさ。あなたに渡した本のこと覚えてる?」
「あ……」
正直言うと覚えていなかった。あれこれありすぎたので特別課題のことなど頭から吹き飛んでしまっていたのだった。
「そのようだと、忘れてたみたいだね。でもそのことはどうでもいいんだ。特別課題をこなすのはカーラさんであって僕ではないからね。でも、言いたいのはそこじゃない」
一瞬真顔になった少年に思わず心臓が飛び跳ねた。が、少年はお構いなしに続けた。
「巨人やそのほかの亜人の絶滅に君のご先祖様が関わっている、って言われたらどうする?」




