ディスバニーの呪いとルッツィの隠したもの
目が覚めたのは辺りがすっかり暗くなった日が沈む間際のことだった。長い間寝ていたような気がしたアールは、しばらくの間自分が何をしていたのか、思いだせずにいた。何か大事なことだったような気がする……。
「あっ! マーラっ! アール兄ちゃんが起きたよっ! こっちきてっ!」
近くでアールの看病をしていたらしいミラがキンキン声を出してマダムを呼ぶために部屋を出て行った。ミラの金切声が耳の鼓膜を破るような感じがして思わず耳をふさぐ。ミラの声はこんな感じだっただろうか?
そのせいもあってかようやく目が覚めたので、辺りを見まわしてみた。すると体から小さな布団らしきものが落ちた。明かりをともす燭台も寝るための寝台さえもない、何もない殺風景とした部屋だが、どうやらここはマダムの屋敷内の部屋であるらしい。が、長年使ってないらしく、ところどころ漆喰がはがれかけていた。
起きようとすると足元がふらついた。体のたるみのせいで本当に長いこと眠っていたんだと痛感した。
「……そうだ、たしかおれはルッツィをミラと一緒に探しに行ってたんだ……。あいつ、うまく逃げてるのかな……」
ふとした拍子に彼と過ごした日を思い出した。少しの間しか一緒にいなかったが、マダムを信用していたアールにとってはルッツィも仲間のようなものだったのだ。確か彼は何かが原因で逃げるような羽目になったはずだった。
「あいつのこと、助けなくちゃなっ。騎士を目指すやつが困ってる人を助けないでどうするっ」
勢いをつけて立ち上がった瞬間だった。ミラがマダムを連れて戻ったらしくドアを開けたのだが足元がまだおぼつかないアールが彼女たちめがけて倒れかかってしまった。
ガシャンッ!!
間一髪のところで二人はよけることができた。しかし、倒れた拍子に壁の一部が壊れてしまった。
「だ、大丈夫ですの?」
ばらばらと壁の一部がボロボロと砕ける。けれどアールにケガはないようだった。
「だ、大丈夫。なんとか……」
「ちょっと! はやく退いてよっ! 重いんですけどっ!」
アールの下から声が聞こえる。よく見ると、アールの足が何かを踏んでいた。毛玉のような何かが必死にもがいていた。足を退けるとその毛玉は勢いよく飛びだした。
「まったくひどいよっ! 危うく死にかけるところだったよっ! どうしてくれるのっ!」
下敷きにされてもなぜかピンピンとしている毛玉は、アールに向って怒鳴りつけていた。が、顔がないので怒っているかどうかもよくわからない。
「らんこっ! そこにいたんだっ! 逃げちゃだめじゃないっ」
マダムのそばからミラは勢いよく飛びだすと、とんでいた毛玉を捕まえた。
「ちょっとっ! どうして僕をまた捕まえるんだよっ!」
毛玉がミラの手から逃れようと必死にもがいている間、マダムがアールを部屋から出るように促した。足元がまだふらついていたが、どうにか倒れずに済んだ。アールはマダムに話しかけようとしたがどんどんと前に進むので話しかけずらかった。
ようやくマダムがあるドアの前で止まった。そのドアは他のドアと違い魔法がかかっているらしく不思議なきらめきを放っていた。
連れていかれた場所は、マダムの魔法道具がたくさん入っている部屋だった。ドアを潜り抜けようとすると、ドアは一人でにアールが通れる大きさにまで広がった。
部屋の中に入って行った二人はしばらく押し黙ったままだった。マダムはどうしてアールをここに連れてきたのだろうか? ようやくマダムが口を開いたころにはアールの足のふらつきは収まっていた。
「……アール、唐突で申し訳ないと思ってるわ。けれど、これだけは伝えておかなければならないことなんですわ……」
動物の感のような物がアールの中に走った。マダムはこれからよくないことをアールに伝えようとしている。そして、その感は外れていなかった。
「あなたはディスバニーの呪いにかかっていますわ。それも強力な」
心臓の鼓動が跳ね上がった。前にもマダムはディスバニーは猟師から嫌われていることを話したことがある。咬まれても呪われるし、その肉を食べても呪われると。ドクドクとなる心臓を抑えながらアールは聞いた。
「ディスバニーの呪いってどんなものなんだ……?」
「あなたの体質がディスバニーと同じになることですわ」
「た、たいしつ……?」
その疑問にこたえるかのようにマダムはある本棚の前に行き一冊の本をとった。その本には『呪い大全』と書いてあるが、アールは字が読めないのでまだピンと来ないでいた。
マダムはパラパラとページをめくって行きようやく目当てのページを見つけたらしく読み上げた。
「ディスバニーの呪いは、大きく三つに分けられる。一つ目は軽いもの。生肉しか食べられなくなるが、それ以外は全く普通の生活を送れる。ふたつめは中程度のもの。ディスバニーのような体質をわずかながら持つようになる。ディスバニーは夜行性のため強い光にさらされると目を開けずらくなる。3つ目はとても重い。完全に夜行性と化し、わずかな光にも耐えられない。感覚が鋭敏になり、見えないものが見えるようになる。……あなたはこの3つ目に該当するのですわ」
縫っていた服を箱に入れる。そのどれも小さい。日も沈んだ夜更けごろミュリエルは人形用の服を縫っていた。師匠はもうすでに寝室で就寝中だ。時折足を動かしながらまた縫い始める。先ほど師匠が勝手に雇った盗人のスカイ、本名トミーは逃げられないように師匠が縄で椅子に縛りあげていた。
そのトミーは午後の間暴れまくって静かにしなかったが、人形たちが一致団結したおかげでようやく片手でできる簡単なお手伝いをさせることができたのだった。そのトミーも夜中だからか、すっかり寝入っていた。
新参者を横目で見やりながら小さな服を縫いあげようとした時のことだった。辺りが静かだったこともあり、微かな音が聞こえた。ほんのわずかな音だったが、ミュリエルはハッとなって音のした方向を向いた。
相変わらずトミーは寝ているし、人形たちは静かにしている。変わったことはといえば、人形たちが興味津々に片手のないトミーを見ていることだけだった。
「……気のせい、かな……」
しかし気のせいではなかった。天井からミシミシという音が聞こえ、一気にひびが広がったかと思いきや、天井の一部が崩れてきたのだ。それはあろうことか、熟睡中のトミーの真上だった。
ミシミシッ……、バリバリッ、ドシンッ!
思わず逃げていたミュリエルは無傷で済んだがぐっすりと寝ていたトミーは逃げることもできず天井の瓦礫に埋もれた。
「な、なんなんだよっ! いったいじゃないかっ!」
「おいっ、何があったんだ! ……お、おい、コイツまさか……」
かなり大きい衝撃音で起きてきた師匠は、瓦礫から何とか這い出たトミーには一切目もくれずあるところを見つめていた。それに倣ってミュリエルもその視線をたどると……。
屋根裏部屋で潜んでいたルッツィが瓦礫にまみれながら気絶していた。体中にかすり傷がいっぱいあったが、どうやら命に別状はなさそうだ。近寄ってきた師匠がルッツィを見るなりうめいた。
「……こいつ、確かディレル街で懸賞金がかかっていた奴だ……。なんでここに……」
「師匠っ! 大変ですっ!」
「なんだ……、まさか、人形がこいつのせいで壊れたとか言わないよな?」
寝起きのままで来たのでかなりむっつりとした表情の師匠の言葉に唖然としたミュリエルだったが気を取り直して指摘した。
「そうじゃないです……、人形たちは無事、です。そうじゃなくてこの人……」
「なんだよ……。さっさと懸賞金出した人のところにつきだせばいいだろ」
「それはちょっと待ってくださいっ!」「それは絶対にダメだっ!」
叫んだのはミュリエルだけではなかった。椅子に縛られたままのトミーも同時に叫んでいた。ミュリエルよりも必死の形相だ。
「絶対パン・シールの野郎にルッツィをつきださせねぇっ! それは絶対にオレが許さねぇっ! ルッツィは、オレが小さかった頃好きだった女だっ! つきだしたりなんかしたりしたら、オレはあんたを一生許さねぇぞ!」




