禍々しい毒
「だからっ、あたしの名前はテレージアよっ! ジャネットじゃないっ!」
「でもあなたの名前はまだ決まってなくって、なんとなくジャネットって呼んだだけじゃない……」
トルストゥールにあるザカリーの人形工房では、とり返されたばかりの人形が不機嫌になって怒鳴っていた。その相手をしているのはこの工房で働いている弟子で補助魔法師でもあるミュリエルただ一人だけで、その肝心の師匠は奥の部屋で新たな人形を鋭意製作中だった。
「それが嫌なのよっ! あたしはこの命が吹きこまれたときから、あたしはテレージアだって思って生きてきたのに、それなのにあなたは別の名前で呼ぶのねっ!」
人形はかんかんになって怒っていたが何せ表情がないし、赤くなるわけではないので怒ったようには見えなかった。そのせいもあってか、ミュリエルはいささか不気味さを感じていたわけで、なだめる時もなぜか下手になっていた。
「あのね、あなたの名前は新しい客が決めることなの。とりあえず連絡を入れておいて理由があって遅れるって伝えたけど……」
「嫌よっ! あたしの名前はぜっったい! テレージアよっ!」
「何で外国風の名前にするかなぁ……。顧客が呼びやすいようにとりあえずテレーズにしたら?」
そう言ったときだった。店の上のほうで何か大きな音が聞こえたのである。その音が聞こえたのか、師匠のザカリーがどなってきた。
「おいっ! 俺が人形を製作する時ぐらい静かにしろっ!」
「違いますよっ。あれは私が出したんじゃありませんっ」
「じゃあ、誰が音を出したんだ? まさか、人形が出したとか言わないだろうな。お前の魔法の掛け方がまずいせいで人形が暴走することはありえるからな」
「だから、違いますって!」
ガタンっ!
今度こそははっきりと聞こえてきた。二人とも思わずテレージアだと名乗る人形のほうを見たが、人形は首を振るだけで、それは周りの人形も同じだった。ネズミか、それとも知らないだれかが工房に侵入している……?
音の正体はミュリエル達がいる部屋の上、つまり屋根裏部屋にいた。そこになんとルッツィが潜んでいたのである。どうやって忍び込んだのか定かではないが、ゼルと兵士の追跡を振り切ってとうとう別の町までたどり着いたのである。
なぜここまで見つからずにいれたのかは、ルッツィがいつも所持している薬に訳がある。ルッツィの服の裏にはいろいろな薬や毒物がしまいこまれているのだが、その中に気配を消す薬があったのである。
しかし、気配を消すとは言えど、姿かたちまでなくすわけではない。したがって、ルッツィは屋根裏部屋で音を立ててしまったのだった。
「私、上見てきますっ!」
誰かが侵入していると直感したミュリエルはザカリーが何か言う前に音の出所を探り始めた。それに気が付いたルッツィは冷や汗をかき出した……。このままでは見つかってしまう……。
しかし、その時だった。それを見計らったかのように誰かが工房の中に入ってきたのである。だがそれをみすみすと見逃がすようなザカリーではなかった。素早く入ってきた誰かの腕を縛りあげたのだ。
「いぃったっ! 離しやがれっ! この店の主人は客をいじめるのが趣味かっ!」
「こっそりと入ってきたうえにうちの商品である人形を盗もうとする客がどこにいる。それに、ここは工房だ。直接客商売をするところじゃない。出て行ってもらおうか、手無し野郎め」
ザカリーに縛りあげられているのはスカイだった。指を失った右手をザカリーにきつく握られて小さく悲鳴を漏らした。
「誰が人形なんかに興味があるかよっ! ちょっと用があって来ただけだっ!」
早く離してもらいたくてスカイはとにかくでまかせを言った。別の街なら顔を知っている人はいないと高をくくり、はるばるトルストゥールに盗みにやってきたなんて口が裂けても言えないからだ。
「用事、ねえ……。まあ、この手から察するに、義手を作ってもらいたいんだな?」
「ぎ、ぎしゅ?」
何のことだか腑に落ちないスカイだったが、徐々に合点がいった。ずっと前にエルフに治療してもらった時にトルストゥールという街で人形工房の人に義手を作ってもらったら、と言われたことを思いだしたのである。たまたまとはいえ人形工房に忍び込むとは、スカイは悪運が強いのかもしれない。
「そうだ。しかし、お前の見なりを見る限りじゃ、ロクに金も出せんだろうがな。悪いが諦めてもらうぞ。金も出せないような客に義手を作ってやるほど俺は落ちぶれていないのでね」
それを聞いた途端、スカイは青ざめた。一生手無しで過ごすことの不便さを想像しただけでお先真っ暗だと感じたからだった。
「お、お願いだっ! この通りだから、義手を作ってくれよっ! 何でもするからっ!」
「なんでも、ねえ……」
ザカリーの表情に不穏なものをよぎるのを見たスカイはしまった、と思ったが時すでに遅かった。ザカリーは何か思いついたらしく、人形たちに指示を出していた。
「おい、お前らっ! ここにいる手無しがこの工房の新人だっ! 丁重に扱ってやれよ?」
「「はいっ! ご主人さまっ!」」
「おかしいなぁ。誰もいないや……。物も落ちてないし、やっぱりネズミかな? けどネズミがあんな大きな音立てるかなぁ?」
音の出所を調べるために屋根裏部屋へ上がったミュリエル。見渡す限り人形であふれかえっている。しかし、そのどれも欠陥品らしくところどころ形がいびつなものばかりだ。師匠の最初の作品らしい。
人形はどれもこれも魔法がかかっておらずどれも微動だにしないことがわかっていたとはいえ、ミュリエルはいい気はしなかった。こんな暗がりで人形に囲まれるものではない、きっとあの音は気のせいだと思いこむことにした。
ミュリエルが下りた後のことだった。魔法がかかっていないはずの人形が動いた。正確には誰かが人形にあたって人形を動かしてしまったのである。そこにいたのはネズミ、ではなくルッツィだった。ミュリエルが屋根裏部屋に入ってきたときは思わず息を飲み、生きた心地がしなかった。
(……気配を消す薬、飲んでおいて正解だったな……。でもしばらくはあの人達がいる限りはここから出れなさそうだ……)
一難去ってまた一難、ルッツィにとっての困難はまだまだ続きそうだった。
気を失って何時間、いや何日日が経っただろうか。エリアの治療のおかげもあって、アールの容体は安定していた。が、起きる気配は全くなくそばでミラが起こそうと躍起になるのをマダムが止めに入ったほどだった。
「だって、全然起きないんだもんっ! もう起きてもいいはずだよっ! ねえ、毛玉さん?」
「誰が毛玉だってっ? 僕の名前ぐらい……」
「もぉー、分かったからだまってよっ。毛玉のらんこ、でしょっ?」
「……」
ミラの手には毛玉のランコアが握りしめられていた。逃げだそうとした時にもミラの嗅覚と素早さの前ではなすすべもなかったらしく、ランコアはミラに握られるがままになっていた。
エリアが治療した後のことだった。山の中でアールを放っておくわけにもいかず、マダムの魔法で何とか屋敷まで運んだ。しかし寝かせられる場所がなくしかたなく使ってない広い部屋に布を引いて寝かせていた。
アールの背中の傷はいたって普通に見えた。しかし、ミラが見つけたときはなぜか毒々しい青色を帯びていたのだ。そこから瘴気のような物が発生していて、治療したエリアも解呪の魔法を唱えながら治療に当たったのだった。
(……ディスバニーの毒が入ってる。確かにエリアさんはそう言った。けれど、その毒がどんな作用をもたらすか、言わなかった。でも、もしそれが本当だとしたら……)
冷たい悪寒が体中を走るのを感じた。なぜならマダムはディスバニーの毒が呪いをもたらすことを知っているからだった。どんなに取り除いても、呪いを解くには時間がかかる。そして、その呪いにかかった者は、最終的には……。
「……アールの騎士になる夢、かなえられそうにないわね……」




