とある未来の話 -カーラ・ハルトナー、なりたいものになれなくて-
とある教室の一角、私は内心不安げな気持ちを隠しきれないまま本を返しに来た先生と向かい合っていた。
(……どうしよう、絶対この学校をやめなさいって言うに決まってる。そしたら私、これからどうなるんだろう?)
沈黙のまま向かい合って小一時間ほどたったと思う。先生はようやく口を開いた。
「カーラ・ハルトナーさん、今後の……」
「は、はいっ、なんでしょうっ」
緊張しすぎたせいで先生の言葉にかぶせるようにして言ってしまった。ついでに座っていた椅子から立ち上がってしまっていた。
「……まだ何も言ってませんよ。さあ、座り直して」
「は、はい……」
気恥ずかしさのせいで部屋から出て行きたくなったがこらえた。話はまだ始めていないのだから。私が落ち着いたところを見て先生は話し始めた。
「カーラさん。心苦しいのですが、あなたには別の学部に編入してもらいます」
聞き間違いだろうか。辞めさせられると思いこんでいた私にとって話がうまく呑み込めなかった。いったいどこの学部に編入させられるというのだろうか。
「あの……、私まだこの学校に入ったばかりで……」
「あなたが入った魔導学部に適正がなかったというだけです。今までの授業はともかく、特別課題については免除するわけではありませんからね」
「そ、そうですか……」
やめさせられなくってよかった、という思いを超える勢いで強烈な不安を感じた。私は魔導士になりたくってこの学校に入ったのに、別の学部に入ってしまってはその夢も叶わなくなってしまう。私は深呼吸してから慎重に聞いた。
「あの、具体的にはどこの学部に……」
「白魔法学部です」
先生から無償で提供された教科書を手に私は辺りをきょろきょろと見渡していた。私は今まで魔導学部のある東塔と、全学生が集まる大ホールしか知らなかったため、白魔法学部のある西搭の中をさまようはめになっていた。
しばらく歩きまわっていると、私の行動が目だっていたのかとある学生が話しかけてきた。どこかおとなしそうなその人はよほど私のことが気になっていたに違いない。話しかけるまで時間がかかりながらも、私のほうを見ていたのだから。
「あ、あのっ。何か探してるんですか?」
「うん、ちょっとある教室を探してるんだけど……。何階か忘れちゃって……」
話しかけて来たその人は私の教科書を見るなりあっ、と小さく声を漏らした。
「それ……、基礎補助魔法の教科書ですね。それだったらその……、私と一緒に行きませんか? その、私もそこの講義を受講してるから……」
なぜかドギマギしながらその人は聞いてきた。心なしか顔が赤い。きっと恥ずかしがりなのだろう。
「ええ、いいわよ。私、カーラ・ハルトナー。よろしく。あなたは?」
「あ、わ、私は、ダニエラですっ。ダニエラ・カークです。よ、よろしくお願いします……」
自己紹介する時なぜかより一層顔が赤くなった。よほど人と話すのが苦手なのだろうか。
「ねえ、顔赤くなってるけど、大丈夫?」
「だだだ、だいじょぶですっ」
そう答えたダニエラは深紅のバラに負けないぐらい赤くなっていた。
始めて受ける白魔法の講義は私にとって真新しいことばかりだった。というのも、教科書はほとんど使わないからだ。魔法陣も書かず、魔法も詠唱しないので、どうやって魔法を発動させたらいいのか白魔法初心者である私にとってわからないことだらけだった。
けれど、それは一緒に受けているダニエラも同じ事だった。講義名に「基礎」と書いてあるあたり、ここに集まる人達は皆、白魔法初心者なのだとわかり一安心した。教室の前では講師の人が白魔法が普通の魔法とどう違うのかを説明していた。
「白魔法を発動させるためには「想い」が必要です。意志力と言い換えてもいいでしょう。つまり、目の前のケガした人を治そうとする気持ちのことです。気持ちがこもってなければ白魔法は発動しないのです」
講師の言葉を聞きながらそれは魔導を発動する時も同じじゃないかと思った。魔法呪文の講義の時、魔力だけでなく想像力がなければ魔法を発動することができないと言われたからだった。そう思ったのはどうやら私だけではないらしい。手をあげている人が何人かいるのが見えたから。
「はい、何でしょうか? ディキンソンさん、でしたね?」
「はい、白魔法が普通の魔法とは違うのは分かったんですけど、想像力が必要なのは魔法も同じじゃないですか?」
「そうでしたね。私の説明が足りませんでしたね。それでは疑問に思っている人達のために、白魔法のあり方を説明しましょうか」
そう言うと、講師の人は白魔法の成り立ちを説明し始めた。白魔法がなぜ白魔法と言われるゆえんが主だった。
「世間一般に言われている魔法と言うのは、実は黒魔法のことです。ケガを治したりサポートしたりする白魔法とは違い、攻撃をするために特化しているのが黒魔法なのです。今では黒魔法という言葉は使われなくなってきましたが、魔法といえば、今あなたたちが習っている白魔法と、黒魔法が主だったのです」
講師が説明している間にもまた手が上がっていた。横に目をやるとダニエラは恥ずかしいのか、手をあげようとしてまた下におろしたりを繰り返していた。
「今では魔法と一口にいってもさまざまな魔法がありますよね? 召喚魔法とか、それは何魔法ですか?」
別の学生が手をあげて授業に関係なさそうな質問をした。講師も講師で、基礎補助魔法の講義なのに、いつの間にか講師の話はこの世界に存在するあらゆる種類の魔法の歴史について語り始めた。
とても厳しい歴史の先生だったら、この話の脱線は許されないだろう。けれども、私の不安をよそに講師はさまざまな魔法の歴史をとうとうと語っていた。
「……ですから、召喚魔法は今では限られた人しか使ってはいけない魔法になったのです。異界から呼びよせる生き物が害をなさないとは限りませんからね。それでは話を戻して補助魔法の基礎を……、って、もうこんな時間じゃないっ。他の魔法について話していたら講義の時間が後少ししかないじゃないの!」
時計を見て愕然としている先生だったがそれを見た学生からは笑い声が漏れだし始めた。隣にいたダニエラも面白そうに笑っていた。たぶんこの講師の講義はいつも脱線しているのだろう。
講義が終わり教室を出ると、後ろから声をかけられた。
「ちょっと、そこのあなた、いいですか?」
振り向くと講師が私のほうを見ていた。隣にいたダニエラは一瞬戸惑いを見せたが、「じゃあね」と小さく言って教室を出て行ってしまった。部屋の中は私と講師だけになっていた。
「あの、どうしたんでしょうか……?」
初めての補助魔法の講義で全く発言をしていなかったので私自身が何か問題を犯したとは思えない。でも、呼び止められたのには何か訳があるに違いなかった。
講師に促されるまま席に座ると、開口一番こう言われた。
「あなた、途中編入をしたカーラ・ハルトナーさんですね。授業中あなたのことを見ていたのですが、あなたはヒーラーには向いてませんね」
耳を疑った。先ほどの先生からは魔導士に向いてないと言われ、今度はヒーラーに向いてないと言われるとは。
「な、何が言いたいんですかっ」
怒りを抑えようとしたものの感情が思わずこぼれ出てしまった。これ以上大人の事情で夢を壊されたくなかった。が、講師の思惑は違うところにあったようだ。机のそばから何かを取り出したからだ。
「な、なんですか、これ?」
机の上に置かれたのは、明らかに魔導士用の杖だ。しかし、何かが違う。よく見てみると、その杖はよくある木製ではなく、金属特有のきらめきを放っていた。
「ハルトナーさん。これ、折ってみてください」




