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怪しげな毒

 物事は見ればすぐにわかるというほど単純じゃない。善意でなされたことがきっかけで悪い結果が引き起こされることも多々あるものだ。






 あの騒動の後取り戻された魔動式人形は、ザカリーの人形工房に戻ってこれたにもかかわらず、なぜかずっとねていた。


「ねえ、この人形、しゃべらなくなってしまいましたよ。師匠、この人形にひどいことでもやらかしたんですか?」


 弟子であるミュリエルは戻ってきた人形がしゃべらなくなったことにふと疑問を感じ、帰って来た師匠に聞いてみた。が……。


「そんなの知るか。少しばかり人形が巨人にとられてしまっただけだ」


「えっ! 師匠、巨人に出くわしたんですかっ! すごいじゃないですか! 巨人ってどんな感じだったんですか? やっぱり大きいですか?」


 巨人がどんなに危険かもわからず、ミュリエルは師匠が巨人に出くわしたことをうらやましげに嘆息した。


「あのなぁ、お前は巨人に会ったことがないからそんなふうにうらやましがれるんだ。俺が銃を持参してなければ、逆にこっちが殺されたかもしれないんだ」


「……逆にってことはその巨人を、まさか、殺したんですか?」


 信じられない、という顔でミュリエルは師匠を見上げた。が、信じられないという思いは師匠も同じようだ。ミュリエルの質問に対して唖然としたからだ。


「お前は本当にバカかっ。だからお前は『無理です』なんだよっ。巨人がどれだけ危険か、会ったことがない奴はそんなふうに言えるんだ。いいか、巨人に人間のルールは通用しないんだ。巨人は会ったら殺すか、殺されるかなんだ。わかったかっ?」


 師匠の説明に釈然としなかったが、とりあえず黙っておくことにした。ミュリエルは師匠を説得して納得させたことが一度たりともなかったからだ。


「……巨人ってみんな危険っていうの、偏見じゃないのかなぁ……」




 その危険だと思われている巨人のアールは獣人族の娘、ミラと一緒にルッツィを探すために山を降りていた。あまり親しくしていなかったものの、一度マダムの家で一緒にに暮らした仲なので放っておくわけにはいかないと感じたからだった。


「あたしねっ。ルッチさんの匂いはちゃんと覚えてるよっ!」


「おぉっ、それじゃあ、ルッツィの顔がどんなだか覚えてなくっても探しだせるなっ。期待してるよっ。ミラっ」


「まっかせてよっ! ルッチさんを見つけだしてマダムさんを安心させよ!」


「おうっ!」


 アールは父親のところで暮らしていたときよりも声を弾ませて答えていた。確かに父親を失ったのは心がうずくことではあったものの、アールは今までにない爽快感を感じていた。これからは誰も彼の夢をはばむものはない、そう確信させるほどだった。





 しばらく山を降っているときのことだ。異変に気が付いたのはミラのほうだった。何かに気が付いたらしいミラは、辺りの空気を嗅ぎ始めたのだ。


「どうしたんだ? 何かあったのか?」


「うん、なんだか今まで嗅いだことのない匂いがするの。どう言ったらいいのかな……」


 かすかな匂いなのか、アールにはその匂いを感じとることができないのでミラの答えを待つしかなかった。が、ミラの答えは曖昧あいまいなものだった。


「なんだか、山の中にはない匂いなんだ。あたしが知ってる生き物が発するニオイじゃないみたい……」


「人間の匂いか?」


「う~ん……、たぶん違うと思う。あたしマダムさんの匂いも、ルッチさんの匂いも嗅いだことあるから、人間の匂いはわかるんだ。だから人間の匂いじゃない。ついでにいうと、アール兄ちゃんがマダムさんに塗ってもらった薬の変な匂いでもないよっ」


「じゃあ、何……」


 アールの質問は最後まで続かなかった。突然背中が疼いたからだった。


「い、いたっ……」


「……どうしたの? 痛むの?」


 あまりの痛さにしゃがみこむ。ミラにとってアールはとても大きいので痛む背中を確認しようがない。どうにかして見ようとジャンプすることにしたミラは背中を見るなりおどろいた表情になった。


「大変っ! マダムさんのところへ戻ったほうがいいよっ! 背中がすごいことになってるっ!」




 変な匂いの正体はモフモフ毛玉の自称妖精、ランコアだった。実はアールと別れた後もいつもではないが、アールの後をつけて一部始終を見張っていたのだ。


(まったく、あの時の忠告を忘れるからこんなことになるんだ……。まあ、こうなったのは僕のせいでもあるんだけどね。ザカリーっていうやつの持っていた剣にある毒を塗っておいて正解だったよ。ちょっと特殊な毒で、薬を塗れば塗るほど毒性が強まる。その効果が出る頃が楽しみだね……、って、ん?)


 毒により倒れたアールを見張っていたランコアのそばになんと、自身によく似た毛玉がふわふわとんでいるのが見えた。足がない以外はランコアにそっくりだ。


「……なんだこいつ?」


 潰したほうがいいかとも思ったが、その瞬間にランコアそっくりの毛玉は捕まえさせる隙も見せずに逃げだしてしまった。


(何だか気になるけど、今のところは放っておくか……)


 ランコアが毛玉に気を取られた間にあることが起きていた。アールを歩かせることができないと観念したミラが一人でマダムの元に戻ろうとした時、変な匂いの元であるランコアを見つけたのだった。


「なんか変なのがいるっ! おかしな匂いってこれだったんだっ! マダムに見せようっ!」


「……へ?」


 かわす間もなくランコアはミラに捕まえられてしまった。逃げだそうとしたランコアだったが、ミラの力が強いのか手を振り払うことができなかった。


「おいっ、この犬っ子っ! その手を離せっ!」


「わぁっ! しゃべった! これは絶対マダムに見せないとっ!」


 足の爪でミラを引っかこうとするも、しっかりとつかまれているせいでかすることもできなかった。


「離せ!」




 そのころディレル街ではゼルと兵士がある男を追い詰めていた。ジェイル父長の命を狙ったと言われるのは、ほかでもない、マダムのところでひと時を暮らしたルッツィだった。


 袋小路に追い詰められ、明らかに逃げ場所を失ったルッツィは懐から何かが入っている瓶を取りだしていた。


「その小瓶で何をするつもりかは分からないが、おとなしく観念したほうがいいぞっ」


「来るなっ! 来たらこれを飲み干すっ。こ、これは毒だ!」


 それを聞いた途端、兵士は思いっきり引き気味になった。どうしたんだとゼルが兵士のほうを見たとき、そのスキを突いてルッツィは逃げだした。


「お、おいっ! 待て! おい、奴を追うぞ!」


 兵士を置いてけぼりにしてゼルはそのまま路地裏を飛びだして行った。


「ちょ、ちょっと待ってください! あいつを追い詰めてはダメです! ジェイル父長に言われたんです! 殺してはダメだ、生かして連れて来いって! あいつを追い詰めたら本当に毒を飲んで死にますよ!」





 日も沈みかけそうな夕暮れ時、ミラはマダムを連れてきていた。相変わらず手にはあの毛玉を握りしめている。アールは気を失っているのか、ピクリともしなかった。


「ねえ、マダムさんっ。アール兄ちゃんは大丈夫だよねっ?」


 しかしマダムはその質問には答えず口を震わせていた。目の前の事実を受け入れられないとでもいうように。


「だ、だいじょうぶ、ええ、大丈夫ですわよ……」


 その言葉はまるで自分に言い聞かせているみたいだった。明らかに自分のした処置が間違いだったと思い知ったような顔をしたからだった。


「だから言ったのに。僕は以前忠告したからねっ」


 捕まったにもかかわらず開き直って威張ったような言い方をするランコアに誰も耳を傾けるものはいなかった。が、そのときガサガサっという音がした。思わずマダムが音のしたほうを見ると、そこには山にいるはずのない者がいた。


「毒を消せるかどうかわかりませんが、私が手当てします」


 顔を向けた先にいたのは、パルアベルゼの森で開業医をしているエルフのエリアだった。

 

 

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