ある村が消滅した理由
子どものころ、無邪気でいろんなものに興味津々だったころ、アールは厳しい父親の目を盗んで住んでいた山を降りていったことがあった。
山を降りるとある人達に出くわした。騎士団だった。ちょうどその人たちは馬に乗って村の前から去るところだったが、村の中から村人たちが出てきてお見送りしているところだった。だれもが一様に騎士に感謝していた。
『山賊を討伐してくれて、本当ににありがとうございます! あなたたちのおかげで、安心して暮らせます!』
アールは幼心に騎士とは感謝されるものだと感じ、いつしか本物の騎士になりたいと願うようになっていた。感謝される騎士になりたい、と。
「……起きてっ、起きてってば、兄ちゃんっ」
懐かしい夢を見ていた気がする。うっすら目を開けてそばを見ると、そこには犬耳娘のミラがいた。起きようとすると背中にズキッと痛みが走った。ミラが心配そうな目をしてアールの顔を覗きむ。よく見ると、目の端に一筋の涙が潤んでいるのが見えた。
「大丈夫? 痛いとこ、ない?」
「大丈夫だって。ちょっと背中が痛いだけだから……」
「まだ休んだほうがいいかもしれませんわね。傷口の毒は取り除いておきましたけれど、まだ痛むかもしれませんわ」
「マダムっ。どうしてここに?」
アールのそばにいたのはミラだけではなかった。マダム・マーラがそばにいて独特の匂いを放つ軟膏をアールの背中に塗りつけていた。
「……父親のことは、残念ですわ。わたくしがはやくにわかっていれば、こんなことには……。ああ、どうしてここにいるのか、でしたわね。実はルッツィがわたくしの屋敷からいなくなったのです。ですから探しに出かけたのですけれど、その途中であなたが倒れているのを見つけた、というわけですわ」
言葉から父親が死んでしまったことが読み取れたが、アールにとって残念かどうかわからなかった。けれど、ある言葉が気にかかった。
「誰がいなくなったって?」
「あなたの他にも、一人わたくしの屋敷に泊まっていた方が一人、いらしたでしょう? ルッツィという方が行方をくらましたのです」
その言葉で思いだした。たしか、印象の薄いおどおどとした青年が一人マダムの家に泊まっていたはずだ。
「おれ、探しに行く」
「何言ってますのっ。あなたは休んでいたほうが……」
止めようとするマダムを突き倒しそうになりながら、アールは立ち上がった。相変わらず背中は痛いが、我慢できないほどでもない。少し立ち眩みしたがアールは構わず、山を降りていった。
「待ってっ! あたしも探しに行くっ! 探し物って、ルッチさんなんだよね?」
「ちょっとっ! あなたたちが山を降りてはっ……」
そう言ってマダムの手をすり抜けたミラまでもが山を駆け下りていった。マダムは追いかけることはせず、懐から何かを取り出した。真っ白な毛玉だ。マダムはそのモフモフした毛玉に息を吹きかけるとこう言った。
「巨人のアールと、獣人族の子どものミラを見張りなさい。何かあったらすぐわたくしに知らせるように」
しばらくすると、毛玉はふわっと浮かび上がったかと思うと、どこかへと飛んで行った。
「……このままでは人間以外の亜人が滅ぼされる……。そうなってはいけない、絶対わたくしが止めてみせるっ」
その頃、ディレル街では見張りの兵士が増員された。パン・シール教団のジェイル父長が何者かに狙われたからだった。街で急速に人気を獲得していったジェイル父長は市民たちの要望で仰々しく兵士に見守られることになったのだ。
そしてその状況を苦々しく見ている物がいた。ゼルだ。伝統的なサン・マリ教を信仰していたゼルにとって、新参者のパン・シール教団が多くのサン・マリ教徒の信心ををさらっていくのには我慢ならなかったのだ。
「こんな状況、いつまでも続くと思うなよっ」
「ゼル、顔が怖ーい。そんなんじゃ、淑女も逃げてくよ?」
パツィの冷やかしにも頑として表情を崩さなかったゼルは、代わりにこぶしを握りしめた。
「あのな。俺はモテたくて騎士をやってるんじゃない。ディレル街をいや、ディレル国を守るために騎士として……」
「え? 前の話じゃ、お父さんの跡は継ぎたくないんじゃなかったっけ? まあ……いいかっ。でも、私はいつまでもしかめっ面した騎士に守られたいと思う女性がいると思わないなぁ」
「父上の跡はつがないっ。それとこれとは別っ。それに俺が守りたいのは女性じゃなくて国……」
ゼルの言葉は最後まで続かなかった。大通りを歩いていた二人の横を誰かが猛スピードで走り去って行ったからだ。誰かがゼルの横を横切る際、そのあおりを食らったゼルは尻もちをつきそうになった。
「おいっ、どこを見てっ」
文句を言おうとした時、すぐさま兵士がゼルの横にやってきた。何やら焦っている様子だ。
「すみませんゼル様。不躾な願いと存じ上げますが、さっき走り去って行った男を一緒に追っていはいただけないでしょうか? あの男、パン・シール教団のジェイル父長の命を狙った奴なんです」
その言葉を聞いた途端、パツィはゼルの眼が一瞬鋭く兵士をにらんだのを見逃がさなかった。サン・マリ教の敵とみなしているパン・シール教団の父長とやらの敵を捕まえろだなんて、笑止千万と考えているのははたから見ても明らかだった。
しかし、そこは騎士のゼル。相手が兵士なので尊大に振る舞いつつも無礼だと思われないように応答した。
「俺はそいつをはっきりと見てないから、そいつの特徴を聞かせてからにしてもらおうか。どんなやつだ?」
「長いフードを巻いたやつです。そのせいで目元しか分からないんですが、なんだか中性的な見た目でしたよ。あ、ちょうどその悪党を書いたチラシを持ってるので見ますか?」
言うやいなや、ゼルは兵士からチラシをもぎ取った。そのチラシを散々眺めまわした後、つっけんどんに兵士に返した。なぜか顔色が蒼い。そのことに気が付いたパツィが聞いてみた。
「どうしたの? 誰か知っている人だった?」
「いや。そうじゃない。コイツが暮らしていたらしい村についての情報をふと思いだしただけだ」
顔色が青ざめるくらいだからいい情報でないことは確かだ。けれど気になりだしたパツィは聞かずに入れなくなった。
「どんな……?」
しかし、ゼルは言おうかどうか迷っているようだった。不確かなことは言いたくないのか、ゼルはしばらく口を噤んでいたが意を決して口を開いた。
「……こいつの暮らしていたル・フェアという村はあることがきっかけで消滅したらしい」
「都市に皆移住……」
「そうじゃない。それだったらまだよかったんだが……」
兵士に聞かれたらまずいのか、ゼルが声を潜めたせいでパツィはゼルの口元に耳を近づかなければいけなかった。
「ル・フェアと言う村はパン・シール教団の出した生き物をすべて大切にするように、という決まりを守りすぎたせいで村の近くで増えた魔物を狩れなくなって住民全て逃げだしたらしい。けど村のほとんどの人は魔物に食い殺されたそうだ」
「え、それじゃ、そのパン・シール教団の父長っていうやつの命を狙った悪党って、完全に被害者じゃない!」
「しっ、声が大きい! いいか、パツィ。このことはあまり周りにいうんじゃないぞ」
「でも……」
腑に落ちなかった。ゼルは新参者のパン・シール教団を嫌っているはずなのに黙っていろなんて何かがおかしかった。けれどその疑問はすぐに解けた。
「ジェイル父長は莫大な資産を持っている。サン・マリ教会の教皇に楯突けるほどの莫大な資産だ。どこから手に入れているか分からない。が、奴らを敵にまわしたら厄介になことになる」




