思いがけない災難
「それで、ゼルがなんて言ったと思う? 私の言う通り、多様性を受け入れたらディレル国は滅亡してしまうって言ったんだよ! ディレル国に敵対する国だけでなく、人間を嫌っている亜人も利することになるって! どう思うっ?」
久々にゼルの屋敷に戻ってきたパティはいつも仲良くしているメイドの一人に熱弁をふるっていた。顔は赤らんで声も怒気をはらんでいる様はさながらゆでたイカのようだった。半ばうんざりしながら聞いているメイドのサラはパツィの気分を害さないようにやんわりと答えた。
「私はゼル様の言うことも一理あると思うな。確かに多様性は必要なのかもしれない。けどね、誰も彼もって受け入れてたら、それこそゼル様の言う通り、敵意を持つ人を野放しすることになってしまうと思うわ。だってそうじゃない? いろんな人たちに優しくしようとしても、もしかしたらその人は油断ならない考えを持った人なのかもしれないんだから」
「うっ……、それは……」
水を差されてムッとしたパツィだったがサラの言うことももっともだと思い、反論を控えた。何にせよサラはパツィよりも幾分か年上で大人の見方もできることをパツィはあこがれの目で見ていたからだった。パツィの気分が落ち着いてきたことを見てとったサラはミートパイを差し出した。
「はいこれ」
湯気が立ってないところを見ると、作ってから時間が経っているのだろう。けれど今日中に作ったものらしく見栄えはおいしそうに見える。
「え、これいいのっ? これってゼルの昼食から盗ったんじゃないの?」
「盗ったなんて人聞きの悪いこと言わないの。確かにゼル様に出す昼食の残りなのは確かなんだけどね。多く作りすぎちゃったから。人の見てないところで食べてよ?」
「ありがとうっ! サラ、だーい好きっ!」
「ちょ、ちょっと、そういうのはあまり口にしないものよっ」
二人が会ったのが厨房で良かったとサラはつくづく思った。ミートパイを渡したことや、パツィのゼル様への愚痴をメイド長に聞かれでもしたらと思うと、生きた心地がしないからだった。
「……ゼル様の近くにいれるのは名誉なことって、わからないのかしら……」
「? 何か言った?」
「……ううん、何でもないよ? ほら、いつまでもここにいてはいけないでしょ。明日もゼル様のお供しないといけないでしょ?」
「そうだったっ! ミートパイありがとうっ。じゃあねっ」
そう言うとたちどころにパツィは厨房から出て行った。一人残されたサラはホッと息をついた。
「ほんと、いいご身分よね……」
延々と続く説教。終わりが見えない父親の説教にアールは反論を試みようとするのをグッとこらえながら聞き流した。手にはさっき見つけたばかりの人形を握っていたがその人形はアールにつかまれたことが不服らしくかなり拗ねた様子で黙っていた。
「おいっ。ちゃんと聞いているのか?! いつまでも騎士になるなんてバカみたいな夢見るなと言ってるんだ! それに、その妖精だかちっちゃい人間だか知らないがそれ捨てとけよ。食べれそうにないほど生気がないからな」
その時、だんまりを決め込んでいた人形が「食べれそうにない」と言うことを聞いた途端に恐怖を感じたのか身をよじり始めた。
「け、ケダモノよっ! こいつ、ケダモノだわっ! 人間を食べるなんておぞましい発想、よくできるわねっ! 私を離してっ! 離してよっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよっ。誰も君を食べるなんて……」
アールは人形をなだめようとしたが、まったく人形は聞く耳を持とうとしなかった。それどころか、アールたちから逃げようとして必死に抵抗を続けた。アールが逃げようとする人形を必死につかまえている時だった。
「その人形を離せっ! 離さないと撃つぞ!」
目を向けた先には拳銃を構えている人形工房の店主、ザカリーがいた。周りには数名剣を携えた兵士がザカリーを囲っていたが、見るからに及び腰だ。
「助けてっ! このケダモノ、私を食べようとしてるのっ!」
この人間モドキ、自分を本物の人間だと思っているのかと思った瞬間だった。隣で身構えていた父親が急に倒れてしまった。かなりの大きさなので、近くにあった樹をなぎ倒しながら倒れこんだ。いったいどうしたんだろうと父親をよく見ると、眉間に穴が開いていた。そこから血が流れている。父親はピクリともしないまま倒れこんだままだ。
「と、父さん? どうしたの……」
父親をよく見ようとした瞬間、背中にズキッとした痛みが走る。あっと思った隙にはもう人形はザカリーの手に渡っていた。
足に力が入らない。朦朧とする意識の中、兵士に指示を出すザカリーの声を聞いた。
「こいつにとどめを刺すな、撤退するぞっ! もう目的は果たせたからな……」
右手を失ってからというもの、スカイはいろいろな面で不自由をしていた。例えば市場で食べ物を盗もうとした時だ。いつもよりおなかがすいていたせいかとっさには自分のした過ちに気がつかなかった。盗むときに利き手だった切断された右手を出してしまったのだ。そのせいで物をうまく盗ることはおろか、店主に人相まで覚えられてしまった。
「くそっ、左手で盗めるかってのっ」
悪運が強いおかげもあって今回もスカイは逃げおおせたが空腹はどうしてもいやせそうになかった。
「はぁ……、おなかすいた……」
右手を斬ったあの銀髪の少年を捕まえて懲らしめてる、と意気込んでいたスカイだったが右手がない上に空腹では、相手が少年とはいえスカイに勝ち目はなかった。
誰か食べ物でも持ってないかな、と歩いている時だった。ふとある物が目に飛び込んできた。顔が描かれているチラシだ。どこかで見たことがある顔だなと思った。
「……こいつ、ルッツィじゃないかっ。どうしてチラシに載って……。ん? この悪人を捕まえた方には報奨金として100ディルを与える。この者はパン・シール教団の父長であるジェイル師の命を狙った悪党である……。見つけ次第、生きたまま捕まえること……」
チラシを見たとたん、以前スカイはルッツィに会ったことを思いだしていた。その時彼は確か誰かを探していた。まさかそんな目的だったとは……。
「……あいつ、一体何があったんだ?」
用事をを終えて帰って来た時にはもう遅かった。どこを探してもルッツィの姿が見当たらない。ベッドではミラがうたた寝をしていて頭がぼんやりとしているようだった。
「……どしたの? マーラ? 何かあったの?」
「いいえ、何でもないわ。ちょっと探し物をしてただけですわ」
マダムは鼻の利くミラにルッツィを探させようかとも思ったが、よけいな心配をさせたくなかった。けれど、戻ってこなかったらそのことをミラは不振に思うに違いない。彼がここを離れるかもしれないことを予測していたが、まさか今だったなんて。
「ふーん、じゃ、その探し物、手伝ってあげようか?」
目が覚めたらしいミラが無邪気に尋ねる。邪気のないその笑みは一瞬だけだがマダムの気持ちを晴らした、が。
「いえ、わたくしだけで探しますわ。ミラが手を煩わせることないですわよ」
彼のことが心配だったが、ミラを捜索につきあわせるとミラまで危ない目に遭わせてしまうだろう。今都市部で流行っているパン・シール教団の父長の命を狙った者を探すとあっては。




