魔動式マリオネットの逃亡
「師匠! 人形出来ましたよ!」
トルストゥールと言う街の中にあるとある一軒家。その窓にはたくさんの人形が並べられており、玄関には『魔動式人形のことならザカリー・クランスにお任せを クランス人形工房』と書いてある看板が立てかけてある。その家の中から時折、誰かの叫ぶような声が聞こえてくる。
「そうか、そうか……。今のところはちゃんとよく動いてるようだな」
人形だらけの部屋の中にいる片メガネをかけた長身の男性が人形師のザカリーに違いなかった。小柄な女性が持ってきた人形を手に取るなり動きを観察している。
「今のところはって何ですか! 今のところはって!」
「この前のこと忘れたわけではあるまい。お前が人形にかける魔法のさじ加減を間違えたせいで顧客からクレームが入ったことを!」
師匠から怒鳴られてくじけるどころか、顔を真っ赤にした女性は負けん気いっぱいに言い返した。
「間違えてませんよ! ただちょっと以前魔法を強くかけ過ぎちゃって人形が暴走しちゃったから少し弱くしただけです!」
「バカか! それを間違えてると言ってるんだ! このあんぽんたん! いっそのこと名前をミュリエルから『無理です』に改名したらどうだ」
余りのひどい罵られように一瞬ひるんだように見えた『無理です』もとい、ミュリエルはさっきよりももっとひどく真っ赤になってしまった。
「ひどい! これだから師匠は女『ザカリー』なんて呼ばれるんです!」
「やはりお前は『無理です』に改名したほうがよさそうだな。俺は女盛りじゃない、それは女に言う言葉だ。そうじゃなくて俺は女にモテるんだ。そこのところを間違えるなっ!」
ミュリエルが言い返そうとしたその時、あけ放した窓から小鳥のような物が入ってきた。その小鳥は入ってくるなりいきなり叫び始めた。
「大変です! 大変です! 魔動人形を詰めた荷馬車が盗人集団に襲われました! 人形は魔法がかけられた状態だったので、分かってるだけでも5体か逃げだしてしまいました! 4体はトルストゥールより西にあるディレル街に向いましたが、そのうち一体はここから北にあるサルーシャ山に迷い込んだ模様です! 至急、応援願います!」
それだけ叫ぶと、小鳥は力尽きたように動かなくなってしまった。ザカリーは動かなくなった小鳥には目もくれず、いきなり外に飛びだそうとした。
「ちょっと待ってください、師匠! 伝書鳥を放っておいてもいいんですか? この鳥も師匠が作ったものでしょう? 魔法を貯め直しておいたほうが……」
「そんなことしている場合か! 荷馬車にある人形やディレル街に向った人形は取り戻せるとして、サルーシャ山に向った人形は何としてでも取り戻さないといけない!」
「どうしてですか? 一体だけなら放っておいても……」
道の真ん中まで飛びだしたザカリーだったが、踵を返してきた。何か忘れものでもしたか、とミュリエルは思ったが違った。師匠であるザカリーの表情がいつにもまして怖く見えたのは気のせいではなかったらしい。一呼吸置くと、ものすごい勢いでミュリエルに罵声を浴びせたからだ。
「そんなだからお前には人形作りを手伝わせたくないんだ! 人形にかける思いが俺とお前では全然違う! 人形作りはただのままごとではないんだぞ! 何せ世界初の魔動式人形なんだからな! それにお前がわかってないことを一つ、教えてやる。サルーシャ山にはな、巨人が棲んでるんだ! このところ数が少なくなってきているとはいえ、まだまだあの山には何人もの巨人が潜んでる! この家よりも大きい巨人がだ! そいつに俺の作品を壊させてなるものか!」
かなりの剣幕で怒鳴られたことでミュリエルも事の事態をようやく把握した。街中で住んでいるため魔物や亜人に縁遠い生活を送ってきたミュリエルだったが巨人の恐ろしさは彼女の祖母に幼いころから何度となく聞かされてきたからだ。が……。
「……巨人ってすっごいじゃないですか! そいつってとても凶暴で馬鹿力なんでしょう! 一度でいいから見てみたいなー」
ミュリエルの漏らした声に思わず唖然となったザカリー。言ってることがまともでない、と考えているのが表情にありありと現れていた。
「……は? お前、何言ってるのか分かってんのか? 巨人だぞ? お前なんてあっという間に潰されるぞ?」
「お婆ちゃんにお話聞かされた時はまだ小さかったからおとぎ話の世界かと思ってたんだけど、巨人ってまだいたんですねぇ」
もう一回怒鳴りつけてやろうかと思ったザカリーだったがミュリエルの言葉のせいで怒る気力を失ってしまったこともあり、伝書鳥の言伝を忘れかけてしまいそうになった。
「あ、そういえば、人形を取り戻しに行かなくっちゃいけないんじゃなかったんですよね? 行かなくってもいいんですか?」
「今から行くところだ! お前はここで留守番でもしてろ!」
「いけませんよ! 私も一緒に行きます!」
ザカリーがまだ少年だったころは巨人は少なくなってきたとは言え巨人が引き起こした災害にまだ悩まされていた時期だった。そのためザカリーは巨人の怖さを知ってはいたがそのころミュリエルはまだ生まれていなかった。なので彼女が巨人の起こした被害を知らなくても当然なのだろう。ザカリーは弟子との温度差に多少ショックを受けたが気を取り直すことにした。
「工房を留守にでもして泥棒に入られでもしたらどうするんだ! それこそ赤字だ! いいか? ちゃんと留守番をして人形を暴走させるなよ?」
「しませんよ! 私を見くびらないでください!」
ここの人形って、果たして高く売れるのだろうか? という思いがミュリエルの頭をよぎったのは当然のことだった。
父親の元に戻り、今まで通りのくだらない退屈な毎日を送っていたアールは、父親に見られないよう気をつけながら大きな木の枝を持って騎士になる特訓をしていた。父親に見られでもしたら木の枝を折られ家の手伝いをしろと言われるのがおちだからだ。
何度か木の枝を大きな木に向ってふるっていると何か小さいものが歩いてくるのが見えてきた。もしかして犬耳娘のミラが遊びに来たのかも、と思ったアールは歩いてきたそれを見るなりギョッとした。歩いてきたのは山にいるはずもない、そして動くはずもない人形だったからだ。フリルのドレスを着たその人形はしなやかな指でドレスをつまんで服が汚れないようにしながらしとやかそうに歩いていた。
「こ、これ、人間じゃ、ないよな? どう見たって小さすぎるし……。それじゃあ、これが本物の妖精? ……なわけないよな。生きてるようには見えない……。じゃ、これは何なんだ?」
動いている人形を見ながらぶつぶつ呟いていると、人形はアールの存在に気が付いたかのようにアールのほうを見上げた。
「何なの? さっきからぶつぶつ言って何さまのつもり! あなた邪魔だからどいてくれるっ?!」
「うゎ、しゃ、しゃべったっ! 人間モドキがしゃべったっ」
しゃべるはずがない、と思っていたせいで口がきけることがわかりアールはかなり驚いて手に持っていた枝を取り落しそうになった。
「しっつれいねっ! あたしは人間モドキじゃなくって、人形よっ! 見てわからない?」
しゃべる人形に驚きつつもアールは改めて人間モドキ改め、人形を眺めた。よくよく見ると、とてもかなり精巧に作られていることがわかる。けれどそこはやはり人形、どんなに人間に似ていても生気は感じられないものだ。
が、人形はしつこく見られていることにかなり気を悪くしたらしい。アールに近づいてくるなり蹴ってきたからだ。しかし、そこは人形のためかあまり痛くない。アールは人形に何度も蹴られながら観察していると、頭上が暗くなるのを感じた。
「俺の目を盗んで遊ぶとは、良い根性しているな」




