まだあきらめたわけじゃない
慣れない左手で服を着る。ケガをしたスカイを見つけたのが腕利きのヒーラーであるエリアだったのが彼にとって不幸中の幸いだったようだ。けれど、今まで通りの暮らしができないとあってスカイは少しばかりピリピリしていた。
「ディレル街より東にあるトルストゥールという街に人形作りの名人がいます。その人形は魔法を込めることによって人間のように動くことができるみたいです。彼にあなたの義手を作るようにお願いしてみましょうか? その義手も動く魔法をかければたぶん、本物の手のように動くと思いますよ」
治療を終えてからエリアにこのような話を聞かされたのだが、実際彼女もその目で見たことはないらしくスカイは動く人形のことを嘘くさいと思っていた。実際その義手が動せるとして魔法が長続きするとは限らないし、義手が壊れないとも限らないのだ。
だからか、スカイはトルストゥールへの地図を渡されたときも、真剣に受け取ることはせずポケットにぐちゃぐちゃに丸め込んでしまいこんだのだった。けれども、利き手が使えない状態はスカイにとって好ましい状況ではないことも重々承知していた。たぶんきっと後々になってその人形師のことを思いだすことになるのだろう。
家に戻ってきてどれくらい経つだろうか。泣きじゃくって行かないでと訴えるミラの顔が頭を離れない。マダムのもどかしそうな顔も忘れることはできなかった。アールの父親はアールが家を出ていってからというもの、どうも荒れていたらしく家の中がどうしようもなく荒んでいた。父親はああ見えて一人きりと言うのが堪える性分らしい。
アールが戻ってきたことによって父親の顔が幾分かほころんでいたものの、アールにとって家に戻るということは不自由を受け入れることでもあった。小さいころから母親はおらず、父親と二人暮らしだったアールにとって父親と言う存在は恐怖そのものだった。実の父親でありながら、気を許せる存在などではなく、アールにとっては目の上のたん瘤のようなものだったのだ。
「その様子からすると、まだ騎士というものにはなれてないみたいだな? 家に戻ってきたということはその夢をあきらめたんだな?」
「そういう、わけじゃ……」
「ふん、そうだろうよ。お前の夢見がちな気質は母親似だろうからな」
母親がどんな巨人だったかなんてアールにとってはささいな問題でしかなかったが、父親がもうここにいない母親を罵るのを聞くのはつらかった。きっと父親の横暴さに嫌気がさして逃げたんだろう、とアールはひそかに思ったが口に出さなかった。
アールが黙っているのをいいことに父親は耳障りなことを言って聞かせ始めた。最近の女は聞く耳がないとか、口答えするとか、果ては別の種族にまでケチをつけだし始めた。
「エルフと言うのは軟弱だな。確かに賢いかもしれんがあいつらの線の細さは人間の兵士よりも下だ。しかも野菜ばかり食べている。だからあんなにひ弱なんだ」
「獣人族ってのはただ足が速いだけの半獣だな。それ以外の取り得ときたら、鼻が利くことしかない。そのせいもあってか今じゃ人間に山奥に押しやられているそうだ」
「近頃の人間と来たら鼻持ちのならない奴らばかりだ。森の中に住まず街なんていう箱物を造って緑を押しやって生きてやがる。あいつらのいく先は最近よく聞く機械人間だ。生き物じゃないんだよ」
延々こんなことを聞かされ続け、気がついたころには夜も近くなっていた。家に戻って良いことといったら肉が再び食べることができることだろうが、今のアールにとってはそんなことはささいなことでしかなかった。
マダムは巨人のアールを受け入れてくれた。そんなマダムならアールの騎士になりたいという夢も笑わないだろう。マダムの家がただただ、恋しかった。
やわらかくて暖かい寝床はネコを寄せ付けもするが、気がつかないうちにイタチまでもおびき寄せてしまう。マダム・マーラの善意はたしかに立場の弱い人を魅了した。けれどその善意は皆によく思われているわけではなかった。
特に都心部における伝統的な権威者はマダム・マーラの存在を危険視していた。異民族でなおかつ異端視された呪い師とあれば、マダム・マーラの立場が危ういのは目に見えて明らかだった。
それに亜人である巨人や獣人族を家に住まわせていたことがいつの日かばれてしまうのは時間の問題だった。もしそのことがばれれば、国家反逆罪をなすりつけられてしまうだろう。
他にも別の問題もあった。巷で人気を獲得しつつあるパン・シール教の存在だ。すべての命を大切に、というのが彼らのモットーだが、伝統的なサン・マリ教信者といざこざが出始めたのだ。そのことがまわりまわっていつしかサン・マリ教徒の間で、マダム・マーラのすべての種族に対する寛容的な態度と、すべての命を大切にと謳うパン・シール教を結び付けて考えられるようになっていた。
このことは、確実にマダム・マーラだけでなくアールの立場を危うくさせるものであった。パン・シール教の目的が、マダムの考えとは本質的に違うものであることは表面をなぞっただけでは分からないせいもあった。この見た目だけでは分からない差異が、後にとんでもない波紋を呼び起こすこととなる。
ディレル街のとある市場。パツィはいつものようにゼルと二人分の食事を買い出しに行っていた。資金はミドルーラ家から出されるものの、いつも手助けしてくれるわけでないことを彼女は不満に思っていた。が、不満を言って専属ダンサーを辞めさせられるような事態は何としてでも避けたい彼女は、市場での買い物でうっ憤を晴らそうとしていた。
とある露店の前を通りがかったときのことだった。エキゾチックな果物を扱っていたため自然と目をひいた。
「いらっしゃい。何かお求めですか」
その声を聞いて何か聞いたことがある声だと思い顔をあげると黒い瞳と視線がぶつかった。
「あっ、あなたは確かあの巨人を引き取ったっ! こんなところで商売を始めたんですねっ。えーと、だれでしたっけ?」
「あら、誰かと思えば確かパツィ、でしたわよね? こんなところで会うなんて奇遇ですわね。あと、わたくしのことはマダムと呼んでくださいな」
どうして市場の一角で商売を始めたのか気になったパツィだったが、異国情緒あふれる果物を前にそんな疑問は吹っ飛んでしまっていた。
「えぇ、あ、はい……、それにしてもいろんな果物がある……」
「……ちょっと話したいことがあるのですけれど、時間はあります? ここでは込み入った話はできないですからあそこの路地裏で」
「……え?」
途端に警戒心が走ったパツィだったがあのうっとうしい巨人を引き取ってくれた借りがあるため断ろうか迷った。そんな不安を見てとったのかマダムはあることを提案してきた。
「嫌ならここでも構いません。……ちょっとあることを頼みに参ったのですわ」
「ある、こと……?」
市場での露天を出しているのは形だけだった。マダムのような異民族が出店するのはすごく難しいことだということにパツィは後から気が付いた。頼みごとをするためにどういうわけかマダムは露天商の装いをしているのだ。
「そうですわ」
ごくりと生つばを飲み込む。マダムが話すだけで何か嫌な重荷を背負わされるのではないかと勘繰ってしまう。パツィはどうか嫌なことではありませんように、と祈りながら聞くことにした。
「ゼルに頼んでほしいのです。本当はゼルの父上にうったえたいのだけれど」
「何のことです? 何を……」
「一つの物を守ることだけがすべてではないと言ってほしいのです。これは、多様性の問題なのです」




