5話 極悪貴族
すると、誰が見ても貴族とわかる品のない金を基調とした馬車が近づきドアが開く。
ギィィィ。
高級品を身に纏い、見るからに贅沢をしているといわんばかりの肥えた男と近衛な剣士が外に出てきた。
剣士は腰には長めの剣を下げている。長さとしては刀身部分が百ニ十センチくらいだろうか。鞘は金があしらわれ重厚感と高級感を漂わす。その装備からしてこの剣士が只者じゃないのがうかがえる。
『おいっ! そこの女!』
皆が貴族の視線に方に眼が行く。
んんっ?リリーだった!
リリーは、言われているのが自分だとワンテンポ遅れて気が付き返事をする。
『ん? 私か?』
『そうだっ! お前だっ!』
『貴様よそ者の様だが、この領土に入ったからには郷に従え!貴族と同じ目線で話をするとは平民風情が分をわきまえんかっ!!』
なるほどこいつがその領主か。
『なんだ、この豚は生意気にも人語を喋るのか』
リリーなに言っちゃってるの~っ!
っ!??
まさかの返答にその場にいたで全ての人が凍りつく。
『豚だとっ!! きさま、私が男爵だと知っての暴言かっ!! 貴族に無礼を働いた平民は奴隷落ちか死罪だぞっ?!』
デーブスは顔を赤くしプルプルして言う。
『家畜風情が私に気安く話しかけるな……』
リリーはまるでをゴミ見るような冷たい目で見る。
『なななっ!??』
リリーのかぶせた言葉に周囲が凍りつく。
その瞬間、男爵がキレた。
『黙っていれば奴隷で可愛がってやろうとおもったが止めだ……あいつを切り殺せっ!!』
いきなり死罪決定!!まじか……
リリーはそのままの姿勢を維持し動こうとしない。
男爵の剣士が剣を抜刀して上段に構える。
剣士はリリーを睨む。
冒険者のオリハルコン級に匹敵するほどの眼光は他の冒険者たちとは比べ物にもならない。まるでリリーを魔獣のように睨みつける。
通常、睨みつけるだけで相手はひるんで謝るハズだったがリリーは違っていた。
いつもと様子が違う剣士は口を開く。
『女……、今デーブス様に謝るのならまだ奴隷ですむ。謝るんだ。俺も無駄に斬りたくない』
『なぜ私が謝る?貴様らが私に謝れ。もちろん豚語を使ってな』
『っ!?』
『………。仕方ないな』
リリーは下がる気はない。剣士も引けない。
この剣士は元冒険者。A級まで上り詰めた。その腕を買われてこのデーブスに破格の金で雇われている。
A級になるにはクエストをただこなすだけではとてもなれない。強力な運と飛び抜けた才能がいる。それだけではない。国の指定する災害クラスの魔獣を討伐できる程の実力がいることになる。
王国騎士団でもA級の実力を持つ者は国王陛下の近衛をする騎士しかいない。
つまりこの剣士はカーチス王国の中でもトップクラスに強いということになる。
『う〜ん……。さっそくトラブルに巻き込まれたか。相手がいくら強いといってもリリーは黒龍だ。生物上最強と言っていたからまず大丈夫だろうけど。本当にいいのか……』
俺は考える。
こっちの世界ではこれが当たり前なのか。
貴族に恥をかかせたら奴隷か死か。
簡単に人が死ぬ世界。
周りの町人は誰も立ち上がろうとしない。立ち上がろうものなら自分達も切られるのを知っているのだろう。みんな下を向きながら震えている。
『仕方ない……止めるか』
剣士はリリーに近づき間合いに入る。
自分もこの貴族には逆らえず何度も手を汚してきた。もはやとっくに罪悪感など無くなっていた。
騎士は迷わず剣を振り下ろした。
『シイッ!!』
その場にいた全ての人間が目を瞑り彼女の首がはねられたと思った。
シン以外は……
『ぐぁっっ!!?』
当然騎士の悲鳴が上がる。
?!
周りもその声に驚き目を開ける。
甲高い音がして上空から折れた剣先が落ちて地面に刺ささった。
『どういうことだっ!? 剣が折れたっ?!』
男爵は目を疑った。
リリーを切ろうとした剣士は手を抑え固まっている。全体量を乗せた渾身の一撃に手も足も痺れているのだ。
全力で降り下ろした刀は間違いなく女の首に当たった。
それなのに鋼以上の強度を誇る剣が折れたのだ。
この男の斬撃はプラチナの硬度のゴーレムさえも豆腐のように切り裂く。その斬撃が折られた。
有り得ない……。
しかも魔法はおろか詠唱も発動された様子は感じ取れなかった。それなのに弾かれたのだ。
『デ、デーブス様、お下がり下さい……』
それはつまり、この女の生身の身体が鋼以上の強度があるということ意味する。
人の様であり人ではない何か……。
剣士に一つの答えが浮かぶ。
ぞくりと背中が冷える…。
『貴様、ま、魔族かっ?!』
騎士は伝説上の『魔族』の名前を口にした。
かつて二百年以上前に突如現れ勇者アベルが討伐したといわれる伝説上の生き物……。
それを聞いたリリーの顔色が変わる。明らかに怒りを表に出した。
『魔族……だと?』
その瞬間、リリーから冷気が立ち込め空気が凍りつく。
誰もが浅く呼吸を繰返しその場にいた全ての人間がその人外な殺気に気を失うのを堪えていた。
『今の言葉、訂正しろ』
リリーは二人に向かって歩きだす。
『ひいぃぃ……』
リリーの殺気が二人に襲う。
男爵は腰を抜かし涙を流して震えて動けなくなっている。
騎士カタカタ震えながらなんとか男爵の前に立つ。闘うポーズはとっているものの、もはや体が反応しない。動かないのだ。本能が悟ってしまった。
殺されると……。
『リリー、そこまでだ』
シンがリリーの前に出て二人に頭を下げる。
『男爵様すみませんでした。私はシンと申します。リリーは私の連れです。なにぶん私達は田舎から出てきたばかりゆえに貴族様との振る舞い方を知りません。どうか許してはくれないでしょうか?』
『え?』
俺の謝罪の言葉にリリーの殺気も消える。
男爵は深く息を吸い込んだ。
『シ、シ、シンと言ったなっ! 今回だけは多目に見てやるっ!! が、その連れが無礼を働いた事を覚えておけっ!』
男爵は精一杯虚勢を張りその場からそそくさと逃げていった。
俺はデーブスにスキルによるマーキングをしておいた。この街にしばらく滞在する間に、この極悪貴族とまた何かあるかもしれない。
貴族にが去ったあとも周りの視線は冷ややかだった。
そりゃそうだ。自分の領土の貴族を怒らせたのだ。このまま何事もなく終わるハズもないと思っているのだろう。
『皆さんご迷惑をおかけしました』
俺は頭を下げておく。
するとお婆さんが近くに寄ってきた。
『あんたら冒険者なんじゃろう? 悪いことは言わない、出てった方が良いぞ。ここの領主デーブスは必ず仕返しにくるぞぃ』
『それとあんたら喧嘩早いみたいだから教えてやる。絶対に喧嘩を売っちゃいけない相手がいるよ。』
『それは貴族様だよ』
やさしいお婆さんだ。
『お婆さん、ご忠告ありがとうございます。それに騒ぎを起こしてしまってすみませんでした』
『なに構わないさ。じゃがこれからは気を付けるんじゃぞ。なにやら裏路地の悪党たちとの繋がりも噂されとるからの。夜道は歩かないことじゃ』
『分かりました』
と返事をして俺たちはそこを後にした。
次回、初クエスト
金の無い俺たちは手っ取り早く大金を手に入れようと最強のクエストを受ける……