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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あいまいな関係

作者: よう

私は武田カオリ。

システムエンジニアとして5年目、今やノリノリで仕事を楽しんでいるところ…

だけれども、仕事のストレスは積もる一方。26歳にしてストレス解消のお酒が欠かせない人生になってしまった。

毎週金曜日は会社を出たら同僚とそこらの居酒屋で乾杯、その後、行きつけのバー「ミッドナイトブルー」でマスターに愚痴を聞いてもらう、そんな日々だったのだけど…




『あれ?ここどこだ?』


私は目が覚めると、知らない場所にいることに気付いた。

広いベッド、枕元の操作盤。ちょっと狭い部屋の微妙な色使い。


…ホテルだ。


飲んだ勢いでどうやらここに来てしまったらしい。

マスターと来る事は無いだろうから、誰か客で来ていた男と意気投合したかな?でも、そんな記憶無いような…


と、隣で寝ている姿を見ると…


女の子だ!


よく見ると私も彼女も裸だ。どうやら、私は飲んだ勢いで女の子とホテルに来てしまったらしい。


『ええと…夕べどうしたんだっけ?』

8時間程前の出来事を、一生懸命頭の中で再生してみた。



昨夜は完全な絡み酒だった。

「だから、彼氏と別れたんですってば!!!」


マスターが私に『最近良く来てるけど、そんな暇なの?』なんて聞くから、話の流れ上言う羽目になってしまった。

その通り、暇なんです。

彼氏がいたときは会社帰りに待ち合わせて飲みに行って、気分が乗ればそのまま彼氏の家にお泊り…なんて日々を過ごしていたのに、今はもう毎日一人寂しく誰もいない家に帰るしかない。


「ありゃ、悪い事聞いちゃったな。ごめんごめん。」マスターは気まずそうな顔でお酒を作っている。


「いや、これはもうとことん聞いてもらうしかないですよ!おかわりお願いします!」

既にもう一口くらいしか残っていなかったグラスを飲み干し、話し始めた。


「だいたい、あいつ言う事がヒドイですよ。『カオリの飲み方はオッサンと変わらないぞ』って。私がどれだけストレスためてるのかわかってるくせに!確かに飲み始めると仕事の愚痴を言ってたのは悪いと思いますけどね、彼女のストレス解消してあげようとか思わないんですかね?」


マスターはおかわりをカウンターに置きながら「男は愚痴を言うけれども、聞くのは苦手な人多いよね。だけど、それだけが理由で別れたわけじゃないんでしょ?」と、静かに言った。


マスターは愚痴も聞いてくれるし、こういうときはありがたい。で、つい喋りすぎてしまう結果になるのだけど…

「そう、それそれ!ストレスたまってるのはあいつも原因だったんですよ!別に愚痴聞いてくれなくても、好きだよって言いながら抱きしめてくれれば私はそれでよかったんですよ!そして、お休みの日はデートに出かけて、おいしいご飯食べて二人で過ごせれば、週末の充電完了じゃないですか。月曜から元気に働けますよ~

それなのに、アイツ『人ごみに出るの嫌だから家にいようぜ』とか言ってずっと家でゴロゴロ過ごして。私のことは放っといてテレビ見てて、それに飽きて暇になると私の事求めてきて、適当にやった後は『で、いつ帰るの?』って。あたしゃアンタの性欲解消の道具じゃねーんだよ!!!」


つい大声を張り上げてしまった…。マスターは「まぁまぁ」となだめてはくれるけど、お店の他のお客さんが目を丸くしてこっちを見ている。

あー言わなきゃ良かった、と思っても時既に遅し。それに、酔っ払いは適度にエンジンがかかっていて、もはや止まる事ができない。


その時急に声をかけて誰か入ってきた。

「えー、カオリさん別れたんですか。」


そうだ、この子だ、隣で寝てるの。名前は…ええと…


「おや、サキちゃん、カオリさん知ってたっけ?」

マスターが意外そうな声で言った。


「何度か話してましたよ~?うちの会社の田中さんと来たとき、カオリさん交えてなんか盛り上がったことあって、それ以来たまーに。それよりもカオリさん、そんな男別れて正解ですよ。」

「サキちゃん嬉しい事言ってくれるねぇ。ささ、飲んで飲んで。」


うわ、私すっげぇめんどくさい酔っ払いだったな。


「かんぱーい!カオリさんと付き合えるだけでも幸せなのに、そんな適当な事しかできない男はダメですよ。休みの日はデートくらい連れてけって感じですよね!」

「そうなのよー。それにさ、別に出かけない日があってもいいの。二人でテレビ見ながらイチャイチャするのだって嬉しいんだから。

でも、『いつ帰るの?』じゃねーだろ?!って!!あたしはアンタのなんなんだよ。セフレかよ!って思ったわーあの時。」


私は嬉しくて隣に座っているサキに寄りながら話しはじめた、ような気がする。


「だいたい女の気持ちをわかってない男が多いですよね。女は彼女にしちゃえばあとは言う事聞いてくれると思ってる。何も与えなくても自分のことを好きでいてくれると勘違いしてますよ。」

「そう!私は多くは望まないの。私だけを愛してくれて、一緒にいて、私を見ていてくれればいいのに…」


手を胸の前で組んで、祈るようなポーズ…

なんの芝居だ。


「わかります~!私もそうですもん。二人がお互いの事を思っているのって素敵ですよねぇ。」

サキも同じポーズでマネしてくれた。


「サキちゃんとは意見が合うね。嬉しいわ!」

嬉しくなった私はサキの手を握り、そう言った。すると、サキは少しためらった後、口を開いた。


「私だったらカオリさんのこと悲しませたりしないんだけどな…」

「私だったら?サキちゃん私と付き合ってくれるってこと?」

「そ、そそ、そうです!私がカオリさんと付き合ったら、いつもカオリさんの事大切にして、二人で一緒に過ごしたいなぁって。」

「嬉しい事言ってくれるのね!そしたら、休みの日は一緒に買い物行ってくれる?」

「行きます行きます!試着室の中まで付き合います!」

「映画も~?」

「ずっと手を握って見てますよ!なんならポップコーン口に入れてあげます!」

「ご飯も?」

「私手料理作ります!」

「やー嬉しい!サキちゃん優良物件!私サキちゃんと一緒に過ごしたいなぁ。」


あーそう言えばそんなこと言ったな。

その後、二人でデートするならどこ行きたいとか、どこのお店がいいとか、そんな話で盛り上がったんだっけか。



そしてその結果が、これか。

隣で寝息を立てて寝ているサキはなんだか幸せそうな顔。


でも、なんかこれ嬉しいかも。ちょっとほっぺたをつついてみた。


「んー…」


サキは目を覚ました。


「あ、カオリさん。おはようございます。二日酔いとか、してません?」

「んー、大丈夫。翌日まではだいたい残らないタイプなのよ私。」


サキは体を起こして、両手をついて私の上に覆いかぶさってきた。

「カオリさん…」

サキの唇が私の唇に触れた。


あ、いいな。

朝、まどろんでいる時間のキス。


「カオリさん、昨夜の事覚えてます?」

「う…ホテル来てからのことはほとんど覚えてないかも。」

「えー、あんなに気持ち良さそうだったのに。」

サキはつまんなそうに言いながら、私の体に触れてくる。

ちょうど気持ちいいポイントを攻めてくるのは、同じ女だからなのか…?

「ん…ダメ、触られてるとスイッチ入っちゃう。」

「うふ…カオリさん、好きですよ。」

サキは悪戯っぽい目で私の体を触れ始めた…




チェックアウトし、外に出るともうだいぶ日は高くなっていた。

「こんな時間にホテルから二人で出てくる女ってどうなんですかね?」

サキがニコニコしながら私を見て言うので、ぶっきらぼうに答えてしまった。

「まぁ、そう言う関係だって見られるわよね。若干ヨレてるし、すっぴんだし。」

「カオリさんはすっぴんも素敵ですよ?」

「やめて!アラサーに足踏み入れた女にそう言う気休めは。」

二人で笑い合いながら街を歩いた。


笑いが終わった後、サキが真面目な顔でこちらを向いた。

「カオリさん、これは、酔った勢いの一夜の出来事ですか?昨日の事は、お酒のせいになっちゃうんですか?」


酔っ払いの言った言葉は確かに信憑性に欠けるかもしれない。

それならば、と私はサキの手を握った。

「ねぇ、サキちゃん、今日は何か予定ある?」

「無いです!週末はいつも一人で暇してますよ?」

「じゃ、さ。約束どおり、これからは私と一緒に過ごしてよ。早速、見たい映画あるんだよね。」

サキの表情はパッと明るくなり、私の腕に飛びついてきた。

「行きましょう!やったぁ!」

しかし、気になるのは、昨日と同じ服…

「とりあえず、いったん家に帰って着替えと化粧してきたいね。」

「あー。同じくです… カオリさんとデートするなら着替えたい!」


とりあえず、お互いいったん帰宅して再度出直す事とし、スマホのメッセンジャーの連絡先を交換した。

「メッセージ行きました?」とか言いながらやり取りしているのが嬉しいのって久しぶりかも。


さすがに化粧してないのが気になって電車に乗れず、タクシーを呼んだ。

まずはサキの家の前を通って降ろし、私の家に向かう。

家についてシャワーを浴びて準備をしている最中、浮かれた気持ちになっている自分に気付いてしまった。

メッセンジャーを見て、サキと待ち合わせ時間を決める。

ちょっと気合い入れてメイクをしている自分がなんだか恥ずかしくも嬉しかった。


「相手は女の子なのに…」


自分でつぶやきながらも、そんなのは関係ない。

一緒にいて楽しいと思える相手と出かけるんだ、そう思うと、気持ちがはやるのがわかった。


元彼と会っていたときってそう言う感覚あったかなぁ。最初はさすがにそう思っていたかな?

ゴチャゴチャとつまらない事を考えながら待ち合わせ場所に向かった。

待ち合わせ場所の駅前に行くと、サキは既に来て待っている。

スマホを見たり、辺りを見回したりしている。


『あ…この子、かわいいな。』


サキの様子を見ていたら、素直にそう思えてしまった。

早く声をかけてあげたいと、小走りに近づく。


「お待たせ!だいぶ待った?」

「全然、さっき来たとこですよ~」

嬉しそうに微笑むサキを見て、私も嬉しくなる。

相手の気持ちはそのまま自分に反映されるんだな、と実感した。

そのまま私はサキの手を握り、歩き出した。


『女同士でも手を握るくらいは、いいよね?』


自分に言い聞かせるように心の中で唱えてみたけど、思ったより手の感触がしっくり来る。

ここんとこ手を繋ぐ事なんてなかったから、新鮮かと思ったのに…


隣でニコニコしている子を見ながら、これから楽しくなるような予感がしていた。




それからの日々は、今までと一変してしまった。

休みの日は家で部屋着のまま一日過ごし、来もしない彼氏からのメッセージを待っている。

手を抜いた食事で空腹だけを満たし、テレビで新作映画の情報を見ては「行ってみたいな」とつぶやくだけだった日々。


サキと出会ってからは、休みの日でもいつまでも寝るのではなく早めに起き、午前中から待ち合わせして出かける。

映画も水族館も、行きたいと思ったところには二人で行く事ができた。


美味しい食事を食べるのも二人で。

「あ、これ美味しい。この店正解だったね!」

「ですね~!こっちも美味しいですよ。少し食べますか?」

「ちょうだい、ちょうだい。サキちゃんも私の食べるでしょ?」

なんてやり取りをしているだけでも、食事の時間がより充実する。


毎週出かけるわけでもなく、たまにはサキを家に招き、のんびりと借りてきた映画のBDを見ながら過ごす。

「これ、映画館で見損なったんだよね。」

「結構話題になってましたよね。私も見てませんけど。」

「と言う訳で、今日はこれを見ます!」

「飲み物もおやつも用意しましたから、のんびりしましょ~」

と言いながら、隣に座るサキが寄り添ってきた。


「こうやってサキちゃんと二人で見ること増えてきたから、テレビ買い換えようかなぁ。」

「もっと大きいテレビとかですか?」

「そうそう。映画館並みとまではいかないけど、もうちょっと大きい画面で、ね。スピーカーも良いの入れたりさ。」

「そんな環境になったら、私この部屋に入り浸っちゃいますよ…」

そう言いながら甘えてくる姿に、私はサキの頭を撫でながら抱きしめて軽くキスをする。


映画の後はスーパーに買い物に行って、二人で食事を作り、そのまま翌日まで一緒に過ごす。


そんな時間の過ごし方、ずいぶんしてなかったなぁ、と思わず苦笑してしまった。

この程度の事もできないような男たちと付き合っていたのか、と思い出すと、当時の自分に対しても腹が立った。


それと同時に、当たり前に二人で過ごす事を実現させてくれるサキに対して感謝の気持ちを覚えていたし、自分に見せてくれる姿のかわいらしさが愛おしかった。

これからもずっと一緒に過ごしたいと思う。

たぶん、この子のことが好きになったんだな、と確信していた。


だが、同時に不安もあった。


この子は女の子だ。

女の子と付き合っている事をみんなに言えるのか?

この先もずっと一緒にいられるのか?

そもそも、この子だって、私のことをずっと好きでいてくれるのか?


たまに一人の夜にそんなことをぐるぐると考えたりする。

そのせいか、私はサキに対して気持ちを伝えられずにいた。

それに、自分の気持ちをはっきりと伝えてしまうと、自分自身もその言葉に縛られてしまいそうで怖かった。


なので、いつも私はあいまいな言い方でごまかしていた。

好き、とは言わない。

私が好意を持っている、と察してくれるようには振舞った。


それでも、サキは私と一緒にいてくれる。

会っていない時にスマホに飛んでくるメッセージも、だいぶ増えてきた。


朝起きるとすぐに送りあう。

『サキちゃんおはよう!』

『おはようございます~♪眠いです。起きたくないです…』

『仕事いかないとね… がんばろー!』


夜寝る前にも

『そろそろ寝るね。また明日♪おやすみ~』

『カオリさんおやすみなさい~ 大好きですよ』


そんなやり取りを毎日送りあっている。


平日も、なんとなく会いたくなるとスマホにメッセージを送る。

『今夜、早く帰れるなら飲み行かない?』

『行きます行きます♪ どこ行きます?』

『今日はおなか空いたから~』


そんなやり取りをしてから夜になると、駅で待ち合わせをしてお目当ての店に行く、そういう夜を何度も過ごした。



今日もそんなやり取りをして、待ち合わせをしていた。

私の提案で、赤提灯のぶら下がる、サラリーマンのオジサマが集まるような飲み屋に向かう。

のれんをくぐると、ゴチャゴチャしたテーブルと炭で焼いた焼き鳥の匂いが二人を迎えた。


「カオリさん、よくこんな店知ってましたね?」

「会社の人に教えてもらったのよね。なかなか来るチャンスがなかったんだけど、今日は焼き鳥が食べたくて…」

「焼き鳥いいですね~。生中2つ!」

「そしたら、ネギマと皮とぼんじり、塩で。あとつくね。全部2本ずつで。」


注文を済ますとおしぼりで手を拭きながらいつものようにサキとの会話になる。

「サキちゃんはこう言う店では飲まないの?」

「会社の人とは会社の近くのチェーン店の居酒屋で飲む事はありますけど、こう言う感じのところはないですね。友達とはどっちかと言うと飲み屋じゃなくてワインバルとかそう言う感じで。」

「まぁ、あまりこう言うところには来ないよね。ここはね、焼き鳥がすごく美味しくて、そのために来たのよ。」

「焼き鳥って宴会メニューで串盛りが出てきて、串から外してつまんでるイメージですけどね…」

「私、それが許せないの!!!焼き鳥は串のまま食べなさい!なんのために串に刺さって出てくると思ってるの!って感じで。」

「カオリさん落ち着いて…! あ、来ましたよ!」

「きちんと二本頼んだから、一本そのままで。焼きたてで美味しいところを食べてよね~」

完全に私の趣味だけど、焼き鳥はそうやって食べて欲しいし、サキに美味しい焼き鳥を食べて欲しかった。

サキがおいしそうに焼き鳥をほおばっている所を見ていると、食欲とか色々な気持ちが満足した感じがする。


焼き鳥やその他の赤提灯的なメニューを頼みつつ、二人で数本の酒を飲んでほろ酔いになってきたところで、その時はやってきた。

少し酔って頬の赤くなっていたサキは、周りの人たちに気付かれないよう、私に近づきつつ口を開いた。


「カオリさん、いつもこうやってご飯食べたりお酒飲んだり、カオリさんち行って過ごしたりして来てますけど、カオリさんにとって私ってどういう存在ですか?」

「どういう存在?」

「デートもして、一緒に過ごして、体の関係もあって、私は好きって言ってるけど、カオリさんから言ってもらってないです… 単なる都合いい女になってるんじゃないかなぁって、そう思ったら不安になってきて。」


私が敢えて避けていた事は、サキにとっても気になっていたのか。しかし、まだはっきりと言う勇気が無かった。


「私は言葉に出さない代わりに態度で示していたつもりだったんだけどな… いつも一緒にいる時の態度見ればわかるでしょ?恥ずかしいから言わせないでよ。」

はっきりと言わないままにしてしまった。曖昧な表現で、私の気持ちを察しろと言うことだ。


「もー、また言ってくれない… けど、信じていいんですよね?」

サキは私の言葉を聞いて、なんとなく不満そうに、口を尖らせながら私を見た。


…気持ちなんてはっきり伝えてしまえばいいのに、何に対して臆病になっているのだろう。

そう思いつつも、サキを少しでも安心させてやりたくて、微笑みながら頭を撫でた。


サキはちょっとつまらなそうな声で、でも少しにやけながら言った。

「なんか…カオリさんずるいです。」

「だって、恥ずかしいんだもん。」


照れ隠しのつもりで、急に「さぁ、明日も仕事だしそろそろ帰ろうか!」と切り上げた。


…今日もまた、好きって言わなかったな。




ここのところ新しい仕事のスケジュールが若干遅れ気味だった。

おかげで、会社帰りにサキとご飯に行く事がしばらくできていない。先週は土曜も出社していたため、週末も会えていなかった。

こちらが忙しいせいか、普段の連絡もだいぶ減っていた。

夜はサキが寝た後に帰宅するような毎日だったため、夜のメッセージのやり取りもできていない。


今私が担当しているのは何年も継続で対応している顧客の新システム。新人時代からその会社とのやり取りをして、そこそこ顧客側の要望は理解している。

そんな中で、部下を数名抱えたチームリーダーとして仕事をしていた。

顧客からもらった要件を元に設計書を執筆し、今日は課長が設計書を持って顧客のところに行き、内容のチェックである「レビュー」をしてきているはず。

これを過ぎれば、いったんは落ち着くはず…


昼過ぎに課長が帰ってきたところ、私はすぐさま会議室に呼ばれた。

帰ってきたときに課長の表情に険しいものを感じていたので、良くない話である事は理解していた。

けれど、それが私自身の問題であるとは、その時点では理解していなかった。


会議室で課長と向かい合って座ると、課長は机の上に設計書を開き、口を開いた。

「武田さん、設計書のこのページ執筆したのはキミでいいんだよね?」

「はい、メイン処理の部分は基本的に私が設計してますし、それに、ここに私の名前も入れてます。」

「お客さんからもらった要件書を元に執筆している、と言う事で良いんだよね?」

「そのつもりですが…何か?」

課長の表情から、良くない話になる事は想定できた。


「ここの処理が、向こうの要件と異なるという指摘が入ったんだよ。ここが違うとなると、後続の処理もあわせてだいぶ変更になるよね。」

「えっ…違うってどういうことですか?」

「向こうの想定とまるっきり反対の事をやってるという事だ。そもそも、この処理、要件書には記載してないよね。」

「反対ですか?いつものあの会社は、異常データ発生時には読み飛ばしてアラーム通知でしたよね?」

「今回はそのまま継続して、後続の画面に表示させて異常が出ている事を画面から照会できるようにしたかったそうだ。これは要件書の前半で、異常処理についてまとめて書かれている中に記載されていたよ。」

「そんな…」

背中が汗でびっしょり濡れている感覚になっていた。

ただでさえ遅れ気味のところに、とんでもない爆弾を放り込んでしまった。


「要件に明確に記載されていない、あいまいな処理については顧客に質問を投げて要件を確実にしてから設計するよう言っていたよね。なんで今回そうしなかったんだ?」

「今まで作ってきたものが読み飛ばし処理だったので、同じだと思っていました。」

「向こうは異常処理の進め方についてまとめて書いておいたからそこを参照すると思っていたそうだ。曖昧なものを思い込みで進めると、こういうことになるんだ。曖昧なものは双方、どうとでも取れる。こうだと思ったことは、相手はそうは思ってない可能性があるという事だ。」

「…申し訳ございません。」


課長はため息をついたあと、こちらを向きなおして言った。

「とは言え、社内のレビューの際に指摘できなかった私の責任でもある。キミ一人の責任だなんて言わないから、とにかくリカバリーをしよう。」

「私がこれから設計し直します。」

「キミは今進めている作業に集中してくれ。設計書の修正と影響範囲調査は私がやる。」

「課長がですか?!」

「キミが入ってくる前にここの会社のシステムを作ったのは私だよ?最近管理しかしてないからって、設計できないと思われると困るな。」

「すみません、そう言う意味ではなかったのですが…」

「とりあえず、今日の夕方ミーティングまでに直してみんなに周知するので、それを元にキミはスケジュールの修正とメンバーへの指示をお願いしたい。」

「え、夕方までって、もう何時間もないですよ?」

「帰りの電車の中である程度めぼしつけてあるから、あとは書き直すだけだ。大丈夫。一応キミの上司なんだから、信用してくれよ?」

課長は笑いながら胸を叩いた。

そういえば、課長は元々わが社のスーパーSEと呼ばれていた、と先輩に聞いたことがある。

課長が任せてくれ、と言うのであればそこは任せて良いだろう。

となれば、あとは依頼された内容をきちんとこなしていくだけだ。


その日はだいぶ精神的にもこたえたが、課長の修正のおかげでなんとかなりそうだった。

とりあえず目の前の壁を乗り越えたら、安心した。

安心した瞬間、サキに会いたくなった。

「先週から会えてないな…」


意識すると急に寂しさに襲われる。

帰りの電車の車内から早速メッセージを送ってみた。


『今仕事終わった~ ねぇ、そろそろ時間取れそうなんだけど、会いたいな』


すぐに既読になり、返事が帰ってきた。


『おつかれさま!会いたいです。いつ会えますか?』


『明日は少しは早めに出れるかなぁ。明日はどう?』


『いいですよー!そしたら、金曜ですし、夜になったらミッドナイトブルーで待ってますよ』


『おっけー!また明日ね!』


約束をしたことで少し安心した。

それと同時に自分の振る舞いが気になってきた。


曖昧なままにしてきた。私がサキのことを好きだと言うことは伝わっているのだろうか。

サキは私のことを好きでいてくれていると思っているけど、もしかしたらサキは不安になって私から気持ちが離れてしまうかも知れない。


もうサキの存在は「フラれたらそれでいいか」と思える相手じゃなかった。


曖昧なことも理解してもらえる事が気持ちが通じ合っている証拠だと考えていたけれど、そうじゃないかも知れない。

やはり、お互いの気持ちをきちんと伝え合う事が大事なのかもしれない。

そう思うと、今までの自分のやってきた行動が急に不安になってきた。


サキに好きだと伝えたい。サキと気持ちを確かめ合いたい。

早く明日にならないかと思いながら、電車の中でウトウトとしていた。




翌日はいつものように仕事をこなしつつも、気持ちはすっかり「ミッドナイトブルー」に行っていた。

早く仕事を終えて、早くサキに会いたい。

会社を出たあと、小走りに駅に向かった。

ついついホームでも焦って走ってしまう。


走ったところで別に早く着くわけでもないんだけどな…

苦笑しながら電車の中で駅の数を数え、早く到着しないかと考えた。


最寄の駅を降りて、店にまっすぐ早足で向かった。入口の窓から中をのぞくと、今夜のお店には人がいなかった。

ドアを開けると、カウンターの中にマスターがいて、その前にサキの後ろ姿。


「お待たせ!!」

声をかけるとサキが振り返り、少しニコッとして言う。

「お疲れ様~!」


荷物を置きながら座り、マスターに酒を頼んだ。

「なんかカオリちゃん、せわしないねぇ。」


マスターはそんな軽口を叩きながらも手際良く酒を用意し、私の前に置いてから、裏に引っ込んだ。

私はサキの方に向かい、「お疲れ様」と一言乾杯してから、酒に口をつけた。


「カオリさんしばらく忙しそうでしたね?」

「そうなのよ。先週からバタバタしてて、もうちょっと続きそうではあるんだけど、昨日ちょっとキツイ出来事あって凹んでるのよね~」

「えっ、大丈夫ですか?」

「まぁ、仕事の方はなんとかなったんだけど… それよりも、私はサキちゃんに会いたくて。」

「私はいつでも会いたいですよ?でも、カオリさん忙しい時は仕方ないですよ。」

なんとなくサキの雰囲気が違う。変に落ち着いていて嫌な感じがした。


「今日はサキちゃんに話したいことがあって、早く会いたかったのよ。」


そう、今日こそ好きって伝えよう、と思ってきたのだ。

仕事でやらかした分、私生活はしっかりしたい…そう思っていたのに


「あ、私もカオリさんに話したいことがあるんですよ。」

「え?サキちゃんから?」

昨日から盛り上がっていた気持ちだったが、意外な言葉に驚いてひるんでしまった。


「はい。…カオリさん、私、今好きな人がいるんです。」


…え?


「…好きな人?」

「ええ、カオリさんと会えなくて、メッセージも少なくなって、少し考えていたんです。やっぱり、好きな人と一緒にいたいなぁって。」


聞こえてくる言葉がスムーズに頭に入って来ない。

ちょっと待って。


「え?サキちゃん、好きな人って何?」

「好きな人ですよ~?」

「その人と何かあったの?」

「あったかと言われたらありましたかねぇ?」

「マジで?!」


サキは私のことが好きだと思っていた。思って、安心しきっていた。

私が好きなことはわかってくれていると思っていた。


また、思い込みによるやらかしだ。

二日連続で大量の冷や汗が出てきた。


「その人はサキちゃんの事好きなの?」

「ん~。多分好きだと思ってくれてる、と思います。だから、その人に好きって言わせたくて。」

サキはニッコリと笑っていた。


「サキちゃんは私よりその人のほうが好きなの?」

「んー、どうでしょうね?」

「私の方がサキちゃんのこと好きだと思うよ?!」

「どうでしょう?それはわからないですよ?」

サキはずっと表情を変えずにニッコリしている。


ここまで放っていた私に対する怒りで笑ってるのかなぁ。

心拍数が上がってくる。


「やめてよ!私サキちゃんのこと好きなのよ!二人で一緒に過ごしていて、こんなに楽しくて、サキちゃんを見ていてかわいいって思えて、何よりも充実した時間が過ごせて、サキちゃんと離れたくない。きちんと好きって言わなくてごめんなさい、サキちゃんがいないと嫌だ!」


いつの間にか涙が出ていた。

彼氏に別れようといわれた時でもこんなになった事ないのに…


そこまで言った時、サキの目からも涙がこぼれていた。


「…やっと言ってくれた。」


「え?」


一瞬何を言われているのか、理解できなかった。


「私の好きな人はカオリさんに決まってるじゃないですか。カオリさんも私のこときっと好きになってくれてるだろな、って思っていたし。でも、ずっと好きって言ってくれないじゃないですか。だから、カオリさんに好きって言わせたかったんです。」

「え…そう言うこと?」

「ですよ!他に好きな人いると思ったんですか?」

「だからびっくりしたんじゃん、そんな人いつできたの?って。」

「もーー!いません。他の人なんか好きになりません!」

サキがふくれっ面になった。


「良かった… サキちゃんに別れ話されると思って泣いちゃったよ。」

ハンカチで涙をぬぐうと、隠れていたマスターが出てきた。


「ん、解決かな?」

マスターはなぜかケーキを持っていた。

「ようやく二人の関係が落ち着いたって事で。サキちゃんよかったね。これ、俺からのプレゼント。」

私とサキの前に一つずつ置きながら、マスターが私に向かって言った。

「カオリさん、好きなら曖昧なままにしないで伝えた方がお互いのためにもいいと思うよ。相手も安心するし、自分で口に出す事で自分の気持ちも固まるしね。」

「なんでマスターがそう言うこと言うんですか?」

「サキちゃんから相談されたんだよ。んで、どうしようかねー、って相談して、二人で今日のシナリオ作ったんだよ。」

「なんと…マスターもグルだったのか。」

マスターはニヤッと笑うと、急に思い出したようにカウンターを出る。

「そうだ、店開けなきゃ。」

そう言うとマスターは店の扉を開けた。

よく見たら、外の札が「Closed」になっている。


「他の人がいないほうがやりやすいでしょ?」

嬉しそうにマスターが笑っていた。


サキの方を見たら、彼女もこちらを見ていた。

その顔を見たら、私の中の気持ちがいっぱいになってしまった。

「ごめんね、サキちゃん。私に勇気が無くて、曖昧な言葉でごまかしていて。」

「私、カオリさんに好かれてる自信はあったんですけど、やっぱり言ってもらえないと不安になっちゃって。たった一言『好き』って言ってもらえただけで、すっかり落ち着けました。」

「うん、なんか変に臆病になっていたのか、サキちゃんの気持ちを理解したつもりでいたのか。大切な言葉なのにね。これからは好きって思ったら、きちんと伝えるよ。」

そう言ってサキの事を抱きしめた。


「うん、私はずっとカオリさんのことが好き。離さないでね。」


「離さないよ。私も、サキのことが好きだから。もう曖昧な関係にはしないから。」



[了]

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