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最悪

 最悪。


 それが血まみれで草原に倒れ意識を失って死にかけている人間の男に対する少女の、星の魔女の感想だった。

 ちらりと男の側にいる竜の背を見ると、立派な鞍が付けられていた。どうやらこの人間の男は何処かの国の“竜騎士”のようだ。


 “竜騎士”の戦闘力は高いがその数は少ない。

 大抵の竜は戦いを厭う、そのため戦いを生業とする騎士と契約する竜の数自体が少ないのだ。“竜騎士”の存在意義は戦闘ではなく自国の戦力の誇示や敵国への牽制の意味合いが強い。


 だがそんな“竜騎士”が死にかけている。という事は。


(大きな戦争でもあった? それとも暗殺? どちらにしても……)


 録な理由ではない。

 最 悪 だ。絶対に関わりたくない。

 結界をかけ直しながら、このまま知らなかったふりをしてここから追い出してやろうかと本気で思い始めた時、気を失った竜が「グルル」と苦しげに鳴いた。


 ――駄目だ。捨てられない。

 竜は同族をとても大事にする種族だ。しかもこの竜はまだ子供。この子を見捨てれば他の竜から報復を受ける。

 竜だけ助けて人間を見捨てる事も良策とはいえない。“竜騎士”と竜の絆は深い、助かった竜の子供に男を見捨てた事がばれる可能性がある。

 浮遊島の“内”にいたとしても、複数の竜からの攻撃に耐える自信はさすがにない。


「チッ」


 忌々しげに舌打ちをすると、ユキが『お行儀が悪いわよ』と睨み付けてきた。それにムッとした顔を返しながら竜に近付く。


 滑らかな朱金の鱗をそっと撫でながら竜の傷をひとつひとつ確認していく。傷は多いが深刻な物は無さそうだ、これなら少し魔力を注いであげれば問題ないだろう。竜は回復力が高い。


 竜の身体に触れていた手に魔力を集めると、抵抗される事なくスウッと力が吸い込まれるのを感じた。

 どうやら受け入れて貰えたようだ。竜は他人の魔力を嫌う事があるのだが、この竜は大丈夫なのだろう。最悪の事態は免れたとほっと胸を撫で下ろす。


 で、それで、だ。

 改めてそれ(・・)を視界に入れる。


 嫌だ。だが放っておく事も出来ない。


 これは竜の為! 竜の為! あと自分の平和の為! と言い聞かせながら涙目で近付き、ギッと見下ろす。


 濃い金髪に彫りの深い顔立ち、おそらく西の出身だろう。細かな傷や打撲の跡があるが、致命傷なのは左脇腹に刺さった矢だ。

 濃紺の鎧の一部が砕けている。ここを狙って射れるとは思えないので、恐らくこの男の運がよほど悪かったのだろう。


(巻き込まれた私のほうがよっぽど運が悪かったけどね!)


 とりあえず鎧を脱がして魔力を流しながら矢を抜こう、そう思い手を伸ばした時「クルル」という竜の声が聞こえた。

 見上げると意識を取り戻した竜と目があった。


「大丈夫よ、助けてあげる」

「クルル」


 竜の心配そうな視線が男に向かう。


これ(・・)もね」

「……グル」


 男を指差しながら安心させるように微笑みながら言ったのに、何故か不満気な声を出されてしまった。どちらも助けると言ったのに何故だろう? 不思議に思いつつも気を取り直して改めて男を見る。


 矢を抜く前に鎧を脱がそうと思ったが、この男はデカイ、重そう、面ど……。

 何故だろう? なんとなくだがさっきから竜とユキの視線が冷たい気がする。ヨルは……いなかった。おそらく大樹の上でのんびり昼寝でもしているのだろう。羨ましい。


 とりあえず胴体部分の鎧は破壊してしまう事にした。どうせもう壊れている、修理すれば使えるのかもしれないが、そんな事は知ったこっちゃない。命を助けてやるのだから文句言うな! である。


 人差し指に魔力を込めてちょんとつつくと、鎧が砂粒となりさらさらと草の上に落ちる。

 それを見ていた竜が「キュウ」と驚いたような声をあげた。目を丸くして驚いている様子が可愛い。「じゃあ次は矢を抜くね」と刺さっていた矢に手を伸ばすと、矢は破壊しないのかと不思議そうに竜が首を傾げる。


「矢は破壊しないよ、このままの状態で破壊したら破片が体内に残っちゃうからね」


 私の説明に竜は成る程というように頷いた。


 さて、実はここからが難しい。治癒魔法を行使しつつ矢を抜かなくてはならないからだ。でなければ大量出血の可能性がある、それに内部の臓器の修復も同時に行う必要がある。

 改めて気合いを入れ直し、矢を抜く手に力を込める。


「ぐぅっ!」


 男が痛みに呻き、目を開き――


「ひいっ! スリープ!!」

「……」

「……」


 男は眠りに落ちた。

 竜とユキの視線がとてつもなく冷たい。


「いや、ほら。麻酔? 的な?」


 うん、必要。寝てた方が良い。痛いのカワイソウダヨ。

 そういえば麻酔の魔法があったなと思い出し、気付かれないようにそっと男にかけた。……が、ユキにはばれている気がした。


「…………ではオペを再開します」


 二匹の冷たい視線を浴びながら、私は再び矢を抜く手に力を込めた。

【後書き】

シリアスな話になるはずだったのにすでにギャグが……。それに人間嫌いではなく人間(対人?)恐怖症の主人公になってきた……。

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