招かれざる客
【前書き】
甘甘ではありません。不定期更新です。
それでもよろしければどうぞ↓
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カショ、、、カショ。
草原に生えた巨大な樹の下で、一人の少女が赤いチェックのピクニックシートの上に座って何かをしている。
草原を駆け抜ける風に、ボブショートの黒い髪がフワリとなびく。瞳の色は紫紺、肌は日に焼けていない白。小柄な体型と童顔のため16歳頃に見えるが、瞳には落ち着いた大人の光を宿しており、少女を年齢不詳の謎めいた存在にしていた。
カショ、、、カショ。
その不思議な音は少女の手元から発せられていた。
少女の左手には白銀に輝く20センチ四方の四角い紙、そして右手には青い1穴の穴あけパンチが握られていた。
カショ、、、カショ。
この不思議な音は少女が穴あけパンチで紙に穴を空けている音だ。
カショ。
どれ程の時間が経過しただろうか、斜めにあった太陽が天空へと差し掛かった頃、少女の手が不意に止まった。
少女は穴あけパンチの蓋を開き、丸い形に切り取られた白銀の紙をパラパラと黒い箱に、そして穴だらけになった紙と穴あけパンチを白い箱に入れて蓋をした。
「今日のノルマ達成~」
そう言って両腕を上に持ちあげ、ぐぐっと背筋を伸ばす。
長時間同じ体勢でいたため固まってしまっていた筋肉がほぐされ気持ちが良い。少女は手を上にあげた体勢のままゆっくりとピクニックシートの上に寝転んだ。
草原に咲く色とりどりの花と大樹の深い緑の香りがし、ぽかぽかとした陽気が少女を眠りへと誘う。
疲れはあるが行っている作業事態は単純なものだ、昼時とはいえまだお腹も減っていない。今日のノルマは既に果たしたのだし、このまま昼食を取らずにのんびり寝て過ごそうかと思い瞳を閉じる。
しばらくして、頭上からパタパタと鳥の羽ばたきと共に、寝そべった少女の上に一匹の白い猫――猫と言っても翼の生えた異形だ――がフワリと降り立った。
白い体毛と同じ白い翼を折り畳み、白猫は少女の顔を除き混むと「みゃう」と一声鳴く。
「……」
少女はピクリと瞼を動かしたが目を開ける気配はない。狸寝入りを決め込む少女に、白い猫は呆れたような眼差しをし――鼻先をザリッと舐めた。
「っふひっ! わ、分かった! 起きる! 起きます!」
少女は慌てて目を開くと、自分の上に乗っている白い猫を抱きかかえるようにして上体を起こした。
「……1日くらいお昼を抜いても平気なのに」
お前達だって食事は不要でしょ? と不満気に呟く少女に、淡いブルーの瞳をすがめ、嗜めるように白い猫が再び「みゃう」と鳴く。
「……分かったよ、ユキ」
少女が立ちあがると同時に、少女の腕から抜け出したユキと呼ばれた白い猫は地面に降り、大樹の側に建てられたログハウスに向かう少女の後を追う。
ログハウスにはトイレと風呂場以外に部屋は3つある。
左に小さな8畳ほどの寝室、右に暖炉のある少し広めのリビング、そして中央の最も広い部屋がキッチンだ。キッチンには木目の美しい卓上テーブルと椅子がひとつだけ。
そして一人暮らしにはいささか大きすぎる冷蔵庫がひとつ、3口のコンロとシンクが付いたカウンターがひとつ、そしてよく使い込まれたフライパンや鍋がレンガが貼られた壁に並んでいる。
そして磨ガラスが嵌め込まれた食器棚とその側に置かれた棚には、瓶に詰められた調味料や保存食が並べられていた。
まだ眠気が取れないのか、冷蔵庫からヨーグルトを取り出し大きなあくびをした少女の足の甲を白い猫、ユキが踏む。
そして『もしかしてそれだけでお昼を済まそうだなんて思ってないわよね?』そんな声が聞こえてきそうな顔で少女を見上げた。
「……これだけじゃなくてリンゴも食べるよ」
「……」
「リンゴのバター焼き」
「……」
「……シリアルも付けよう」
ユキがそれならばまぁ良し、と言うように少女から脚を下ろした。
少女は苦笑しつつ、テーブルの上の籠から取ったリンゴを手際よくカットしていく。一口サイズの薄切りに切られたリンゴをフライパンで炒め、しんなりした所でバターを入れると、たちまち香ばしい薫りが部屋中に漂う。
ト。
音に振り返ると開けっ放しのドアに黒猫がいた。金色の瞳が印象的な猫だが、その背中には
ユキと同じ鳥の翼――色は黒い――が生えている。
「ヨルも食べる?」
黒猫は少女の言葉には答えずに白猫の隣に並んで座る。『食べる』という事だろう。
「じゃあ3人分ね」
そう言い食器棚から取り出した深めの木の皿3つに、シリアルとヨーグルトを入れ蜂蜜を垂らそうとし、二匹を見る。
「蜂蜜かける?」
少女の言葉にユキは「みゃ」と鳴き、ヨルはフイッとそっぽを向いた。ヨルはいらないらしい。
二皿だけヨーグルトに蜂蜜をかけ、リンゴのバター焼きの上にシナモンを振りかけたら完成だ。
「天気もいいしテラスで食べよう」
出来あがった物と紅茶が入ったポット、それから3人分のティーカップをテラスにあるテーブルへと運ぶ。
椅子に座り少女が「いただきます」と手を合わせると、テーブルの上でユキは「みゃ」と鳴き、ヨルはゆっくりと瞬きをしてから食べ始めた。
軽い昼食を取りながら少女は周囲を見渡す。
風に流された雲が草原を這うようにに流れていく。なかなかに珍しい光景だが、ここの住人である少女達にとっては日常的な風景だ。
少し離れた場所に干してある洗濯物以外は、大樹と草原と小さな池と小川、そしてログハウスだけの小さな世界。
ここにはそれ以外何もない。
ふと見上げると太い枝を悠々と伸ばした大樹が視界に入る。
(大きくなったなぁ……。昔はあんなに小さかったのに)
遠い昔を思い出し、少しぬるくなった紅茶を飲み干したその時――
パキ。
卵の殻が割れるような微かな音がした。
静かな世界の小さな異変に、少女は目を見開き異変のあった方向へと視線を向ける。ユキとヨルも同じ方向をじっと見つめてる。
(なに?)
何かがこの世界に干渉しようとしている?
バクバクと心臓が音をたてる。
怖い。
けれど確かめなくてはならない。
少女はテラスから草原へと進み、十分な距離を取った場所で立ち止まると、音のする空間を睨み付けた。
そしてゆっくりと霧が晴れるようにその異変を興しているであろう存在が姿を表す。
「竜!?」
そこには一匹の朱金色の竜がいた。
おそらくだがまだ成熟していない子供――とはいえ体長は15メートルはある――の竜が少女の創った結界に体当たりしている。
「な、なんで!?」
竜はとても穏和な種族だ。こちらから手を出さない限りは攻撃される事はない。そして知能も高く言葉を喋る事は出来ないが、心に語りかける事により他種族との会話も可能だ。
竜に手を出すのは愚者の極み
子供でも知っている警句。
この世界の常識。
少女とてもちろん知っているし、そんな愚かな事をした覚えもする予定もない。そもそも“外”にいる竜に何か出来る程の力を少女は持っていない。
混乱する少女をよそに竜は結界に体当たりを繰り返し、パキパキという音は徐々に大きくなっていく。そして遂にピシリと音をたて、空にガラスのひび割れのような亀裂が入った。
(このままでは結界が破られる)
少女は慌てて空に手をかざし、更に強い結界を張ろうとしてはっとした。
(血!?)
朱色の鱗であったため気付かなかったが、竜は血まみれだった。
竜の鱗はとてつもなく硬い、よほどの魔力が込められた武器でなくては傷ひとつ付けられない。だというのに目の前の竜は血まみれだ。
そしてそんな状態であるにもかかわらず結界に体当たりをし続ける。
(なんで!?)
自傷すら厭わない竜の理解不能な行動に、結界を張り治そうとしていた手が止まった次の瞬間、バキッという音と共に空に小さな穴が開く。そして少女と竜の視線が合った。
結界が綻び、“外”からもこちらが視認できるようになったのだろう。そして――
『助けて!』
竜が少女の心に語りかけてきた。
『お願い! 助けて!』
今にも泣き出しそうな少年の、竜の声に少女は迷う。
そしてそんな自分に戸惑い、混乱し、恐怖し、嫌悪し、様々な感情が一気に押し寄せ思考が止まる。
「「みゃお」」
「っ!」
いつの間にか傍にいたユキとヨルの鳴き声に、気付けば無意識に力を使っていた。
パンッ! と弾ける音と共に結界が消え、竜が草原にドサリと音をたてて倒れこむ。その衝撃で舞い上がった土煙と潰れた草の香りに混じって、嗅ぎ馴れない鉄の匂いが辺りに漂う。
少女は倒れた竜に駆け寄り――ぴたりと足が止まる。
なぜなら竜の側にそれが落ちていたから。
少女の顔が不快気に歪む。
それは少女が最も嫌いな種族、人間の男だった。
☆ ☆ ☆
そこは空に浮かぶ隔絶された不可侵の領域。
地上に住む人々はそこを見上げ、畏怖と憧憬の念を持ってこう呼ぶ。
人間嫌いの魔女の住む。
星の魔女の浮遊島。――――と。
【後書き】
人間嫌いな主人公の話が読みたかったのに、見つけられなかった(数が少なかった)ので、だったら自分で書いちゃえ!っとなりました。