表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/105

98 お城に着て行く服がない

「ここは……」


 石積みの洞穴から外へ出ると、ちょうど宮殿領正門の近くへ行き着いた。


「大丈夫ですかメリーナさん、もう少しです、頑張ってください」


 衰弱した体でメリーナさんもよく歩いた、後は一刻も早く安静にできる場所まで運んで、養生させなければ。


 正門が近くにあるのは助かった、門を守る王国騎士はすでに見える位置に居る、ブライトさんに感謝だ。


「すみません! 助けてください!」


 王国の門兵に声をかけると、ボクに気づいた数人が駆け寄って来た。


「その御婦人はどうした? 随分と顔色が悪い、早く医者へ連れてゆけ」

「あの、それが、この人は重要参考人って言うか、ブライトさんに頼まれて」

「ブライト様? 何を言っている? 落ち着き給え」


 ああもう、焦って言葉が出てこない。よく考えたら、一般人のボクが王国の門兵に病人を託すなんて事は出来ない、門前払いなのは当然だ。


 しかし、メリーナさんは司教館の内部事情を知っている大切な証人だ、地下ではブライトさんも戦っている、一刻も早く事情を伝えなくてはならない。


「あれ? キミは確か、見たことあるぞ」


 門兵の一人が何かに気がついたようだ。


「ほら、オレのこと覚えてないかな?」

「えっ、いえ、すみません……」

「ほら、オレだよオレ、こないだのさぁ」


 なに? オレオレ詐欺的なヤツですか?


「一週間くらい前かな、キミ、ミルク様と一緒に王都に入ったろ? あの時の門番やってたの、オレ」

「あっ」


 王国騎士はみんな揃いの装備をしている、個人を見分けるのは難しい。でも向こうから見たボクは、英雄のミルクに珍しい黒毛シープ族という組み合わせのため、強く印象に残っていたみたいだ。


 そうだミルクだ。そう思い立ってポケットに入れたままの通行手形を取り出す。手形には証人としてミルクの名も入っている、これを見せれば他の門兵にもボクとミルクの関係は一目瞭然だ、それを大きな声で提示した。


「事件ですっ!」

「えっ?」


 門を守る、ひいては街を守る王国の門兵は、事件というワードに反応した。


「今、ブライトさんが地下水路で敵と交戦中ですっ、それでボク、今からミルクを連れてこなくちゃ、それでそれで、この女の人は事件のことを知っている重要な人なんですっ」

「なっ、マジで?」


 手形を眺めて顔を見合わせた門兵達は、みるみるうちに顔色が変わる。


「おい、ミルク様やブライト様の関わる事件って」

「ああ、ただ事じゃないぞ、これは大変だ」


 英雄が絡む事件、それは街の置き引き程度ではもちろんない、あるはずがない、決まって大事件なのだ。


「それでこの人、メリーナさんを安全な場所へ運びたいのです」


 メリーナさんは一週間まともな食事をしていない、その旨を伝える。


「よ、よし分かった、おい、みんな来てくれ!」


 屯所から新たに三人ほどの門兵が現れた。


「この女性は任せろ、我々が責任を持って王国騎士の医療所へ運んでおこう、キミは一刻も早くミルク様の元へ急ぐんだ」


 どうやら何とかなったようだ。メリーナさんを託して、ボクを知っているという門兵に先導され、ミルクの家へ急いだ。



 立派な並木道を急ぐ、森の合間から所々に大きなお屋敷が現れる宮殿領は、完全にリゾート地の様相だ。そして、やがてミルクの家が見えてきた。


 大きな白壁の洋館だ、綺麗な庭もある、庭はバカ広いわけじゃないけど、左右対称に整えられた植木に噴水もあって、他の貴族の邸宅にも負けない門構えだ。


 今も使用人らしきオバサンが、庭の片隅にしゃがんで草を刈っている。


「あれ? ユーノちゃん」


 あ、オバサンかと思ったらレティシアだった。


 つばの広い帽子をかぶり、割烹着みたいなのを着て、背を丸めながらカマで土をカリカリほじっている後ろ姿は、遠目からだと一瞬オバサンに見えた。


「どうしたの? 遅かったね」

「う、うん、おねえちゃんは?」

「草取ってた」


 それは見れば分かるけど。散歩してたら庭の草が目についたので、夕方涼しくなってから雑草をやっつけていたそうな。とても穏やかな午後のひとときだ。


「それよりミルクは? ボクすごく急いでるの」

「いるよ、あそこ」


 傾きかけた陽に照らされ、オレンジ色に輝く大きな洋館。二階のバルコニー奥にミルクらしき影が見える。ボクは駆け寄り外から声をかけた。


「ミルクー」


 すると、ミルクはバルコニーへと顔を出した。


「どうしたんだ優乃、こんなに遅れるなんて珍しいな?」


 午後には家に行くと伝えてあったが、今はもう夕方だ。


 ここへ来るまでの間に、まさかボクが司教館の地下へ監禁されていたなんて知る由もないだろう。ミルクもレティシアも、いつも通りの日常を過ごしている。


 これまた説明に難しい。普通なら、そんな突拍子もない話をした所でキョトンとされてしまうだろう。それでも地下水路のこと、今もブライトさんが戦っていること、ボクは身振り手振りを交えて説明した。


「なに!?」


 すぐさま洋館から出てきたミルクの手には、魔剣が握られている。


「本当か優乃」

「うん」

「よし司教館だな、分かった」


 ミルクはボクの話を疑うことなく司教館へ向かった。とにかく行動が早い、ボクみたいにどうしようなんて考えてる間もない。


 さすがは英雄だ、危機を察知するといち早く行動を起こす、こういった心構えはボクやレティシアにはまだ備わっていない。


 特にボクは前世界の影響で、もし情報が間違っていたらどうしようと、その後の影響と保身を考えてしまう。しかし、一瞬の油断が命取りになるこの異世界では、それは大きな弱点となりうる。


「ねえユーノちゃん、今ミルクさんどこに行ったの?」

「うん、ちょっと事件が起きてね」

「ふーん」


 レティシアは置いて行かれた。ミルク一人が駆け付ければ十分なのもあるが、レティシアでは強すぎる、神力を使われたら王都が大変なことになっちゃう。


「あ、勇者様だ」

「えっ?」


 レティシアの声に振り向くと、いつの間にか門の所に勇者さまが立っていた。今は装備も外して楽な服装だが、やっぱりかっこいい。


「やあ優乃君、何かあった? 兵士が見えたから覗いてみたんだけど」


 ボクをここまで連れてきてくれた門兵は、庭の外で待機している。たまたま近くを通った勇者さまがそれに気づいて、何事かと様子を見に来たんだ。


「ああっ、勇者さま、こんにちは」


 いそいそと駆け寄る。そういえば勇者さまも近くに住んでいるんだ、勇者さまにも司教館のこと、ブライトさんのこと、簡単に状況を説明した。


「ええっ!? 優乃君、昨日学園の事件を解決したばかりで、また違う事件に巻き込まれているのか!?」


 うう、面目ない、勇者さまだって呆れちゃうよね。


 その時、身がすくんでしまうような突風が吹き下ろした。司教館の方角からだ、見ると、巨大な竜巻が天高く登っている。


 ミルクの仕業だ、現地に到着したミルクが奥義の大旋風切りを使ったんだ。


「なんだあのドデカイ竜巻は、ミルクがやっているのか?」


 司教館へミルクが赴いた事を説明した矢先だ、ミルクの仕業なのはその通リなのだが、あまりに巨大な竜巻に勇者さまも驚いている。


 まだバフの掛かりが弱かった頃のミルクの実力なら、勇者さまも知っている。勇者PTとして、ミルクと一緒に砂漠の地下ダンジョンへ潜った事があるからだ。でも、今のガッツリ強化された姿は初めて見るはず。


 それにしても、ミルク一人でも王都が大変なことになっちゃってる、最低でも司教館は更地コースだ。


「これは、オレも参戦したほうが良さそうだ」


 勇者さまの手には、いつのまにか剣が握られていた。一体どこから剣を? 今まで何も持っていなかったのに。


「じゃあちょっと行ってくるよ、まあ、オレはミルクがやり過ぎないように、止めに入る役目になりそうだけど」


 すると、目の前でフッと勇者さまが消えた。キョロキョロと辺りを見渡しても何処にもいない。


 トーマスのように超スピードで移動したのか? それにしては周囲の落葉も舞い上がっていない、高速で移動した痕跡がない。


「これは……」

「どうしたのユーノちゃん?」

「勇者さま、消えちゃった」

「え? 勇者様なら、すぃ~ってお空を飛んでったよ」

「空を!?」


 ……ボクには見えなかった、仮に超速で移動したなら衝撃波で分かる、勇者さまは完全に消えたと思ったが、レティシアには見えていたのか?


 また不思議な力を使ったのか、さすがは勇者さまだ。そして、それを感知できたレティシアも、やっぱりスゴイって事になるのだろう。


 でも良かった、これでボクのすべき事は成し遂げた、ここまで連れてきてくれた門兵さんにもお礼を言って、戻ってもらう。


「あっ、ほらユーノちゃん、しっかり」


 おっと、急に緊張が解れたせいか、足元がふらついてしまった。転倒しそうになった所をレティシアに抱きとめられる。


 思えば勇者さまの言った通リ、昨日ラインカーンにボコボコにされて、今朝は学園で全校生徒の前でスピーチをし、そして午後はこの有様だ、疲れた。


 レティシアに支えられながらミルクの家に入る。さすがの豪邸だ、中も広々としている。しかし、戦士の住まいはムダな装飾も少なく、ちょっと色気が足りない。


 数ある部屋は物置にされている所も多く、以前に世界各地を旅した時に集めたであろうアイテムが、所狭しと詰め込まれていた。


 ボクはゲストルームへと通され、大きなベッドへ横になる。すると、疲れ切った体はすぐ睡魔に襲われた。


 今もミルク達は戦っている、だけど、このふかふかなベッドに包まれて、子供の体は眠気に抵抗できない。悪いけど先に休ませてもらうことにしよう。



「う……ん」


 ここは? あ、そうか、ミルクの家のベッドだ。


 今は何時だろう? カーテンの隙間から漏れてくる光は明るい、どうやら翌日になっているようだ、かなり本気で眠ってしまった。


 リビングまで行くと、ミルクがソファーに身を沈めお茶を飲んでいた。ここまで警戒を解いているミルクは珍しい、いつもならソファーでも完全に背を預けることはしない、ここはミルクの家なんだと実感する。


「おはようミルク」

「ああ、起きたか優乃」

「ちょっと寝すぎちゃった」


 すぐにレティシアも顔を見せた。


「あ、ユーノちゃんおはよう。ねえ見た? この家って色々な物があるんだよ」


 ミルクの家は世界の珍品だらけだ、レティシアは、どこからか持ってきた猫耳カチューシャを装着した。


 すでにくるくる角というケモアイテムがくっついているシープ族に、猫耳というのも奇妙だが、レティシアは気に入ったのかそれなりのポーズを取ってみせる。


「ユーノちゃんもしてみる? 似合うかも」

「それは止めておいたほうが良いな」

「え? どうしてですかミルクさん」

「そのヘアバンドは猫族の怨念が込められた呪いの法具だ、レティシアなら問題ないが、優乃では多少なりとも影響が出るかもしれん」

「ええー……」


 どうやら、そんな危険物があちこちに放置してあるようだ。中にはラッキーアイテムもあるみたいだけど、無闇に家の中を探検するのは控えたほうが良いな。


 レティシアも気味悪そうにしながら、カチューシャを元の場所に戻しに行った。


「それより昨日の事だけどミルク、大丈夫だった? ブライトさんは?」


 緊張感のないミルクとレティシアに、つい流されそうになってしまうが、昨日の事件は相当大きな騒ぎになっているはずだ。


「ああ、ブライトも無事だよ、あの程度の敵ならブライト一人でも問題はない、優乃の薬も使わず仕舞いだ」


 そうか、やっぱり勇者PTのメンバーは強いんだ。


「ただ大量に逮捕者が出たからな、先の学園と合わせてまた忙しくなりそうだ」


 はー、また大人達は大変だな。


「それで、メリーナさんの事なんだけど」

「それも安心していい、今朝早く王国騎士が訪ねてきて、優乃が助けたというサーバル族の女も、無事に保護されていると言っていたよ」


 良かった、ボクが寝ている間に、全ての事は滞りなく済んでいたようだ。


「しかし、そのメリーナという女の証言はかなり重大な事柄だ、今日は優乃も色々と報告しなくてはならないぞ?」


 それは仕方ない、学園で王国騎士に事情聴取されてちょっと慣れた、また同じようにすれば良いだろう。


「うん、ボクは何処に行けば良いのかな? 騎士さんの詰め所だよね?」

「いや、今日は王宮だな」

「へ?」

「午後から王宮へ行って、王に報告するだけで良い」

「おっ、王様っ!?」


 メリーナさんがもたらした情報は、デルムトリア王国内におけるユナリア教会の存続を危うくするほどのものらしい。そのため事態は相当に緊迫している。


 その原因を作ったのがボクだ。司教館がひた隠す地下牢へ監禁され、絶対に破れないという牢を破壊し、それらをブライトさんに報告した。そして、司教館の悪事を知り尽くすメイドのメリーナさんを救い出した。


 ついでに王家の秘宝の力を不法に使用していたことも突き止めたし、司教館からしてみれば、ボクのせいで全てが明るみに晒されてしまったんだ。


 さっきまで、大人は大変だなんて他人事のように思っていたが、さすがにこれはボクの責任も大きい、王様まで直に報告しなくてはならない案件のようだ。


「正式な謁見ではないから気楽にしていれば良いんだ、私も付いて行くし、レティシアと一緒でも良い、みんなで行けば怖くないだろう?」

「う、うん」


 緊急だから謁見は略式で行う、だから王宮での作法も気にしなくていいとミルクは言ってくれるが、考えるほどに息苦しくなってくる。

 

 どうしよう、成り行きとはいえ、ついに王様と会うことになるなんて。しかも今日の午後だ、心構えが……。


 そして、もう一つミルクは不吉なことを言い出した。もしかしたら、ボクの正体について王様に報告するかもしれないというのだ。


 基本的にボクは目立ちたくない。ボクが転移者である事は、すでに勇者さまには勘付かれていると思うが、それだってあまり深く知られるのは不安だ。


 例えば、ボクの能力が魔王由来である事は、未だにミルク達にすら言えない。この剣と魔法の世界において、どんな事態になるか予測できないからだ。


 それなのに、王様の前で正体を暴かれるなんて事になったら。ミルクはボクの事を庇ってくれると思うが、相手は王様だし。


 もし不穏分子と認定されても、ボクには贖う力がない。転移者といったって、王族をボコして危機を乗り切るような事は不可能だ。


 この弱肉強食の異世界で、弱いボクはナメられる。逆に魔王の能力が肯定されたとしても、今度は捕らえられ利用されるかも知れない。


 仲間と引き離され、人知れない孤島に監禁され、能力だけを良いように使われるんだ。力を出せと、ヒャクタタキにされて泣いている姿が目に浮かぶ。


 そうならないためにも、なるべく目立たなくしたほうが良いのに。



 そうは言っても、今すぐ逃げ出すわけにもいかない、王宮へ出かける時間は刻一刻と迫ってもいる、急いで支度しなければ。


 ボクが王宮へ出向くのは午後からだが、ミルクはすぐに向かうらしい。王宮の文官達と、謁見での質疑応答の内容についてすり合わせを行うためだ。


 当然、文官は根掘り葉掘り聞いてくると思う、そこをミルクがうまくセーブしてくれれば、面倒なことにならなくて済む。


 あ、そうだ、王宮ってどんな服を着ていけば良いんだろう? 王様に謁見するわけだし、ミルクが出かける前に聞いておかなくちゃ。


 作法は必要ないとしても限度はあると思う、無礼者とか言われて捕まったらたまらない。なにせこの世界の人々は、すぐボクを牢屋に入れちゃうんだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ