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96 司教館01

 地下水道を引きずられてゆく、両手を後ろ手に縛られて何も出来ない。


 やがて、辺り一面、蔓だらけの場所まで連れてこられた。ここは地下なのに、壁にはびっしりと青々とした蔓が絡みついている。


「ここが特別な部屋だ。フッ」


 部屋? それらしきものは見当たらない、ドアもない。壁は蔓だらけだ。


 紫ローブの男は、袖から小さな水晶玉を取り出すと、壁に向かってかざした。


 すると、メリメリと音を立てて蔓が左右に避け、壁だと思っていた場所に大きな穴が空いた。ボクはその穴ぐらへ放り込まれる。


 再び男が水晶玉を掲げると、蔓は閉じてしまった。


 これは、蔓で出来た牢獄だ。


 石壁に囲まれた小さな部屋、そして、通常なら鉄格子があるはずの一面は、床から天井まで太い蔓が密集して伸びている。


「さて、縄をほどいてやろう、それだと何かと不便だろうからな、ふふ」


 男が今度は杖を掲げると、ボクの手を縛っていた紐が緩んだ。


 急いで紐を振るい落として、牢獄の蔓を掴んで揺する、バサバサと動くが脱出するほどの隙間は出来ない。


「ふふふ、無駄だ。特別な部屋と言っただろ、何をしても抜け出せはせん」


 くっ、こんな蔓植物の檻なのに、不思議なほどがっしりとしている。


「待ってください! ボクはどうなっちゃうんですか」

「知る必要はない」

「どうして」

「……」


 紫ローブの男は質問にも答えず、来た道を戻っていった。


 捕まってしまった、なぜこんな事に。ボクは檻の中で膝を抱える。


 ミルクの家に行けると思って楽しみにしていたのに、宿を出るときはワクワクしていたのに。どうしてボクは今、こんな所に捕らわれているんだ。


 泣いていても始まらない、いつものように状況を確認する。


 今までなら、ピンチになったらミルク達が助けに来てくれた、でも、今回はいつもと事情が違う。


 まず、ボクが司教館に居ること自体、誰も知らない。宮殿領へ行くと言付けして宿を出たんだ、まさか司教館に囚われているなんて、誰も気づくはずがない。


 この場所は幾重にも隠されている、いくつもあるダミーの祠、魔法で施錠された扉、地下は深く、迷路のような地下水路の一角にある牢屋だ。


 加えて、司教館自体、厳重に警備が敷かれている。王族と対立していると噂の司教館に、国の英雄であるミルクが理由もなく潜り込めるとも思えない。


 ボクが居なくなったことに気が付いたとしても、とてもじゃないがここまで辿り着けない、あまりに手がかりが無く、そして調査自体が難しい。


 ここまで手の込んだ隠された牢獄、これはただ事ではない、何度も捕まったボクの経験則から言わせてもらうと、完全に命がヤバイ状況だ。


 何とか自力で脱出しなければ。……そんな思いで蔓の葉っぱを握りしめ、むしり取る、地面にハラハラと葉っぱは舞い落ちた。


 ……あれ? この植物、普通に壊せるのか? 紫ローブの男は絶対に破れない牢だと言っていたが、少しずつでも枝を折っていけば出られるのではないか?


 そういえば。ボクは思い立って腰のベルトを探る、在る、ナイフを装着したままだ。荷物のリュックは門兵に没収されたが、ナイフは取られていない。


 腰の後ろに装着してあったから気づかれなかったのか? でも良いぞ、ツイてる、これなら脱出できそうだ。


 この牢は植物製だ、ナイフで少しずつでも蔓の部分を削っていけば、いずれ体が通るくらいは隙間が空くはず。


 すぐに蔓を削り始めた、ボクの腕ほどもある蔓だが、ナイフの刃は問題なくどんどん幹を削り取ってゆく。思った通りだ、すぐにでも脱獄出来るぞ。


 それほど時間もかからず一本の蔓を切ることに成功した。よし、牢の隙間が少しだけ大きくなった、この調子で隣の蔓も切り落としていくんだ。


「くっ、くっ、おかしい」


 さっきから順調に切っているが、隙間がこれ以上広がらない、ボクの足下には蔓の残骸が積み上がっている、とっくに牢に大穴が開いていてもいい量だ。


「ムダよ」


 えっ!? どこからか女の人の声がした。この牢の中にはボクしかいない、牢の外を確かめる。


「あの、すみません、誰かいるんですか?」


 地下水路には魔道具の松明が幾つも灯っていて視界はある、目を凝らすと、水路を挟んで対面の壁も、こっちと同じ牢屋になっているみたいだ。


 やはり蔦がビッシリと張っているが、その向こうで人影が動くのが見えた、ボクの他にも誰か囚われているんだ。


「そんな事をしても出られないわ」


 生い茂る蔓でハッキリと姿は確認できないが、小さく力無い声が聞こえてくる。


「それは魔法植物よ」

「魔法植物……?」

「たとえ燃やしてもすぐに再生する、脱出は不可能よ」

「そんな」


 ナイフ程度で切ってもダメだというのか?


 でも、ボクにはこうするしか。だって実際にこんなに切り落としている、もっと切る作業を早くすれば、再生も追いつかないのではないか?


「く、くそっ、えいっ、えいっ」


 再びナイフを両手で持って、ガツガツと太い蔓に打ち付ける。


 みるみるうちに蔓は破壊されてゆくが、それに代わる新たな蔓が左右から押し迫ってくるように置き換わり、やはり一向に脱出するほどの隙間は出来ない。


「やめなさい」

「えいっ、えいっ」

「ムダなのよ」


 はあ、はあ、でも、どうにかしてここから出なくちゃ。


「えいっ、えいっ」

「もうやめて! お願いだから、もう静かにしてっ」


 蔓の向こうに見える女の人の影は、耳を抑えてうずくまってしまった。


「……でも」

「あなたで三人目なのよ、もう無理なのよ、奴らに逆らうなんて」

「どういう事ですか?」


 女の人は一週間以上牢屋に監禁されているという、その間まったくの放置で食事も与えられていない。なんと魔法植物の葉を食べて飢えを凌いできたらしい。


 そして、ボクの入っている牢屋には、獣人の子共が入れ替わり立ち代わりで捕らえられ、ボクで三人目になるという。


「あの、その子供たちはどうなったんですか?」

「……」

「どうして子供ばかりなんですか?」

「…………」


 女の人は、ボクの質問から逃れるように身を縮こめる。


「……あなた、良いものを持っているわね」


 このナイフのことか。


「それで自分の喉を突いてしまったほうが、まだマシかもね」


 さっさと死んだほうがマシ、それほどの地獄がこの先に待ち受けているというのか? この女の人はその地獄を知っているのか?


 一週間もこんな地下に監禁されて、草だけ食べて生きてきて、きっと精神的にもギリギリなんだ、女の人は弱音しか出てこないほど衰弱している。


 でも、何もしないうちに諦めるなんてボクはイヤだ、この異世界で諦めない事も学んできた、最低でも前世界のように打ちのめされるまでは頑張りたい。


 ボクにはまだ出来ることがある、この手の中には武器がある。


 紫ローブの男は、わざとナイフを持たせたのかもしれない、どうやっても牢屋から逃れられないと知らしめ、絶望を与えるために。


 そうはいかないぞ、まがりなりにもボクは冒険者、黙ってやられるままなんて事はしない、武器を与えたことを後悔させてやる。


 牢が破れないのなら、チャンスは牢から出されるその瞬間にある、その時に反撃するんだ。紫ローブの男も、まさか子供が戦えるなんて思ってもみないだろう。


 女の人の話では、囚われた子供が牢から出されるスパンは三日程度、早ければ今日にでも地獄への順番はまわってくる。


 大切なのは、それまで体力を温存することだ、ムダに蔓を刈り取るのはもうやめよう、その時に備えて準備するんだ。



 まだ紫ローブの男に危害を加えられた訳ではないけど、女の人の話を聞くに、司教館には想像を絶する悪い人が沢山居るみたいだ。


 ならば覚悟を決めなくてはならない、もう様子をうかがうなんて悠長なことは命を縮めるだけだ。


 ボクは、瞑想するように足を組んで座る。目を閉じて、チャンスの瞬間をイメージする、本番でしくじらないようにシミュレートする。


 紫ローブの男が牢を開けに来る時、敵は何人だろうか? おそらく連行するのだから三人ほどで来るはずだ、その全員をポイズンブロウで瞬時に倒す。


 まずは脱獄に疲れて諦めたふうを装って、従順なフリをするんだ、そして接近したなら……!


 カッと目を見開き、ナイフを突き出した。


「こうだっ」≪スキル:ポイズンブロウ≫


 ぷすリと、ナイフの切っ先が蔓に刺さる。


 ――サササ、ザアァァァ。


「うわあっ!?」


 突然、牢屋の一面を覆う蔓が一斉に枯れ果て、カサカサになってしまった。


「あ、あれ? なにこれ」


 紫ローブを倒すシミュレーション中に、なんか意外な事が起きた。


 枯れた蔓はそのままだ、新たな蔓も生えてこない、完全に機能停止している。手で退けると、パリパリとあっけなく崩れてしまった。


「そうか、植物系モンスターと同じ扱いなんだ」


 すぐさま再生する植物、その生命力は最早オブジェクトというよりモンスターに近い。だからポイズンブロウが効いたのか。


 ポイズンブロウは生命を刈り取るには都合が良い、生命力が強いものほど、このスキルの前には為す術がない。


 牢を破る事は絶対に不可能だとか言って、簡単に壊れてしまうじゃないか、なんだか拍子抜けだ。


「よっこらしょっと」


 牢屋の体をなくした洞穴から出る。


 ボクの牢屋側の蔓植物は全滅していたが、通路を挟んで、女の人が捕らわれている向かいの壁にはまだ蔓が伸びている、脱獄するなら彼女も一緒だ。


 通路の真ん中を流れる水の水位はくるぶし程度で、川幅は二メートル、特に問題なく向こう岸へとたどり着いた。


「すいませーん、居ますかー?」


 女の人の牢屋を覗き込む。


「あ、あなた、どうしてここに?」


 奥から現れた女の人は、かなりやつれていた。声もハリが無くて老婆のようにも見えたが、どうやらそれほど年も取っていない、お姉さんのようだ。


「あの牢屋、壊すことが出来たので」

「そんな、一体どうやって。……この牢は、クレイニール様が何年もかけて構築した、最上級の魔術で造ってあるのよ」

「クレイニール様?」


 今、クレイニールって言ったか? まさか、このお姉さんは司教館側の人間、つまりボクの敵なのか? だとしたら牢から出す訳にはいかない。


「あの、お姉さんは一体?」

「ああ、誤解させたみたいね。私の名はメリーナ、かつて司教館でメイドを努めていた者よ」

「メイドさん?」

「そう、それでクレイニール様、いや、あの醜悪なクレイニールに逆らった為にここに入れられたの」


 それで、こんなになるまで牢に入れられて。


 多分、このままだと数日もしないうちに命も尽きてしまっただろう、獣人であるメリーナさんが司教館に勤めていたのも、深い事情があるに違いない。


「分かりました、今助けます」

「待って、助けなくて良いわ」

「えっ、どうして?」

「今の私では走れない、足手まといになるだけだわ。あなた一人で見つからないように戻るのよ、そして、地上に出たらここの事を王国騎士に報告するの」


 来た道を戻る。確かにそれがベストだけど、ボク一人では不可能だ。


「来た道は、魔法で施錠された扉があって戻れません」

「大丈夫、あの男達が持っていた杖を奪うのよ、大きな扉を少し過ぎた所に奴らの待機所があるわ、そこに杖が沢山あるの、その一つを奪えれば扉は開くわ」

「でも、ボク魔法が使えないから」

「あれは魔法の杖だけど、子供でも使えるから問題ないわ」


 魔法の杖、つまり魔法円環の一種だ。魔石を使う魔道具ならまだしも、自身の魔力を使う魔法円環では、魔力の無いボクには使えない。


「あの、それだとボクには使えないです……」

「え? どういうこと?」


 その時だった。


「なっ! お前、どうしてそこに居る!」


 しまった、紫ローブの男が巡回に来たようだ、見つかってしまった。


「牢が!? クレイニール様の牢が、なんということだ」


 男は慌てて引き返していった、大声で仲間を呼んでいる。


「逃げなさい」

「メリーナさん、でも」


 どこに逃げたら良いんだ?


「あなたが来た道はもう戻れないわ、彼等は強力な魔法使いよ、魔法をかいくぐりつつ扉を解錠して逃げるなんてこと、出来ないでしょ?」


 ボクには戦闘の心得がある。しかし、複数人を相手に戦うのは無謀過ぎる。


「じゃあ、どうすれば」

「良く聞きなさい、この先の水路を逃げるのよ。私も確かな道筋を示すことは出来ない、しかし地下水路は王都の様々な場所に出入り口がある、そこを目指すのよ」


 来た道から逆方向へ逃げろという、地下水路をさらに奥へと。


「メリーナさんは?」

「私は大丈夫、この檻に入ってさえいれば何もされないはず。それよりいい? 水路は暗く複雑よ、足を踏み入れたら出口を探すどころか二度と出られないかもしれない、それは覚悟してちょうだい」


 そんな、逃げるのも一か八かじゃないか、でも敵と戦ったら生還率はゼロだ。


「それでも、それでも奴らに捕まるより何倍もマシだわ、ここに留まれば確実に未来は無い」


 戦っても捕まっても絶望。それならいっそ暗闇に飛び込んだほうが。


「キサマ! 一体何をした!」


 紫ローブが一団となって戻ってきた、五人の紫ローブの先頭は、肩に黒いオウムを乗せている統括様だ。


「あり得ぬ、こんな事は……」

「総括様、術式に不具合でも起きたのでしょうか?」

「クレイニール様の技は芸術だ、そんな訳無かろう! それよりこのシープ族、確か戦士ミルクに縁のある者だと言ったな?」

「はい、地上の門番との会話ではそのように」

「さもするとこれは、本当に我らに害をなす存在かもしれん、捨て置くわけにはいかんぞ」


 すると、総括様は杖をガツリと石畳へと突き刺した。そこから文様が広がる、速やかに床に魔法陣が描かれた。


「総括様?」

「お前達も手伝え、このシープ族は危険じゃ、子供と侮るな」


 命令に従い、後ろの紫ローブ達も杖に魔力を込め始めた。


 くっ、たとえ紫ローブ達が侮っていたとしても、ボクに勝ち目は無い、本気で来られたら奇跡すらも起きない。


「急いで! 早く行きなさい!」

「は、はい、メリーナさんもどうか無事で」


 総括様は目をつむり、集中したまま袖口から何か種のようなものを取り出した、それを描いた魔法陣の上にふりかける。


「……出でよ」≪サモン:シャドーウルフ≫


 ボゥと魔法陣が青白く光る、陣の中は様々な文様が泳ぐように浮かび上がり、そして、中からぬぅと、真っ黒い狼が十五体も現れた。


 これは、脱走したボクを捕らえるような魔法ではない、確実に始末する気だ。


 ボクはメリーナさんが言った方向へと走った、すぐ正面に暗闇が迫る、そこより先の通路には光が無い。


 壁に立て掛けてある魔道具の松明を一つもぎ取る。一つでは視界はかなり狭いが、全く見えないよりマシだ。


 それでも全力で逃げないと、あの黒狼は、この複雑な地下水路でも容易にボクを追ってくるだろう。少しでも気を抜けば追いつかれ、食い殺される。


 松明での視界は数メートル、このスピードで走っていると、曲がり角はまるで突然目の前に壁が現れるようだ。


 しかし、急に現れた障害物を避ける練習もしている、ギラナに教えてもらった“なめり走り”の修行だ。おかげで速度を落とさず逃げられる。


 暗闇の中、水路に足を取られながらもがむしゃらに走った。かなりの距離を来たが、まだ黒狼の吠える声が追ってくる。


 なめり走りを使いながら逃げているから、簡単には追い付かれはしないが、引き離すことも難しい。


 幾つかの曲がり角を越えた時、遠く前方に明かりが見えた。


 何の光だ? 出口か? やがて明かりは近づく。出口の光ではない、人の持つ明かりだ、この地下水路を誰かが一人でこちらに向かって歩いて来ている。


 なんてことだ、ホームレスか何かか? なぜ地下水路に人が居るんだ。


 ボクの背後には黒狼が迫っている、このまま進むとこの人はどうなる? きっと黒狼にやられちゃう。


 仕方ない、やるしか無い、ここで踏みとどまって後ろの黒狼と戦うしか……。


 ボクの実力でどれだけ倒せるだろうか? ニ、三匹なら相手に出来る自信はある、でも十五匹じゃ、ポイズンブロウを連続で放つ隙にも飛びかかられる。


「なっ!?」


 さらにその人との距離が縮んで分かった、お爺さんだ。


 ローブに長杖という姿で、肩にはオウムを乗せている。まさかそんな、総括様と同じ格好、司教館の魔法使いだ。


 背後からは黒狼が迫る、前方には敵の魔法使い。もうどうする事もできない。

 (この話から読んだ人へ)81話の「とあるメイドさんの一日」から、一連の流れです。よろしければそちらもどうぞ。

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