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95 さらわれ(11回目)

「司教館編」

 ミルクの家へお出かけするショタ主人公ちゃん。

 宿へ戻ると、トーマスがお昼ご飯を用意していた。


 手製のスペアリブだ。回復したボクの体調を考えて、柔らかい食事より、精の付くものを作ってくれていた。


 ボクはこの後、宮殿領のミルクの家へ向かう予定だが、こんなトーマスを一人置いて出かけるなんて、なんだか心が痛む。


「ねえ、トーマスも一緒に宮殿領に行こうよ、ミルクに頼めば何とかしてくれるかもしれないし、今なら勇者さまにも頼めるかもしれない」


 トーマスは元犯罪者だが、長く一緒に過ごしてきた仲間だ。まあ、たまにボクを騙す時もあるけど、こうやってご飯を作ってくれたりもする。


「バカ言うんじゃねーよ、金貰っても行かねーわ、身の毛がよだつ」

「宮殿領に行くのが嫌なの?」

「あたり前だ、苦労知らずの金持ちデブがウヨウヨしてんだろ? 気色ワリィ」


 なんか偏見だなぁ。


「だって、美味しい食べ物とかあるよ、きっと」

「そりゃ違うな、珍しい物の間違いだ。下手したら宮殿領でワケ分かんねーゲテモノ食わされるかもな、クックック」


 確かに。貴族の食事も美味しいとは限らない、高級食材に惑わされて、希少だがマズイ物を有難がって食べるのは、ボクも違うと思う。


 一流の味と言えば、レティシアの家で食べた料理は美味しかった。羊を知り尽くしたクリティアさんの料理は、宮廷料理人でも出せないレベルだと思う。


 それに、旅の途中で食べたデザートスパイダーの足や、サンドワームの踊り食いなどは、獲った現地でのみ楽しめる味覚だ。


 今食べているトーマスお手製のスペアリブだって美味しいし、貴族だからといって、必ずしもそれらより優れたものを食べているとは言えない。


「宮殿領にはネーチャンが居る店とか無いんだろ? 興味ねーわ」


 結局はそれか、聞いたボクがバカでした。


「あっそ、でもたまには戻ってきてあげる、トーマスが寂しくないようにね」

「ケッ、言ってろ」


 言葉とは裏腹にトーマスの表情は柔らかい。まったく、素直じゃないんだから。


「残りの荷物は後で取りに来るからね」

「おう」

「じゃあいってきまーす」


 お昼を済ませたボクは、宮殿領へ出発した。



 宮殿領は大きく三つのエリアに分かれる、と聞いている。


 一つは警察や役所に当たる建物があるエリアで、そこは一般市民の入場も一部可能だ。あとは要人の住まうエリアと、宮殿などが並ぶ王族エリア。


 その中でボクは要人の住まうエリアを目指す。レティシアに聞いたけど、どこかに直通で行ける近道の入り口があるはずだ。


 その門からはミルクの家も近く、勇者さまのお家も見えるという。


「ふう、いったい何処にあるんだろう」


 入り口の門を探しているだけなのに、ボクは迷っていた。宮殿領を囲む石塀の内側は広大な森、外は市民公園となっており、やはり木々が茂っている。


 王家の秘宝で森を形成しているらしいが、大分鬱蒼として、何より敷地が広すぎて分かりにくい。ひょっとして入り口を見落としたかもしれない。


 こんな事なら向こうに見えた正門から行った方が早かった。そこから入って役所エリアをまわって要人エリアへ向かえば、遠回りになるが確実だった。


 結構歩いた、このままだと街外れまで行きそうな勢いだ。今からでも馬車タクシーを捕まえて、門まで乗り付けた方が良いかな。


 そう思った丁度その時、先の方に大きな門が見えた。あった、やっと宮殿領要人エリアの入り口に到着した。


 大きな石の門には様々な彫刻がなされている、彫り込まれた神々しい彫像は多分何かのストーリーに沿っているのだろう、立派な門構えだ。


 やや無骨な正門と比べるとずいぶん雰囲気が違う、ちょっと派手すぎてボクの趣味ではないが、要人エリアはこういう意匠なのかもしれない。


 数人の門兵が見える。


「こんにちは~」


 軽く挨拶して、早速宮殿領内へと歩を進める。


「待て!」


 すると、門兵は鋭くボクを制止した。


 急でびっくりした。レティシアの話では、ミルクが手を回してくれているので、顔パスで入れるみたいなことを言っていたから。


 そう言えば入場手続きにはかなりの時間を要した、元々セキュリティは厳しい、それを思うと初っ端から顔パスは無理があったか。


 速やかにミルクから預かっている通行手形を取り出して見せた、門兵さんもじっくり確認している。これで大丈夫だ、早くミルクの家に行こう。


「待てキサマ!」


 またまたビクリとする。もう通行手形も見せたのだから問題はないはずだ。


「優乃です」

「何?」

「ボク、優乃っていいますっ」

「だから何だ!」


 ひっ、こわい。ここの門兵さんは優しくてフレンドリーだと聞いていたから、前情報とのギャップに余計にうろたえてしまう。


 おかしい、容姿はシープ族の子供、そして手形も提示したし名前も名乗った。でも門兵は頑なに通せんぼする、しかも、わざとらしくも高圧的な態度だ。


 なるほど分かったゾ、ボクは一つの答えを導き出した。


 きっとミルクの仕掛けたイタズラだ、正確に言えば試練の一つだ。先の学園と同じように、トラブルがあっても自力でなんとかしろというメッセージだ。


 しかし、残念ながらドッキリに付き合ってはいられない、ここまで散々迷って疲れているんだ、悪いけどミルク、今回はパスさせてもらうよ。


「お疲れ様です、でも今はゴメンナサイ」


 付き合わされている門兵さんも大変だな。ボクは深々と頭を下げて先を急いだ。


「な、なにっ!? 門を破る気か! 出合え、出合えっ!」


 奥の屯所から大勢の門兵が現れて、またたく間に囲まれてしまった。


 なんだか様子がおかしい、門兵の目は真剣だ、ちょっと演技が迫真すぎやしないか? 本当にボクを捕まえそうな勢いだ。


 狼狽えて辺りを見渡すと、森の中に立派な建物があるのが目に入った。あれがレティシアの言っていた、門から見える勇者さまのお家だ。


「あっ、あの奥にある立派な建物、ボクあそこに用事があるんです」

「なに?」


 ボクは勇者さまに招待もされている、つまりVIPだ。さすがの門兵も通さない訳にはいかない、最低でも確認に走るはずだ。


「待て貴様、あの建物に用事があるだと?」

「はい、まあ」


 門兵達は何やら耳打ちしながら目配せしている。


「最近、獣人が暗躍しているという報告もある、まさか司教館に正面から侵入するとは、人の心理の裏を突く作戦か。しかし、ここはそう簡単には破れんぞ」


 は? 司教館? あれって勇者さまのお家じゃないの?


「オイ!」


 門兵はさらに包囲を縮める。


 マズイ、あれが司教館だとすると、ここはユナリア教の本拠地だ。まさか宮殿領を通り越して、隣の司教館まで来ていたなんて。


 そういえばこの門兵、よく見ると紫色のサーコートを着ている。ミルクにも言われていた、紫は違う場所だって、そして、今の教会には気を付けるようにって。


「……あの、なんか、間違っちゃったみたい」


 数歩後ずさる。


「そ、それじゃっ!」

「逃がすかあぁ!!」


 ボクはダッシュした、影歩きを駆使して逃げまくった。


 その結果、数秒で捕獲されてしまった。だって、影歩きは二人以上の敵に囲まれたら全く意味のない技だから、そりゃ無理です。


「はーなーしーて、はーなーしーて」

「ムキになって逃げる所が、なおも怪しい!」


 左右からがっしりと掴まれて、逃げるどころか身動きも叶わない。


「やーめーて、はーなーしーて」

「暴れるんじゃない!」


 ――ドフッ!


「うっ」


 門兵のボディーブローが、無防備なボクのお腹にめり込む。


「……うう、痛い」

「うむ? こうかっ!」


 ――ドフッ!


「うっ」


 どうやら、お腹にパンチしてボクを気絶させようとしているみたいだ。そんなドラマみたいに上手く気絶するわけがない、ただただ痛いだけだ。


 でも、逆らったらまた殴られる。それはイヤなので、「うっ……死んだ」と言って、気を失ったフリをした。



 数人の門兵に連行される。ボクは大柄な門兵の肩に担がれていた。


 ボクは何も悪いことをしていない、いくら教会が獣人に友好的でないとしても、罪のない者を拘束なんてしないだろう。


 不法侵入だと誤解され門兵に捕まってしまったが、やましい事なんてする気は無いと説明すれば、開放してくれるはずだ。


 気絶しているフリを続けながら、薄目を開けて辺りを確認する。司教館本館から離れ、敷地内にある森の中へと進んでいるみたいだ。


「待て、どこへ行く」


 森の中から、ボク達を呼び止める声がした。


 現れたのは、全身暗い紫色のローブを纏った細身の中年男だ。手には妙にくねった長杖を持っている、ユナリア教の神官だろうか?


「ハッ! 不審者を捕らえましたので、牢獄部屋へ向かうところです」


 ううっ、いきなり牢屋に入れるの? その前に話を聞いて欲しい。


「そうか。うむ? それは獣人の子供ではないか」

「はい、そうですが何か?」

「ならば一般の牢獄部屋は行き先が違うぞ、私に任せてもらおう」

「しかし、司教館に侵入しようとした怪しいヤツですよ?」

「関係ない。獣人で子供、それだけで十分だ」


 すると、紫ローブの男は、ボクの両手を紐で後ろ手に縛り上げた。


「あの、気絶しているので大丈夫ですよ?」

「そうか? さっきから薄目の此奴と度々目が合うのだがな」

「えっ、そうなんですか? コイツ騙したな」

「気を抜くなよ、基本に忠実にだ」

「すみません」


 門兵は「おかしいなぁ」「上手く気絶するわけねーだろ」と誤魔化して笑っている。紫ローブの男も笑っていたが、それは薄ら寒い気味の悪い笑いだった。


 その後ボクは紫ローブの男に渡され、門兵達は引き返していった。


 どうやら獣人専用の牢獄があるらしい。ユナリア教には、獣人を人と認めていない、そんな教えがあるとの噂まである、不安が募ってゆく。


 かなり雲行きが怪しい、なんとか弁解しないと。


「あのっ、ボク宮殿領へ行こうとしただけで、間違っちゃって」

「ほう、間違ったのか」

「は、はいっ、だから……」

「まあ待て、詳しい話は奥にある部屋で聞こうじゃないか」


 話は聞いてくれるのか、この人はさっきの門兵より格上のようだった、一応責任ある立場なので、それなりの対応は期待できるか?


 紫ローブの男は、後ろ手に縛られたボクを連れ、祠の前で立ち止まる。


 この扉付きの祠は、司教館の敷地内にいくつも点在している祠の一つで、なんの変哲もないものだ。二、三人は入れそうなほどの大きさがある。


 男が杖を掲げると祠が一瞬鈍く光り、自然と扉が開いた。


 祠の中には何も無い。ただ、地下へ続く階段がある。


 魔法の松明に照らされた階段をどれだけ下っただろうか、やっと終着点へ到着した。そこは少し開けた場所で、正面に大きな扉があり、隅には部屋もある。


 部屋からは、同じく紫色のローブを纏った老人が現れた。


「これは総括様、いらしたのですか」


 ボクを連行した男がかしずくのを見るに、総括様と呼ばれたお爺さんは紫ローブの親玉なのだろう。右肩には真っ黒なオウムを乗せて、特別感も演出している。


「その子供は?」

「上の門番が捕らえた獣人です、偶然居合わせたので連れてまいりました」

「ふむ」


 総括様のしわがれた双眼がボクを覗き込む。


「これはかなりの上玉じゃな」

「はい、しかも黒毛のシープ族など聞いたことがありません、さぞかしハリー様もお喜びになられる事でしょう」


 ウンウンと、総括様は長く整えられた顎髭を撫でながら頷く。


「しかし待て、これはメスか?」

「はい? ……確かに、美形ではありますが中性的ですね」

「よく分からんな」


 そう言って、総括様はボクのオマタへと手を伸ばす。そして、ズボンの上からぐりぐりと股間を弄った、男の証拠が付いているか確認しているんだ。


「うん? うーん、うん? うーん」

「あっ、ああっ」


 骨ばった手が執拗にオマタを撫でまわす、そんなに弄らなくても、ちゃんとした正規品が付いているんだけど?


「どうやらこれはオスじゃ、子供は稀にどちらか分からん奴がおるが、このシープ族はまた別格じゃな」


 うう、ボクはれっきとした男です、誰でもひと目で分かるはずです。


「台帳にはしっかりオスと明記しておくのじゃぞ、選別を違えたら大目玉じゃ」

「そうですね、分かりました」


 どういうことなんだ? ボクの性別なんて関係ないじゃないか。


 祠に入ったときのように、紫ローブの中年男は杖をかざす、すると大きな木の扉はぐぐぐと、重い音と共に両開きになった。まだ先に進むのか。


 扉の向こうはレンガ作りの幅広の通路だ、どこまでも続いている。通路の中心に清い水が流れているのを見るに、ここは地下水路だと思う。


 ユナリア教会は治水に優れた技術を持つという、特に王都は秘宝の影響により巨大な森と湖があり、水も溢れるほどに豊富だ。


 この地下水路で王都の生活用水を制御しているのか? 砂漠の王都の地下に、これほど巨大な水の施設があるとは。


 それにしても、どこまで進むのか、地下水路は迷路みたいに入り組んで、すでに帰りの道順もわからない。


「ど、どこへ連れて行くんですか?」

「うーん、特別な部屋だ」

「特別な?」

「そこで詳しい話を聞かせてもらう」


 本当か? こんな地下にまで連れてきて。


「ボクの素性が問題ないって分かったら、帰してくれるんですよね?」

「ん? そうだな、そうなるだろう」


 魔法で施錠された祠から長い階段を下って、こんなにも複雑な通路の先に、いったいどんな特別な部屋があるっていうんだ。


「どうだ? こんな巨大な水路が王都の地下に張り巡らせてあるとは、考えもしなかったろう?」

「は、はい」


 男は自慢気だ。確かに赤レンガで組まれた地下水路は、軽く世界遺産級だ。


「気楽なものだな? 通常こういった場所は秘密の通路だ、本来なら分からないように目隠しして連れてくるものだ」

「えっ? それってどういう……」


 そんな、秘密の通路って。じゃあ本当はここは人に知られちゃいけない場所で、それなのにボクは普通に通されている。


 それってつまり、もうここから出られないってことじゃないか、生きて戻れないってことじゃないか。


 ――ガタッ!


「おっと、暴れるな」

「イヤっ、離して!」


 逃げようともがくが、両手を縛られて自由が効かない、簡単に抑え込まれる。


「ははは、今更気づいて焦っているのか? もう遅いぞ」

「ヤダっ、た、たすけてーっ! だれか来てーっ、ミルクー! レティシアおねーちゃーん!」

「ははは、叫べ叫べ、もう地上に声など届かん」

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