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94 平穏な日常へ

「おはようユーノちゃん、気分はどう?」


 起きがけにレティシアの元気な声が聞こえる。ここはいつもの宿屋だ。


 宮殿領のミルクの家に行く選択肢もあったけど、負傷により限界を迎えつつある体がキツくて、昨日は近場にある街の宿に泊まった。


「うん、かなり良くなったよ」


 ボクは常人より少しだけ回復力が高い、昨夜からレティシアが世話をしてくれたおかげもあって、体力はかなり回復していた。


「朝ごはん持ってきたよ」

「ありがとう、おねえちゃん」


 この宿は民泊のような経営スタイルで、調理場も完備してあり自炊も可能となっている。わざわざボクのために朝ごはんを作って運んできてくれたんだ。


 ボクは熱々のお粥を口に運ぶ。その様子をレティシアは隣で眺めている。


「ユーノちゃん、美味しい?」

「うん、これおねえちゃんが作ったの?」

「えへへ」


 一緒に根野菜や豆もふっくらと炊かれていて美味しい。栄養も豊富そうだ。


 レティシアも随分と料理が上手くなったものだ、いつもならお粥だって焦がしていたのに、本当にすごく美味しく出来ている。


「おーう、どうだ調子は? ちっとは良くなったかよ?」


 トーマスだ、同じく心配して様子を見に来てくれたんだ。


「おかげで大分良くなったよ、朝の練習はちょっと無理だけどね」

「べつに無理して戦闘訓練なんてしなくていいんだよ、あんなもんは気が向いた時にやりゃいいんだ」


 魔王の体はよく動く、始めのうちは戦闘訓練が出来ること自体が嬉しかった。もちろん練習は厳しいが、いずれそれは日課となり、今では毎日練習しないと不安になるくらいだ。


「それよりどうだ、美味いか? 今日は小魚の天日干しを隠し味にしてみたんだ、好きだろお前? 魚とかカニとか」

「へー、これ煮干しの出汁なんだ? どうりで。うん、すっごく美味しいよ」


 言われてみれば、野菜や豆の味に隠れてほのかに煮干しの風味もする。


 出汁としてはもっと効かせた方が良いが、海鮮系の出汁は僅かでも日本人のDNAに直撃する、美味しいはずだ。


 王都から少し南下すると海も見えるという、王都では煮干しやアタリメなどの干物は、簡単に安く手に入る。


 さすがはトーマスだ、ボクの好みを細かいところまで良く知っている。


 あれ? このお粥、レティシアが作ったふうな事を言ってなかったっけ?


 いつの間にかレティシアが居ない、さては逃げたな。



 ミルクはラインカーンに関する事で忙しい、ボクの宿にも顔を見せに来れない。きっと大人達はまた大変なんだ。


 ラインカーンはミルク個人を狙っていた、王国の貴族なのに、どうして国の英雄を狙うのだろう。山賊討伐に乗り出したグジクと同じなのかな?


 学園を数日間ジャック出来れば良いなんて言ってたし、色々とありそう。でも正直、そんな大人のアレコレには全く興味がない。


 むしろ関わり合いたくない。英雄や貴族の事件なんて、子供のボクなんかが首を突っ込めるような事ではないし、実際に力にもなれないから。


 何故かいつも事件に関わってしまい、その度に良くやったとか言われるけど、良くやっているつもりはないんだ、毎回ボコボコにされるだけだし。


 きっと、ちゃんとした転移者ならば、オレがオレがと出しゃばって、国家規模の事件だって解決しちゃうんだろう。


 でもボクには無理だ、それが出来るだけの能力も力も、自信もない。


 ミルクも事件の真相をわざわざ子供のボクには教えない。聞けば教えてくれると思うけど、ボク自身が消極的で聞かないし、それで良いと思っている。



 さて、本調子とはいかないが、体はかなり回復した。


 これならすぐにでも勇者さまの元へ行けるが、その前にやる事がある。実は学園長に学園に来るように呼び出されていたのだ。


 体験入学は昨日で終わったけど、あんな事件が起こって最後は皆バラバラに解散してしまった、お詫びもしたいのでもう一度学園に来てほしいという。


 ボクも、フージ先生やみんなに挨拶も済ませたい。


「じゃあ宮殿領で待ってるからね、ユーノちゃん」

「うん」


 ボクが学園へ出かけてしまうので、レティシアもミルクの家に戻る。


「行ってらっしゃい」


 レティシアに見送られ、宿屋を後にした。


 到着した学園は、いつもと少し雰囲気が違う。


 正門は普段通りの衛兵が立っているし、生徒達も変わりなく見える。しかし事件の翌日ということもあり、王国騎士とみられる兵士が頻繁に出入りしていた。


 大変だなーと思いながら、今回は堂々と正門から入り、学園長室へ向かう。


「おおユーノ君来たか、もう歩いて良いのか?」


 学園長は、元のひょうきんなおじいさんに戻っていた。


「ええ、もうすっかり。それで、ミルクは来てますか?」

「いや、ミルクちゃんは騎士団の詰め所へ出向いてるハズじゃ、学園と王宮とを行ったり来たりじゃな」


 やっぱり忙しそうだ、暫くはこんな感じだろう。今ミルクの家に行っても、一緒にいられる時間も少ないと思う。


「それでなユーノ君、隣の応接間に騎士団の方達が居るんだが、ちょーっと話を聞いてやってくれんかな」

「事情聴取ですね、分かりました」

「すまんなー」


 もちろん、学園長がボクを呼び出したのは挨拶だけが目的ではない。ボクは昨日の事件に深く関わっている、事情聴取も受けなくてはならない。


 隣の部屋へ入る。


 髭を蓄えた壮年の騎士がボクを出迎えた。ボクは促されるまま、応接間のテーブルを挟んで、向かいのソファーへ座る。


 扉の前にも二人の騎士が直立不動で待機していて、物々しい雰囲気だ。


 ボクの向かいに座る口ひげの騎士は上司だろう。お菓子はどうだなどと、無理に顔を作ってボクの機嫌を窺ってくる。


 異様な雰囲気に気圧されて、ボクも分かることは出来るだけ伝えた。


 しかし、ボクの知ることなんてたかが知れている、この学園ではルクスとのやり取りしかないのだから。


 当然、口ひげの騎士はボクの答えでは不十分なようで、色々と質問された。


 だけど、あの人物は知っているかとか、こういう組織が在るのは知っているかなどと、初めて聞くようなものばかりでさっぱりだ。


「……なるほどな」


 質問に答えられなくてごめんなさい。


 多分ラインカーン周りの事だと思うけど、そんな事情はボクは知らない。口ひげの騎士も額をポリポリと掻きながら、子供なら仕方ないといった感じだ。


「今回は災難だったな」


 ボクの出番はこれで終わりかなと思った。


「ところで話は変わるのだが、キミは何者だ?」

「えっ」


 質問は終わらなかった、今度はボク自身のことが聞きたいみたいだ。


 ボクは事件の中心人物だ、それに英雄のミルクと一緒に居るし、従者として学園に潜り込んでいた。もちろん正式な従者ではないのだから、怪しさ満点だ。


 でも、成り行きでこんな事になってしまっただけで、ボク自身はただのシープ族の子供だ、取り立てて何ということもない。どう言えばいいのか。


「レイベル家の者が妙にキミに固執している。しかし、訳を聞いても埒が明かん、意味不明な供述をするばかりだ」


 ああ、あれかな? ボクの薬についてラインカーンは知っていた、ボクとレティシアについても知っているふうだった。


 つまり、砂漠の地下ダンジョンの情報が漏れていたんだ。だとしたら、それは意味不明な供述になるに決まっている。


 砂漠の地下ダンジョンの話はあまりに浮世離れしているし、真面目に取り合う人も居ないだろう、頭がおかしいと思われるだけだ。


 でも、タンジョンやボク達の事は秘密だ、ここは知らないふりをした方がいいのか? どうせボクは、何の情報も知らないアホな子としか見えていないんだし。


「隊長」


 すると、後ろに控えていた部下の一人が、口ひげの騎士の肩口に語りかけた。


「ミルク様から詮索しないように言われています、王族を持て成すようにしろと」

「……分かっている、下がれ」


 予めミルクが手を回してくれていたのか。


「すまない、今のは聞かなかったことにしてほしい」


 一発だ。ボクはただのシープ族なのに、騎士の態度にこっちが恐縮してしまう。


「では時間を取らせてすまなかった、協力感謝する」


 結局、何の役にも立てなかった。やっぱりいつものような疎外感がちょっと寂しい、転移者なのに。


 でも、何の力もない子供なんだから、これで良いんだ。



「であるからして、諸君も常に正義を持って、日々の鍛錬に取り組むように!」


 朝礼台には、真ん中が禿げ上がった細身の先生が全校生徒の前で演説している、多分教頭ポジの先生だろう。


 今は全校集会中だ、先生方、生徒、全員がグラウンドへ集まっている。


 重大な事件があれば黙っていることは出来ない。だから全校集会を開き、学園の見解や問題が収束したことを生徒に伝え、情報の錯綜を防ぐ。


 禿げ上がり教頭先生の話が終わった、ハゲは朝礼台から降りる。


「えーでは次に」


 進行役は新米教師であるライチ先生だ。


「急な事でみなさんには伏せていましたが、実はこの一週間、ミルク様の従者であるユーノ君が我が学園に体験入学していました」


 全校生徒は声一つ、物音一つ立てない、ずっと変わらず直立不動だ。


「とはいえ、すでにみなさんご存知ですね。本日は、体験入学を終えたユーノ君に特別にいらしていただきました、一言貰いたいと思います」


 ライチ先生がボクを朝礼台へ促す。ヤバイ、すごく緊張してきた。


 実は最後の挨拶の場を作るからと、学園長が気を回してくれたのだ。ボクもこれだけ学園内を引っ掻き回しておいて、一言もなく去ることは出来ない。


 先生方と同じ列に並んでいたボクは、言われるまま朝礼台へ登る。


「え、えーっと」

「総員! 従者ユーノ様に敬礼!」


 ――ザッザ、ザッ!


「ひえっ!?」


 生徒達はライチ先生の号令により、一斉に敬礼をした。千人もの生徒がまったく乱れ無く、もう立派な軍隊だ。すごく光栄だけど、ビビる。


 と、とりあえず言わなくちゃ。


「ええ~、なんだか、ボクがこの学園に来たばっかりに大変なことになってしまって、すごく迷惑かけちゃってごめんなさい。でも、色々あったけどすごく楽しかったです、応援してくれたみなさん、そうでない人たちも、みんなありがとうございました」


 挨拶終わりっ。どうひねっても気の利いた言葉なんて出てこない、事前に考えていたことを声に出したら、すっごく短く終わっちゃったし。


 ――パチパチパチ。


 ボクの話しが済んだのを見てライチ先生が拍手をする、それに続いて生徒達からもブワーッと拍手が巻き起こった。しどろもどろの挨拶だったので恥ずかしい。


 そそくさと朝礼台から退散する、手足が右左同じにならないように、転ばないように細心の注意を払いながら。


「はい、ありがとうございました。では最後に学園長お願いします」


 ふ~やれやれ、こんなに大勢の前で何か言えって言われても困る、慣れてないし。でも終わってよかった、後は学園長の話で閉会だ。


 学園長は、どっこいしょと朝礼台に上がった。


「はーいみなさ~ん、わしでーす」


 ゆるっ、なに今の? 学園長だから、この軍隊のような生徒達を前にして物怖じしないのは当たり前だけど、リラックスしすぎでしょ。


 そしてこの寒さよ、誰一人何の反応も示さない、生徒達の視線はビタリと学園長を見据えている。


「ええーっと何だっけかな、今後の対応の事はさっき言ってたっけ、注意事項も終わったよね?」


 そういう事は声に出さないでください、一体何なんだ、こんな学園長の話があるだろうか? 生徒はおろか先生達の信用も無くすはずだよ。


 そう思って、今一度生徒達を見渡してみる。相変わらず全校生徒は学園長を凝視している、その瞳には侮蔑の影が宿って、……いない!?


 みんな真剣に学園長の話を聞いている、むしろ尊敬の眼差しだ。


「そうじゃな、じゃユーノ君の話でもするか」


 以前は分からない、でもきっと、学園長が昨日“竜殺しのクラウス”の力を発揮したことで、学園長を見る目がガラリと変わったんだ。


 なんだかこれって、ボクの体験入学で生徒の士気を高めるより、学園長が実力を見せた方が早かったんじゃないのか? 学園長が少し本気を見せれば、生徒達はこんなにもやる気を出して団結するんだから。


「えーさて、体験入学中に事件も起きてしまったが、ある意味大きな物事を引き寄せるのは、ユーノ君が英雄の星の下にあるからとも言えるな」


 そうだろうか? どう考えても不幸の星の下に転移したとしか思えないんだけど? もしくはボコられる運命を背負っているとか。


「そしてユーノ君はその試練を見事突破してみせた、皆も大変に勉強になったのではないかな?」


 上手く行ったのも偶然だ。ルクスが油断してくれたおかげで、初撃でほぼ勝負が決まったのは運が良かった。


 今となっては、ミルク達が居たことが分かり、何が起きても安全だったんだと知ったが、状況が急下降したり持ち直したりと毎回メンタル的に疲れる。


「対するルクス君は向上心は立派じゃった、しかしやり方を間違えてしもうた、やはり道を外れるといかんのじゃ、本人も反省している」


 今、ルクスは学園の懲罰房へ収監されている。ボクとの決闘で負傷したまま、動けない体で硬いベッドに横になっているという。


 ルクスとアゼリア、あの二人は謹慎処分だ。退学にならなかったのは、ミルクが恩赦をかけたからだ。


 ルクスの熱意なら一から出直しても立派な騎士となるだろうと、そういう約束も交わしていた。


「日々の訓練も正しい心を持って臨まねばならん、皆もユーノ君に負けないように頑張るんじゃ。ではそんな感じかな、以上学園長の話でしたっ」


 こうして全校集会は閉会した。


 学園を事件に巻き込んでしまったボクは許されたのだろうか、一応全校生徒の前で謝ってケジメは付けたつもりだけど。


 散開してゆく生徒達は笑顔を向けてくれる、怒ってる人は居ないみたいだ。


 もしくは学園長の言うように、本当に勉強になっただなんて思ってくれていたら、ボクも救われた気持ちだ。



「ではみなさん、お世話になりました」


 昇降口で、学園長を始め先生方に見送られていた。


「気が向いたら何時でも来て良いからな、ユーノ君なら大歓迎じゃ」


 本来なら部外者立入禁止の学園だ、一度学園から出れば正当な理由なく戻ることは出来ない。


 しかし、生徒達の士気を上げ団結させるという当初の計画も達成され、なにより国に背く潜在的な不穏分子もあぶり出し逮捕出来た。


 それらは対外的に学園の手柄だ。学園の危機も救ったし、大いに学園に貢献したということで、顔パスで出入り自由になったみたいだ。


 学園長は、やっぱりボクの記念碑でも建てようか、なんて言っている。


「そうだ、フージ先生!」


 フージ先生に駆け寄る。何だかんだ一番親身になってくれた先生だ。


「最後にこんな事聞くのもあれだけど、ライチ先生とはその後どうなの?」

「ああー、別にどうという事もないが、だけどユーノ君があんなことを言うから、どうにも気になってしまってな」


 大人の二人をくっつけるにはボクの力では足りなかった、でも少しは仲良くなってくれたようだ。


「ふふ、そう? ボクは良いと思うんだけどなライチ先生。じゃあ仲良くしてね」

「お、おう」


 そしてもう一つ、フージ先生には頼まれてもらいたいことがある。


「フージ先生、これ」

「これは、例の?」

「うん、この薬を頃合いを見て使ってほしいんだ」


 瞬間強力回復軟膏をひと缶、フージ先生に手渡した。ルクスが十分に反省したなら、この薬を使って怪我を治してやって欲しい。


「分かったよ。それにしても、ユーノ君は時たま大人びた事をするな? 敵だったルクスを救うなんて」

「だって、なんだか後味悪くて、ムズムズするんだもん」

「ふーん?」


 そもそも、ボクがこの学園に来なければルクスは何事もなく過ごしていた、ルクスが再び夢を追うにはこの薬が必要だ、これがボクに出来る贖罪なんだ。


「この一週間ドタバタしていたが、今日からユーノ君が居ないと思うと急に傍らが空いてしまうな」


 ボクもフージ先生と別れるのは寂しい。ボクは根無し草の冒険者、また旅に出てしまうかもしれない。


 そうなると再び会えるのもいつになるのか、でも会える機会があったのなら、その時は遠慮なく学園に寄らせてもらおう。


 最後に、お世話になったフージ先生、ライチ先生、学園長とお礼を言って、ライチ先生に渡された花束を抱え、王都立の騎士学校、メイリス学園を後にした。

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