表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/105

93 後始末

 勇者さまが現れてからの展開は早かった、ラインカーンを始め、レイベル家の者は急速に戦意を喪失したからだ。


 それほどまでに勇者さまは圧倒的なんだ、今ではミルクも引けをとらないほど強いと思うけど、それはまだ周知ではない。


 勇者さまは、存在するだけで影響力が計り知れない。


 それにさっきの勇者さまの攻撃、あれが女神の力なのか? 指を鳴らすだけで敵が倒れた。遠距離から瞬時に発動する攻撃なんて防ぎようがない。


 複数同時に撃てるのなら、なるほど人質を取っても無意味だ、ピンポイントでラインカーン部隊はやられてしまうのだから。


 ラインカーン一派はミルクの連れてきた王国騎士団に連行されてゆく、たまに手向かう者も出るが、勇者さまの指パチリで静かになった。


 ルクス陣営に居たアゼリアも一緒に連れて行かれた、闘技場に残されたレイベル家の者はルクスだけだ。


 ルクスはボクとの決闘の傷を抱えたまま、未だ闘技場の片隅で動けないでいた。


 色々と禁じ手を使ってボクを決闘へと連れ出したんだ、今回はそれがトリガーとなって事件が始まったと言っていい、ルクスの処遇はどうなるのだろうか。


 そんな事を思っているとミルクがルクスの方へ歩き始めた、その右手には暗い光を帯びる魔剣が握られている。


 やはりそうだ、ルクスも断罪せねばならない。父親であるラインカーンとは真逆の思想とはいえ、英雄であるミルクの従者に決闘を仕掛けたのだ。


 結果的にボクに勝つことも出来なかった、従者となる資格も無くした今、ただの敵の一味に過ぎない。


 ミルクは抜き身の魔剣を握りながら一直線にルクスへと向かう。その一歩が踏み出される度に、ルクスの命の灯火が消えてゆくようだ。


 やがて座り込むルクスの前に仁王立ちになった。


「オイ!」

「ふ、ふうぅ」


 ミルクの睨みにルクスは怯えている、丁度首を差し出す形だ、これで終わる、ルクスもけじめを付けなくてはならない。


「卑怯極まりない奴だ、今回の件はお前の卑しさが招いた事だぞ」

「ひっ、申し訳、ございません」


 ボクにちょっかいを出した事がきっかけだが、ここまで大事になってはその責任も大きい。一時は未来ある若者と思ったが、ミルクはボクのように甘くは無い。


 ゆるりと魔剣を持ち上げる。次には、ルクスの首と胴体はあっけなく離れ離れになるだろう。


 そして、ついにその時は訪れた。


「だが、全てを投げうち目的にかじりつく心意気は良し、キライではないぞ」


 と思ったのだが、ミルクはそう言って魔剣を鞘に戻してしまった。


 あれ? なんかすごい迫力出していたから、切り捨てるものだとばかり思っていたけど、違うみたいだ。


「ミルク……さま?」

「諦めるにはまだ早い、ただし曲がった心は捨てるべきだな、険しい道のりだが、お前の希望する未来はその先にしか無い」

「は、ハイ」

「精進しろよ、ルクス」

「ミルク様、私の名前を……あ、ありがとうございます、きっと立派な騎士になってみせます」


 ルクスは泣き崩れそうになるも、片膝を付きかしづいた。そして小さな声で「感謝しますミルク様」と、繰り返し唱え感涙していた。


 てっきりルクスはお終いだと思ったのに、逆に希望を与えるなんて。


 なんか、ボクって狭量なのか? ……いや、子供の精神年齢になっているから思考が単純なのかもしれない、気をつけなくては。


「誤解していたようだ、ルクスと言ったか、ヤツの息子にしては目に力がある。少々こじらせているが、誰かが道を正してやれば悪い事にはならないだろう」


 ボクの元に戻ってきたミルクは、そんな事をつぶやいた。



「ごめんな優乃君、今から悪い奴らを懲らしめないといけないんだ」


 勇者さまは、悪いことをしたラインカーンに付き添わないといけない、なぜこんな暴挙に出たのか、その裏も取らないとならない。


「優乃君にひと目でも会えて良かった、この日をどんなに待ちわびたか、本当に楽しみにしていたよ」

「ぼ、ボクもですっ」


 この異世界に来て、殆どの期間を勇者さまに会うことに費やしてきた、そう言っても過言ではない。それがついにこうして出会えたのだ。


 それに、想像していたどんなものよりも、勇者さまはかっこいいし優しい、誰もが理想とする主人公像そのものだ。


 大きな力を手にしたために、性根が腐ったような人だったらどうしようと不安だった、モブのボクなんて歯牙にもかけないんじゃないかって。


 でも違った、出会った瞬間、そんな不安は吹き飛んでしまった。


「今日はこんな事になってしまったが、よかったら後日オレの家に来ないか?」

「ボクが、ゆ、ゆうしゃさまのおうちに!?」

「ああ、聞きたいことも沢山あるだろ? オレも同じさ、一日じゃ足りないよ」

「は、はいっ」


 はわわ、勇者さまのお家にお泊りだ。


「優乃君の体が癒えたら、いつでも来てくれ」

「えっ、ボクの傷はもう」


 ラインカーンにやられた傷は、瞬間強力回復軟膏ですべて綺麗に治っている。


「その薬、聖なる森の薬だろう? 傷は治っても血は補充されない、あれ程の出血だったんだ、そうやって立っているのも辛いはずだ。無理しなくていいから、オレ、しばらく王都に居るからさ」

「ゆうしゃさま……」


 そんな事にまで気を遣ってくれるなんて。


 ボクの事情も分かってくれるんだ。転生と転移という差はあれど、ボクと勇者さまには共通点がある、そう考えるだけでソワソワしてしまう。


「それじゃ待ってるよ、またね」

「は、い……」


 そう言って勇者さまは颯爽と闘技場を後にした。ああ、何か言葉を返そうと思ったけど、見とれていて機を逃してしまった。


 なんだか勇者さまの周りがキラキラして見える、離れてしまうのは寂しいが、またすぐに会える。だって、勇者さまのお家にお呼ばれしたんだから。 


 その時に今まで聞きたかったこと、いっぱい聞いちゃおう。



「ミルク殿!」


 勇者さまの去った後を見つめながら呆けていると、ミルクを呼ぶ声がした。この声は学園長だ。


 でも、今“ミルク殿”って言わなかった? いつもは“ミルクちゃん”とか呼んでいるくせに、急にどうしたんだ。


 ボクの薬で傷の癒えた学園長は、やれやれと起き上がる。


「ミルク殿、此度は大切なお弟子さんに大変な迷惑をかけた。誠に申し訳ない」


 ミルクの前だからって、学園長めっちゃカッコつけてる。いつものフニャフニャな感じとは違う、今までで一番“竜殺しのクラウス”モードだ。


「それはこっちの台詞だクラウス、まさかこんな大事になるとは、私も思っていなかったよ」


 随分と仲が良さそうだ、旧知の仲なのだろうか?


「ねえミルク、学園長とは知り合いなの?」

「うん? ああそうだ、クラウスは剣の師匠の一人なんだ」


 ええっ、学園長が師匠!? でも、確かに学園長の強さは本物だ。


 ボクの魔王の力、そして多分勇者さまの女神の力。そういった特別な力の無い生身の人間としては、強さがカンストしている。


 ミルクの師匠の一人、考えてみれば全然不思議ではない。ミルクの戦技の一つでもある旋風斬、あれと学園長の戦技が酷似していたことも納得だ。


「そうだったんですか、学園長って本当に凄い人なんですね」

「はっはっは、そんな大それたものではない、共に居たのも僅かな期間だ。そもそも、わしは正式な教官では無かったのだからな」


 この尊大な態度がどうにも胡散臭いのだが、でもミルクも言っているし、師匠というのも本当なのだろう。


「ふっ、謙遜するな。しかし、確かにあの時、隠された訓練場へクラウスが通りかからなかったら、今こうして居る縁も無かっただろう」

「ミルク、隠された訓練場ってなに?」

「ああ、当時の私は王国の秘蔵っ子でな、秘密兵器として人知れず訓練していた」


 王国の秘密兵器……。ミルクはバフが無くてもすごい強さだ、やっぱり普通の生活を送ってきたわけじゃないんだな。


「私が一人で訓練していた時、茂みの向こうに偶然居たのがクラウスだ。聞けば怪我をした小鳥を探してそこに居たという、心優しいジジイだと思ったよ」


 ……ミルク、それ違うよ? ぜったいミルクの練習風景を覗いていただけだよ。


 しかも、その時はミルクだって年端もいかない少女でしょ? とんだ変態ですよ、この竜殺しのじじいは。


「う、ゴホン。しかしあれじゃな、ユーノ君もやるものだ、まだ力は弱いが、あのルクス君に打ち勝った。強大な力に立ち向かう心意気は立派じゃ」


 話を逸したな? でも、そう言われると口ごもってしまう。ボクはただ追い詰められていただけで、本当は怖くて怖くて仕方なかったんだ。


「優乃は幾度となく死地をくぐり抜けてきた、このくらいの事は切り抜けるさ」


 そんなに買いかぶられても困る。でもまあ、ミルクはボクのことよく知ってるから、心配はしてないけど。


「なるほど、さすがは“英雄の従者”じゃな」

「フフ、本当は“私の方が従者”なのだがな」

「うむ? 今なんと?」

「いや、こっちの話だよ」


 ミルクはボクの魔王の能力の庇護下にある。ある意味、ミルクもレティシアもトーマスも、みんなボクの従者、そう言えるのかも知れない。


「すみませんクラウス伯爵、少しお時間よろしいですか?」


 王国騎士だ。今回の事件のことで学園長にも事情を聞きに来たのだ。


「うむ分かった。ではミルク殿、わしはこれで失礼する、ユーノ君もまた後でな」

「うん」


 学園長もフィールドから去る。フージ先生とライチ先生はこっちに軽く会釈して、そんな学園長を支えて共に闘技場を後にした。



「でも、すごい格好だねそれ、ほとんど出ちゃってるよ」


 もうなんていうか、ミルクの鎧はえっちだ、ややもすると下着姿より恥ずかしいまである。ミルクは平気なのかな。


「そうだな、見た目ではガードしている箇所はあまり無い。だが……」


 ミルクはしゃがみ込み、触ってみろと言う。なので両手でその大きなおっぱいを鷲づかみ、揉んでみた。


「あれ、硬い? なんだかいつもより硬い気がするよ?」


 カチコチではない、でも普段のやわらかさでもない。


「この鎧は特別でな、肌が出ている箇所も斬撃や衝撃に強く出来ているんだ、だから大丈夫だぞ」

「う、うん」


 大丈夫なんだ? ボクが言いたいのは防御力じゃなくて、えっちな格好をしていても平気なのか、という事なんだけど、そういうのは気にしてないみたいだ。


「さて帰るか、本当は優乃も色々と聞かれるところだが、今日は私と帰っていい事になっている、観客席に居るあの二人も待ちくたびれているだろうしな」


 えっ、と思って観客席を眺める。まばらになりつつある生徒達に紛れて、レティシアとトーマスが未だベンチでくつろいでいた。


「やっほー、ユーノちゃーん」


 ボクに向かって手を振っている。それにしても“やっほー”って……、その手にはゲソの串焼きが握られていた、完全に見物客スタイルだ。


 隣ではトーマスがベンチにふんぞり返って、たまにレティシアの持つ紙袋からゲソ焼きをひょいパクしている。


 ボクが死にそうな目に合っていたというのに、二人ともめっちゃ余裕な感じだ。


「ミルク、あの二人も最初から居たの?」

「ああ、レティシアは結構大きな声で応援していたんだが、気づかなかったか?」


 全然気が付かなかった。まあミルクや勇者さまも待機していたんだ、あの二人がここに居ても不思議ではないが。


 レティシアとトーマスも観客席から下りてきた。


「見てみてユーノちゃん、勇者様にサイン貰っちゃった」


 サイン色紙を胸に抱えて、レティシアはほくほく顔だ。


 ボクも欲しい……。あ、いや、こんな局面で何をしているんだか。


 でも、これだけの面子が揃っているなら、たとえ大陸を破壊するような敵が現れても対処できそう。そりゃ余裕な態度で居られるはずだ。


「しっかし、また派手にやったなユーノ? 敵さんも根こそぎだぜ」


 そうだ、今回も敵のレイベル家を殲滅するためにボクを囮にしたのか? 誰かが立てた作戦だったのではないか? トーマスに小声で聞いてみる。


「ねえトーマス、まさか今回もトーマスの作戦だったの?」

「そんなわけねー。学園のことなんて全然知らなかったしよ、それにミルクにしても完全な成り行きだろ? さすがにこんな事は予測できんわ」


 囮に使われたわけじゃないのか、ちょっと安心した。


 たまたまルクスに決闘を持ちかけられ、さらにそのバックにいたヤカラも芋づる式に引っ張り出したなんて、運としか言いようがない。


「それにしても釣れたなー、こりゃ餌が良いと認めざるをえんな」


 これが弱いボクじゃなかったら、敵側も警戒して姿を表さなかった、トーマスはそう言いたいのか? はいはい、どうせボクはナメられる宿命ですよ。


「いやー、なかなか面白い見世もんだったわ、鼻につく騎士どもの学園なんて初めは気が乗らなかったが、来て良かったぜ」

「そうだトーマス、ボクの決闘はどうだった?」


 戦闘術の師匠であるトーマスに、ボクの戦いを評価してもらいたい。ミルクにもまずまずだと褒めてもらえた、きっといい返事が期待できる。


「おん? お前か? おおう、えーとそうだな、よかったよかった」


 ……全然見てないし。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ