83 体験入学
「学園編」
お兄様やお姉様に囲まれてドキドキなショタ主人公ちゃん。
「あのっ、あのっ」
「しーッ、今みんな授業してるから、ちょっと静かにな」
「あっ、すみません」
フージと名乗った男の人はここの教師だという、ボクはフージ先生の後に付いて、学園内を歩いていた。
今は授業中で廊下も静かだ、その廊下の石床は顔が映りそうなほど磨かれている、石造りニ階建の大きな校舎は、とてもお金がかかっていそうな立派な建物だ。
それにしてもこのフージという先生、ボサボサな黒髪、まばらな無精髭、やや細身で青いジャージのような服を着ていて、あまり騎士学校の教師というイメージではない。常にニコニコしていて親しみやすくはあるが。
そうだ、ボクは図書館に行きたいが為にここに来たんだ、今思い出した。そんなことも忘れるほど強引に連れてこられた。
明らかにアヤシイ、ミルクの紹介だからあまり変なことにはならないと思うけど、それにしても不安だ。
そうこうしているうちに、フージ先生は扉の前で立ち止まった。
「ここだ」
扉のプレートには学園長室と書かれている、隣は職員室だし、いきなり本丸だ。
ボクは体験入学という話で連れてこられた、ならば、当然学園長まで話は通っているはず、まず初めに挨拶しなくてはならない。
急に緊張してきた、ボクが知る異世界モノ小説の知識では、学園長といえば正直良いイメージは無い。
権力を持つと人は横柄になる、特に異世界だと躊躇だ、失礼の無いようにしなければ面倒くさいことになりかねない。
他と比べて厚手の扉を、フージ先生が軽くノックする。
「学園長、入りますよ」
……中から反応は無い、返答を待たず学園長室に足を踏み入れるフージ先生の後に、ボクも続く。
部屋はよくイメージする校長室と変わらない、正面の窓際には立派な机あり、空の社長椅子が横を向いている。やはり部屋の中には誰も居なかった。
「学園長? なんだ便所か?」
そうフージ先生が言った時だった。
――パン! パンッ!
突然背後で大きな破裂音がした、ボクはその音にビックリして、肩をすくめながら振り返る。
「ようこそ、いやーようこそメイリス学園へ」
パン!
音の正体はクラッカーだった、破裂音と共に魔法の粒子がキラキラと空中を舞う。そこには立派な白ひげを蓄えた老紳士が、クラッカーを手に立っていた。
ボクたちが部屋に入ってくる直前に、入口側の壁に張り付き、開かれた扉の影に隠れていたみたいだ。
「なんですか学園長、びっくりするじゃないですか!」
フージ先生も驚いている。
この人が学園長? 騎士学園の学園長なんて、どれだけ厳格な人物だろうと身構えていたけど、なんだかイメージと違う。
刺繍の入ったスーツに身を包んだ姿はらしいのだけど、背も低くまるっとした、優しそうな雰囲気のおじーちゃんだ。
するとすぐに、職員室と繋がるもう一つの扉が開かれ、中年の女性が血相を変えて飛び込んできた。
「今の音は! 何事ですか学園長!」
「あ、いや……」
クラッカーはけっこう大きな音がした、日常生活ではありえない音だ、中年の女の先生が聞きつけて隣の職員室から駆けつけてきたのだ。
「大丈夫ですか学園長!」
「いや大丈夫大丈夫、ほら、クラッカーだから」
「学園長!?」
「歓迎のね、クラッカーをね」
「何やってるんですか学園長! いい加減にして下さい!」
「だって、ミルクちゃんの従者が来るんだよ?」
「知ってますよ、お昼の職員会議で言ってたじゃないですか、だからって授業中にクラッカーなんて非常識です、何かあったと思うじゃないですか!」
「スミマセン」
ええ……、学園長、威厳ゼロ。
女教師は「まったくもう、いつもいつも」とぶつぶつ言いながら、イカリ肩で学園長室から出ていった。
「学園長……」
「う、うん、なんだその、そうだよく来てくれたね、確かユーノ君と言ったか」
フージ先生はやれやれと呆れているが、ボクは面食らっていた。大体、歓迎するなら花束とかじゃないの? 誕生日でもあるまいにクラッカーって。
「いやーまいったまいった、どうぞ、座って」
まいったのはこっちです。そう思いながらも、とりあえず部屋の真ん中にある来賓用のソファーに着く。
「あの、これは一体? ボクは図書館を使わせてもらえると聞いて」
「うん? そう、そうだよユーノ君、自由に使ってくれたまえ」
「すみません、ボク、何がなんだか分からないうちにここへ連れてこられて、一体どうなっているのか……」
「ああ、そうか急だったからね、無理もない」
ボクの体験入学が決まったのは、つい今朝のことだという。
学園長は宮殿に用事があり、そこでミルクと偶然出会ったようだ、その時ボクの話になって、学園の図書館を使わせてくれる事になったらしい。
「いやホント運が良かった、朝からミルクちゃんに出会えるなんて」
「ミルクちゃん?」
「そうミルクちゃん、ワシらのアイドルなんじゃよ、大大大ファンでね」
「はあ」
「ワシね、ファンクラブナンバー二十なんよ、スゴくない?」
なんだこのノリの軽さは、それにミルクちゃんて、ミルクもそんなチヤホヤされるような年齢じゃないけど、まさかファンクラブまであるなんて。
「ゴホン! 学園長」
「あ、イヤなんだ、スマンね、ミルクちゃんの従者を前にして、ちょっと興奮しちゃって」
フージ先生に諭された学園長は、やっと落ち着きを取り戻した。
なんだか学園長は色々と誤解しているみたいだ、ボクはミルクと一緒に居るけど従者じゃない。でもミルク関連で話を振るとまた面倒になりそうなので、このままにしておいた。
そして、ボクがここに呼ばれるまでの経緯を簡単に説明してもらった。
ミルクは剣術に秀でた英雄だ、騎士学園は融通の効く機関なのだろう、それでボクに学園の図書館を使わせてあげるようにと、学園長に働きかけてくれた。
頼まれた学園長もミルクの大ファン、断る頭もない。学園長権限を使い、体験入学という形で無理やりボクを学園にねじ込んだのだ。
ボクとミルクが隠れるようにこの学園に侵入したのは、警備形態に理由があった。学園の警備は国から派遣された兵士が任されていて、あまり融通がきかない。
他にも、英雄のミルクが来るとなれば学園もそれなりの出迎えが必要だ、ボクを送り込むだけでそんな手続きは御免なので、こっそり入ったというわけだ。
なんだかホッとした、初めは何か特別な潜入捜査でも頼まれるんじゃないかと思っていたけど、別に面倒事に巻き込まれたわけではない。
「良かった、何か問題が起きたのかと不安だったんです」
「うんうん、心配する事はないぞ、ユーノ君は一週間ここの生徒なのだ、自由に学園の施設を使ってくれたまえ」
「ありがとうございます。それで体験入学って事は、ボクも生徒さんと一緒に勉強するんですか?」
「いやいや、それも可能だが、体験入学は名目上のもの、何も気にする事はない」
そうなんだ? どうやら一般人であるボクに、本当にただ図書館を利用出来るようにしてくれただけみたいだ。
そもそも、この学園は中等部と高等部が合わさったような学び舎で、十三歳から十八歳までの生徒が学んでいる。十歳のボクが混ざって授業を受けるには違和感がある。
しかし気になることもある、ミルクが最後に言った一週間という言葉だ。そして、それは少々厄介なものだった。
実はこの学園は全寮制となっていて、仮にでも生徒という立場のボクは、一週間のあいだ学園の外へ出られないというのだ。
宮殿領への入場許可や勇者が帰って来たら、一週間と言わず体験入学を終えることは出来るが、再び学園に戻ることは出来ない。
「じゃあボクも学生寮へ?」
「いやあ、突然な事で部屋が用意できなくてね、悪いが寝泊まりは職員用の宿直室になるが、それでも大丈夫かな?」
「はい、寝る場所さえあればどこでも構いません、ボクこれでも冒険者なので」
冒険者のボクにとって、寝床は魔物の危険が無いだけでも上等だ、屋根があればそこはすでに居住スペースだ。
「ほう、流石はミルクちゃんの従者だ、その若さでA級冒険者とは、ううーんもう感激じゃ」
ミルクちゃん関係なら、何でもスゴイとか言い出しそうだ。
「では以降のキミの世話は、ここに居るフージ君がやってくれる、何か足りないものがあったら彼に言えば良い」
「ええっ!? ちょっ、学園長、オレですか?」
突然ボクの世話をするよう振られたのだろう、フージ先生は焦っている。
「あのう、ボク一人でも大丈夫ですよ?」
「ユーノ君、遠慮なんて要らないよ、どうせ彼は何もすることがないのだ」
「はあ? オレだって講義とかあるんですよ、一週間だなんて無理です!」
すると学園長は、フージ先生に体を寄せて耳打ちをする。
「キミ、特使だよ、特別任務、得点高いよー」
「ええー、学園長の趣味でしょう? もう、分かりましたよやりますよ。はあ、一週間宿直か」
学園長の強権発動だ。ボクを学園にねじ込んだことといい、何気に無茶苦茶する人だな、フージ先生にはご愁傷さまと言う他無い。
「さてユーノ君、キミにこの学園を自由に使っていいと言ったが、まるきりのタダでもない、分かるね?」
来た、やっぱり何か頼まれるんだ。
正直、今回の一連の出来事は、冒険者の師匠でもあるミルクが、ボクに何らかの試練を与えたとも考えられる。何が真実なのか、本当の目的は何か、それを見極める目を養うことも大切だ。
「ユーノ君に頼みたいことがある」
「はい、可能な限り協力します」
「良い返答だ、では早速情報を渡して欲しい」
情報か、騎士学園として、何の情報が必要なんだ?
「実はな、普段ミルクちゃんはどんな生活をしているのかな、なんてね」
「は?」
「ほら、私生活はどんな感じなのかなーとか、何が好物なのかなーとか」
「ええー」
どこまでミルクが好きなんだ学園長、完全に公私混同だ。
「別に、普段のミルクは……」
「ミルク! 呼び捨てなの!?」
「えっ? ええ、そうしろってミルクが」
「ふおおー、いいのーいいのー」
そうなのかな? トーマスもミルクのこと呼び捨てだけど。
よく考えたらミルクは国の重要人物だ、ひょっとしてボクは、ならず者のトーマスと同じレベルで常識が無いのだろうか。
「まあ、みんなが言うほど偉そうに見えないっていうか、ボクの前ではいつもぱんつ一丁だし、結構だらしないトコありますよ」
「ぱっぱっ、ぱんつ!」
さすがに他の人の前でおっぱい丸出しにはしないけど。
「学園長、ユーノ君に頼んで、ミルクさんのぱんつ持ってきてもらえば良いじゃないですか?」
「ば、ばかもん! 何を言っているのだねフージ君、そんなプレミアな、いや神聖なモノを、不敬だぞ!」
「はあ、そーですか、そりゃスミマセンね」
「まったく、……それでユーノ君、幾らで譲ってくれるのかね? ぱんつ」
「…………」
ミルクのぱんつなんて欲しい? 確かにスゴイぼでーの持ち主ではあるけど、おば……二十六歳のぱんつだよ?
ボクが洗濯する事もあるから持ち出すのは簡単だけど、そんなの貰って何に使うのだろう、あのヒモのようなぱんつで荷造りでもするというのか?
――カァァアン……コン、カァァアン……。
その時、校舎全体に大きな鐘の音が響き渡った。
「おっと、もうこんな時間だ」
午後四時、一日の授業がすべて終了した合図だという。宿にいた時も遠くで聞こえていた音だ、朝昼夕と鳴っていた、学園のチャイムだったのか。
「さてと、ではフージ君、後は頼んだよ」
学園長はカバンに少しばかりの資料を仕舞い込み、帰り支度を始めた。他の先生方はまだ仕事がありそうだけど、学園長はもう帰って良いみたいだ。
「もうぱんつの件は良いんですか?」
「フージ君、さすがに無理だろう、ワシだって常識はわきまえているよ」
そう言いつつボクをチラチラ見てくる、ボクはダメですと首を横に振った。
その時、ドンドンと扉が強く叩かれた。何かと思ったら、若い男が勢い良く学園長室に入ってきた、背も高く大人びた雰囲気だが、学園の制服を着ている。
「学園長!」
「おお、ルクス君か」
「担任から聞きましたよ! あ、来客中でしたか」
「うむ、何を聞いてきたのか、分かるぞルクス君」
「では、こちらの方が?」
「その通リじゃ」
物怖じもせず学園長とやり取りするルクスは、長身で茶髪を緩やかに流した優男ふうだ。しかし、制服の胸元がパツパツになるほど筋肉が鍛えられていて、さすが騎士学園の生徒といった感じだ。
「すごい、まだ子どもではないですか」
「これこれ失礼だぞルクス君、そう、彼がミルクちゃんの従者であるユーノ君だ」
「おお……」
慌ただしく学園長室に入ってきたルクスは、どうやらミルクの従者が来ていると担任に聞いて、急いで見に来たようだ。
「ユーノ君、紹介しよう、彼は生徒会長を努めているルクス君だ。実はな、ルクス君もファンクラブの会員なのだよ」
なんだかまた面倒くさそうなのが増えた。
「初めましてユーノ君、生徒会長のルクスです」
「優乃です、よろしくお願いします」
「いやあ、ミルク様は剣の目標でもあるんだ、その従者様と知り合えたこと、光栄に思うよ」
従者じゃ無いんだけどなぁ。
「学園長、彼はこの学園に編入してくるのですか?」
「いや、将来的にそうなって欲しいとは思うが、体験入学という事でこの学園に来ていただいたのだ、体験入学と言っても、まあ視察のようなものだな」
「なるほど」
「一週間の予定だ、生徒会長のキミも色々と協力してやってくれ」
「はい、もちろんです!」
それだけ言うと、ルクスは「生徒会があるので」と、嵐のように去って行った。今日は学校も終わりだし学園長も帰る、何か行動するのも明日からになる。
「ふう、じゃあ行くかユーノ君、オレ達が一週間泊まることになる、ホテルメイリスにな」
おっさんギャグを得意げにかましたフージ先生に連れられて、宿直室へと移動した。
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終業の鐘が鳴ると、学園の中は一気に人が少なくなる、部活動なども無く、学生は寮に戻ってしまう。人の居ないもの淋しげな廊下を歩き、宿直室へと向かった。
宿直室も職員室などがある本館一階だ、学園長室からもそう離れてはない。
「おっと、しまった」
宿直室に入るなり、部屋の掛け時計で時間を確認したフージ先生は、また急いで飛び出して何処かに行ってしまった。
残されたボクは荷物を下ろす、街歩き用の小さめのリュックだ、泊まりだとは知らなかったので大したものは入っていない。
部屋の中を見渡す、フローリングの小さな部屋にはテーブルが一つ、壁際には食器棚があり、その横には魔道具のコンロ等が設置してある。
宿直室って感じだ。奥にも部屋があるようなので、引き戸を開けて見た。
「これは……畳?」
奥の部屋は六畳ほどの和室だった。いや、よく見ると違う、何かの植物を編んだものだが畳特有のい草の匂いがしない、あくまで畳に似せたモノだ。
和室風の部屋はフローリングの部屋より一段高くなっている、やはり土足禁止だろう、ボクはブーツを脱いで上がった。
しばらく部屋を眺めていると、フージ先生が戻ってきた。
「いやーギリギリ、もう少しで購買のおばちゃん帰るところだった」
そう言って渡されたのはパンとチーズと牛乳だ。そうか、ボクは学園から出られないから、購買でご飯を買わないと夕ご飯が無いんだ。
「あの、ありがとうございます」
「このくらいはな。一応寮の方に売店もあるぞ、ちょっと歩くから面倒だけど」
寮には食堂もある。ボクも明日から利用出来るらしいが、別棟の寮は宿直室から離れていて、何度も往復するのは面倒だ、購買で済むのならそれで良い。
「この部屋変わってますね、初めて見ました」
「そうか? その割にはちゃんと靴を脱いで上がっているみたいだが」
やはり和室は勇者の影響のようだ。特に騎士学園は、剣士の最高峰である勇者やミルクを神の如く崇めていて、彼らが何か新しい事をする度に、すぐに取り入れようとするのだという。
「ユーノ君も学園に来るのは突然の事だったみたいだな?」
「はい」
「やっぱりミルクさんの従者は大変だ」
「いえあの、ボクはミルクと一緒に居るけど、別に従者ってわけじゃないんです」
「そうなのか?」
「まあ、ミルクは師匠ではありますけどね」
「へー、やっぱり大したものじゃないか」
英雄の従者とは特別な存在のようだ、それはただ付き従う人の意ではなく、弟子に近い存在だという。
当然、従者も準英雄級の実力を持ち、ゆくゆくは英雄となり国に影響を及ぼす存在になりうる、だから従者と言ってもそれなりに敬われるらしい。
現在、英雄集団である勇者PTのメンバーに従者は居ない、ボクもミルクにそんな人が居るとは聞いたこともない。
どうやらミルクは、ボクのことを早急に学園にねじ込むために、従者と触れ込んで強引に体験入学の枠を取ったみたいだ。
「それにしても、学園長や生徒会長のルクスさんは、ボクのこと持ち上げ過ぎじゃないですか?」
「まあなぁ、あの二人はファンクラブに入るほどだから。しかしそれを除いても、この学園の連中はミルクさんの近くに居る者は憧れなんだよ」
「ふーん」
「オレは違うけどな」
「そうなんですか?」
「オレ、騎士ってガラじゃないし」
フージ先生は自然魔力を研究しているのだという、外に出ることも多いのでジャージを着ているが、別に戦ったりはしないらしい。
大雑把な見た目と違って脳筋タイプでは無いようだ、だからミルクにもそれほど思い入れはないのか。
でも、世話をしてくれる人がフージ先生で助かった、ヘンに下手に出られたら逆にこっちが気を使ってしまう。