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77 ボクの正体

 レティシアは自身がベヒモスに変異していたことを覚えている、落ち着きを取り戻したレティシアは、今一度変身出来ないかと試みた。


「ふーん、う゛ーん」


 がんばってイキんでいるが、残念ながら変身は出来なかったし、他に何も出てこなかった。


 もし自由にベヒモスの力が使えたなら、この地下ダンジョンから脱出するのも簡単だったろうに、そう上手くはいかないみたいだ。


 仕方ないので、シェルターから軌道エレベーターへの道を開くために、制御室へ足を運んだ。



「小さいな、なんだここは、まるで学園の年少部のようだ」


 カイネルは制御室に並んでいる小さな机と椅子を見て、そんな感想を言った。宇宙人転移者はひどく華奢で、大人でもボクと同じくらいの体型だったはずだ。


 カイネルとロブは座るのに丁度いい高さの机に腰掛けて、机の上のものをワケも分からずいじっている。ミルクも部屋中を歩き回って様々な機材を眺めていた。


 レティシアは小さな椅子に座って、ヘッドセットを手に取り不思議そうにしている、やがて頭に装着してもみたが、すぐに外してしまった。どうやら角のある種族では形が合わないようだ、ボクもだけど。


 おっと、そんな事を眺めている場合ではない、早くこのシェルターの出口を調べなければ、まだ地上に出たわけではない、気を引き締めないと。


 ピッ……ブゥゥゥン。


 重機ロボにもあった認証パネルに手を置くと、目の前のコンピュータらしきものが稼働した。重機ロボと違ってシステムの声は無いが、ちゃんと動いた。


 これもボクが超越者として認識されているから動かせる、きっと同じ転移者だから、性質みたいなものが同じなんだろう。


 レトロな雰囲気漂う小さなモニターが点灯する、見た目はCRTだ。ロボットを作るくらいだから立体ホログラムみたいな物を期待したが……。


 やっぱり宇宙人転移者は地球と同じ進化を遂げているわけではないから、未来のビジョンも違うのかも。


 でも操作はSFだった、初めマウスなども無くどうやって動かすのか分からなかったが、ふとモニターの前に手をかざすと、画面の中を操作出来た。


 まるでVRコントローラーみたいだけど、もっとすごい、機材も使わず微細な指先の動きまで拾う、画面の中も物質世界と地続きな錯覚に陥る。


 これで問題なく制御室の機能を使えそうだ、とりあえずこの端末で何が出来るか調べてみる。システムの操作と、シェルターやその先の軌道エレベーターのマップが引き出せれば十分だ。


「……アニキ、見てくださいよ」


 転移者の端末を使うボクを見て、ロブがカイネルにそっと語りかける。


「何かの魔法のようだな、何の意味があるのかは分からんが」


 CRTモニターの前で手をくねらせているボクが奇妙に見えるようだ、仕方ない、傍から見るとVRゲームをしている人も大体こんな感じで奇妙に映るものだ。


 ……よし、防衛システムを見つけてオフにした、一番最初にやりたかった事だ、これでこの南エリアの街のロボットはボクたちを襲わなくなったはず。もっとも、すでにほとんど壊しちゃったけど。


 次はと、防衛システムのダイアログを閉じようと思ったとき、気になる物が目についた、防衛履歴だ。このシステムが出来てからの戦闘ログが記録されている。


 あまり目移りしていると目的の情報を引き出すのに時間がかかってしまう、ネットで遊んでいると良くあることだ。でも、過去の神との戦争も気になるので、ちょっと覗いてみた。


 しかし、期待した感じではなかった、星の命運をかけた神との大戦争、みたいなB級映画的なものは存在しなかった。


 この南エリアには、防衛システムを稼働させたが神は襲来しなかったみたいだ。ここのロボットやシェルターは無傷で残っていたのだから、当たり前だった。


 転移者達が滅んで、しばらくして防衛システムは休止モードに移行した、つまりこの街は長い眠りについた。


 そして時間の記録すら無い空白の次に、唐突に再稼働を始めている、今から一年ほど前の事だ、警戒区域内で神のエネルギーなるものを検知したらしい。


 多分、西エリアも同じくそれを検知して再稼働したのだろう、その時に搬入口が砂漠の上に現れて、勇者はそこから地下ダンジョンへ侵入したんだ。


 防衛システムは再稼働から神の反応をずっと追っていたが、反応がこの街の直上に接近してきたため、尖兵機にスクランブルがかかっている、これは三日前だ。


 ……どういう事だろう? その日はボクがこの地下ダンジョンへ引きずり込まれた日だ。


 ボクの近くに神様的な何かが居たのか? 気が付かなかったけど、不可視の存在とか? でも実際に青ロボに掴まれたのは神様じゃなくてボクだし。


 しかし気が付いた、一年前と言えばボクがこの異世界に転移して来た時期だ。


 ボクが異世界転移した日に古代の防衛システムは再稼働し、ボクがこの街の直上に来たらスクランブルがかかり引きずり込まれた。

 

 偶然ではない、ボクのところに別の存在を当てはめて考えても辻褄が合わない、再稼働した後の“神”とは、確実にボクのことを指している。


 神のエネルギー反応ってなに? ……ボクは袖口をくんくんと匂った、べつに体から変な匂いとか出てないと思うけど。


 ……ひょっとして神力を感知された? ゲームでは魔力ではなく神力を使う、種族も魔神で神の一族だ。


 でも、ゲームの力をこの異世界で感知できるのだろうか? 超越者と認識されたのはまだ分かる、この街の製作者と同じ“転移者”だからありそうなものだ。


 だからと言って、ボクと異世界の神様の性質が同じとは思えない。



 ガタガタガタ……。


「む、優乃、急いだほうが良さそうだ」


 机や機材が小刻みに揺れる、地震だ。


 ただの地震ではない、さっきレティシアが全ての円柱を破壊したことにより、シェルターの耐久性が著しく低下しているんだ。


 凄まじい戦いを目の当たりにして、この程度の揺れには慣れてしまったカイネルとロブもソワソワしている、ボクは急いでシェルターの出口を探した。


「ん、違う、これは軌道エレベーターのライフラインとかの建築資料だ。こっちは……あったフロアマップだ、出口はこの先か」


 制御室から廊下に出れば、軌道エレベーターまで通路が繋がっている、しかし道は複雑で覚えきれない、シェルター内を走って出口に向かった方が確実だ。


 ここで設備などを直接操作できる、ボクはすべての扉を解錠し、シェルターと合わせて軌道エレベーターの主要な電源も入れておいた。


「全部の通路を通れるようにしたよ、ここが崩れる前に出よう」

「よし、撤収だ」


 制御室にある機材や端末の記録を隅々まで調べたいのは山々だが、小さな揺れが一定間隔で起きている今、いつ本格的にシェルターが崩壊するか予測できない、一刻も早く脱出した方が良い。


「おいお前達、何をしている、早くしろ!」


 ミルクが遅れるカイネルとロブに急ぐよう促す、全員急いで制御室横のハシゴから降りて、シェルター内を走った。


「はぁはぁはぁ、珍しいものが沢山あったからな、少し持ってきてしまった」

「オレもですアニキ!」

「ボクも!」


 まったく、ならず者は手癖が悪いな。



 このシェルターはアホみたいに広大だ、出口まで随分ある。重機ロボがあれば楽だったけど、青ロボのロケットパンチの餌食となって潰れてしまった。


 時折、何かが崩れ落ちるような音と揺れが起きる中、ボク達は走り続けた。


 そして、何とかシェルターの出口までたどり着いた、入り口と同じく大きなゲートとなっていて、先は道を遮る鉄の扉も無く、トンネルが続いている。


 バックパックを背負いながら走って、ボクとカイネルとロブは目眩がするほど疲弊していた。当然レティシアとミルクは息すら切らしていない。


 軌道エレベーターにはすぐに着いた。広く立派な入り口が横に連なっているが、トンネルが繋がっている以外の“外”は土砂で埋まっている。


 かつては軌道エレベーターを見上げて「すごいね~」なんて街の住人は言っていたのだろうか? 今は土砂ばかりで息が詰まりそうだ。


 全面ガラス張りの美しい入り口にみんな感嘆している、近づくとウィーと自動ドアが開いた、しっかり稼働している。


 ボクが先導し中に入ると、後ろを「ほ~」などとキョロキョロしながらみんな付いて来た、数日前なら自動ドアを見て「ヒィ」と言っていたことだろう。


 広く整然としたフロアを見渡す、まだ建設中と言うこともあり店舗も入っていないし内装も中途半端だった。


 ボクは迷わずエレベーターへと向かう、メインの軌道エレベーターではない、土台になっている観光用の建築物の一般エレベーターだ。


 恐らくメインの軌道エレベーターなどちょっとやそっとで動かせるものでは無いだろう、それにまだ完成していない。


 幾つかあるエレベーターの中で、一番高い百二十階まで行ける方に乗り込む。


 やがて上昇を始め体にGが掛かる、密閉された個室なうえ外の景色は土砂で真っ暗、みんな何が起きているのか分からず不安げだ。


「今上に向かってるからね、百二十階だと五百メートルくらい上がれるかな」

「なるほど、浮遊石版のようなものか」

「うん、多分それだよ、浮遊石版っていうのはボクは知らないけどね」


 異世界には便利なものもあるんだな。この国には無いみたいだけど、世界を旅してまわったミルクはエレベーターと似たようなものを知っているようだ。


 チン、と音がして扉が開いた、百二十階に到着だ。


「着いたよ」


 そのフロアも何も無い所だった、打ちっぱなしのコンクリートがむき出しだ。ここからは階段で登る。


 やはり時々床がフラフラする、下でシェルターの崩壊は続いているようだ。


 急いで登ろう、最上階で外へ通じる作業員用の扉を空けたら、清々しい光と風が出迎えてくれるのを期待して。



 エレベーターで上がってきたと言っても、さらに倍以上登らないといけない。


 ここまで大変な思いをし、さらにずっと登り詰めで、カイネルとロブはすごくキツそうだ、それでも遅れまいと必死について来る。


 ボクはそんな二人を、ミルクにおんぶされながら眺めていた。


「ミルク大丈夫? 重くない?」

「ああ、それよりしっかり掴まっていろ」


 ボクの体重なんてミルクにしてみれば無いも同じらしい、負担になっていないようで安心した。ボクも楽ちんだ。


「あの、わたしもおんぶしましょうか?」


 レティシアは死にそうな顔をしているカイネルとロブにも、自分が連れて行ってあげるからと提案した。


「ゼハーゼハー、こ、こりゃありがて……」

「男カイネル! 女こどもに助けてもらったとあっては選定員の名折れ、この程度日々の修行と思えばどうということはない、心配ご無用!」

「そ、そうだ! さすがアニキ」


 カイネルに相槌を打ったロブは、「そうかなぁ」と聞こえないようにつぶやく。


 このダンジョンに来てから、二人はレティシアに助けてもらいっぱなしだと思うんだけど、譲れない何かがあるらしい。


 ……ゴゴゴゴ……ゴゴ……。


「揺れが大きくなってきたな、優乃、今どのくらいだ?」

「八割くらい来たところだよ」

「そうか、もう少しかかるな」


 状況は良くない、もし下の巨大シェルターが崩壊したら、ここら一帯に堆積している土砂も一気に沈む、この軌道エレベーターも危うい。


 日記にも保存能力が使用された場所は限定的だと書いてあった、術者が亡くなってからの建設分は能力が効いていない、弱い箇所から崩落は始まる。


 ……ガァン……ガラァァン……。


 近い、鉄骨が崩れる音が足下でした、一刻の猶予もない。


 崩落に巻き込まれたら一巻の終わりだ、かといって一番上まで登ったら確実に外に出られるという保証も無い、不安は募るばかりだ。



 辺りはむき出しの鉄筋や足場が組まれていて、もろに建設中の様相を呈してきた。今登っている長いハシゴも、激しくなった揺れの中で頼りない。


 ――ゴゴゴゴ。


 よりいっそう揺れは大きくなる。


 ハシゴの先頭をゆくレティシアとミルクは心配ないが、後方から来るカイネルとロブは、過度な疲労もあり振り落とされないか心配だ。


 ちなみにボクは、相変わらずミルクの背中に張り付いている。


 その時、壁の中からパン! と幾つも破裂音がして、次には、突然下方の外壁が突き破られ、土砂が勢い良くなだれ込んできた。


 ――ドドドドドドドド。


 まるでダムが決壊したかのように、土砂は地響きを立てながらすべてを飲み込み落ちてゆく。ハシゴを登るのが少し遅れていたら、ボク達に直撃していた。


 しかし、決壊したのはボク達の直下だ、壁ごと弾かれたハシゴは下半分が折れ飛んで、空中を泳いでいる。


 まだハシゴを登っている最中のボク達も、振り回されてしまう。


「……! ……!」


 一番下に居るロブが叫ぶ、流れ込む土砂の轟音でうまく聞き取れない。


「……ぁぁぁ! ……ぅだめだぁぁ!」


 ロブはもう限界だ、片手でハシゴに掴まりながら、足は宙ぶらりんだ。

 

「助けるぞ優乃、ちゃんと掴まっていろ」

「うんっ」


 ミルクはボクを背負った状態のままハシゴから手を離し、落下する。


 ボクは振り落とされないように、がっしりとミルクの背中に張り付いた。おっぱい鷲掴みになるが仕方ない。 


 途中のカイネルを通り過ぎ、今にも土砂の中に落ちそうなロブの手首を、間一髪掴み取った。同時にミルクもハシゴにしがみつく。


「よし、大丈夫だ」

「ゼハーッ! ゼハーッ! ミルク様」


 そして、片腕でロブの腕を掴んだまま強引にハシゴを登り始めた。


「おい早く登れ、轢いてしまうぞ」

「は、はい!」


 先をゆくカイネルは急いで登る、ハシゴを登りながら轢かれては大変だ。


 なんとか全員無事に上の階にたどり着いた。今の衝撃か、このフロアからは非常灯も機能していないので、カンテラを使う。


 こうなっては軌道エレベーターが崩落するのも時間の問題だ、休憩しているヒマは無い、未だ膝が笑っているロブにも死ぬ気で階段を駆け上がってもらう。


 フロアを登っている合間にも、時折ふわりと体が浮く時がある。どうやら軌道エレベーターの中腹あたりが崩れて、ボク達が居る上部が落下しているようだ。


 これでは急いで駆け上がっても落ちる方が早い、もう地上へは出られない。


 そしてダメ押しとでもいうように、通路前方から土砂が流れ込んできた。うねる勢いで向かってくる、後方の床はすでに崩れて戻る事は出来ない、万事休すだ。


 ミルクがナイフを抜き土砂に向かって一撃を放つ、見えない斬撃が土砂を押し戻し、同時に天井と壁を切り崩し蓋をした。


 しかし応急処置だ、ゴゴ、ゴゴと、徐々に瓦礫と共に土砂が押し迫ってくる。


「少しの時間も稼げないか、マズイぞ」


 閉じ込められた、どうすることも出来ない、あと数分でみんな生き埋めになる。


「ねえ、ユーノ……ちゃん、今ならまた、なれる気がするの、あの……力が……」

「おねえちゃん?」


 レティシアはうずくまってしまった、再びベヒモスに変身するのか? やっぱり主であるボクに大きな危険が迫ると発動するのだろうか?


 いや、条件なんて今はどうでもいい、とにかく今にも変身しそうな雰囲気だ。


 ボクはレティシアからバックパックを降ろした、ついでに衣服も脱がせる、巨大化したら全部ダメになってしまうからだ。


 すると四つん這いになっているレティシアの体に異変が起き始めた、目の前のつるつるさんが白銀の体毛に覆われてゆく。


「みんな離れて!」


 急いで脱がした服とバックパックを抱え込み、レティシアから距離を取る。


「うああああ、ああああああっ」


 レティシアは叫ぶ、そして次の瞬間。


「――ぶんもぉぉおおおおお!」


 少女の叫びはケモノの雄叫びへと変化した。


 レティシアの体は高い天井すれすれまで巨大化し、白銀と紺色の織りなすサラサラな体毛が全身を覆う、顔も人と獣が合わさったふうに変化している。


 さっきと全く同じ、レティシアは再びベヒモスに変身した。


「ぶもん!」≪神獣スキル:たてにとっしんアルティメット・バーチカル・アタック

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