76 覚醒
突然目の前に現れた白い壁は、五十メートル級のロボットの拳だった。
こんなロボットが存在したのか、消えかけのノートからは読み取れなかった。
動くだけで災害になりそうなほど巨大な白いロボット、その拳は、すさまじいエネルギーでレティシアの頭上へと叩きつけられた。
あまりの威力に見えている世界が暴れる。
これはあんまりだと思った、力の規模が違いすぎる、太古の転移者が神を退けるために造ったロボットは、やはり世界を壊しかねない力を秘めた、人造の“破壊神”だった。
「……!! ゴブッ! ごぼっ」
ボクは叫んだ、もう血液しか吐き出さない口で、レティシアの名を力の限り叫んだ。
……徐々に意識が遠くなる。
…………もう音も聞こえない。
………………ボクの命もここまでだ。
その時、目の前の白い壁に亀裂が走った……ように見えた。
音も無く、何もかもが定まらない世界でそれを眺めていると、亀裂は広がり、白い壁は縦に割れた。
中から白銀のケモノがゆっくりと起き上がる、まるで、純白の卵から美しい生命が誕生するようだった。
・
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「……優乃、優乃!」
ぐっ。
「ごほっ、ゴホッ、……あぁ」
咳き込み、喉に詰まっていた血の塊がドバっと地面に落ちる。
「ゴホゴホッ、はあ、はあ、ぼ、ボクは……」
「良かった、間に合って本当に良かった」
ボクはミルクに抱き上げられていた、死んでいない、ここは現実だ、いったいどうなったんだろう、まだ頭はぼーっとしている。
「み、ミルク、コレは……ぐっ、ううっ」
「まだ喋るな、落ち着いて、ゆっくり息をしろ」
「すー、すー」
「そうだ、じきに良くなるからな」
傍らには血塗れのパーカーが置いてある、上半身裸のボクに、ミルクは追加で瞬間強力回復軟膏を塗り込んでいた。
あの瀕死の状態からここまで、即座に治療を施したとして十数分は経過しているはずだ。
見上げたミルクにも酷く血が付いている、恐らくミルク自身のものだ、しかし血を流したであろう傷は、今は回復して塞がっている。
……レティシア、……そうだレティシアは?
「レティシア、おねえちゃんが、さっき、ここで」
レティシアの名を聞いたミルクはピクリと眉を寄せる、そんな、やっぱりレティシアは潰されちゃって、ボクも握り潰されて。
「嘘だ、イヤだっ、がはっ、ゴホッゴホッ」
「落ち着け優乃、落ち着け!」
混乱してもがくボクをミルクはぎゅうと抱きしめる、皮肉にも、大怪我を負った胸の傷の痛みで正気は保たれた。
「レティシアは恐らく大丈夫だと思う……多分」
「はあ、はあ、……どういうこと?」
するとミルクはボクの頭を持ち上げて、その方向へと顔を向けてくれた。
ここはシェルターの中なのか? さっきとはまるで景色が違う、すごく高くガラクタが積み上がっている、まるでビル群のようだ。
その向こうで何かが恐ろしいスピードで移動している、その後をガラクタが吹き上がるように宙を舞っているのが見えた。
「がぁぁああああ!!」
何かが雄叫びを上げる、その時に姿を確認できた、ボクが気絶する瞬間に見た、美しい白銀のケモノだ。
左右の側頭部から攻撃的なフォルムで前方へ角が突き出している、顔つきや雰囲気からひと目でケモノだと強く印象付けられたが、それは人型だった。
よく見れば女性のような体つきで、全身を覆う柔らかな白銀の毛並みに、模様のように紺色の艷やかな獣毛も混ざる。
そして大きかった、体長十メートルはある、とても美しいその姿にボクの目は釘付けになっていた。
しかし、釘付けになったのは美しいだけが原因ではない。
本来の姿形と異なるため一見して気が付かなかったが、改めて見るとこのタイプのケモノはよく知っていた。
「ウソでしょ、……あれはボクの従者だった、ベヒモスだ」
その瞬間、いっそう大きくベヒモスは雄叫びを上げる。
「ごああああああっ!!」≪神獣スキル:とっしん≫
フッとその姿が消えたかと思うと、そこから一直線上に設置してある巨大な円柱が、ほぼ同時に全部吹き飛んだ。
吹き飛ぶ円柱の中から、あの五十メートル級の白いロボットが現れる、そして白いロボットも円柱共々粉々になってゆく。何体もの白ロボは膨大な量のガラクタとなって積み上がっていった。
まさかこの円柱の中に格納されていたとは、それなら突然傍に現れたのも納得がいく、こんな近くにこれほど恐ろしい兵器が隠されていたなんて。
まだ何本もある円柱の中には、すべて白ロボが入っているみたいだ。
「多分、あれがレティシアだと思うのだが」
ミルクはあのケモノからレティシアの波長のようなものを感じると言う。
その通り間違いない、あれはレティシアだ、ボクの従者だったベヒモスの力が、レティシアを介して顕現してしまった。
「がああああああっ!!」≪神獣スキル:とっしん≫
ベヒモスと化したレティシアは縦横無尽にとっしんしまくる、青ロボなどとうに影も形もない、残るは円柱の数だけ存在する白ロボだけだ。
……どうしよう、お父さんのアストラに何て言えば良いんだ、娘さんが怪獣になってしまった。
・
・
ミルクはレティシアがベヒモスに変異したところは見ていないらしい、丁度その頃、ミルクも死との境界線で青ロボとせめぎ合っていたのだ。
気が付いた時には辺りの青ロボは粉微塵に分解されていたという、瞬きする間に状況が切り替わっていて、何が起きたのかさっぱり分からず混乱した。
しかし、バフを受けた者同士、何か感じ取る事もあるようで、何となく状況を理解したミルクは、すぐさまボクの方へ応援に駆けつけた。
そこにはロボットの残骸の中で瀕死となって倒れているボクと、怒り暴れ狂う一匹のケモノが居た、そしてミルクはボクを助け出して現在に至る。
「くっ」
「大丈夫か優乃?」
「うん、ありがとうミルク」
さらに数分経過して、ボクは自力で起き上がれるまで回復した。その頃には、残った白ロボは完全に起動して、ベヒモス化したレティシアを取り囲んでいた。
円柱の中に格納されている時にほとんど破壊したとはいえ、まだ十数体もの白ロボは健在だ、五十メートルもの機体高さ、拳だけでも相当な質量だった、しかし、その重量を感じさせないほど機敏にレティシアを包囲する。
白い悪魔的な、やや角ばっているデザインをしている、そして肩や背中にこれでもかと武器を搭載している、言うなればアーマード白ロボだ。
すべての機体は、その肩に乗った巨大なビーム発振器を発動させた、発振器前方の空中に集光が始まる。
多分兵器ノートに書いてあった大型トロン砲だ、かなり大きな装置だと説明されていたから、単体の固定砲台だと思っていたが、まさかロボットへ搭載する兵装だったとは。
ついに、いち早く充填を終えた一体から極太ビームが発射された、五十メートルの巨体から、十メートルの白銀のケモノへと神殺しの攻撃が襲いかかる。
極太ビームは立ち尽くすレティシアの肩口あたりに照射されたが、レティシアの体には当たらず、軌道を湾曲されシェルターの壁にぶち当たった。
まるでレティシアの周囲に見えない壁でもあるかのように。
続けて、次々と他の白ロボからも極太ビームが発せられる、その全てがレティシアを直撃した。
「ごゥ?」
しかし、ボケっと突っ立っているレティシアまでビームは届いていない、やはり見えない壁のような物に妨げられている。
というか、極太ビームはレティシアへ当たる手前で、どこか別の空間へ吸い込まれるように掻き消えていた。
ビシュウゥゥゥと徐々にビームが弱まる、どうやら打ち止めのようだ。すると今度は、バックパックの上方が開いて中から無数のミサイル弾頭が顔を覗かせた。
あれは反物質弾頭だ、小さな島なら一発で地上から消せるほどの威力があると書いてあった、それが何十発もある。
白ロボ一体で大陸が消し飛ぶ量だ、しかも白ロボ自体が沢山いる、全ての反物質弾頭が炸裂すると、この星もどうなってしまうか分からない。
そんな危険なミサイルを敵の矢面に立つロボットに搭載するなんて、それだけ宇宙人転移者は追い詰められていたという事か。
ここで反物質弾頭を使うつもりなのか? 正気の沙汰ではない。しかし、ロボットに対して正気も何も関係無い、全ての白ロボは何の躊躇もなく全弾発射した。
ロックオンしたミサイルはレティシアへと殺到する。
「があっ!」
レティシアは短く吠えた、すると全ての反物質弾頭は光の粒子となって消滅してしまった。ついでに近くに居た白ロボも消えた。
「ぐああああああっ!!」≪神獣スキル:とっしん≫
再び蹂躙が始まる、すでに起動していた白ロボであったが、まるでレティシアの相手にならず、ボウリングのピンが弾けるようにバラバラになっていった。
ミルクはその光景を目の当たりにして、あまりに理解を越えた現象に目は瞬き、頭をしきりに振っている、正気を保とうとするので精一杯な様子だ。
だけどボクに驚きは無い、ベヒモスの力が顕現したならば、このくらいの事は出来て当たり前だからだ。
むしろ全然レベルが低いように見える、本来の従者の力はこんなものではない。やはり主のボクが弱体化しているため、従者もまた力を出し切れていないのか。
それでも宇宙人転移者のロボットは壊滅した、白ロボは対神用に開発されたものだろう、だが神獣ベヒモスにはまったく通用しなかった。
色々考えなくてはならないが、今はとにかく安堵が大きい、良かった、ミルクもレティシアも無事で、本当に良かった。
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広大だが密閉されたこの空間で、閉じ込められた空気が振動の暴力となって襲い掛かってくるほどの爆音は止み、一転、物音ひとつ無い静寂が訪れていた。
全てのロボットは破壊され、敵の脅威は完全に排除された。あの白銀のケモノの気配もしない、ボクとミルクはベヒモス化したレティシアを歩いて探していた。
左右には遥か高くガラクタが積み上がっている、レティシアが縦横無尽に走り回った跡だけ道となって歩くことが出来た。
レティシアの方からもボク達に近づこうとしていたのか、すぐに見つかった、しかし、レティシアはその道の真ん中でうつ伏せに倒れている。
すぐに駆け寄り仰向けに抱き寄せる、なぜかベヒモスの力は消え失せて、元の小柄なシープ族の少女に戻っていた。
「おねえちゃん!」
「…………んんっ」
胸は規則正しく上下している、気を失っているだけのようだ。
巨大化したため衣服は全て破れ去っており、真っ白な肌が露わになっている、そのカラダもキズ一つ無く汚れもない。
「無事のようだな」
「うん」
気持ちよさそうに寝ている、この分だとすぐにでも目を覚ましそうだ、ならば無理に起こすことはせず、この神をも凌ぐかもしれない小さな戦士をしばらく見守っていよう。
「……生えて無いな」
「えっ?」
ミルクの視線を追う、確かにレティシアのはボクと同じくつるつるだ。
「こういうのは個人差があるから」
「あ、いや、そうだな」
レティシアが巨大化した秘密でも見つけたのかと思ったが、ただ天然のつるつるさんが珍しくて見ていただけのようだ。
……ガコ……カラカラ……。
後方でガラクタの崩れる音がした、振り返るとそこには二つの人影があった。
「あ、アニキィ、アニキィ……大丈夫ですか?」
「ああ、何とか……な」
フラフラと立ち上がるのはカイネルとロブだ、あの二人も無事だったのか。
こちらに歩いて来る様子から大きな怪我もしていないようだ、あれだけ派手に吹き飛ばされたのに、まったく運のいい人達だ。
「んっ、すー、すー」
おっといけない、部外者のおっさんにレティシアの大事なトコロを見せる訳にはいかない。仰向けになったカエルのように、大股をおっぴろげているレティシアの脚を急いで閉じる。
ボクもミルクも上着は血だらけで、裸で寝ているレティシアにそれを着せるのは躊躇していたが、このままじゃ見られちゃうのでボクのパーカーを掛けておく。
そういえばカイネルとロブが居た近くにはカーゴ車もあるはずだ、もしかしたら荷物も無事かもしれない、すぐに探しに走る。
荷物は簡単に見つけることが出来た、ひっくり返ったカートからやや離れた場所に転がっていた、全員分を拾い集めてレティシアの元へ戻る。
薬などを入れるウエストポーチは常に身につけているが、大きな荷物はバックパックの中だ、冒険用のバックパックには着替えを入れておく事もある。
トーマスが投げ入れてくれたボクの荷物は、短期依頼用のバックパックで着替えは無いが、レティシアの荷物にはちゃんとシャツと下着が入っていた。
早速ミルクはレティシアに上着を着せる、ボクもぱんつを取り出しはかせてあげた。少し色気付いてきたのか、最近少しづつ小さくなっているぱんつの紐を結ぶ。
「う……ん、あれ、ユーノちゃん?」
「あ」
レティシアが目覚めた、ぱんつの紐を結っているボクと目が合う。
「ユーノちゃん!」
ボクを見るなりレティシアは抱きついてきた、そして何度もボクの名を呼び、良かったと繰り返した。
ボクも直前にぱんつをいじっていた事も忘れ、涙ながらに一緒に無事を喜んだ。
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色々と整理しなくてはならない、しかし、ここはまだ道半ば、本来の目的は軌道エレベーターから地上に出ることだ。
それに、ベヒモスの事を詳しく説明しても余計に不安を増長させるだけかもしれない、今は言えないことも多いし。
とりあえず、バフ能力の延長でレティシアはベヒモスに変異したと、ミルクとレティシアには説明した。二人は普段からボクの能力を体感しているので、簡単な説明で納得してくれた。
もちろんカイネルとロブには話せない。そんなカイネルとロブも冒険者の端くれ、ボク達が相談している間に彼らなりにシェルターを探索している。
「アニキ、この通路から出られますぜ」
「ほう、これはまた立派な」
ロブの声に振り向く、そこにはシェルターの分厚い壁に、大きな円形の穴が口を開けていた。
「あ、そこ違うよ」
残念ながらそれは大型トロン砲が撃ち込まれた跡だ、どのくらい奥までえぐれているのか分からないが、通路ではない、ロブにそう教えてあげた。
「ああ、……そうか」
出会った頃なら「うるせぇこのガキが」とでも言いそうな場面だが、超常のアレヤコレヤを目の当たりにした今では素直なものだ。
だが、まずシェルターを脱する方法を探すのは間違っていない。
入り口を強固に塞がれたのを見ると、他の出入り口も全部閉じているだろう、実際出口へ繋がる通路らしきものも見つかっていない。
ボス敵とも言えるロボット群を倒したとて、本当のダンジョンでもないので、おめでとうと言わんばかりに退路の扉が開いたり転移の魔法陣が現れたりはしない。
しかし、ボクには脱出する手立てに思い当たる節があった、あの制御室だ。
ロボットを停止させるために探していた制御室だが、当然シェルターの各機能も操作できるはず、扉のロックだって解除できるだろう。
さっそく向かってみる、みんなでハシゴを登って、高い場所に突き出ている部屋へ入る。
中を見てボクはホッとした、そこは想像していた通りの中央制御室だった。