75 最終決戦兵器
地図にあった斜線エリアに近づくにつれ、徐々に道幅は広くなってゆく。
ここは地中深く沈んだ転移者の都。やはり“野外”は土砂に埋まっていて、今走行している巨大なトンネル以外の場所へは侵入出来ない。
軌道エレベーターまでの一本道を進む、トンネルの壁もコンクリートから金属へと変わって、SF感が増している。
斜線エリアのゲートが見えてきた、軌道エレベーターへ行くには、どうしてもここを通過しなくてはいけない。
地図のスケール感から、斜線エリアはちょっとした街ほども敷地面積が大きい、
それに斜線で隠されているため、軍事施設の可能性も高い。
きっと敵が居る、強力な青いロボットも居ると思う。
「む、優乃、後方を確認してくれ」
「アニキ! アレ、アレ」
「なんだアレは!」
後ろのカーゴ車がにわかにざわつき始めた。重機ロボのバックモニターは故障していて使えない、ボクは後方の様子を確かめるため重機ロボを反転させる。
「なっ、道が!?」
今通って来たトンネルの壁から、鉄の扉が音もなくせり出していた、天井、左右の壁、床、四方から出てきた鉄の扉は今にも閉じようとしている。
ダメだ閉まる速度が早い、重機ロボでも間に合わない、鉄の扉までたどり着いた時には、帰り道は完全に壁になっていた。
全員重機ロボから降りて様子を探る、まさかこんな巨大な防火扉のような装置があっただなんて、道に継ぎ目も無く全然気がつかなかった。
きっと分からないように設置されていたのだろう、緊急で通り抜けられるような小さな扉も無い、完全に敵を閉じ込めるための装置だ。
「どうしよう、もう戻れない」
「ちょっと離れてて、お姉ちゃんがやってみる」
ガギン、ガゴォ、ガギイ。
レティシアの正拳が鉄の扉に打ち込まれる、しかし、扉の表面こそデコボコになったが、びくともしない。
それもそのはずだ、扉が閉まる時に見えたが、この鉄の扉は一枚千ミリ以上の厚みがあった、それが四枚重なっている、とても突き破れる代物ではない。
これもドーザブレードと同じくただの鉄ではないだろう、宇宙人転移者が能力で再現した超常の金属に違いない、破壊は不可能だ。
「はあ、はあ、ダメ、すごく硬い」
――ガァアン!
最後に拳を一発叩き込んだ轟音が、虚しくトンネル内に響く。
これが外敵を閉じ込める罠だとしたら、当然対象は神となる、やっぱりこの先のエリアでは、神を打ち倒すために製造された青ロボが待ち構えているんだ。
「ボス部屋へ一方通行か、よし、みんな気を引き締めろ」
本当はボス戦になる前に、戦闘の役に立たないボクとカイネルとロブの三人は、安全な場所に退避する予定だった。
しかし、このままでは隠れる場所も無い、身の安全の保証は無くなった、せめてミルクとレティシアの邪魔にならないようにしないと。
意を決し、物々しいゲートを重機ロボで慎重に通過する。
斜線エリアの中も照明で明るかった、そして、何も無かった、がらんどうだ。
意外だ、確かに街ほどもある広さだと思う、果てしなく広い空間に高すぎる天井、あるのは天井を支える巨大な円柱だけ、それが彼方まで並んでいる。
あれに似ている、埼玉県にある首都圏の水害をコントロールする、ナントカ放水路とかいう防災施設、あれよりもっとスケールの大きなやつだ。
少しホッとした、ここは軍事施設じゃなくて巨大なシェルターなのかも知れない、神の攻撃が開始された時に街の住人を避難させる場所。
あの閉まった扉も、敵を閉じ込める檻じゃなくて、敵の攻撃から身を護るための防護扉という考え方も出来る。
その時、近くの壁がズズズとずれ始めた。
扉だ、壁が自動ドアみたいに開いた、中は格納庫になっているみたいだ。そして、格納されていたものを確認した瞬間、ボク達の希望的観測は打ち破られた。
青ロボが出現した。
・
・
「優乃離れろ!」
十枚の扉が開く、一つの格納庫に一体ずつ、最悪なことに同時に十体も現れた。
青ロボの形状も黒ロボに似ている、流線型をした人型だ。しかし、三メートルほどの黒ロボより遥かに大きい、体高十五メートルはある。
それが十体、一斉にこちらに向かって来る。背中のバーニアを推進力として滑るように移動している、青ロボは飛行能力もあるのか?
だから最初の青ロボは、フロアの天井まで飛んで地上のボクを掴み取れたんだ。あのままフロアに居たら、一度落下した青ロボに再び襲われていたかもしれない。
「ひぃぃ、アニキ、出たあああっ」
「退避、退避ーっ」
カイネルとロブから悲鳴と怒号が上がる。
ボクも逃げるために重機ロボを反転させた、しかし、同時にミルクはカーゴ車から飛び出す、ボクの傍らに乗っているレティシアも同じだ。
青ロボも黒ロボと同じく対で配置されていたなら、なんとか撃破出来ると考えていた、二体ずつが相手なら戦い方次第で倒せると。
でも一度に十体なんて無理だ、黒ロボでさえ十体も現れたら厳しい。
「おねえちゃん! ミルク! 逃げないとダメだよ、勝てないよ!」
「そうもいかん、優乃は別の出口を探してくれ」
来た道以外に出口が無いと決まったわけじゃない。閉じ込められた状況から、それも絶望的なのは分かっているが、ボクに出来るのは出口を探すことくらいだ。
二人が戦っている内に探せと言うが、ミルク達も十体の青ロボを相手には出来ない、二人も一緒に逃げないと。
すでに青ロボは攻撃を開始している、一体が急速上昇したかと思うと、そのままミルクとレティシアの頭上へ垂直に落下した。
この頑丈なシェルターの地面が抜けるのではないかと思うほどの衝撃が起こる、建機ロボに搭乗していても揺れを感じるほどだった。
「おねえちゃん、ミルクーっ」
やはり黒ロボとは比較にならない破壊力を誇っている、ビルと戦っているようなものだ、人が相手に出来る次元では無い。
青ロボの攻撃により大量の土煙が上がる、その場所から大分離れたところにレティシアが現れた。どうやら無事だ、あの攻撃を躱したようだ。
レティシアはそのまま青ロボの足元へ突進していった、広がりゆく土煙へ突っ込み、レティシアの姿は見えなくなる。
直後、青ロボはうつ伏せに倒れ轟音を上げた、青ロボの足をすくったのか?
――ギン!
続けざま、脳に突き刺さる不快な金属音が青ロボから響く。
うつ伏せに倒れたままの青ロボは上半身をビクりと持ち上げると、再び地面に顔面を打ち付ける。その頭部は胸から縦に裂けていた。
「ミルク!」
伏せっている青ロボの頭の上にミルクは立っていた、ミルクも無事だ。レティシアが青ロボの体勢を崩し、ミルクがトドメを刺したようだ。
見事打ち倒した、やはり二人で協力して一体を相手にすれば青ロボは倒せる、この調子で行けば残りの九体も。
そう思ったのもつかの間、青ロボは一個体での撃破が不可能だと判断したのか、ミルクのみをターゲットにするよう戦い方を変更した。残りの九体はミルクに対して扇状型に陣を取る。これでは逆に各個撃破されてしまう。
一番端の青ロボにレティシアが体当たりを仕掛けるが、数メートル押せただけだ、レティシアの攻撃にも対応してきている。ふらつく機体を全力で補正した青ロボは、レティシアに対し反撃などせずに、再び定位置に戻る。
これはまずい、まさにコンピューターを相手に戦っているのだと思い知らされる、最善を導き出し一部のスキもなく統率して襲ってくる。
青ロボは握り込んだ両拳を前に突き出した、その突き出した両腕の動きは、まるでミルクをロックオンしたかのように追随している、これはまさか……。
「何をする気だ?」
「ミルク横に逃げてーっ!」
叫んだとほぼ同時だった、青ロボ全機の腕が肘の所から分離され、腕は一斉に火を吹きながら高速で飛来してくる、ロケットパンチだ。
「なにぃっ!」
計十八発のロケットパンチがミルクへ打ち込まれる、ドガンドガンと恐ろしい破砕音を立てながら壁にめり込む。
ミルクは横に飛び退いたようだが、次々とロケットパンチがそれを追う。
「……ッッ!!」≪我流剣術:奥義:三日月≫
咄嗟にミルクが戦技を放つ、青ロボを凌ぐ大きさの弓なりのエネルギー波が出現し、衝突したロケットパンチを真っ二つにしてゆく。
しかし、切断できたのも数発だ、防ぎきれなかった残りがミルクに着弾する。
「わあああああっ」
レティシアが扇状型に並ぶ青ロボに突進する、三体ほどをドミノ倒しにしたが、ダメージを与えた様子はない。
すぐにバーニア噴射で機体も持ち直されたが、それでも一時的に青ロボの陣形は崩れ、追撃の機会を奪うことは出来た。
打ち込まれたロケットパンチの合間から、ミルクがフラフラした足取りで現れた。生きてはいる、しかし大怪我を負っていた、血がいっぱい出てる。
「み、ミルクっ!」
「危なかった、優乃の声が無かったら殺られていた」
ミルクとレティシアには瞬間強力回復軟膏を多めに渡してある、すでにミルクは回復を図っているようだが、あんな大怪我を負うなんて。
今までボクのバフ能力の影響下で怪我を負った人は居ない、黒ロボに何度も突き飛ばされたレティシアでさえ傷一つ付かなかった、それなのに。
青ロボは強すぎる、それが九体も相手では、ボクのバフ能力を持ってしても勝つことは出来ない。
つまり、この地下ダンジョンを作った宇宙人転移者の能力の方が、ボクより優れているという事だ。
ボクの魔王レベルは1、元々不完全な異世界転移だった、ロボットは太古に滅んだ宇宙人転移者の亡霊とも言える代物だが、それでもボクより格上なんだ。
やっぱり今すぐミルクとレティシアを連れて逃げるべきだ、そう思った時。
「なん……だと……」
ミルクが見据える九体の青ロボの後ろから、さらに三十体の青ロボが現れた。
・
・
発射されたロケットパンチは、ズズ……と動き出し、ふわりと空中に浮かぶと、磁力で吸い寄せられるように元の青ロボの腕にドッキングした。
恐らく黒ロボと同じ反重力推進装置とやらが組み込まれているのだろう、これでミルクに叩き切られたロケットパンチ以外は元通りになった。
一体の青ロボを倒し、幾つかのロケットパンチを使用不能にした。しかし、三十体もの増援を前にして、それにどれだけの意味があるというのか、絶体絶命だ。
「レティシア、優乃を頼む」
「そんな、ミルクさんはどうするんですか?」
「私はコイツらをここで食い止める」
「無理です! 一緒に逃げましょう」
「最早勝つ事はできん、しかし、撹乱するだけなら何とかなるかも知れん、私が敵の注意を引きつけているうちに、優乃と一緒に出口を探すんだ」
ミルクを一人だけ置き去りにして、ボク達だけ逃げるのか。
だからと言って、全員雁首揃えて祈りでも捧げながら、むざむざと殺されるわけにはいかない、まだやれることはある。
広大な斜線エリアはロボットの格納庫だった、しかし、がらんどうの巨大空間を見るに、同時に避難シェルターとしても機能するはず。
それならあるはずだ、このロボット群を管理する制御室が。
避難シェルターの中に戦闘用ロボットが同居するのに、制御はすべてAI任せというわけでもないだろう。
そうであってほしいという勝手な妄想だが、恐らく外と完全に隔離されているであろうシェルターの出口を探すよりは、まだマシな気がする。
囮になるという、作戦とも言えないミルクの言葉にボクは同意した。必ず助けに戻ると言うと、ミルクは少し諦めたような笑顔を向けたが、首を縦にして答えてくれた。
レティシアをコクピットの傍らに乗せ、反転してアクセルを踏み込む。その場を離れると、まるで空爆のような連続した爆発音と地鳴りが後方から響いてきた。
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辺りを注視しながら壁際を走行する、シェルターの中央には何も見えない、制御室は壁際にあるはずだ。
しかし、それは同時に青ロボの近くを走行する事になる、青ロボは壁の中に格納されているんだ。
早速、壁に見える扉が次々と開き出す。青ロボは瞬時には起動しない、動き出すまでに多少のタイムラグがある、その短いスキをつき重機ロボで走り抜ける。
後方のカートに乗っているカイネルとロブは声も上げない、恐ろしさの余り竦み上がっているのだろう。
「あった! 多分アレだ!」
「何? どうしたのユーノちゃん?」
制御室は、青ロボの背丈よりまだ高い位置にあった。
「あの突き出ている部屋、あそこが探していた場所なんだ! あの部屋まで行けば、全部のロボットを止めることが出来るはずなんだ!」
本当に制御室なのかは確定してないが、不自然に突き出してシェルター内を見渡せるようになっている、すごく制御室っぽい。
ミルクが戦っている場所からそんなに離れてない、こんなにすぐに見つかるなんて不幸中の幸いだ、そう安堵していると、後ろのカイネル達が騒ぎ始めた。
「来たああああっ、追いつかれるうううっ」
制御室は見えているがまだ距離がある、ここで追いつかれたら辿り着けない。
この重機ロボは後方を確認できないが容易に想像はつく、きっとすごい大群がボク達の後ろに連なっているはずだ。
レティシアはピラーに掴まりながら身を乗り出して後ろを確認している、どんな状況か聞きたいが、ボクも重機ロボを走らせるので必死だ。
その時、突然レティシアがボクの体を抱え込み、八十キロで走行する重機ロボから飛び降りた。
ハッとして重機ロボを振り返ると、ボク達がまだ空中にいる間に、重機ロボはバンと鋭い音を立てて、一瞬で原型が無くなるほど潰されてしまった。
重機ロボを一撃で潰したロケットパンチと共に、平たくなった重機ロボは八十キロのスピードで派手にクラッシュする。
ちぎれ飛んだカーゴ車にカイネルとロブの姿は無い、恐らく放り出されてしまったのだろう。
「ユーノちゃん、先に行って」
着地したレティシアは間髪入れずそれだけ言った、ここで追ってくる青ロボを食い止める気だ。しかし、追って来る青ロボは何機居るのか、凄まじい数だ。
ボクは制御室へ走った、今レティシアを引き止めても何をしても間に合わない、この状況を打開するには一刻も早くボク自身が制御室に行くことだ。
ボクの“超越者権限”ならここのシステムを動かせる、制御室にさえ辿り着ければ、この絶望しかない状況も何とか出来るはず。
制御室まであと百メートル、レティシアは何分持ちこたえられるだろうか、ミルクはまだ無事だろうか、二人の命運もボクにかかっている。
しかし、あと少しのところで青ロボに捕まってしまった。
ロケットパンチだ、ボクは飛んできた手の中に握り込まれていた。ボクを掴んだまま、ロケットパンチはリモートで持ち主の右腕に戻る。
間に合わなかった、この瞬間ボクは諦めた、自分の命を諦めた。
振りほどこうにも大きな指はびくともしない、逆に青ロボの指は一定のスピードで徐々に胸に食い込んでくる。
「イヤだーっ、ユーノちゃんっ」
捕まったボクにレティシアも気が付いたようだ、せき止めていた後方の青ロボに背を向けて、ボクの方へ走ってくる。
その間にも青ロボの指は止まらない、バキバキと胸部の骨を突き破り始めた。
青ロボはミルクとレティシアの二人掛かりでなければ倒せない、ここまでレティシアが来たとしてもボクを助けることは不可能だ。
ボクが十全な状態で転移していれば、こんなロボットに負けないのに。……今更恨み言をいっても仕方ない、結局ボクの力は及ばなかった、そういうことだ。
ボクが死んじゃったら、レティシアとミルクの強化も解けるだろう。
二人は魔王たるボクの影響下にあるため強化されている、つまり主と従者の関係だ、主の魔王が討たれれば、当然バフも消え失せ従者は弱体化する。
二人はこの状況から逃げる事が出来るだろうか、特にレティシアはボクから旅に誘ったんだ、全部ボクのせいだ。ごめんなさい、どうか生きて……。
「ぶふッ」
ついに肋骨が肺を突き破り、口から血が吹き出す。
「いやああああああああっ」
レティシアは手を伸ばすが、青ロボに掴まれているボクまでは届かない。
その時ふと周囲が暗くなった、何かが照明の光を遮り、ボクとレティシアの頭上に影を作った。
そう思ったのも一瞬で、次には、目の前に白い壁が落ちてきた。
ボクは十五メートル級の青ロボに掴み上げられている、その目の前を塞ぐほどの巨大な白い壁が、レティシアの真上に落下した。
見ると、どこから現れたのか、巨大すぎる白いロボットがすぐ側で片膝をついている。目の前の壁は、五十メートルはあろうかという白いロボットの、拳だった。
その巨大な拳で、まるでアリンコでも潰すかのように、レティシアはぺちゃんこにされた。
色々デカすぎ。