74 転移者の都
※※※で挟まれた箇所は日記です。
日記は短文で、しかも毎日つけているわけではないようだ、何か気が付いた事があれば書き留める、そんな感じだ。とりあえず最初から読んでみる。
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全てはあの日、我らアカデミーの生徒五十人が強制的にこの地に呼び出されたことから悪夢は始まった。
何が召喚失敗だ、一方的に呼び出しておいて、我々の姿が異形だとか弱そうだとか、あまりの不条理さに言葉もない。
奴らは戦う力が欲しかったようだ、剣技や魔法に秀でた者が必要だったらしい、残念ながらそのような能力は誰も持っていなかった。
戦闘に剣を用い生身で殴り合うなど気が知れない、恐ろしく未開な種族だ、しかし、ここの原住民はそれが何より大切なようだった。
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日記はいきなり不満から始まっていた、口を開けば恨み言ばかりと言った感じだ、そんな調子でつらつらと“奴ら”への文句が綴ってある。
やはりこの地下ダンジョンの主は転移者のようだ、しかもクラスまるごと転移というやつらしい、五十人ほどが一気に召喚されたようだ。
召喚を行った“奴ら”とは何者だろうか? どこかの王国とか? 例えば、その国の王族に呼び出されたが、気に入られなくて邪険に扱われたというパターンか。
日記に記された年号も見たことがない、ミルクでも分からないほど大昔の物らしい、これだけの栄華を誇った転移者の街がこんな状態では、おそらく呼び出した召喚者たちも滅びているだろう。
それにしてもやっぱり転移者は居たんだ、ボクも同じように召喚が出来る何者かに、この世界へと連れてこられたのだろうか?
ボクはこの不幸な転移者たちの末路が気になった。
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現地人にはマトモに文明と呼べるものはなく、生活の程度は著しく低い、しかし、体格は我らより大きく強靭だ、彼らはこの厳しい環境下でありながらも、自然と寄り添うように強かに生きている。
現地人ほどの体力が無い我々には、この地の環境は少々厳しい、転移時に女神と名乗る人物から受け取った特殊な能力を駆使して、なんとか皆で生活してゆくしかない。
生活環境を整えるために、まずは周辺の自然環境を住みやすいように変化させる必要がある、ゆくゆくはテラフォーミングも視野に計画していく事になった。
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神の道を繋ぐ法術、それが召喚術の名前らしい、そして転移時に女神が現れ、それぞれに希望の能力を付与する。
ボクの時にはそんなの出てきてない、それにこのクラス転移は纏まって召喚者の元へ召喚されたのに、ボクはアヤシイ森の中だ、やっぱり色々と違うみたいだ。
あと建機ロボのシートが小さかったり、オフィスデスクが子供用だったのは、小柄な転移者たちに合わせたサイズだったからだ、随分と虚弱体質なようで、この異世界では生活もままならないようだ。
でも環境に適応するように対策を取るのではなく、自然環境そのものを変えるなんて、発想自体がスケールが大きい、そしてそれを可能にする力を持っていたようだ。
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新天地へ移り住んだのは正解だった、ここの原住民はまだ友好的だ、彼らと手を取り合い、この地に街を築く事にしよう。
ラギラギを筆頭に、数名の技術開発者はよくやってくれている、彼らの創造能力や複製能力は、我々が居た世界の技術をこの地で再現するには欠かせないものだ。
私もこの街をよりいっそう住みやすくするために、物質化能力をフルに使ってインフラ整備しなければ。
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まだ戦う力を持っていなかった転移者たちは召喚者から逃げてきたようだ、それがボクたちが今いるこの場所だと思う。
この日記を書いた転移者は主に建築に携わっていたみたいだ、あの円柱状のビルを建てたのも日記の主だろう。
そして女神から貰った能力、確かに直接戦うようなモノではない、彼らには初めから剣や魔法で云々という考えが無かったように見える。
それぞれが好きな能力を貰えたようだから、元いた世界の技術を再現するのに都合の良い能力を貰ったようだ。
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生体調整セクションの連中も苦労しているようだ、繁殖力の衰えた我々では、生体培養施設がなくては種の保存もままならない、なぜ誰も繁殖の能力を女神から授からなかったのか。
故郷の技術を再現すると言っても所詮はアカデミーの生徒、想像が及ばない技術は再現できない、先の生体培養施設もそうだが、まったく専門外の事や、あまりに最先端の技術は理解できないため無理だ。
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人間に比べ生体機能の衰えた体、そしてずば抜けた技術、彼らもどこかの世界から転移してきたのだろうが、それはつまり、ボクのイメージからすると“宇宙人”といえるものだった。
この遺跡は、太古の昔に転移してきた宇宙人の街だ。
彼らはこの異世界で、けして順風満帆な生活を送っていたわけではない、隠れるように辺境へと移り住みひっそりと暮らしていた、これだけの技術があれば簡単にオレtueee出来ただろうに。
現地人とのレベル差があまりにあるため、支配してやろうという考えに至らなかったのかもしれない、支配欲や攻撃性といった精神性を持ち合わせていなかったのか。
自分たちより劣った者をオレtueeeで蹂躙しても、そこに何があるというのか、必要以上の顕示欲を示したところで、彼らには意味の無いものだったのだろう。
それともやはり、子孫が残せない一代限りの転移者たちは、自分たちが滅んだ後の世に興味がなかったのかもしれない。
どちらにしても転移者たちは現地人を露ほども気にかけていない、征服はしないが特段興味も示さない、自分たちの都合だけでテラフォーミングを試みたりしている。
現地人と協力するという姿勢も、すべて自分たちのためのような矛盾を感じる。
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昨夜メイリールが街を出たと報告を受けた、我々は絶対数が少ない、少しでも協力しなくてはならない時に、そんな非合理的な選択をするとは、感情をコントロールできない現地人の影響を受けたのだろうか。
一体どうしたことか、イライラする、私も危うい、今まではシステムの中で動いていればよかったが、ここでは食事メニューから休憩スケジュールまで自分で考えなくてはならない。
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転移者たちの生活が長く綴られている、この日記を読む限り、彼らは異様なほど規律正しく生活している、まるでロボットのようだ。
しかし、そんな日常が書かれたページはここまでだった。
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先日、街を襲撃してきたアレは何者なのだ? 突然現れた高エネルギー体に、長い年月をかけ築いてきた街が半分以上破壊されてしまった。
襲撃に伴い、仲間の半数近くが機能停止した、なんとか残った者で対抗策を練らなくてはならない。
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召喚されてから何年も経過したあたりの日記だ、やっと生活できる環境を整えたタイミングで、何者かが転移者たちを襲ったようだ。
そしてそれは、強力な技術を持つ転移者をことごとく蹂躙するほどの存在らしい、そんなものがこの異世界に居るのか?
この日記には、召喚術を行った者、超常のテクノロジーを持った転移者、さらにソレを蹂躙する破壊者、そんなとんでもない存在が登場している。
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また神と名乗る高エネルギー体に襲われた、北と東のエリアは壊滅状態だ、ここも狙われたらひとたまりもないだろう。
なんて事だ、重要な保存能力者の最後の一人となったララルルまでもが機能停止してしまった、我々の装置はもっぱら能力で再現しているため耐久力が無い、以降の創造物は後世に残すのは難しくなった。
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神とはまた突拍子もないが、書いてある事を思えば本当に居るかもしれないとも思える、事実、この凄まじいテクノロジーを持った転移者たちを蹂躙している。
まあ本物の神かは分からないが、そんな力を持つ者は、やはり“神”と呼んでも差し支えないのだろう、以降、その神に襲われる度に転移者たちは数を減らすことになる。
転移者たちはお互いの能力で足りない部分を補い合い、高い技術を再現して街を作ってきたが、それもままならなくなった旨が綴ってあった。
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ララルルが生きていれば、私の作り出した物質を固定化してもらうのだが、このままでは新たに作り出す居住も耐久性に問題が生じてしまう。
この街の軍事施設は保存化してあるが、他はまだ手付かずな場所も多い、特に軌道エレベーターは軸となるバランサー装置しか保存化されていない。
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創造物を存在し続けさせるために必要な能力者が亡くなって、以降の創造物は耐久力が弱い、だから新品のようなロボットが居たと思えば、エリアまるまる崩落した施設があったり、保存状態がバラバラなのか。
スカスカの建材で出来た崩落しそうなビルの中に、わざとらしくも見えるキチンとしたオフィスデスクがあったのもそのせいだ。
そして、今現在大切なことは、その保存能力がこの施設にどの程度使われたのかということだ、この先生きている施設があるかどうかにより、ボクたちの命運も決まる。
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まさかこんな未開な星に我々に対抗しうる力が存在したとは、すでに敗北の色は濃厚だ、なぜこうなってしまったのか、この世界に転移させられたうえにこんな仕打ちまで受けるとは。
我々はただ生きたいだけだった、それなのに……どうやらこの星を改造したことが、高エネルギー体は気に入らないようだ。
最初から滅ぶ運命だったのか、口惜しいがミスをしたことも否めない、もっと歩み寄ればよかった、我々こそ最高の文明種族だと驕っていたのだ、現地人をバカには出来ないな、我々もまた未熟だったのだ。
この街は放棄する、残った者全員で力を合わせなくてはとても対抗できない、自動防衛システムを稼働させ、我々は西のエリアへ合流することにした。
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日記はここで終わっていた。
この地下ダンジョンの転移者たちは可哀想な人たちだった、勝手に召喚されて、女神に力を授かりながらも召喚者に復讐も果たせず、そして逃げ出した先で、今度は神なる存在にせっかく作った街ごと滅ぼされた。
他人事ではない、ボクの将来を暗示しているようで気味が悪い。
ボクはちょっと怖くなった、この転移者たちは異世界に歓迎されなかった、余りある力を持ちながらも異物として排除されてしまった。
ボクの存在がどういったものか考えてしまう、もし余計なことをしたら、この世界の守り神とも言える存在に消される運命だ。
「大丈夫か優乃?」
「う、うん……なんというか」
日記を読み進めるにつれ、どんどん表情が曇ってゆくボクを見て、ミルクも心配している。
転移者の最後はボクに大いに関係するが、ミルクたちには関係ない、改めてページをペラペラとめくる、見てはない、無為な動作をしながら考えていた、日記の中にもダンジョンの脱出方法は見つからなかった。
ボクが力なく横に置いた日記を、みんな手にとって中を確認しているが、肩をすくめたりするだけだ、誰も内容を読める人は居ない。
「どんな内容だったの? ユーノちゃん」
「うん、ここを作った古代人の、ただの日記だよ、彼らがどうやってこのダンジョンを作ったのか、そしてどう滅んだのか、そんなことが書いてあったよ」
「ふうん」
みんな脱出方法だけに興味がある、それは最優先すべき重要事項だ、古代人の生活など二の次なのだろう、興味アリげだったミルクも空気を読んで深追いはしてこなかった。
とりあえずもう一冊の最後のノートを手に取る、しかし、その手は重い、このノートに書かれているのは防衛用ロボットの仕様の走り書きだからだ、特に脱出に必要な情報は無いだろう。
しかも日記と比べると文字が消えかかっていて読めない部分も多い、恐らく文字自体に保存能力が効いていないんだ。
保存能力者が亡くなった後の日記も読めることから、保存能力付きのインクで日記は書かれたのだろう、このノートは普通のペンを使って書いたのかもしれない。
それでも何か脱出のヒントがないか、藁をもつかむ思いで読んでみる。
“現在反重力を利用した推進装置は***、***によりさらなる改良が***”
やはり兵器についてのメモばかりだ、このガーディアン・ウォーカーっていうのが黒ロボか、その他にも色々なロボットが居るみたいだ。
“魔力フ***速収束器の小型化に成功***、***重魔力トロン砲を試作M-4型機に搭載、***の演習に***”
殆どが読むことが出来ない、これはさっきのレーザ砲を撃ってきた赤ロボのことだと思うけど、どんなロボットにどの兵装が積まれているかも良く分からない。
他にも神に対抗するための武器の説明が並ぶ、大型トロン砲、反物質弾頭、亜光速ドライブ……なにやら尋常ではない、これらの兵器もどこかに設置されているのだろうか?
ノートにも脱出の手がかりとなるものは無い、しかし、最後に、この施設周辺を横から見たスケッチが残してあった。
今居る山の中に作られた施設、その先に巨大なドーム状の何かがある、地図で斜線がしてあった場所だ、その先に建設中の軌道エレベーター。
スケッチは軌道エレベーターの建設状況をメモしたものだが、それぞれの高さを知ることが出来た、軌道エレベーターの高さは、なんと今居る山より高い。
建設中にもかかわらず、すでにこの施設が入った山より高いのならば、一番地表に近いのは軌道エレベーターだ。
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三冊を読み終えたボクは、手を組んで考え込んだ。
「それでどうなんだ? オレたちは助かるのか?」
身を乗り出したロブをカイネルが諌める。
「どうだった? 優乃」
「ユーノちゃん」
「うん……脱出できるルートは、書いてなかった」
みんなの落胆する空気が重い、脱力したロブはへたり込んでしまった。
地上までのルートが無いのは分かっていた、元々街の上に土が積もった場所だから。ただ、地表に近い場所からなら、なんとか脱出できないかと思った。
一番最初に崩落したトンネル、あそこを掘り進んで元のフロアに戻れないだろうか? もしくは崩落した倉庫の土砂を取り払い施設エレベーターの縦穴を辿る。
何回も考えた手だが、いよいよ現実味のない手段しか残されていない。
「道を戻るのは無理だ、私とレティシアが土砂を退かしたとしても何日かかるか分からない、それまで食料や水は持たないだろう、それに崩落した場所を掘った所で、また崩落するだけだ」
やはりミルクの言う通り無理だろう、崩落の規模が大きすぎる、強化された二人でも土砂を取り払うのは不可能だ、時間も足りない。
だとすると残るは軌道エレベーターまで一度行ってみる事だ、このダンジョンで行ってないのはそこだけだし、調べるのは自然な流れだろう。
一応日記を見るに、軌道エレベーターのジャイロ部分は保存化されている、走り書きノートに描かれた部分がすべて保存化済みだとすると、現在も地表近くまで行ける可能性が高い。
むしろ、ボクが引きずり込まれたフロアの高さから比較してみても、軌道エレベーターの一番上は地表に少し出ている。
地上からそれらしい建造物は確認できないと聞いたが、この広い砂漠ですべて把握はできないだろうし、砂丘などに埋まっているとしても、脱出できる可能性が一番高い場所には違いない。
しかし、ボクは心配だった、地図にあった軌道エレベーターの手前の斜線の部分、ここは明らかにアヤシイ、確実に軍事施設だと思う、もし青ロボが出てきたらどうしよう。
今のミルクで勝てるだろうか? 片腕を切り落とせたので攻撃は通るはずだ、ミルクとレティシアが協力すれば二体まではなんとか……かなりの死闘が予想されるが。
まだ脱出経路としては不確実だが、ゴール前のボス戦だ、その危険をミルクとレティシアに重々言い聞かせる。
「分かった肝に銘じよう、ならば今日はここで休んだほうが良いな、疲れを完全に癒やして突入した方がいいだろう」
かなり厳しいが行くしかない、戻っても土砂は取り払え無いし、この場所からトンネルが繋がっていて、移動できるルートも後はそこしか無い。
この実験的な感じw 修正すると収拾がつかなくなりそうなので、これもそのままアップです。