72 ロボットvs
操縦桿にいくつか付いているボタンを握ると、押し込み度合いに応じて重機ロボの手も握られる、ある程度の資材なら持てそうだ。
モニター横のレバーを起こせば、前に突き出した両腕が上下に合わさって、重機ロボの前面にブルドーザブレードが形成される。
かっ、かっこいい、地上へ持って帰りたい。
ボクは重機ロボをある程度乗りこなせるように、モニターに映し出されたマニュアルに従って動かす練習をしていた。
なぜなら、先程見つけた細かい魔石が入っていたカーゴ車、あれがこの重機ロボに連結出来るようなのだ。それならみんなをカーゴ車に乗せて行ける。
金属製のしっかりしたカーゴ車だ、小さめだがゴツいタイヤが四つ付いている、元々資材を運ぶ台車だ、耐久性も申し分ない。
一通りの運転技術を会得したので、最後にカーゴ車と連結させる。重機ロボのお尻付近にある穴に、ガーゴ車前面から出ているポールを差し込めば完了だ。
残念ながらバックモニターが壊れていたので、レティシアに誘導してもらい、無事、連結を完了した。
この地下ダンジョンの通路は広く平坦だ、まさに高速道路のトンネルそのままで、本当にここは道路ではないかと考えていた。
ただの道路ならば、何キロあるかも分からない距離を徒歩で行くより、乗り物に乗って行ったほうが良い、この重機ロボとカーゴ車ならば楽に移動できる。
「よし、じゃあ出発するよ、みんな乗って」
「敵の兵器を拝借するのか、なるほど」
「ロボットの馬車だね」
「あ、アニキぃ」
「し、失礼しますミルク様」
みんながカーゴ車に乗ったのを確認して、ボクもコクピットに乗り込んだ。
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――フィィィィ。
ホイールの駆動音が地下ダンジョンに響く、どうやって動いているのかは未知の技術なので考えても仕方ないが、エンジンも快調だ。
「すごい、全然揺れないね」
後ろからレティシア達の声が聞こえてくる、ガーゴ車の方も乗り心地は悪くないみたいだ。
しかし、そんな中でも敵は現れる、また黒ロボが二体出現した。
黒ロボはトンネルの壁に埋まるように等間隔で設置してある、ある程度近づくと起動するようだ。重機ロボを停車させ、後ろのミルクとレティシアに連絡する。
やはり黒ロボの破壊は二人に任せる事になる、この重機ロボは建機用のため戦えない。例えば、パンチを繰り出そうにも動作が遅く、戦闘には向いていない。
ボクに出来ることは、こっちに黒ロボが来た時に備えて、ブルドーザブレードを展開し防御態勢を維持することくらいだ。
ミルクもレティシアも、黒ロボとの戦闘は大分要領がつかめて来たようで、危なげなく倒すことが出来ている。さすがに瞬殺とはいかないが、安心して見ていられるまでになっていた。
敵を倒してはトンネルを進む、時速三十キロほどで慎重に来たが、それでもかなり距離は進んだはず、しかし、辺りの様子は一向に変化が無い。
そんな時またゲートが現れた、倉庫の時と同じくトンネルの壁に大きく口を開けている。
重機ロボから降りて調べてみるが、中は土砂で完全に埋まっていて何があったのかも分からない。
「大丈夫か? 優乃」
「うん、ちょっと疲れたかも」
「よし、ここで少し休もう」
ドライブとしては大した距離ではないが、敵に気をつけながら慣れない重機ロボを操るのは少々疲れる。ゲートの前で少し休憩することにした。
倉庫で休んだ時よりさらに空気は重い、その理由はこの道路にある、ボク達は地上に出るどころか、どんどん地下に潜っている。
「アニキぃ、オレ達ここで死ぬんスかね……」
「バカな、弱音を吐くな、ミルク様が付いていらっしゃるのだぞ」
しかし、当のミルクも表情は暗い、このダンジョンは前に攻略に失敗しているんだ。しかも、いつ巨大な青いロボットと遭遇するとも分からない。
黒ロボはなんとか対処できるが、初めに現れた巨大な青ロボの強さは未知数だ。ミルクが片腕を切り落としたが、十全な剣で加えた攻撃でやっと片腕なのだ、その剣も一発でダメになるほど青ロボは手強い。
早く地上へ向かいたいが一本道ではそれも叶わない、ここは一体どの地点なのか、ロボットなどという文明があるのなら案内板があってもいいのに、辺りを見渡しても何も無い、長い年月を経て朽ちてしまったのだろうか。
このゲートの中は埋まっているが、手がかりを探すために周囲を探索してみる。すると、ゲートの上に何か文字が書いてあった。
やはり薄く消えかかっているが、重機ロボの上によじ登ってよく見てみると、どうやらここは居住区のようだ。
“ニ階・職員居住区エリア”
ニ階? おかしい、さっきは地下三階倉庫だった、言うなればここは地下四階ではないのか?
よく思い出してみる、確か最初発見した倉庫の文字も消えかかっていて定かではなかった、地下ダンジョンと言うことで、消えた文字を予想して“地下三階倉庫”と読んでいたが、実際はただの“三階倉庫”だったのかも。
さっきの倉庫が地下ではなく、地上三階、ここが地上二階ならば、また別の嫌な予感が沸き上がる。
ひょっとして、ここは地下に作られたダンジョンではなく、地上に作られた施設が埋まって出来たダンジョンではないのか?
それだとこのまま進んでも脱出できる可能性は限りなくゼロに近い、地上から掘り下げられたダンジョンでは無いからだ。
ただ、ダンジョンの規模は恐ろしく大きい、どこか巡り巡って、勇者が侵入した出入り口みたいな場所へたどり着ければ。
今のところ新しい手がかりが見つかる度に絶望が増す、しかし、後方は崩落したため後戻りは出来ない。
ミルクは初っ端にヘタを打った自責の念で元気が無い、ロブやカイネルなどもう生きた心地はしないだろう。
レティシアはボクが居るから平気などと言っているが、現状を正しく把握したらパニックになるかも知れない、ボクがしっかりしなくちゃ。
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休憩を済ませ居住区エリアを後にして、また大分進んだ。幾つかスロープも下り、距離的にはここが一階になるはずだ。
そう思っていたら案の定、壁にそう案内が書かれていた。
「えーと、この先、一階・研究施設……か」
これは期待できる、あらゆる情報が手に入るだろう。
そう先を急ぐボク達の前に、再び黒ロボが現れた。
ボクは重機ロボを停車させミルク達に報告する、直ちにレティシアとミルクは黒ロボを迎え撃つため、カーゴ車から飛び出した。
ミルクの攻撃が繰り出される度に黒ロボの腕は短くなってゆく、レティシアの拳がヒットする度に地面が震える。
しかし、戦い慣れてきたとはいえ安々と勝てる相手ではない、すでに五分以上戦い続けている。
その時、通路のずっと先、ニ百メートルほど先に新たな敵が出現した。しかもそれは黒ロボではなかった、青ロボでもない、赤いロボットが現れた。
赤ロボは人と変わらないくらいの体高に見える、全身赤タイツのような細身で、顔には大きなレンズが一個あり、まるで一つ目の怪物のようだった。
「み、ミルク、へんなのが出た」
「分かっている、だがまだ距離がある、クッ、どちらにせよコイツらを倒してからだ」
ミルクも黒ロボと交戦しながら、新たに出現した敵を確認していたようだ。
赤ロボは一体だけだった、こちらに向かって来るでもなく、ただ突っ立っている、まだボク達を感知していないのだろうか?
この様子なら大丈夫だ、ミルク達の戦闘が終わってからでも間に合う。しかし、そう思った時だった、赤ロボに動きがあった。
頭部がピカピカと発光している、目を凝らして見ると、顔の大部分を占める大きなレンズの中心に、光の粒子が集まっているみたいだ。
まさかレーザービームみたいな? この施設の未来兵器ならあり得る。
あそこからレーザー砲でボク達を狙撃するつもりだ、だけどレティシアもミルクもまだ黒ロボと交戦中で手が離せない。
本当にレーザービームなのか分からないが、何か攻撃してくるのは確かだ、その前にこの重機ロボで防御しようと思った。
ボクは急いでカイネルとロブを乗せたカーゴ車を切り離し、ミルク達が戦う横をすり抜け前へ出た。
「優乃!?」
「ユーノちゃん!」
すると、やはり赤ロボはレーザー砲を撃ってきた、頭部のレンズがビカビカッと強く明滅したかと思ったら、瞬間、青白く細い光の束が照射された。
何とか間に合った、レーザーが発射されるより一瞬早く、重機ロボのドーザブレードを割り込ませることに成功した。
放たれたレーザーはバチバチとブレードで跳ね返る。
「なっ、あの距離から魔法を!? 雷魔法なのかっ?」
雷魔法……魔法使い自体が珍しいため、田舎スタートのボクは攻撃魔法は未だ見たことが無いけど、ミルクの言う通りそれが一番近いかもしれない。
「ここはボクが防ぐから、その間に二人は早く黒ロボを!」
このブルドーザのブレードもただの鉄という事は無いだろう、建機ロボのメーカーが技術の粋を集めて作った金属に違いない。
そしてそれは思った通りだった、ちゃんとレーザー砲を受ける事が出来ている。若干安堵した、何とか凌げたと思った。
しかし、予想以上にレーザーの照射時間が長い、一度も途切れることなく浴びせ続けられている、徐々にドーザブレードが赤まってきた。
依然レーザー砲の勢いは収まらない、このままだとレーザーがブレードを貫通し、重機ロボの腕に穴が開く。
ここでボクがレーザーを防がないと、この隠れる場所の無いトンネル内でみんなが危険にさらされてしまう、戦闘中の二人だってどうなるか分からない。
赤く熱せられたドーザブレードが徐々に黄色く明るい色へと変わってゆく、照射された点をずらしながら防御しているがもうダメだ、これ以上持たない。
『可変式ドーザブレードに異常が認められます、作業を一旦中止して安全確認を行って下さい』
重機ロボのシステム音声を皮切りに、ボクはアクセルを踏み込んだ。ここでじっとしていたら確実に殺られる、下手したら全員死んじゃうかもしれない。
土木作業用の重機ロボには攻撃能力が無い、でも突進してぶつける事なら出来る、敵の赤ロボは華奢な見た目をしている、黒ロボのような格闘戦タイプでは無いだろう、ならば、このまま突っ込んで轢き潰してやるっ。
ついにレーザーがドーザブレードを突き破り、飴のように溶けた金属が飛散する、でもかまうものか、この一度限りの突進攻撃を止める訳にはいかない。
アクセルをベタ踏む、時速八十キロ、建機のためこれ以上速度が出ない。
『左腕肘部魔導サーボ停止、左腕マニュピレーター使用不能』
もう少し、あと三十メートルっ、喰らえっ。
――ガキンッ。
しかし、赤ロボはレーザー砲を撃ちながらも、両手を広げ建機ロボを受け止めた。ズズズと二十メートルほど押し込んだが、そこでほとんど勢いを殺された。
まさかこの質量を受け止めるとは、地面を見るとコンクリがやけにえぐれている、赤ロボは射撃体勢を安定させるためにアンカーを打ち込んでいたみたいだ。
そのアンカーも壊れている、やはり赤ロボは見た目に違わず軽いようだ、それに耐久力もそれほど無い、これならまだチャンスはある。
赤ロボの足はボクの突進攻撃により少し破損している、アンカーも壊れた、もう重機ロボを完全に受け止めることは出来ない。
ここからは力比べだ、重機ロボの計八輪あるホイールが、ギュギュギュと床をこすりながらも前進する。
赤ロボは押されている、ボクは進行方向を左に切ってトンネルの壁に赤ロボを押し付けた、ガリガリとコンクリートを削りながら赤い装甲が剥がれ落ちる。
ボクのドーザブレードとコンクリートの壁に挟まれながらも、赤ロボはレーザー照射を止めない。
飛び散るコンクリート片、どちらの物とも分からない装甲が弾ける、眩しいほどに火花を散らしながら、ドーザブレードが溶けてゆく。
『左腕ファイナルドライブ停止します』
「……くっ!」
操縦桿もペダルも全部、めいっぱい前に押し付けっぱなしだ。
何十メートル引きずっただろうか、ついに赤ロボの装甲が耐えられなくなり、バリバリと派手に剥がれ出した。
そう思った次には、メリメリと、ギュルギュルと、赤ロボは一気にドーザブレードとコンクリート壁の間に巻き込まれ、くちゃくちゃになってゆく。
「はあ、はあ、はあ、……やったか?」
建機ロボを停止させ後退する、すると、手足がブラブラにちぎれた赤ロボが、ズルリと力無く倒れ出てきた。
何とかやっつけたみたいだ。
ふうと大きく息をつく、ロボット戦ではあったけど、格好良くは無かったな、がむしゃらに突進しただけだったし。
やれやれと、とりあえず危機は脱したと思ったその時、完全に機能停止していたはずの赤ロボのレンズに、小さく赤い光が灯った。
ハッと気付いた時にはもう遅かった、再起動した赤ロボは背中から青白い炎を勢い良く噴射させながら、ぐったりした姿のまま空中を突っ込んできた。
軽量ロボだからこんな事も出来るのか、まさかバーニア噴射で飛びかかってくるなんて、これだけ破壊された赤ロボに残された攻撃方法とは、……自爆。
即座にペダルを踏み込み、全力で前進する。
敵の目的が自爆なら、ここで背を向けても意味は無い、一瞬で追いつかれて自爆される、その前に破壊しなくては。
滑空して来る赤ロボとの距離が詰まる、その刹那、ボクは赤ロボとの射線を外し、左足を前進、右足を後退にフルスロットルで踏み込み、その場で急速回転した。
同時に、まだ動く右腕を振り上げる、渾身のバックハンドブロー。
鈍足の重機ロボだが、赤ロボを壁に追いやる力はある、低速トルクはかなりのものだ、重機ロボの超信地旋回は予想以上の速度を発揮した。
景色は一瞬で吹き飛んだように把握できない、意識も追いつかないが、カンで赤ロボが居るであろう方向へ拳をぶつける。
――バガン!
ギュルルと、超信地旋回の慣性でもう一回転し、重機ロボは停止する。辺りには、粉々になった赤ロボの部品が散らかっていた。
危なかった、咄嗟に前に出て良かった、少しでも間に合わなかったら、今頃木っ端微塵になっていたのはボクの方だ。
『安全のため、左腕部の駆動箇所を現状で固定します、解除するには各キングピンのロックを手動で外して下さい』
あーあ、操縦桿をガチャガチャしても、左腕は溶解したブレードを前に突き出したままピクリとも動かない。
せっかく重機ロボを地上へ持って帰ろうと思ったのに、壊してしまった。
『最寄りのリペアプラントを検索中……データリンクエリアから外れています』
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「ユーノちゃん危ないでしょ! どうして一人で行っちゃうの!」
黒ロボを倒して追いついてきたレティシアに、さっそくお説教を喰らっていた。
「もう、ここの敵はすごく強いんだから、危ないじゃないの!」
「ごめんなさい」
突撃娘のレティシアに、突撃するなと怒られ中だ。
「ユーノちゃんに何かあったら……」
「良くやった!」
そんな怒られている声を遮るように、ミルクが大きく言った。
「えっ、ミルクさん?」
「良くやった優乃、偉いぞ」
真逆の意見に、レティシアは目を白黒させている。
「ど、どうしてですか、わたし達がユーノちゃんを守らないとって言ったのは」
「その通りだな、私とレティシアは優乃の剣であり盾だ」
「なら」
「だが、男が強大な敵に立ち向かったんだ、そして私達を守った、褒めてやらなくてはな」
ミルクの言い分は日本では受け入れられない、過保護すぎて最早意味が分からないほどの日本では、危険で無くてもキーキーうるさいヤカラだらけだ。
しかし、ここは常に死と隣り合わせの異世界、どんな危険をも切り抜けられる地力が必要だ。
獅子が我が子を谷底へと落とす、それが常識な世界、そしてそれは正しい。
もし、ボクが貴族の子供に転生していたら、きっと戦う力なんて身についていなかった。こんな状況になったら、ただ逃げ惑い、真っ先に死んでいただろう。
「レティシア、また優乃に助けられたな?」
「えっ」
「私達の力は優乃が居てこそだ、今回の危機も優乃によって回避された、守ってもらってばかりだ」
「あっそうか、わたし今までもずっと守られて……」
「そうだろ?」
「はい!」
た、単純だ、頭空っぽの突撃娘は、まんまと大人に言いくるめられてしまった。
本当なら、やっぱりPTの要であるボクは矢面に立たないほうが良いのだが、ミルクはレティシアを鎮めるために気を利かせてくれたみたいだ。
ダンジョンという閉鎖された空間では、些細な綻びがパニックに繋がる、大人のミルクはそれをよく知っている、助かった。
とりあえず、それでもレティシアはボクが心配で離れたくないということで、今後は狭いコクピットの中で一緒に居ることになった。