71 優乃、発進
「アニキ、あのガキ何の話をしているんですかね?」
「分からん、ミルク様の言うにはかなり昔の言語だというが、そんなものを解析したとなれば人類に寄与する成果も莫大なものだ、あんなシープ族の小僧がなぜ」
読めても元の字がわからないので、第三者を介さないと解析は無理だ、しかし、超古代語とやらを読めた事はミルクにも突っ込まれた。
子供のレティシアが相手なら、日本語を使える理由と共に、後で説明するからと適当にはぐらかす事も可能だが、大人はそうはいかない。
あまり能力について追求されるのはまずい、バフ能力とポイズンブロウの事にまで言及されては、ボクの力が魔王という事がバレてしまう。
ゲームの魔王と異世界の魔王では別物だと思うが、勇者も居るこの異世界で、わざわざ魔王と名乗ることは出来ない。
万が一、ミルクの口から“魔王は絶対なる悪だ”などと言われたら、ボクはどうしたらいいのか、この異世界で生きていく気力も無くなる。
ミルクが許してくれても、勇者がどう出るか。勇者がどんな人物かも分からないし、問答無用で魔王を討伐するような人なら困る。
ボクの力が魔王から来ている事を話すのは、まだ控えたほうがいい、実際に勇者に会って人となりを確かめてみるまでは。
幸いにもミルクは、ボクの事を勇者と同じ転生者だと誤解している、だから不思議な力を持っているのだろうと、多分思っている。
ボクは転移者だけど、まあ似たようなものだ、都合が良いので、能力があるのは転移者のせいにすり替えて、魔王の事は控えておこう。
ただ、勇者は女神の加護を受けていると噂されているから、同じように、ボクは何の加護を受けているのかと聞かれたら厳しいけど。
それより今は、ボクよりロボットの事だ、とにかく現状を何とかしてダンジョンを脱出しないとならない。魔王がどうの言っている場合じゃない。
少しでも情報がほしい、この異世界にロボットを作れる国があるのかミルクに聞いてみたが、せいぜい魔術でこさえるゴーレムくらいしか存在しないと言う。
やはりこのダンジョンは大昔に存在した超古代文明の遺跡だろうか? ロボットも動いているし通路の灯りも点灯した、そんなに昔の物とも思えないが。
それにしても、文明の遅れた異世界で、SF的なダンジョンは異色すぎる。
深入りしたくないが、勇者も調査に失敗し、内部構造も何も分かっていないので、結局、地下へ続く一本道を行くしかない。
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「シッ!」≪椿流抜刀術:霞三段≫
あの短いナイフで抜刀術を見せるとは、しかもロボットを縦に切り裂くなんて予想外だ、やはり異世界のファンタジー技もロボットに負けてない。
ミルクは世界各地を旅した時に、現地の剣術を体得して回っていたという、通常何年も修業が必要な秘伝を短期間で覚える剣の天才だ、それは有名な話だとカイネルが教えてくれた。
四枚におろされた黒いロボットを見下ろす。通路の照明が点灯し、明るくなって分かったが、ロボットは黒色をしていた。
ボクを地中に引き込んだ巨大な青いロボット、そして警備の黒いロボット、もしかしたら別の種類も居るかもしれない。
そして、やっと地下三階の倉庫に到着した。
扉も無く大口をあけるゲートから中に入る、真っ暗だが、カンテラで照らしながら壁を調べると、ここにも照明の配電盤があったので、スイッチをONにする。
しかし、倉庫内の照明は点灯しなかった。倉庫の中は崩落していて、殆どが土砂に埋まっている。
「きゃあっ」
突然レティシアが悲鳴を上げた。
「ゴーレ……ロボットがいる! 今度は黄色いロボット!」
別種のロボットも居るかもしれないと考えていた矢先、倉庫の中には、黄色いロボットが一体だけ佇んでいた。
しかし、このロボット、今までのものと様子が違う。
そんな事を思う隣で、すぐさまミルクはナイフを抜き放ち攻撃を開始した。
「待って!」
「ぬ?」
「待ってミルク!」
「ぬぬ?」
ミルクが攻撃に移行する速度は早い、容赦が無い、それをなんとか制止する。
「なぜだ優乃」
「うん、そのロボット動くのかな?」
今までのロボットは自立して襲ってきた、しかし、この黄色いロボットには運転席がある、人が乗って動かすタイプのロボットだ。
自動では動かないのではないか? 見た瞬間そう思った。
「どういう事だ? 随分と角ばっているが、やはりこれもロボット、というやつなのだろう?」
「そうだけど、でも多分攻撃してこないよ、動かないでしょ?」
「……確かに動かんな、どうだ優乃、コイツは死んでいるのか?」
「うん、大丈夫だと思う」
作業用の重機ロボットのようだ、この地下施設を作った時に使った重機だろう。
全高は四メートルくらい、やはり人型だが、重機のためか無骨なデザインをしている。黄色いベースカラーに黒のラインが入って、工事中って感じだ。
長い両腕にはブ厚い盾のようなものが付いていて、腕を組むとブルドーザーに変形しそうだ。足もあるが、移動は歩行ではなくホイールで走行するみたいだ。
危険が無いのならむりに壊す必要もない、安全が確認されるとみんな安堵してキャンプの支度を始めた、今はもう夜だ、この倉庫で一夜を明かすことにする。
倉庫の中には用途の分からない部品などもあったが、ほとんど土砂に埋まっていて、他に目ぼしい物は見つからなかった。
崩落した倉庫ではあるが、それでもかなりの広さがある、カイネルとロブはボク達に遠慮して離れた場所で休むようだ。
ボクもミルクとレティシアとで固まって、夜を明かすことにした。
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深夜、みんなが寝静まった頃、ボクは一人起き出した。実は気になる事があって、みんなが寝るのを待っていたんだ。
カンテラに最小の火を灯し、こっそりと例の作業用の重機ロボへ近づく。
胸部にある運転席は、パイプの骨組みで守られているが、むき出しだ。そのロールケージの左側が大きく開いていて、ここから乗り込むようだ。
運転席によじ登って中を覗くと、シートが一脚、その前には小さなモニターが一つ、そして、操縦桿が左右二つあった。
……本物のロボットのコクピットだ、予想通り、いや、それ以上のSF感、なんだかすごくワクワクしてくる。
カンテラを上のケージに引っ掛けて、さっそく綿の少ないシートに体を預けてみた、意外にサイズはぴったりだ。
よしよしと、とりあえず操縦席からコクピットの中を見渡す、目の前には計器やスイッチ類が並び、シート脇には幾つかレバーもある。
機能性しかない無骨な操縦桿を握り、姿勢を正す。転移前はロボット物のゲームも沢山プレイしていたが、この重厚な手応えはVRでは味わえない。
ふと横を見ると、キーボックスにキーが付けっぱなしだった、まさかと思って捻ってみたが何の反応も無い、まあ、さすがにエンジンまでは動かないか。
足元には左右にスライド式のペダルがあり、これで重機ロボの両足を操作するみたいだ。そのペダルに足を載せ、両手の操縦桿をカチャカチャと動かしてみる。
当然、起動していない重機ロボは何の反応も示さないが、本物のロボットに乗っているというだけでテンションは上がる。
「おおお……」
完全にパイロットだ、ボクは今、ロボットのパイロットになった。
「右ぱんち!」
カチャカチャ。
「おおお……」
リアルな感触、これはもうやるしかない、発進するしかない。
ボクは倉庫の暗闇を見据える、この無限に広がる宇宙に繰り出して、えーと、ボクらの宇宙船団を守るため、襲来する宇宙生物的なヤツを撃退するのだ。
「ぴっががっ、優乃くん敵は多いわ、大丈夫? うん、まだ少し緊張するけど大丈夫だよ。分かったわ、気を付けてね、ぴっががっ」
平凡だったボクに宇宙機兵装を操る才能があっただなんて、エースとなった今では皆の期待も大きい、この戦の勝敗もボクの双肩にかかっているんだ。
「三番カタパルトに移動します、ういんういん、システムおーるぐりーん、優乃、出ます! しゅごーっ」
「ねえ」
「なんて事だ、もうこんな近くにまで敵が、おのれ~」
カチャカチャ。
「なにっ!? いつの間に後ろにっ、しかし!」
「ユーノちゃん」
「その程度でボクは倒せない! くらえっ、しゅーんどっかーん」
カチャカチャ。
「今のがレティシア遊撃器官よ、さすが優乃くんね、あの」
「ねえ」
「強敵を倒すなんて、すごいわ。今のが!? ……そうか、いける!」
カチャカチャ。
「シュバババッ」
「ねえ!」
「う、うん?」
「ユーノちゃんってば!」
「うえっ? うわぁっ!?」
あれっ、どうしてレティシアが? あれっ、ひょっとして……見られてた?
「何してるの?」
「えっ、いやこれはっ」
しまった、つい宇宙戦ごっこに夢中になりすぎて周りが見えなくなっていた。
「お姉ちゃんがどうかしたの?」
「あ、いや……」
ボクには友達が居ないから、身近な人の名前を使わせてもらっただけで、レティシア機を撃墜した事に他意は……すみません。
レティシアは、何か不思議なものでも見るようにボクを見つめている、その後ろにはミルクまでもが怪訝な表情で立っていた。さらにカイネルとロブも居る。
まずい、ただでさえロボットはアヤシイ代物なのに、それに乗り込んでガチャガチャしていたら、そりゃ気になるだろう。
みんな早い段階でボクに気が付き、起きて来たみたいだ。
「えっと、うん、ちょっと確認してたんだ、大丈夫、このロボット死んでるから、うん死んでる」
苦しいが、そんな言い訳でごまかした。
だって仕方ない、こんな人の乗り込めるロボットがあったら、男の子なら誰だってエースパイロットになっちゃう。
「そうやって人が乗り込むのか、ひょっとして、人が動かすものなのか?」
「うっミルク、そう……みたいだね」
「なるほど、それで今、優乃は動かす練習を」
うう、もう逃して下さい、かなり恥ずかしいです。とにかく、いつまでもこうしているとなおも怪しまれる、ボクはシートから腰を上げた。
『ピッ』
その時、重機ロボットから電子音がした。
「今の音何? ユーノちゃん」
「うん、なんか音したよね」
今ボク何したっけ? ただシートから立ち上がっただけだよね……。
どこかを操作したのかと色々と調べてみたが、特に変わった様子はない。おかしいなと、もう一度座った所から立ち上がり、今の行動を再現してみた。
『ピッ』
まただ、確かに音がした、それは右にある台の上を触った時に鳴ったようだ。
「優乃、これは」
「まさか、ひょっとして」
台の上には手のひら大のスクリーンがある、ここに手を載せた時に反応したようだ、もう一度手を載せてみる。
『ピッ、ピッ』
やっぱりそうだ、このロボット動くのか?
『ピッ、ピーッ、超越者の生体反応を確認しました、特別権限により、すべてのロックは解除されます』
「なっ!?」
突然女性の音声がした。
「なんだ今の音は! 声のようにも聞こえたぞ!」
ミルクは即座にナイフを抜いて構えた。
「何者だ、出てこい!」
そして、そんなお約束を言っている。
「大丈夫だよミルク、誰も居ないよ、今のはこのロボットから出た声なの」
「やはり今のは喋ったのか? 何語なのかは分からないが」
「うん、危険は無いようだから、もう少し調べてみるね」
スクリーンに手を乗せていると、すぐに正面の小さなモニターが明るくなり、つらつらと文字が浮かび上がった。
「スタートイグニッション? まさか本当に」
恐る恐るキーを回す、すると、ドルンという音と共に機体が揺れた。
「きゃっ、ウソやだっ」
「なにっ、やはり生きていたかっ」
危険は無いと言ったにも関わらず、再三戦闘態勢に入ったレティシアとミルクをたしなめる、まだ重機ロボを壊させる訳にはいかない。
もう一度キーを回す。
――ドルン、ドルン、ドルン! ドドドドド――
「やった、エンジンが掛かった!」
動いた、本当に古代の代物なのかと疑うほど、調子の良い重低音を響かせる。
「すごい、動いたよレティシアおねえちゃん、ミルク!」
「ユーノちゃん」
「優乃、これは一体……」
何が起きているのかイマイチ分かっていない二人は目を瞬かせている、その後ろでカイネルとロブは腰を抜かしていた。
『ようこそ、超越者unknown』
重機ロボのオペレーターが、さっきからボクのことを超越者と呼ぶ。
「どういう事ですか? 超越者とは何の事ですか?」
……反応は無い、建機に搭載されているオペレーティングシステムでは、そんなことには答えてくれないのか、もしくは音声で言ってもダメなのだろうか。
『エネルギーempty、燃石結晶体を投入して下さい』
正面のモニターには、燃料と投入口のイラストが映し出され、燃料を入れろとアニメーションしている。
しかし、燃石結晶体なるものが何か分からない、ボクは一度重機ロボから降りて倉庫の中を探す。
すると、近くのカーゴ車の中に黒い砂のようなものを発見した、よく見ると小さく砕けた魔石のようだ。結晶体……これのことではないだろうか。
モニターのアニメーションに従って、その魔石を指定の入り口からロボットに投入した、スコップも無いので手ですくうしか無い、せっせと往復した。
これ本当に襲ってきた黒ロボと同じ年代の代物か? なんだか蒸気機関車に石炭をくべてるみたいだぞ、エンジン音もドルドルと普通にトラックみたいだし。
ボク達を襲ってきた流線型の黒いロボットは戦闘用、つまり軍事的な最新鋭機だ、対してこの重機ロボットは作業用、その差が出ているのか。
「あの、恐れながらミルク様、これは一体何が起きているのでしょうか?」
「分からん、超古代文明など、私にはさっぱりだ」
「そ、そんな、英雄のミルク様でも分からないなんて」
とりあえずエネルギーは満タンだ、再度乗り込んで操縦桿を握る。
「みんなちょっと離れてて」
ボクは走行テストを行った、動く、本当に走行している。
操作は簡単、ボクは車の免許は持っていないが、ゲームでは散々この手のものは動かしている、むしろ、車より違和感無く動かせるのではないだろうか。
本当にロボットのパイロットになってしまった。
「ねぇ、ミルクも乗ってみる?」
「ぬ、私がか?」
散々ボクが楽しそうに乗りこなしているのを見て、多少なりともウズウズしているようだったので、ミルクにも勧めてみた。
ボクと入れ替わりに、ミルクがコクピットへ乗り込む。
「むっ、随分と小さな椅子だな」
見ると、ミルクのおしりは椅子から少しはみ出ていた。
ミルクのおしりは少し大きい、ケツデカとか下半身デブという事ではなく、グラマラスな意味でだ、ハミケツくらいする。
クイッと引き締まった大きなおしりは、世の男性のロマンであろう。たまに揉んでみるけど、手に吸い付く感触も心地良い。
もちろん、元々女性が苦手なボクはエロ目線で見ているわけではない、客観的な、一般的な意見だ。
それはともかくとして、窮屈そうにシートに収まったミルクは操縦桿を握った。
『超越者の生体反応、又はナノマシンシグナルを感知できません、職員用IDカードを提示願います』
突然そんなメッセージとともに、重機ロボのエンジンは停止した。
「それで、どうするんだ?」
エンジンは止まってしまったが、その状態の意味を知らないミルクは、まだ操縦桿をガチャガチャ動かしている。
「うん、なんかね、ダメみたい」
「なんと!?」
どうやら超越者の生体反応というものが必要らしい、それがあるのは、このメンバーの中ではボクだけみたいだ。
「どういう事だ……、この子は超古代文明の技術を使いこなせるのか?」
「あ、アニキ、オレちょっと怖いっス、なんだかとんでもないガキと一緒に居るみたいっすね」
カイネルとロブは、相変わらず色々と慄いていた。
投稿遅くなりました、もう少し忙しい時期が続くかも知れません、すみません。