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07 ドナドナ

 オズマと部下の二人は焚き火の見張りだ、彼等は外で毛布にくるまって順番に眠るようだ、ドーガとボク達奴隷は檻の中で眠る。


 カンテラを手にドーガが檻に入ってきた時は、女の子達は「ひっ」と小さな声を上げた、ボク達は人権のない奴隷だ、何をされてもおかしくない。


 しかしドーガは、「商品に手を付けるわけないだろ、それより風邪でもひかれて品質が落ちたらかなわん」と、毛布を投げて寄こしてくれた。


 この中年がロリコンでなかったのは幸いだ、それに仕事熱心でもある。まあ奴隷商人なんて仕事、褒められたものではないけど。


 渡された毛布は一つだったので、レティシア、ボク、垂れ耳娘、三角耳娘という順で縮こまって毛布に包まった、三角耳娘の向こうにドーガという並びだ。


 ドーガは「ガキどもが、もっと向こうへ寄れ」とブツクサ言いながら、我が物顔で半分近くのスペースを占拠した。この馬車はドーガの所有なので仕方ない、むしろ奴隷は外で寝ろと言われないだけマシか。


 さらに、「うるさかったら追い出すぞ」と言っていたが、お約束のごとくドーガ本人のイビキが一番うるさく、その度に三角耳娘にケリを入れられ、「ウガっ」と寝ぼけていた。


 翌日、朝起きるとボクも隣で寝ている垂れ耳娘に蹴っ飛ばされていて、犬娘達の足元に転がっていた、犬族は寝相が悪いみたいだ。


 おかげで奴隷の中で一番最初に目が覚めた、ドーガとオズマ達はすでに出発の準備をしている。


 ボクの体調は食事を摂った事でかなり回復していた、まだダメージは残っているし機敏な動作も出来ないけど、軽く走る程度なら問題なさそうだ。


 馬車から荷物を出し入れしているオズマは、そんなボクに「フン」と一瞥をくれた。


 しばらくして、ボクと同じように垂れ耳娘に蹴り飛ばされ、鉄格子に貼り付いていたレティシアも起きて、次に犬族の二人も目を覚ました。


 御者席に座ったドーガが、「出るぞ」と声をかけ、馬車はヴァーリーへの移動を再開する。朝ごはんは食べてない、この世界に朝食の習慣がないのか、奴隷商人達の生活スタイルなのか。


 昨日の教訓で、何でも聞いたほうが良いと思ったけど、奴隷として連行され暗い顔をしているレティシア達に、とても朝食のことなんて聞けない。


 もっと異世界のことを知りたいけど、「この世界はなんて名前でしょうか?」などと、聞き手からすれば素っ頓狂な質問も今は出来ない。



 ひたすら不安げな空気が漂う中、ボク達は馬車に揺られていた。


 すると、なぜか馬車は速度を落とし、ついに停車した。まだ出発してそれほど経っていないのに、どうしたのだろう。


 しばらくして緊張した面持ちのドーガが檻の中へ入ってきた、外では「馬を守れ」というオズマの声を最期に、静寂が訪れる。


 何か起きたのだろうか? レティシアもそうドーガに尋ねたが、「シッ」と諭された。ただ事ではない雰囲気だ。


「ダメだ、来るぞ」


 再びオズマの声が聞こえたかと思ったら、続けて「グルル……」と、唸り声が聞こえた。ボクはこの声をよく知っている、野太く腹の底に響くようなこの唸り声は、赤目オオカミと同じものだ。


 すぐに戦闘が始まった、オズマ達の鉄靴が土に滑る音と、剣の風切り音が聞こえ始める。


 檻の前と横には厚布がかけられているため外の様子が分からない、見えるのは真後ろだけだ、音で状況を判断するしかない。


 戦いが始まったことで身を潜める意味をなくしたドーガは、短く口を開く。


「セイクリッドウルフだ、二体」


 それを聞いた犬娘達が「ひっ」と小さな悲鳴を上げ、「御使い様よ、おしまいよ」などとつぶやき合っている。


 勝手に赤眼オオカミと呼んでいたあのモンスターは、セイクリッドフルフという名前なのか。


 他にも何か情報が聞けるかと思い、レティシアに尋ねてみた。


「おねえちゃん、セイクリッドウルフって?」

「うん、聖なる森の周辺に生息する魔物よ、でも、森から離れたこんな場所で遭遇するなんて」


 魔物……、呼び名はモンスターではなかったが似たようなものだ、やっぱり異世界にはそういった生物も存在するのか。


 それに、ボクが彷徨っていたキモ杉の森が聖なる森なのか? “聖なる”かどうかは分からないけど、確かに奇妙な森だった。


「大丈夫だからね、あの人達が居るから、きっと大丈夫」


 ボクを優しく抱きしめるレティシアは、不安そうな表情を浮かべていた、二匹の赤目オオカミは相当厄介な魔物のようだ。


 檻の中で身を寄せあっているうちにも、外で戦闘は続いている。その戦闘の音は徐々に馬車から遠ざかっていき、いづれ何の物音も聞こえなくなった。


 何も出来ないボク達は待つしか無い、でも外の音が聞こえなくなってから随分と経つ、どうなったんだろう、オズマ達が帰ってこない、まさか殺られたのか?


 耳が良いであろう犬族に戦況を聞いてみたかったが、どうもこの二人は、いつも独特な世界に浸っていて話しかけにくい。


 そんなことを思っていると、ドーガが檻から出ようと扉に手をかけた。


「あの、まだ出ないほうが」


 レティシアがおそるおそる呼び止める。


「うるさい、こんな所に居ても何も分からん」


 ドーガは虫けらでも見るような眼でそう返すと、気安く話しかけるなとブツクサ言いながら、鉄格子の扉を開けた。


 その時。


 ――ガシャァァン!


 突然一匹の赤眼オオカミが馬車の死角から現れ、檻に体当たりしてきた。


 驚いたドーガは腰を抜かし、その場にへたり込む。そのまま動けず、鉄格子越しに赤眼オオカミと一寸の所で顔を突き合わせていた。


 赤眼オオカミは鉄格子の間に顔をねじ込ませ、檻の中へ入ろうと全体重をもたれ掛けて来た、しかし、顔が半分しか入らない鉄格子から中に入れる訳がない。


 それでも、真っ赤に充血した眼を見開き、よだれを垂らした口をバクバクさせながら、鉄格子の隙間に頭をねじ込んでくる。


 どこが神聖な狼セイクリッドウルフなんだ、完全に悪魔だ。


 あと少しでドーガに牙が届く、ドーガは、「はひっはひっ」と過呼吸気味の息を上げて、未だまったく動けない。


 ボクはそんなドーガの肩を掴み、思い切り後方に引き倒した。無様に一回転したドーガだが、一応赤目オオカミから助けることはできた。


 しかし、さっきドーガが開けた鉄格子の扉が、今もガシャンガシャンとうるさく開閉している。人が屈んで通れる扉だ、当然、赤眼オオカミも入って来れる。


 今こそ赤眼オオカミは鉄格子に首を突っ込むのに夢中だけど、開いた扉に気づくのも時間の問題だ、もし檻の中に入られたら全員惨殺されるのは間違いない。


 それはみんな分かっている、でも恐怖に身がすくんで誰も動けない。 


 ボクも怖い、だけど、この中で一番動けるのは多分ボクだ、赤目オオカミとは戦ったことがある、状況的にはあの時よりずっとマシだ。


 今の赤目オオカミの顔面は鉄格子に固定されている、そのため格好の的だ、攻撃するなら今しかない。深呼吸して覚悟を決め、腰を落とし素早く踏み込んだ。


 赤目オオカミの鼻先に、渾身の正拳突きをねじり込む。


 ――バシャン!


 檻全体が揺れた、それと同時に赤眼オオカミは吹き飛び、地面を転がった。


 よし、上手く動けた。この隙に素早く鉄格子扉を閉め、止め金具を下ろす。


 赤眼オオカミはまだ地面に倒れている、クシャミのような音を立て、首をしきりに振っている。ボクの攻撃は効いているようだ。


 そこへ、遠くからザザザッと素早く駆る音が近づいてきた、次の瞬間には、人影が赤眼オオカミの横から体当たりし、そのまま逆方向へ一緒に抜けていった。


「もう出ていいぞ」


 姿を現したのはオズマだ、今の一撃で戦闘は終了したようだ。


 その声に相槌を打ったドーガが、余計なことしかしていないのに、やれやれといったふうで檻の外へ出て行く。


「ジェイルズがやられたが大した怪我じゃない、先を急ごう」


 あの小柄な護衛はジェイルズというのか、怪我をしたらしい、戦闘自体も時間がかかっていた、やはり赤目オオカミは恐ろしい魔物なんだ。


 タイミングが良かったとはいえ、そんな魔物に一撃を加えたボクを、犬族の二人はチラチラ見てくる。レティシアだけは傍にいてくれたけど。



 みんな落ち着きを取り戻した頃、奴隷馬車は昼の休憩となった。


 昼食はさっきの赤眼オオカミだ、魔物も食料になるらしい。血抜きしながら持ってきたようで、休憩所に着いたらすぐ皮をはぎ解体していた。


 今回は網焼きにするみたいだ、削ぎ切りした肉に塩と香辛料を振って焼く、昨晩と同じく肉を盛り付けた皿は奴隷にも分け隔てなく回ってくる。


 一口かぶりつく、……不味い。獣の臭いと血の匂いが残る焼き肉は、ちょっと飲み込むのに苦労するほどに不味かった。


 肉は硬く、そのくせ弾力もあり、なかなか噛みきれない。街に近づくにつれ元気がなくなってゆくレティシアは、とくに食が進まないみたいだ。


 それとは対象的に、犬娘達は二人とも犬歯をむき出しにして肉と格闘している、御使い様の肉でもお構いなしだ、バクバク食べてる。


 犬娘達に負けず劣らず、オズマもメリメリと音を立てながら食べる。ボクもそれに習うように無理矢理かぶりつく。食える時に食う、あの森で彷徨っていたボクは、身を持って分かっていた。



 昼食を食べ終えると、休憩もそこそこに出発となった、ボク達奴隷の納品時間が迫っているらしい。


 そして、数時間ほど経っただろうか、だんだん馬車の揺れも少なくなってきた、道が良くなってきたんだ、街が近い。


 でも、外の様子は全く見えない、一般市民からボク達を隠すためか、檻は全面厚布で閉ざされている。


 人々の喧騒、他の馬車が進む音、沢山の人の気配がしてきた。どんな街並だろう、この異世界の生活レベルは? ひと目でいいから見てみたい。


 いずれ馬車が停車して、ドーガと誰かの話し声が聞こえてくる、どうやら目的地に着いたようだ。


「出ろ、到着だ」


 トーマスが檻の厚布を捲ってそう告げる。それを聞いたレティシアは気の毒なほど怯えていた。


 馬車の外はすでに夕暮れだ、その夕焼けを背に大きなお屋敷のシルエットが覆いかぶさってきた。


 レンガ造りの三階建て、複雑な屋根には窓も付いている立派な建物だ。敷地も広く、他にも沢山の建物が建っている。


「旦那様の所に伺うので後は頼むよ」

「かしこまりました」


 ドーガは館から出てきた男にボク達をあずけ、オズマと共に一番大きな館へ向かって行った。


 ボク達は別の建物へ連行された。使用人らしき男は言葉少なく先導していく、そして、案内された先は地下牢だった。


 石造りの狭い牢屋が三つ並んでいる、中には簡素なベッドが一つあるだけだ、今は誰も入っていない。明かりは通路の壁に設置してある燭台のみで薄暗い。


 ボク達はシープ族と犬族の二人一組に分けられ、監禁された。ジメジメと暗い牢屋の中で、ボクとレティシアはベッドに二人して腰掛ける。


 するとレティシアは、ついにさめざめと泣き出してしまった。なんとか慰めようとしたけど、レティシアは泣き疲れるまでずっと泣いていた。



 時間の経過が分からない、すごく時間が長く感じる。


 食事も出されたが、味気ないオートミールのようなものだ、冷たくてズルズルとマズイ。それでも頑張って飲み干し、鉄格子の外に使い終わった木皿を置く。


 レティシアは全く食事に手を付けていない、ボクが促すと少し口に運んだが、それだけだ。これから自分の身に起きることを思い、絶望している。


 ボク達はどうなるのか、ドーガからは聞いてはいない。やはり奴隷は陵辱されてしまうのか? いつ呼び出されるのかと、レティシアは戦々恐々としていた。

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