68 さらわれ(10回目)
「よし、忘れ物は無いな」
最後にちんあなごトロフィーをしまって、馬車に乗り込む。
オアシスの街アーデルアで数日過ごしたボク達は、そろそろ旅を再開する事にした。次はいよいよ王都だ。
今、王都へ行っても勇者は居ない、戻って来るまでまだかなり時間がある。しかも、勇者は帰って来ても忙しく、突然な訪問者に会ってはくれないだろう。
しかし、そこはミルクの顔だ、勇者のPT仲間となれば優先順位は高い、場合によっては王令より優先される。なんだかズルいけど、勇者に会える事は確定だ。
また道なき道をゆく、ソリに改造された馬車は砂丘ルートでも問題ない。急ぐ必要は無いが、本来の道程を大幅にショートカットしながら王都へ向かった。
二頭の馬車馬もサラマンディーヌも、砂に蹄をずぼずぼとめり込ませているが、ボクのバフのおかげでまったく疲れる様子はなく、怪我をする気配も無い。
アーデルアの街はとっくに見えなくなっていた。
王都街道から外れたこのルートは、見渡す限り砂ばかりで、ベテラン冒険者のトーマスとミルクが居なければとても横断できるルートではない。
そんな道中、昼食の時間となったので、馬車を停めてみんなでご飯の支度に取り掛かった。
ボクはちょっともよおして来たので、馬車から少し離れておしっこしていた。
なんとはなしに、ほけーっと景色を眺めながらおしっこしていると、離れた砂丘の合間に動くものが見えた。
人だ、良く見えないが、チラチラと頭を出しては引っ込めて、どうやらボク達の事を覗いているようだ。
こんな場所で何をしているのだろうと思い、こっちも気づかれないように、砂丘の影を回り込んで近づく。
死角から近寄って見ると、なんとカイネルとロブだった。二人はまだボクに気づいていない、相変わらず馬車の方を伺っている。
「アニキ、まだっすかね、オレもう限界っす」
「やはりそう簡単ではないのだ、もう少し様子を見よう」
そんな事を言いながら、ひょこひょこと砂丘の陰から交互に頭を出している。
この二人、ボク達の後をつけてきたのか? 普通の馬やラクダではボク達の馬車を追うのは無理とはいえ、まさか徒歩で付いて来るなんて。
確かにゆっくり進んで来たけど、それでもすごい、さすがS級冒険者と言うべきか、腰巾着のロブも意外とやる。
「あのー、何してるんですか?」
「うおっ!?」
後ろから話しかけると、驚いたロブが足を滑らせ、ずるっと砂丘を滑り落ちた。
「大丈夫ですか?」
「なんだ、この前のシープ族ではないか、奇遇だな、私達もここでクイーンワームを狙っているのだ」
「クイーンワーム?」
カイネルが、見て分かるだろうと言いたげに答える。何が奇遇なのか知らないが、どうやら勘違いをしているようだ。
「ボク達、これから王都へ向かうところですけど」
「なにっ!? こんなルートから王都へだと?」
正規のルートは厳しい道といえど踏み固められた道だ、なんとか馬車も通れる、しかし、大きく迂回する遠回りのルートなので、ボク達は砂丘を突っ切って来た。
「あ、アニキ、クイーンワーム狙いじゃないみたいっすね」
「お前がそうだと言うから、私は!」
「すんません、上がってきた情報が間違ってたみたいっす」
ボク達が二十年ぶりのクイーンワームを狩った事を聞いて、どうやって見つけたのか偵察しに来ていたのか。
「ま、まあそんな事はどうでも良い、やはりただの偶然か」
偶然なのは否定しない、しかし、サンドワームの事をよく知っているミルクが居なければ、クイーンワームだって見つけることは出来なかった。
「偶然だ、ここで会ったのは偶然だ、しかし丁度いい、あれが子供に冒険者を強要している奴らだな、そんな事、即刻止めるように警告してくれる」
クイーンワームの事などどうでも良いと、話題をすり替えたカイネルは、今の出来事をごまかすかのように、ムキになってミルク達の方へ歩き出した。
「ちょっと止めて下さい、ボク達はアーデルアの冒険者じゃ無いんですよ? ほっといて下さい」
「うるさい、どこへ行こうと非常識なのは変わらん」
なぜそんなにも子供冒険者を目の敵にするのか。
「どうしてですか? ボク達ちゃんとやっているのに、なんで冒険者になっちゃいけないんですか?」
すると、ロブが割って入る。
「アニキはなあ、アニキは昔……」
「やめろロブ!」
えっ? ひょっとして、過去に本当に子供が犠牲になって?
……それは、カイネルのお子さんだったのかもしれない、だから、そんな事故は二度と繰り返したくないと、こんな執拗に。
カイネルに制止されたロブだが、その想いは強く、彼の言葉は止まらなかった。
「ガキの冒険者はムカつくんだよ! なんだよ突然現れて数々の紛争を解決して、アニキの管轄も全部横取りしやがって、アニキがどれだけ苦労して……!」
「やめるんだロブ、彼も今では立派な勇者だ、そんな事を言うものではない」
逆恨み!? ただの逆恨みですか? 昔の幼かった勇者に良いところを持っていかれたから、トラウマになっているんですか!?
「私は心配して言っているのだ、あんな戦場を駆ける子供など異常だ、おかげで若くして冒険者に憧れる者も出てきた、私は冒険者というものはそんな甘いものではないと警鐘を鳴らしているのだ、けして私情ではない」
確かに、子供が間違って魔物の被害に会うような事態は避けたい、しかし、カイネルが言うととても説得力が無い。ただの逆恨みだもん。
「でも、ちゃんとボク出来るよ、だから良いでしょ?」
ボクには大人と同等の力がある、もちろん一流の冒険者と比べては見劣りするが、身の丈にあった仕事をしようと心がけている。
たまに大変な事件に巻き込まれる事もあるけど、信頼出来る仲間だって居るし。
「アホか! だからだろうが、活躍してるガキは鼻につくって言ってんだよォ」
「どんな理由があろうとも! 仮に魔物が倒せても、私は認めん!」
「ええ~っ」
かつて、こんなに情けない大人が居ただろうか? トーマスが大きく見えるほどみみっちい奴らだ。
「子供を冒険者として使っているなど言語道断! 親か仲間か知らんが、あそこに居るやつに抗議する、場合によっては冒険者証を剥奪することもありうる!」
ズカズカとわめきながら馬車へ近づく。
騒いでいるボク達を見て、レティシアはミルクと何か話している。トーマスも、何事かと近づいてきた。
「なんだアイツは、見るからに怪しい、完全にならず者の風体ではないか」
カイネルはトーマスをそう批評した、まあ異論は無いですけど。
「むこうを向いている女も、どうせ碌でもないだろう」
ミルクはレティシアと向き合っていて、こちらからは顔が見えない。あれが英雄のミルクだと知ったら、カイネルはどんな反応をするだろうか。
「おうユーノ、そいつがS級冒険者らしいな? レティシアに聞いたぜ。なんでこんな所に居るんだ?」
まったくだ、広い砂漠でこの場所に居るということは、ボク達の後を付けて来た以外に説明できない。
カイネルは体裁を繕って逆ギレするんだろうな、器が小さいから。
「フッ、子供冒険者の保護者が、こんなならず者ではな」
「ああん? いきなり何だテメーは?」
「まあまあ、トーマス落ち着いて」
トーマスにかかればS級冒険者のカイネルなど瞬殺だ、しかし、いつも殴り倒して通るわけにもいくまい、ボク達のPTに対して変な噂が流れても嫌だし。
「カイネルさん、そっちだって同じようなものじゃないですか」
「おいユーノ、オレへのフォローは無ぇのかよ」
だって本当の事は仕方ないよ。
「なんだあ? このザコがあ! 粋がっていられるのも今のうちだぞ、こちらのカイネルアニキはなあ」
「待てロブ」
ロブが調子こいて口上たれるのを、急にカイネルが制止した。もう少し言っていたら、ロブはトーマスにボコされていただろうに。
しかし、そのトーマスも、ロブの煽りなど全然聞こえていないようで、別の何かに集中していた。
「ど、どうして止めるんスかアニキ」
「いや違う、静かにしろ、なにか聞こえないか?」
「はい?」
離れた場所に停めてある馬車馬がいななき、暴れ出した。すると、徐々にズ……ズ……と、どこからか音が聞こえてきた。
「ユーノ聞こえるか? なんだこの音」
ボクにも聞こえた、その音はズズ……ズズ……と、だんだん大きくなってゆく。
何かが地中で動いているような感覚がした。そして、その動いてる感覚はズズズズと連続的になり、ゴゴゴと音を立てるほどの振動となり。
やがて、大きな地響きとなった。
――――ゴゴゴゴゴゴゴ。
「うおおおおっ、なんだこりゃあ、地面が揺れるぞ」
トーマスも驚きの声を上げる。
「やべぇ」
そして、馬車馬の方へ駆け出した。見ると、二頭の馬は激しく暴れている、このままでは逃げ出すかもしれない、トーマスはそれを抑えようと走る。
「まさか、この砂漠で地震か?」
どうやらこの地方で地震は珍しいようだ、ミルクもそんな事を口にしながら、トーマスと同じく馬車の確保へ向かう。
「あああ、アニキぃ」
「なんだこれは、なんなのだこれは!」
トーマスとミルクは幾分冷静だが、カイネルとロブは混乱し、この世の終わりだと天を仰いで祈っている。
ボクも相当焦っていた。なぜなら、これは地震では無いと直感したからだ。
地震なら嫌というほど知っている、しかし、これは大地の揺れでは無い、地響きだ。地震より浅い所で何かがうごめいているような、不思議な感触がする。
そして、徐々に足が砂に埋まっていく、これは、流砂だ!
周りの景色がどんどんせり上がる、いや、ボクが沈んでいる。周りの砂が蟻地獄のように、中心に吸い込まれてゆく。
這い上がろうともがくが、手も足も手応えの無い砂に埋まるだけで、脱出は出来ない。すでに大きな蟻地獄が形成されて、ボクはその中心まで飲まれていた。
その時、突然ボクの近くの砂漠が盛り上がった。次には、ゴバアッと間欠泉のように砂が天高く吹き出す。
砂の間欠泉が止むと、そこには巨大な腕が現れていた。地中から生えたように天に向かって突き出ている。
流線型をした青色で、太陽の光に反射する光沢は金属のようだ。肘から地面の上に突き出ているが、その部分だけで三メートルはある大きさだ。
その巨大な鉄の手は、ぐるぐると砂漠をかき回すように回り始めた。何かを手探りながら、徐々にボクの方へと近づいて来る。
でも逃げられない、ボクはすでに腰まで砂に埋まっている。
この手は何なんだ、魔物なのか? こんな巨大な魔物が居るのか? 意思があるように確実にボクを狙ってくる、そして、ついに巨大な手はボクを探り当てた。
「うわああああっ」
「ユーノちゃーん!」
大きな手に胴を掴まれ、すごい力で地中に引きずり込まれる。大量の砂をかぶりながら、その砂のカーテンの隙間からレティシアが走って来るのが見えた。
「ダメ……、こっちに来ちゃ……」
いくらレティシアでも流砂に飲み込まれては危険だ、しかし、レティシアの手がボクの手に触れるかというところで、完全にボクは砂の中に引きずり込まれた。
・
・
*すなのなかにいる*
どうなってしまったのか、目も開けられない、息も出来ない。
ボクは死んでしまうのか、もう死んでしまったのか。
その時、右腕が強く引っ張られた。ボクの体は、のしかかっていた砂を徐々にかき分け、やがて砂の中から引き上げられた。
「ぶはあ、ゴホゴホ、べっぺっ」
「ユーノちゃん!」
レティシアだ、砂に引きずり込まれる瞬間、どうやらレティシアがボクの手を握ってくれていたようだ。
「ありがとう、おねえちゃん」
地上に出られたと思った、しかし、そこは砂漠では無かった。
暗い、ここは何処だ? 唯一の明かりが真上から差しているが、その明かりは遥か頭上、何十メートルもの高さにある。
その明かりでなんとか辺りを確認する、どうやらここは地下空洞のようだ。
あんな高い所から落ちてきたのか、砂と一緒に坂を滑るように落ちたため、幸いにも怪我も無く、運良く助かったみたいだ。
近くには、ボクの胴体を掴んでいた巨大な腕も落ちている。その腕は肘の所から鋭利なもので切り落とされていた。腕の持ち主、本体は見当たらない。
「大丈夫か? 優乃、レティシア」
「ミルク!」
ミルクもボクを追って来てくれたんだ。ミルクは抜き身の剣を鞘に収める、どうやら、この巨大な腕を切り落として助けてくれたようだ。
「ありがとうミルク、レティシアおねえちゃん」
「ああ、あまりそっちへ行くな優乃、大穴が開いているぞ」
大穴は、どのくらい深いかも分からない、対岸が見えないほど大きい。
巨大な腕の持ち主は、この穴から落ちていったらしい。危なかった、もう少しでボクも一緒に奈落の底へ落ちる所だった。
「……うう、……う」
どこからかうめき声が聞こえる、砂が積もる地面を注視して声の主を探すと、砂山に突っ伏してるカイネルを発見した。共にロブも倒れている。
「大丈夫ですか?」
「う、うぐっ」
カイネルも無事なようだ、すぐに起き上がり、傍に居るロブに声をかけた。
「お、おいロブ、起きろ」
「う……、うっ!? ぐあああああっ」
ロブは足をくじいてしまっている、しかし、生きていた。
これでこの地下空洞に落ちて来た者は、ボクとミルクとレティシア、そして、カイネルとロブの五人だ。ロブが足をくじいている以外は、全員無事だった。
「……ーい、……おーい……」
高い所にある、地上の明かりが差し込む穴から声が聞こえる、トーマスだ。
トーマスは馬車を守るために流砂から離れていたため、地上に残ったようだ。
「……おーい、ぶじかー」
「全員無事だ!! 大丈夫だ!!」
ミルクが大声で答える。
「だが、そこまで登れそうにない!」
ここから地上へ戻るには、数十メートルもジャンプするか、地上からロープを垂らしてもらうかだ。
当然この高さをジャンプなんて出来ない、そして、ロープも馬車にある物では長さが足りない。
「……どーすんだー」
「背嚢と食料をくれ!」
しばらくすると、ボク達の荷物が投げ込まれた。ふわりと落ちて来たと思ったバックパックは、スッと加速しドズッとミルクが受け止める。
「街から救助隊を呼んできてくれ!」
「……りょーかいだー」
そうするしか仕方ない、こんな未知の地下空洞ではどうすることも出来ない。
これがダンジョン探索なら、それなりの準備や情報を集める必要がある。しかし、突然起きた崩落事故の後、さらにその先も探索しましょうとは狂気の沙汰だ。
ここで救助を待つのが最善だろう、冒険者は無鉄砲にも見えるが、実は何をするにも危険を回避するための準備は欠かさない。それがプロというものだ。
落ちてきた荷物をミルクが上手に受け止めたため、カンテラなども壊れていない、火を灯して詳しくあたりを見る。
床に大穴が空いているが、広いフロアだ、そして、床や壁は明らかな人工物だった。この場所は、人が作った何かの施設なのか?
「やはりそうか」
ミルクが静かにつぶやいた。