67 冒険者ランク
そういえば、この街に来た時にギルド宿は満室だと聞いていた、やっぱりそれなりに冒険者は居たんだ。
彼らからは妙な連帯感を感じる、午後になってギルドに集まり出したようだ。
「アニキ、子供が冒険者の真似事なんかして遊んでるんスよ」
「イカンな、親は何をしている?」
子供の冒険者が気に食わないのか?
「あの、あなたは?」
「あ? カイネルのアニキを知らねーのか?」
アニキと呼ばれたカイネルは、ブラウンの短髪に浅黒い肌、中肉中背の中年男だ。軽量ブレストアーマーに細身のサーベルを帯剣している、冒険者だろう。
「待てロブ、彼らは遊びで冒険者をしているんだ、ルールを知らなくて当前だ」
「そうでした、すんません」
ロブという男は、やせ型でチャラそうな腰巾着だ。二十代半ばだろうか、カイネルをリスペクトしているらしく、やはり同じサーベルを腰から下げていた。
「おいお前ら、こちらのカイネルのアニキはな、冒険者の指導員サマだ、お前達のように遊び半分で冒険者をしているガキどもを取り締まっているのよ」
「うむ、不幸な事故を未然に防ぐために必要なことだ、お前達は最近この街に来たのだな? 何処から来た、親も一緒だろう、これは親も指導する必要があるな」
冒険者に指導員なんて居るのか? 冒険者学校があるくらいだから、教官上がりとか、そういう人だろうか。
「大人しく言う事聞いとけよ、カイネルのアニキはな、この街の冒険者を仕切ってんだ、しかもアニキはS級冒険者だ、どうだ驚いたか」
S級冒険者だって? 人間離れした素質がないとS級にはなれないと聞いた、確かにすごい人みたいだ。
「それだけじゃない、なんとアニキは冒険者ランク選定員でもあるんだ、素直に従っとけよガキども」
なるほど、カイネルは特別な資格を持っているらしい、それを振りかざして、この人口も人の行き来も少ない街で、お山の大将を気取っているのか。
それにしても、あまりに一方的で高圧的な言い草だ。言いたい事は分かるが、こんな態度では、いつレティシアの鉄拳が飛び出すか、もはや時間の問題だと思う。
「冒険者の真似事など止めるんだ、今は迷い猫を探す程度かも知れんが、すぐに魔物を討伐するなどと言い出しかねん。子供は身の程を知らんからな」
ぐぐっとレティシアの拳が握られる。
……もうダメだ、この二人終わったな。
「お嬢ちゃんも、こんな事より美しいオアシスで遊覧していた方が良いだろう? そっちの黒髪のお前、彼氏なら彼女の事を大切にしてやったらどうだ」
ボクはレティシアの拳が炸裂するのを息を呑んで待った。
「今、なんて言いました?」
「カップルならそれ相応のデートスポットがあるだろうと言ったんだ」
……しかし、いつまで経っても目の前の二人は倒されず、説教を続けている。
「子供が冒険者などと、大方そっちの小僧がイキがって、彼女に良い所を見せようと吹いたのだろうが」
あ、あれっ、ぶっ飛ばさないの? レティシアおねえちゃん。
「ユーノちゃん、カップルだって」
「え? うん」
おかしい、レティシアから怒りの気配が消えてしまった、どうしたと言うのか。
「てめえのギルドカード寄越せよ!」
ロブは、ボクが首から下げている冒険者証を乱暴に引き抜いた。
「へっ、デルムトリア国内B級か、何だヴァーリーって、北の果てか?」
確かに、ボクの冒険者ランクは最低の国内B級だ、でも、このライセンスでやってこれたし問題は無いはずだ。
それに、冒険者になってから一年も経っていないのに、そこまで言われる筋合いは無いと思う。
「子供が冒険者証など持つものではない、これはランク選定員であるこのカイネルが預かる」
「や、困ります、ボクの冒険者証かえして」
「それと、お前達の親にも会わせるんだ、こんな子供が野放しとは、お灸をすえる必要があるからな」
この人達が何を思おうと勝手だが、冒険者証を取り上げられては困る。
「あのー、もうよろしいですか?」
「ああリンダさん悪いね、もう終わるよ。それにしても、ギルド側も私に連絡してくれなくては、冒険者の秩序は守れないぞ?」
「はあ」
窓口のおねーさん、リンダさんというのか。彼女は報酬と記念品を用意出来たようで、窓口に戻ってきた。
「では、こちらが今回の報酬です」
リンダさんはそう言って、ドチャッと大金の入った袋をカウンターに乗せた。
マリクのお母さんは全てを買い取ってくれたので、報酬は全部で三百二十万ルニーはあるはずだ。
「どうぞご確認下さい」
「あ、はい」
袋の中のお金は、金貨だけではなく銀金貨や銀貨も含まれる、これだけの量だと勘定するのに少し手間取る。
お金を数えていると、その様子を後ろで見ていたカイネルに、ぐいと肩を捕まれ、横にのかされた。
「まてまてまて、何だこの大金は?」
「はい? ええ、こちらの方のサンドワーム討伐の報酬となりますが」
「サンドワームだと? あの面倒な依頼をこの短期間で達成したというのか?」
やっぱりサンドワームの依頼は、ここの冒険者達に敬遠されていたようだ。
「アニキ、サンドワームなんてガキでも狩れますよ、たまに庭に生えてますし」
「この大金を見ろ、庭にこんなに生えてくるわけが無いだろう! 一匹千ルニーほどの魔物をどれだけ狩ったらこうなるんだ、運でどうにかなる量じゃない、確実に生態を把握していないと追跡できない魔物だぞ」
まあ、全部ミルクのおかげなんだけど。
「カイネルさん、さすがに全部では無いですよ、サンドワームは二百匹だけです」
「二百匹も? ……いやそれでも二十万ルニーか、では残りはいったい」
カイネルへの説明も程々に、リンダさんは再びボクに向き直る。
「えー、では、こちらが記念の品となります」
そう言って、カウンターの下から記念品を取り出した。
「この度はクイーンワームの討伐、本当におめでとうございます」
それは、台座から“ちんあなご”がニュッと出ている、一分の一スケールのブロンズ像だった。
アホっぽい顔もよく再現されている、ミルクやトーマスでは喜んでくれなさそうだな、なんて思った。
「なにっ、出たのか? クイーンワームが!」
「アニキ、クイーンワームって何ですか?」
クイーンワームは、この街では二十年ぶりの魔物だ、知らない冒険者が居ても不思議ではない。
「どうですかカイネルさん、あなたの権限で彼の冒険者ランクを上げてやっては? クイーンワーム討伐の功績なら、国際C級くらい行けるんじゃないですか?」
クイーンワームはボクの歩いた場所に出てきた、そうだとしても、討伐出来たのはすべてミルクの功績と言っていい。
なのでボクとしては、冒険者ランクについてどうこう言うつもりはない。
「それは、……いや偶然だ、本来何年も砂漠で生活しないと見つける事が出来ないクイーンワームを、こんな昨日今日街に来たばかりの子供が狙えるわけがない。ただ運が良いという理由だけでランクを上げる事は出来ん」
「そ、そうだ、ペテンだ、インチキだ」
運じゃ狩れないと自分で言ったのに。それに、ロブはワケも分からず批判している、インチキとか、話が全然違ってくると思うけど。
まあ、元々ボクの力量では狩れない魔物だから、仮に冒険者ランクを上げてやろうと言われても、丁重にお断りしていたけど。
「もういいですか? ちゃんと冒険者の仕事はしているので大丈夫です、では冒険者証返してくださいね」
わなないているカイネルの手から冒険者証を取り上げる。こんな所早く出よう、このギルドに夕方来るのは心構えが必要だ。
帰ろうと思ったが、レティシアが居ない。
あたりを見回すと、レティシアはいつの間にか遠くのテーブルまで行って、他の冒険者達と話し込んでいた。
「なあ嬢ちゃん、カレシとはドコまで行ったんだい?」
「え~ドコまでとか、そんな~」
「くあ~っ、世も末だねぇ」
なぜ嬉しそうなんですかレティシアさん? そのカレシとやらは、ガラの悪い冒険者二人組に絡まれてますよ?
「おねえちゃん! 行こう」
「あ、うん!」
レティシアは小走りに駆けてくる。
「おねえちゃん? 何かのプレイか?」
「本物の姉弟じゃね? 二人ともシープ族だし」
「でもカレシって言ってなかったか?」
「どういうことだよ、……マジか」
そんな声を背に受けながら、ボク達はギルドを後にした。
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・
まだミルクは、マリク少年の家から帰っていない。とりあえず気疲れしたので、リビングでくつろいでいるトーマスと共にソファに腰掛ける。
「ギルドすごい混んでた」
「まあこの時間なら、そうだろな」
「え~」
トーマスは夕方のギルドが混んでいる事を知っていた。聞けば何て事はない、夕方にギルドが混むのはただの常識らしい。
確かに他の街のギルドも午後から混み始める。でも、アーデルアのギルドの午前中は閑散としていすぎると思う、ボクはギャップに驚いたんだ。
なぜそんなに温度差が出来るのか、その理由は、この街が王都とグジクの間にあるにも関わらず、隔離された街だからだという。
冒険者には、国内と国際のライセンスがある。
普通、冒険者ランクと言えば国際ライセンスのことを言い、ただA級と呼べば、それは国際A級のことであり、デルムトリア国内限定A級のことではない。
だから冒険者が大勢居る大都市では、努力してランクを上げている冒険者と、地方ライセンスで満足している者とで分かれ、比較されがちだ。
べつに国内限定でも恥じることはない、地域密着型ライセンスとして、すぐ取得できる実用的な資格だ。ボクだって国内B級として頑張っている。
しかし、人口の多い街では、優れた国際ライセンス持ちの冒険者も多くなる。
国内ライセンス持ちの中で、その差に卑屈になる者、でもランクアップを狙う向上心のない者、そんな人達が人口の少ないアーデルアに吹き溜まるんだ。
そんな者同士、やはり気が合うのか一つの集団と化している。自然と生活サイクルも合い、夕方から示し合わせたようにギルドに集まるのはそのせいだ。
それを取り仕切るのが、この街に一人しか居ないS級冒険者のカイネルなんだ。
「ねえトーマス、S級冒険者ってスゴイの?」
「そりゃすげーだろ、オレなんてA級だしよ」
トーマスは国際A級だった? まったく興味が無かったので今初めて知った。
国際A級は一般人が到達できる最高ランクと言われるほどだ。元々トーマスは盗賊団の用心棒として実力を買われた、なんだかんだとまあまあな冒険者なのだ。
SS級のミルクは別格として、S級も選ばれし者しか到達できない、その認識はどの程度なのだろう、興味がある。
「実はさっきギルドでね……」
カイネルの事を聞こうとした時、玄関扉が開いた。ミルクが帰ってきた。
「あ、ミルク、おかえりなさい」
「ああ、ただいま優乃。これ後で開けてくれトーマス」
「おおっ、酒じゃねーか」
ミルクはマリク家から手土産を貰ってきた、美しい木箱に高級そうなお酒のボトルが二つ入っている。
「優乃とレティシアにはこっちだ」
もう一つの包みを開けてみると、甘い香りがふわりと広がる。中にはぶ厚い板チョコが並んでいた。
「チョコレートだ!」
「ほう、やはり知っているのか優乃。これは珍しいお菓子でな、後でレティシアと二人で食べるといい」
そう言えば、異世界に来てからチョコレートも見たことが無かった。この国では砂糖も貴重だが、カカオ豆も珍しいのだろう。
「それで何の話だ? ギルドがどうかしたのか?」
「ううん、ただ夕方のギルドが騒がしかったから」
「ああ、そうだな」
同じくソファに腰掛けたミルクの返答はそれだけだ。トーマスもミルクも、ギルドにならず者が溢れかえっているのは知っているようだが、反応は薄い。
考えてみれば、ならず者レベルはボク達の方が圧倒的に上だった。
なにせグジクの領主を脅して今ここに居るのだ、トーマスやミルクにとって、寂れた街のチンピラなど空気すぎる存在だ。
「ユーノは冒険者ランク上げてーんだよな」
「そうなのか?」
「ち、違うよ、そんな事言ってないでしょ」
街のならず者が空気なため、ボクはずっと冒険者ランクの話ばかりしていると、トーマスは感じていたようだ。
「だからさっきギルドでね、S級冒険者が居たんだけど、その人は冒険者ランク選定員なんだって、それって何かなと思って」
「冒険者ランク選定員? へー、すげーじゃん」
冒険者ランク選定員とは、冒険者の実力を見定めランクを与える事が出来る人だ。通常の昇級試験のギルド試験官と違い、とてつもない権限を与えられている。
もちろん最寄りの冒険者ギルドと協力し、ある程度の精査の末にランクアップを許可するのだが、個人の持つ権限としては異例なほどの特権だ。
これは冒険者という職業が特殊なために生まれた役職らしい。
秘境に潜り冒険を繰り返す猛者は、試験会場はおろか街にも帰らない、だから、そういう本当にスゴイ冒険者を現場で発掘し、ランクを与える仕事だ。
本物を高ランク者としてギルドが管理出来れば、王族や貴族も把握しやすくなる。優れた冒険者は国の資産だ、ミルクのような冒険者を発掘出来れば、国にとっても大きな利益になる。
普通ならギルド関係者がなるものらしいが、S級冒険者でありながら、ランク選定員の資格も持つカイネルのような人物は珍しいという。
恐らく初めはギルド職員だったが、その高い戦闘の才能により冒険者と二足のわらじでやってきたのではないかとトーマスは言っていた。
そんなにスゴイ人なのに、こんな隔離された街で、ならず者冒険者のお山の大将では、なんだかもったいない。
どうせおだてられて、子分が出来たようで居心地が良いのだろう。
「ふむ、通常、冒険者ランクを上げるには昇格試験が必要だ、それはランクが上がるほどに日数もかかる、選定員に認めてもらえばランクアップも早いぞ?」
「えー、でもやだよ、その人なんだか変なんだもん」
子ども冒険者と見るやいなや、問答無用で排除しようとする人なんて、もう関わり合いたくもない。
「そうか、まあ急ぐ必要もない、この国を出ないのなら国内ライセンスで十分やっていけるからな」
もしデルムトリア国外へ出るにしても、行った先々で国内ライセンスを取得すれば、またその国で冒険者として活動できる。
しかし、国により規定が違い取得条件も違うので、簡単にいかないケースも多い、冒険者に否定的な国だってあるかもしれない。
そうなると、この国で国際ライセンスを取っておいた方が確実だ。勇者に会ってもボクの知りたい事が判明せず、結局世界を旅する事になったら必要にもなる。
でも、国際ライセンスの一番下はエメリーが持っていたC級。それは学校へ通って取得するレベルのものだ、今のボクではC級すら難しい。
ミルクの言う通り、カイネルに認めてもらえば楽だが、肝心のボクの実力が伴っていないという問題もある。
正直、戦闘力だけならベテラン冒険者にも劣らない自信はあるが、それだけではダメだろう。仮に戦闘力だけで評価されるなら、それこそ超人的な活躍を見せないとならない。
仮に受かるとしてもカイネルは嫌だ、腰巾着のロブという人のように、おべっかを使って気に入られるなんて、そんなの苦手だしやりたくない。
「ところでよ、ユーノ」
「え?」
考え込んでいると、トーマスが話しかけてきた。
「今メシの支度してるのはレティシア一人だよな?」
「あっ」
「やべぇ……」
そうだ忘れてた、今日の夕食はレティシアが当番だ。
残念ながらレティシアは料理があまり得意ではない、とにかく念入りに火を通してしまう。だから誰かが付いていなくてはキッチンが炭工場となってしまうのだ。
急いで様子を見に行く。
「おねえちゃん、大丈夫?」
レティシアはご機嫌で肉を焼いていた。予め一人分に切り分けた猪肉なので、そのまま塩こしょうで焼けば、それなりに食べられるようにはなっている。
「うん、もうちょっとでお肉焼けるからね」
もう十分すぎるほどに焼けていた。