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63 事件の顛末01

 女支配人はいつもの燕尾服ではなく、年相応の地味な服を着ていた、街の何処にでも居るおばさんのような姿だ。


 その後ろからついてくる、四人の獣人の女性も同じだ、多分この人達は仲間の黒装束だろう、やはり一般人に見えるような地味めの服装をしている。


 ボクが女支配人をじっと見つめたまま動けないでいると、その目線に気が付いたレティシアとミルクが後ろを振り返る。そして、女支配人と対面した。


「こんにちわー、どうもー」


 白々しく女支配人が挨拶をする。すると、レティシアとミルクも挨拶を返す。そして事もあろうか、他愛のない井戸端会議を始めた。


 女支配人と面識があるのはボクだけだ、このおばさんが敵だと認識できているのも、当然この中ではボクだけだ。


 あの地下倉庫での女支配人の迫力が脳裏に浮かび、思わず口をつぐんでしまったが、何とかみんなに正体を教えないと危ない。


 隣りに居るトーマスの袖を、ちょんちょんと引っ張る。


「ね、ねえ、トーマス……」


 女支配人に聞こえないように小声で語りかけると、トーマスは「どうした?」と屈んで、ボクの口元まで耳を近づけた。


「あのね、敵、だよ……」

「ん? 何がだ?」

「あの人ね、ボクを捕まえた人、なんだよ。……その中の一番えらい人なの」


 声が漏れないようにトーマスに教える、あの女支配人に聞こえたらマズイ、逃げられるかもしれないし、逆にこの場が危険にさらされるかもしれない。


「何!? やっぱコイツが奴隷商の頭だったのか!」

「わっ、ばかっ」


 トーマスは大きな声で言い放った。


 マズイ、女支配人は相当な手練だ、後ろに控えるおばさん達も、同じように信じられない腕を持っているはず。


 レティシアもミルクも完全に油断している、いくら英雄でも万が一だってある、ボクは即臨戦態勢に入った、腰にあるナイフに手を伸ばす。


 しかし、シースケースにあるはずのナイフが無い。はっとして振り返ると、トーマスがボクのナイフを抜き取っていた。


「トーマス!?」

「あぶねー、お前にあの技を出されたらミルクでさえヤバイからな、無闇に人にナイフを向けるなよ」

 

 ポイズンブロウのことか? こんな街なかで禁忌技なんて使わないよ、それより、ボクの邪魔をしてどういうことなの?


「なにするのトーマス、知っているなら!」

「大丈夫だって、落ち着け」


 そう言ってナイフを返してくれる。


「うふふ、こんにちは、相変わらず可愛いね、ボク?」


 女支配人はボクにも優しそうな顔を向け、何事もないように声をかけてくる。


 一体何を考えているんだ? ボクはなおも警戒し、返してもらったナイフを構えたまま、じりじりと後ずさった。


「あら? どうしたのかしら?」


 どうしたもこうしたもない、お前はもう終わりだ。さすがにボクが警戒を示したこの状況から、ミルク達がやられる姿は想像できない。


「あのーミルクさん、なんだかすごく警戒されているんですけど、ひょっとして、まだ話していないんですか?」

「む、そう言えばまだ説明していなかったか」


 なんだ?


「ユーノちゃん、ミリアさんは怖くないよ」

「へっ?」


 レティシアまでもが、……みんなこの女支配人の事を知っているのか?


「ああ、このミリアは仲間でよ、この地方にもルコ村と似た境遇の集落があるんだ、そこの副村長ってところか」


 は? 仲……間? 何を言っているんだトーマス。


「改めまして、私はリタの集落から来ました、ミリアマリスといいます。よろしくね、可愛らしいボク?」


 コレは……。


「悪いなユーノ、実はお前とニーナが拐われた所から、全部オレ達の作戦ってわけなんだ」

「そんな、それじゃ全部、狂……言」


 ぐらりと世界が傾く、「危ない」と、様々な手がボクを支えた。


「ほれしっかり立て。ちとバラすの急すぎたかな、まあ良いや、とりあえず中に入ろうぜ、もう暗くなっちまう」



 ええと、ええと……。


 ぐわんぐわんと鳴る頭を抱える、足元もおぼつかない。そんな状態のまま、知らない間に宿舎のリビングの椅子に座らされていた。


 まず初めに、女支配人あらため、このミリアマリスという人から、自己紹介を兼ねたリタ集落の説明を聞いた。


 このグジクの近くにも、ルコ村と同じように獣人が身を寄せる村があるそうだ。まだ村の体をなしていないほどの規模で、リタの集落と言われている。


 やはりドロテオが関わっているらしく、村長がドロテオ、副村長がミリアマリスだ。ドロテオは今はルコ村に居るから、集落の管理者はミリアマリスになる。


 場所はニーナが囚われていた山小屋の近くにあって、小屋の後ろにあった山を登れば、集落はすぐに見えたと言う。


 山小屋は、リタ集落の者が山に柴刈りに行った時に利用する休憩所の一つで、あの時は、不正奴隷を集めておく秘密の小屋という体で、ニーナを監禁していた。


 その間のニーナの扱いは、奴隷商の檻の時と同じく、身体に問題が無いように細心の注意をはらい、しかし、こちらの作戦が分からないようにしていたらしい。


 そして、今ボクが居る宿舎は、そんなリタ集落の者が集まるグジクの拠点だ。グジク版山賊のアジトといったところか。


 だけど待ってほしい、ミリアマリスの話も大事だけど、聞きたい所はそこじゃない。みんなが共謀して、ボクを騙していたのかという事だ。


 答えはYESだった。みんな、ケイダンを嵌める作戦がボクとニーナにバレないように行動していた。それは、作戦に必要だったからだと言う。


 この作戦の発案者はトーマスだった。


 サンドウエストでボクがニーナの依頼を受けた時、ニーナがカーティン家の令嬢だと気付き、急遽その状況を利用する事を思いついたらしい。


 元々、トーマスはサンドウエストの街で昼間遊びに出ていたが、実はサンドウエストにもドロテオの一派が居て、連絡を取り合っていたようだ。


 それでミルクの近況も把握していた。ミルクが近く、ルコ村の報復を実行するために、リタの集落の者達と共に準備していると、事前に分かっていたんだ。


 だから最初は、トーマスはニーナの依頼を拒否した、グジクルートに入ることに反対していた。グジクで荒事に巻き込まれるのを避けるために。


 しかし、ニーナが領主の娘と分かり、利用することを思いついた。急にニーナに協力すると言い出したのには、そんな事情があったからだ。


 いつかの夜、ボクがミルクに会えるか心配だと相談した時も、トーマスは大丈夫だと言った。それは、もう少しでミルクに会える事を知っていたから。


 ボク達がグジクへ到着した日、トーマスがギルドへ帰ってこなかったのも、拐かし作戦をミルク達に相談し、仲間を集めていたため。おそらく、レティシアともすでに話は付けていたのだろう。


 今思えば、ニーナが売れてからの展開はあまりに早かった。


 奴隷商が消えたら都合よくミルクが現れ、トーマスは全ての情報を掴んでいて、ニーナの監禁場所も知っていた。


 予め分かっていないと出来ない事だ。自分達で仕組んだのだから、すべて順当に行って当たり前だった。


「ごめんねユーノちゃん、お姉ちゃんもユーノちゃんのことが心配で……、だからせめて傍に居てあげようと思って、お世話係を買って出たの」

「ええっ、それじゃ、ずっとボクに付いていた黒装束の人って……」


 なんてことだ、おしっこする時につまんでくれたのも、オシリを拭いてくれたのも、剥いてキレイにしてくれたのも、全部レティシアがやっていたという。


 下の世話をしてくれていたのはレティシアだった、これはどう解釈したら良いのだろう、全然知らない人じゃ嫌だし、かと言って近しい人でも恥ずかしい。


「何だユーノ、青くなったり赤くなったり忙しいやつだな」


 そんなトーマスは、あの地下倉庫には近づかなかった。ボクと一緒に真っ裸のニーナが捕らわれていたため、集落の男性陣含め、別で作戦を遂行していた。


 ケイダン側に情報をリークしたり、細かい作戦を練ったりだ。そのため、トーマスはミリアマリスが女支配人役をやっていた事も知らなかったようだ。


 あの地下倉庫に居たスタッフは全て女性で、黒装束役もお客さん役も、みんなで代わりばんこでやっていたらしい。最後の客の大男はミルクが扮したものだ。


 どうやらボクのおにんにんは、女性スタッフ全員に共有されてしまったようだ。


 そして、グジク初日にボクを取り押さえた黒装束もミルクだった。集落の中で戦闘に長けた者を集めても、ボクを捕らえるには不安があったようで、その担当はミルクだったし、あの地下倉庫でケイダンの近衛隊を音もなく捕らえたのも、ミルクとレティシアだ。


 ケイダンを突き飛ばしたミリアマリスも、実はあの程度が限界で、バフの乗っていない元のトーマスと近い戦闘能力らしい。



 ……集落の人達は、作戦の成功を祝って酒盛りで賑わっている。


 その一角で、みんなから説明と謝罪を受けていたが、未だショックから抜け出せず、話は半分しか頭に入ってこない。


「ユーノちゃん疲れたでしょう? 今日はもう寝る?」

「うん……」


 寝るにはまだ少し早いが、体力も気力もすっかり抜けきって、ボクはふにゃふにゃだ。用意してあるという寝室に案内してもらうことにした。


 レティシアに支えられながら二階へ上がる、その廊下の突き当りがボクの部屋だという、中はベッドくらいしかない小さな部屋だ。


 部屋には今入った扉とは別に、もう一つ扉があって、隣のトーマスの部屋と繋がっているらしい。そして、ボクはベッドへ寝かされた。


「頑張ったねユーノちゃん」

「うん」

「お姉ちゃん、まだみんなとお話があるから行くね」

「うん」

「じゃあまた明日、おやすみなさい」


 そう言って、ボクのおでこにキスをして、レティシアは部屋を出ていった。 


 眠くは無いが、ランプの火を消して、暗い部屋のベッドで毛布にくるまる。下の階から宴会の音が聞こえてくる、作戦が成功してみんな喜んでいる。


 娘のニーナをただ人質に取り脅迫したならば、こうは上手くいかなかった。


 ケイダンにも、領主としてのプライドも責任もある、意固地になって話し合いは決裂していただろう。


 ケイダンの心を完膚なきまでに砕き、自分のしてきた事を思い知らせ、そして、ボクのバフで超絶強化している圧倒的なミルクの戦闘力を見せつけ絶望させる。


 その後に、ボクが一筋の光明を与えてケイダンを骨抜きにした所で、こちらの条件を飲ませる。


 それにはリアリティが必要だった。ニーナが本当に辛い目に合っている場面を、ケイダンに見せる必要があった。


 ボクの役目は、ニーナが壊れないように一緒に居てあげることだ。そのためには、ボクが事情を知っていては上手く行かないとトーマスは思ったのだろう。


 確かにボクはウソをつくのはヘタだ。目の前で苦しむニーナに本当の事をバラしてしまうかもしれないし、真実を知っていたなら、ケイダンとの交渉でも、あんなふうに泣く事なんて出来なかった。


 ボクの役目が重要だったのは分かる、敵を騙すにはまず味方から、そうは言ってもひどいじゃないか、ボクだけ仲間はずれにして。


 ミリアマリスが女支配人として語った母と娘の話も、全部創作だったんだなあ。ボクもすっかり本当だと思って衝撃を受けたのに、はあ、虚しい。


 そんなふうにもやもやしていると、宴も一段落ついたのか、トーマスがボクの様子を見に来た。


「ユーノ、起きてるか?」


 もう知らない、無視だ無視。


「ふん、良く寝てら」


 そして、扉は閉められ足音は遠ざかる。


「どうだ? 優乃は大丈夫か?」


 部屋の壁は大分薄いようで、隣の部屋の声がよく聞こえる。どうやら、ミルクも居るようだ。


「ああ、大仕事の後だから疲れたんだろ、気持ちよさそうにぐっすり寝てるぜ」


 寝てないよ、ウソ寝だよ、もう。


「それにしても、今回のオレの働きはどうよ? あのケイダンの顔ったらよ、まんまと本気にしやがって、途中笑いを堪えるのが大変だったぜ」

「調子にのるなよトーマス、そう毎回うまくはいかないぞ」


 はーあ、クズな事に定評のあるトーマスに、また巻き込まれてしまったか。


「コイツは美味しいぜ、あそこまで心をぶち折ってやったら、何でも言うこと聞くんじゃねーか?」

「確かにそうだな、ケイダンは孤独な奴だ、他人を信用しない。そのため補佐官も少なく独裁に近い領主だ、奴さえ落とせばこっちのものだ」


 山賊が悪巧み会議してる。


「ルコ村のような辺境の村に被害が出ても、普通ならせいぜい賠償金を出して終わりだろう、しかし、明日からの交渉にもよるが、恐らくこちらの要望はかなり通るだろうな」

「ケイダンの野郎、最後はユーノに感謝までしていたぜ!」


 ニーナを拐かし、偽の奴隷商を騙って脅迫し、最後に領主を思うままに操る。もういっそ清々しい。


「最終的にドコまでやるつもりだよ?」

「寝返ってくれればこの上無いが、おそらくそれは無理だろう、力を封じる事が出来ればそれで良いと思っている」

「ほーん、結果良かったじゃねーか、色々手間も省けたしよ? これでクレイニールの手足はもいだも同然ってワケだ」


 クレイニールというのが、敵の“えらいひと”だ、教会のお偉いさんみたいだけど詳しくは知らない。


 ミルクとドロテオは獣人の人権を守る運動をしているらしいが、その上で最も対局に居るのが教会なのだという。


 多分、布教する過程で“女神の祝福を受けられない獣人”とやらを、民衆に吹き込んで洗脳してゆくのだろう、よくあるパターンだ。


 どうして教会がそんなことをするのか、獣人を虐げることに益を見出しているのかもしれないし、そういう教示があるのかもしれない。


 だけど、ボク自身はクレイニールという人物に関わりたいとは思わない。ボクには対抗できる力は無いし、正義を振りかざすつもりもないから。 


「それにしてもよくやるぜ、そんな一ルニーにもならねー事、ま、元盗賊のオレには解らねーんだろうけどよ」

「そうだな、私は世界で地獄を目の当たりにしてきた、まずはこの国から是正したい、セシルも協力してくれるからな」


 勇者って本当にすごいな、幼い頃にこの国の戦争を終わらせたと言うし、その後の戦後処理もいい方向へ国を牽引している。十年くらい前は、まんまヒャッハーな世界だったらしいし。


「だけどあれだな、十日以上も待たされたのはダルかったぜ、ガキどもの監禁日数は半分でも良かったんじゃねーか?」

「あのニーナという娘も、いずれは婿を取り父の跡を継ぐ。その前に奴隷商に捕まるという事はどういうことか、身をもって分からせる必要があった」


 ニーナの目はほぼ死んでいたから、その目論見は成功したと言える。


「それに大変だったのは優乃だろ? 出来るだけフォローはしたが、こちらの素性を明かす訳にいかんからな。私がどれだけ気に病んだか、お前に分かるまい」


 ミルクはボクの事を、ずっと心配していたみたいだ。


「私は今回の作戦には反対だった、結果優乃を泣かせてしまったではないか」

「へっへっへ、ユーノの涙が世界を救うってヤツだろ?」

「ダメだ、私はもうやらないからな」


 レティシアとミルクだけは、ボクの事を気にかけてくれている、それだけでも救われる思いだ。


「まったく上手く言う、優乃が運んできたチャンスを無駄にするなと言われれば、私も聞かない訳にいかない。しかし、あんなに泣かせてしまうなんて、こんな事は二度と御免だ」


 その時、バタンと、向こうの部屋で扉の音がした、誰かが入ってきたようだ。


「大きな声でどうしたのですか? 廊下まで聞こえていましたよ」


 この声はミリアマリスだ。


「む、そうか、ついな。隣に優乃も寝ている、ここからは静かに話そう」

「そうだな、さて、ミリアも来たし、明日の準備でも始めるとすっか」


 明日からケイダンとの交渉が始まる、ミルク達は、これからその内容を詰めるのだろう、話す声もコソコソとしか聞こえず内容は分からなくなった。


 ボクももう眠い、後はまた明日だ。

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