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62 父と娘03

「ここか」


 ミルクが扉を開ける、今度は本当に領主の部屋みたいだ。


 ここは寝室のようで、大きなベッドの上にケイダンが横になっていた。他にはお医者さんが一人と、メイドが二人居る。


 ケイダンは三日前に倒れてから、病状は回復していないようだ、生気の薄い顔で、ボク達が部屋に押し入っても反応も少ない。


 三階のこの部屋からは、ミルクが吹き飛ばした城門もよく見える。襲撃者が来たことは当然分かっているはずだけど、逃げる元気も無いように、ただ寝ている。


 ミルクが医者とメイドに目をやると、彼らは顔を伏せ、慌てた様子で部屋を出ていった。


「案内ご苦労だった、お前も出ていろ」

「は? は、はい」


 執事長も部屋を出される。


「ではトーマス」

「ああ、しっかり頼むぜミルク」

「フン」


 最後にトーマスも出ていった、部屋の前で見張りでもするのだろう。


 現在部屋に残っているのは、ニーナのお父さんである領主ケイダンと、ミルクとボクの三人だけだ。


「ケイダン侯爵だな?」

「そうだ」

「なぜ私が来たか分かるな?」

「……ああ」


 侯爵って国の中でもすごい偉い人なんだよね? ボクはそういう事には疎いけど、そんな人を殺したら大変なことになるんじゃないの? 


 そうも思ったが、ミルクはヴァーリーを出発する時、国が混乱するのもいとわないと言っていた。今更ボクごときが意見できる事じゃない。


 そして、ケイダンも結末がどうなるか承知しているようだ。切り札のオーガ姉弟も突破され、軍隊も役に立たない。命を狙う刺客が部屋にまで来てしまっては。


 それに覇気が無い。ニーナを失ったせいか死人のような顔をしている、何もかもどうでも良いような表情をしている。


「そっちの子は、知っているぞ……。あの奴隷商で売られていた黒毛のシープ族だな? 何故ここに居る」

「優乃は私達の仲間だ、ここへ来る前、奴隷商に囚われていたのを助け出した」

「……そうか、北の果てにシープ族の隠れ里があると聞いたことがある、あの村の者と縁があっても不思議ではないか」


 もちろん、転移者のボクはシープ族の里であるリメノ村出身では無いけど。


「ウチの優乃を拐ったのもお前だな?」

「それは……、違う」

「見え透いたことを、この街の奴隷商人は全てお前の手の者だろう?」


 ミルクは、あの女支配人の奴隷商も、ケイダンの手下だと思っているようだ。


「……違う、奴らは無認可の不法業者だ、私の一人娘もあの奴隷商に拐われてしまった」

「どうだかな」

「信じてくれ、今も娘は行方知れずなのだ。そうだ、あの奴隷商へ行ったなら、何か気がついたことはあるか? 見たことのある連中ではなかったか? もし奴らの誰かを捕らえたなら身柄を引き渡して欲しい」


 今から殺されるというのに、ケイダンは自分よりニーナのことが心配なようだ。


「知らんな、それにケイダン、もうお前には関係の無いことだ」

「そうかも知れん、だがせめて、最後に娘の顔をひと目だけでも見たかった……」


 娘を奴隷商に拉致され、売られ、今自身の命をも取られようとしている。


 ケイダンはショックのあまり、心臓に負荷がかかり病に伏せってもいる、衰弱してもう動く気配もない。なんだかすごく不憫に思う。


「ねえミルク、本当にこのおじさん殺しちゃうの?」

「そうだ」

「牢屋に入れるとか、村にいる騎士みたいにお手伝いさせるとか」

「それは無理だ優乃、村を襲撃するよう直接騎士団を送り込んだのはコイツだ、そのせいで罪もない村人は殺された」

「でも」

「それだけではない、この国の奴隷商人を牛耳っているのもこの男だ、不当な奴隷取引を黙認している。そのため、特に末端の奴隷商人の行いは酷いものだ、それは優乃も知っているだろう」


 ミルクの意志は固い、しかし、街一つのトップを殺害するなんて普通に許されない。でも、ただの復讐という訳でも無く。


 多分、ミルク達はこういった問題と長く戦ってきたのだろう、様々な方法で戦ってきたのだろう。


 そんなこの世界の住人に対して、新参者のボクの言葉など何の力も無い。


「良いんだシープ族の子よ、今回の事で私は思い知った、数々の悲劇を引き起こしてしまった、今まで見たくないものから目を背けていた結果だ」


 あの牢屋で、獣人など、と息巻いていたケイダンは見る影もない。自分が被害者になって思い知ったのか、今までを後悔し、反省しているようだ。


「よく言うな? 獣人の事など何とも思っていなかっただろう?」

「弁解はしない、ただ、私の信じていたものは間違っていたのかもしれない」


 ミルクは剣を抜き、ケイダンに向ける。いよいよ処刑だ。


「ま、待ってミルク、その前にニーナに会わせてあげて! あ、ニーナっていうのはね、おじさんの娘で、あの……」

「それも無理だ優乃」


 さっきケイダンは、最後に娘に会いたいと言った、せめてその願いを叶えてあげたいと思ったんだけど。


「何か言い残すことはあるか?」

「無い、無いが、その子の言うように娘に会いたかった。不法な奴隷商に売られたニーナを助けたい」

「本当にそれで良いのかケイダン?」

「それだけが心残りだ」


 ミルクは呆れたような、仕方ないというような、そんなふうに溜息をついて剣を鞘に収めた。


「分かった、二人がそう言うのなら、それが最後の望みだと言うのなら、お前の娘を連れてこよう」

「えっ!? ありがとうミルク」

「…………」


 何とかニーナと会わせてあげることが出来そうだ。本当はずっと一緒に暮らしてほしいけど、それはボクのワガママなのだろう。


 ボク達は一旦ニーナを探しに行く事になった。ケイダンの寝室の扉を開けると、聞き耳を立てていた執事長達が雪崩込んでくる。


「ケイダン様!」

「良い。……ミルク殿、私はここに居る、逃げも隠れもしない、どうか娘をよろしく頼む」


 その言葉を背に部屋を出る。そう言えばトーマスが居ない、てっきり邪魔が入らないように扉の前で番をしていると思ったが。


 ボクはミルクと一緒に館を出て、壊れた城門へ向かう。まだ沢山いる兵士達の視線が怖いので、ミルクの傍を離れないようについて行く。


 すると、城門前に幌馬車が用意されていた、御者台にトーマスが乗っている。


「あれ? なんでトーマスが馬車を用意しているの?」

「今からニーナを探しに行くんだろ? 乗れよ」


 トーマスにしては気が利く、ボクはミルクと共に幌馬車に乗り込んだ。


「良く分かったね、今からニーナを探しに行くって」

「お前が駄々をこねる事なんてお見通しよ、どうせこんなこったろうと思ったぜ」


 そうなのか、何にしてもありがたい。そして、トーマスの操る馬車は、そのまま南西の方角から街を抜けた。



 街を出て街道を進む。その道も先細り、ついには道と呼べるものはなくなってしまった。砂漠の地面は硬い土で、車輪は埋まることなく進めてはいるが。


 遠く正面には小高い山々が見えている、今からボク達が向かう場所だ。どうやら、その山の何処かにニーナが囚われているらしい。


 実は、ニーナが売れたという情報を独自に掴んだトーマスは、ボクの捜索と並行して、単独でニーナも探していたという。


 どういった経緯でニーナが売れてしまったのを事前に知ったのか、それは分からない。でも運が良い、トーマス自身も偶然が重なったと言っていた。


 ボクが奴隷商に捕まった事をミルクに教えたのも、ニーナの監禁場所を突き止めたのもトーマスだ、意外と役に立つ。



 街でレンタルしたこの馬車では、目的地まで往復するのに時間がかかる。帰りは一度野営を挟むことになるだろう。


 そして、小山が幾つか連なる現地へ到着した。低木と茂みが点在する中を慎重に進むと、谷側にぽつんと山小屋が建っているのが見えた。


 その山小屋の中に、ニーナが居るとトーマスは言う。こんな人里離れた場所にニーナを連れてきて、あの大男はよっぽど人目を気にしているようだ。


 周囲には何も無く、人影も確認できない。でも気をつけないと、大男と女支配人がグルだったなら、手練の黒装束達が潜んでいる可能性もある。


「みんな気を付けて、奴隷商一派の黒装束は、スゴく強いみたいなんだ」

「ああ、分かったぜ」


 なおも警戒を強めながら山小屋に近づく。警備や家主は居ないようだ、もしかして、奴隷商と同じく、すでに逃げた後なのだろうか。


 人が住むには適さない掘っ立て小屋だ、何が飛び出してきてもいいように気をつけながら、入口のドアを少し開け、その隙間から中を調べる。


「ニーナ!」


 ニーナは居た、後ろ手に縛られ、目隠しをされて、硬い木の床に倒れていた。


 素早く左右を確認する、山小屋の中もニーナの他に誰もいない、罠が仕掛けられていないか床や天井にも気を配る、どうやら大丈夫なようだ。


 山小屋の中は一つの広い部屋となっていて、質素な椅子とテーブルだけがある、他に家具らしい物も無いがらん堂だ。


 ボクは部屋の中心で倒れているニーナに駆け寄った、すぐ目隠しと縛っているロープを解いて、頭を抱え寄せる、気を失っているみたいだ。


「ニーナ! ボクだよ、助けに来たよ」


 しかし、ニーナはぐったりとして、完全に意識をなくしていた。


 体を揺すっても起きない、こんな場所であの大男に……、そんな最悪が脳裏をよぎる。頭を振ってそれを振り払い、ニーナの状態を確認する。


 ちゃんと服は着ている、そこから伸びる手足も怪我をしている様子はない、顔も血色が良く殴られた痕も無いようだ。


 もう一度呼びかけながら揺り起こしてみる、でも目覚めない。


「無駄だ優乃、これを見ろ」


 ミルクは床から何かを拾い上げた、その手には潰れた丸い植物がある、あの眠らせるヤツだ。


「ケムリホウズキだ、特にこの赤い物は、使われるとニ日は目が醒めん」 


 確かに色が違う、ボクが使われた緑色の物は数時間から半日昏睡状態に陥るが、この赤いのは二日間も眠ってしまうのか。


「嬢ちゃんを回収したらもうここに用は無え、さっさとずらかるぜ」


 ケムリホウズキが何時使われたのか分からないが、今すぐ目を覚ますのは難しいかもしれない、そんなニーナをミルクは抱え上げ、馬車へと運ぶ。


 ボクは再度部屋の中を調べる、めぼしい家具も無いが、食料も寝具も無い。外も山しかないし、こんな場所では数日過ごすのも厳しい。


 生活用品まで根こそぎ持って逃げたのか? ニーナだけ置いていったのは、トーマスに足取りを掴まれたため、報復を恐れたのだろう。


「どうした? 行くぜユーノ」

「う、うん」


 とりあえず、今は大男のことより、ニーナをケイダンの元へ届けるのが優先だ。ボク達はケイダンの屋敷へ向かった。



 一晩野営をして街へ戻って来たが、ニーナはまだ眠ったままだった。それでも、ミルクの言葉通りなら今日中には目を覚ますはずだ。


 館の城門の瓦礫は片付けられていた。今度は門番は黙ってボク達を通してくれる、あのオーガのような姉弟も出てこない。


 執事も出迎えなかったが、かまわずケイダンの部屋まで行く。


「トーマスはここで見張っていてくれ」

「おうよ」


 また部屋の前にトーマスを置いて、ニーナを担いだミルクは部屋に入る。その後をボクも続く。


 寝室にはケイダン一人しか居なかった。容態は良くなっていないみたいで、変わらずベッドで伏せっている。


「約束のものだ」


 ミルクはそう言うと、ケイダンの傍らに眠っているニーナを乱暴に預けた。美しい金髪が純白のベッドの上にこぼれる。


「お、おおおお……、ニーナ」


 ケイダンはしっかりと我が娘を抱き留める。ニーナはまだ眠っているが、やっとお父さんの腕の中に戻ってこれたのだ。


「今はケムリホウズキで眠っているだけだ、身体に問題は無い」

「おお、ありがとうミルク殿、娘を取り戻してくれて本当に、これでもう思い残すことなど無い」


 しかし、そんな親子の感動の対面もここまでだった。ケイダンは命を絶たれる覚悟を決めてしまっていた。


 ミルクはゆっくりと剣を抜く、そして。


「えっ!? ミルク!?」


 その剣先は、ニーナの首筋にあてがわれた。


「えっなに? 違うよ? 何してるのミルク」


 訳が分からなかった、しかし、ミルクもケイダンも神妙な面持ちで、とても冗談とも思えない。


「覚悟は良いのだな、ケイダン」

「ああ、苦しまないようひと思いにやってくれ」


 うろたえるボクをよそに、二人は淡々と会話を交わす。


 ニーナを殺す話をしている。 


「待って! 何してるの? おかしいよ、おじさんも何言ってるの!?」

「良いのだシープ族の子よ、これで良いのだ……」


 ケイダンは涙を浮かべてそんなことを言う。


「全然良くなんかない! どうしてニーナが死なないといけないの?」

「仕方ないのだ優乃、これがケイダンの望む最後だ」


 ミルクまで何を、ボクはもう、どうして良いのか。


「娘は奴隷としては生きられない、よもやあのような不法業者の顧客など奴隷の扱いは知れている、散々いたぶられるに決まっている、死より辛い日々を送り、やがて廃人にされ命を奪われるだろう」


 確かにケイダンの言う通りかもしれない、復讐者の女支配人に売られた先は、やはりそれ以上ないほど最悪な環境なのは間違いないだろう。


「そんな事はさせない、だから、あの奴隷商からそなたを救出したというミルク殿に、助けを求めたのだ」

「ならどうして! せっかく助かったのに」


 そんな最悪からボク達はニーナを助け出した、二日間かけて連れ戻した。


「言ったはずだ優乃、そのニーナという娘もカーティン家の一族、見逃す訳にはいかない」


 ケイダンには、家族と呼べるものはニーナしかいない事は聞いていた。


 ケイダンは側室も取らず妻一筋だったが、その妻はニーナを出産してすぐに他界したらしい、ケイダンの両親もすでに亡くなっている。


 兄弟も無く、叔父や叔母は利権を貪るか対立するか、領主の座を狙うか、カーティンの一族はそんな連中ばかりだという。


 大きなお屋敷に住んでいて、ケイダンを慕ってくれる部下も居るが、家族はニーナだけだった、二人きりの家族だった。


 そのニーナもろとも殺すと言うのだ、報復を避けるため、戦国時代のように、一族郎党皆殺しにすると言うのだ。


「さあ、娘が目覚めないうちにやってくれ」


 その声に淀みは無い。奴隷を続ければ苦しんで死ぬ、たとえ奴隷を脱してもケイダン亡き後、これほどの力を持ったミルクたちから逃れることは出来ない。


 娘のニーナも死ぬ運命ならば、苦しむ前に、ここで一息に命を絶ってほしいと言う。ニーナはこの状況を知らないのに、何も分からず殺されちゃうなんて。


「ニーナ、向こうで親子三人で暮らそうな、そういえばニーナは母親を知らなかったな、おもいっきり甘えれば良い、きっとあいつも喜ぶぞ、何のしがらみも無い世界で、誰にも気兼ねせずに……」

「そんな……」


 そして、ミルクはその剣を振り上げる。 


「待って!」


 ボクはニーナの上に覆いかぶさるようにして、ミルクの剣から庇った。


 さっきまで、ケイダンが殺されても仕方ないのだと割り切るつもりでいた、この世界ではこれが普通なのだと。


 しかし、いざその刃がニーナに向けられると我慢できなかった、頭とは裏腹に体が動いてしまった。


「こんなのおかしいよ、どうしてなの? ボクわからないよ!」

「そこを退くんだ優乃」

「イヤだ! もうやめて、やめてよ二人とも! ニーナは悪くないよ!」


 一度飛び出してしまえば、もう自分でも止めることは出来ない。感情のままに言葉が漏れ出る。


 ボクの行動は間違っているのは分かってる、ドロテオを始め、村のみんなを裏切ることになるのに。


「おじさんもどうしてなの? ニーナはお父さんが大好きなんだよ? いつもお父様お父様って、それなのに何でこんな、一方的に!」

「すまないシープ族の子よ、だが、もうこうするしか私には……」


 そうかも知れないけど、ルコ村の恨みを、奴隷達の怨念を拭い去ることは出来ないかもしれないけど。


 知らずボクは泣いていた、大粒の涙が寝ているニーナの頬にこぼれ落ちる。


「ごめんなさいミルク、ボク、こんなことするつもりじゃ、でも……」

「情が移ったか、トーマスのヤツ、余計なことをしてくれたな」


 しばらく、部屋にはボクの泣き声だけが響いていた。天井を見つめたままのケイダンの目からも、静かに涙が流れ落ちている。


「もう泣くな優乃」

「でも……でもぉ」


 ミルクは剣を鞘に収めた。


「分かった優乃、やらないよ」

「ううっ、ぐすっ、……ほんとう?」

「ああ本当だ。娘も、そしてケイダンも殺さない」


 ニーナを不憫に思う気持ちと、ルコ村への思いが混ざりあって、自分でも分からないほどぐちゃぐちゃな気持ちなうちに、ミルクは二人を助けると言い出した。


 ボクのわがままで、また迷惑をかけてしまったのだろうか、でも、本当にニーナが助かるのなら、ボクは。


「こんな、事が……」


 ケイダンも、事の成り行きに驚いている。


「私はどうにもこの子に弱くてな、ここまで泣かれてしまっては、な」

「良いの……か?」

「うむ、だがお前の罪が消えたわけでは無い、村に対してケジメも示してもらう、それがどういう意味か、分かるな?」

「ああ、この世で一番大切な娘を許してくれるというのなら、私は何でもする、どんな事にでも答えよう」


 どうにかニーナは助かるみたいだ、そして、またお父さんと暮らせる。


「しかし、こんな事は一度限りだ、この優乃が居たからこそ成った事だ、それをゆめゆめ忘れるなよ」

「もちろん分かっている、シープ族の子ユーノよ、本当にありがとう」


 片時もニーナを離さなかったケイダンの顔は、病で頬は痩け、涙でぐしゃぐしゃだったが、どこか憑き物が取れたような表情だった。



 ミルクは、後日改めて会談の場を設けることをケイダンに約束させ、ボク達は部屋を後にした。


 ミルクに背中を支えられながら廊下へ出ると、そこには相変わらず嫌なニヤケ顔をしたトーマスが立っていた。


「ううん? どうしたユーノ、また泣いてんのか?」


 トーマスは、わざわざ腰を折ってボクの顔を覗き込んでくる。


「ホントすぐ泣くよなお前、ほれほれー、どうしたほれー、また泣くぞー」

「ふえぇ」


 まだ気が張って治まらないボクに、色々ちょっかい出すのはヤメて欲しい。


「止めろトーマス」

「へっへっへ、それでどうだったミルク? オレの言った通り、コイツ連れて行って正解だったろ?」

「まったく、お前というヤツは」


 その後、ボク達はすぐに帰路についた。馬車タクシーで向かう先は、トーマスとレティシアが泊まっているという宿だ。


 その宿は、一見するとちょっとした豪邸のようにも見える大きな家だった。確かにギルド宿と比べると良さそうな宿だ。


 そして、レティシアが庭先にまで出て、ボク達の帰りを待っていてくれた。


「おねえちゃん!」


 ボクは馬車タクシーから飛び降りて駆け寄る。


「おね゛えちゃ~ん」

「あらあら、どうしたのユーノちゃん? こんなに泣きはらして」


 もう体裁などどうでも良かった、レティシアの顔を見たら完全に緊張の糸が解けてしまって、子供の感情に支配されるままに抱きついた。


 ミルクも、そんなボクとレティシアの再会に、やれやれと微笑んでいる。


 しかしその時、ふと目をやると、ミルクの背後へ近づいて来る人影が見えた。


 音も無く忍び寄ってくる。数人の部下を従えたその人は、口元に不敵な笑みを浮かべて、ソロリソロリと、しかし速やかに。


 ……それは、ボクを拐った奴隷商の、あの女支配人だった。

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