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61 父と娘02

 ボクの装備は地下倉庫の一角にある木箱に揃って入っていた。何も取られていない、手付かずだ。


 お金すらそのままなところを見ると、奴隷商はミルクが近づいて来たことに相当焦って、急いでここを離れたようだ。


 ボクとニーナが囚われていた倉庫は、たしかに街外れにあった。大分寂しい区画だが、他にも住宅は在る。その一角の、何の変哲もない家の地下倉庫だった。


 そこから出たボク達は、馬車タクシーに乗ってケイダンの屋敷へ向かう。


 ミルクはどこか憮然としている。戦闘を前に精神を集中しているのだろうか? 今からケイダンを殺害しに行くというが、雰囲気的にその理由も聞きにくい。


 さっき、断片的に話してくれた内容を統合すると、ルコ村の襲撃の件で王都のえらいひとの所まで行ったが、知らぬ存ぜぬで突っ返されたそうだ。


 しかし、ベネディクト隊長を捕らえたので実行犯は分かっている、その部隊がこの街から来ていたことも。


 ベネディクト隊長率いるグジクの騎士団に、ルコ村は一時壊滅寸前まで追い込まれた。今度は、グジクの騎士団がしっぺ返しを食らう番だ。


 それは分かるけど、ケイダンはニーナのお父さんなんだ、そんな事をしてはニーナがかわいそうだ。ボクはどうしたら良いのか分からない。



 色々と考えをめぐらしているうちに、すぐに街の中心、領主の館の近くまで来てしまった。そびえ立つ城壁で中は見えないが、今ケイダンは屋敷に居るはず。


 馬車タクシーから降りて城門へ向かう、ミルクは正面から乗り込む気だ。


 ヴァーリーのアルッティ邸を襲撃した時と違い、今回は向こうからルコ村に攻め込まれた、素性を隠す必要もない。


 城壁の高さは十メートルくらいだろうか、それに埋まるようにある城門も結構大きい。閉ざされた木製の門の前には、門番が二人立っているのが遠目で見える。


「よう、久しぶりだな」


 その城門へ向かう途中、横から声をかけられた。


「トーマス!」


 トーマスもミルクと合流するためか、ここで待っていたようだ。


「なんだ? せっかく助かったのに辛気くせえツラだな?」

「う、うん、ごめんなさいトーマス、迷惑かけて」

「おうそうか、そうだな、心配してたぜ、へっへっへ」


 この十三日間あまり、トーマスも必死にボクを探してくれていたに違いない。相変わらずそんな素振りは見せないけど。


「ねえ、レティシアおねえちゃんは?」

「うん? ああ、もちろん居るぜ。ただなぁ、あいつ遠くまでお前を探しに出てるから、戻ってくるまでに時間がかかるんだ」

「そうなんだ……」


 ああもうボクのバカ、みんなに迷惑かけて、本当に申し訳なく思う。


「トーマスはどうしてここに? 今からミルクと一緒に領主の館に行くの?」

「まあな」


 やっぱりそうか、トーマスにはミルクの話が通っているみたいだ。


 たった三人で城塞都市の中心部に殴り込みをかけるなんて、大丈夫だろうか? まともに戦える戦闘員は実質ミルクとトーマスの二人だけだし。


 それより、トーマスも分かっているはずだ、今からミルクがする事を。トーマスだって、ニーナのお父さんを殺害する訳にはいかないだろう?


「ねえトーマス、ニーナのことなんだけど、実は……」


 奴隷商に囚われていた時に何が起きたか。お父さんのケイダンが来たこと、ニーナが売れてしまって行方がわからないこと。


 ケイダンの事はルコ村との事情もあってちょっと厄介だ、これからどうすれば良いのか、トーマスに相談しようと思った。


 しかし。


「二人共良いか? そろそろ行くぞ」


 先を急いでいたミルクが、遅れるボクらに呼びかける。


「おうよ、今行くぜ」

「あ、ちょっと……」


 トーマスは飄々とミルクの後をついて行く。もうどうしよう、まだココロが決まっていないのに。ボクも急いで追いかける。



 そして、ついに城門前まで来てしまった。


「そこで止まれ、何のようだ?」


 さっそく門番に呼び止められる。


 ミルクは勇者PTの戦士という正体を隠すために、普段ローブを着ているが、そのローブをバサリと勢い良く脱ぎ去った。


「なっ!? 災害剣士ソードディザスター! いや、ミルク……様」


 何やら物騒な名でミルクを呼んだ門番は、随分と動揺した様子だったが、すぐにミルクの前に立ちはだかる。


「何用か! 今は何人も此処を通す事は出来ぬ、いかなミルク様と言えど」


 正門が開けられないとはおかしな話だ。


「だろうな、しかし、今日は通してもらうぞ」

「ま、待て、おい内警備隊に連絡だ」

「ああ、分かった!」


 もう一人の門番が、正門横にある扉から中に入っていった、急に慌ただしい。


 グジクの門番にとって、ミルクは顔を合わせただけでも警戒する相手なのだろうか? 招き入れるとか交渉するといった態度ではない。


 やっぱり、ベネディクト隊長がミルク対策を済ませてルコ村を襲撃したように、グジクの兵士にとって、ミルクはすでに敵として認識されているのか。


「領主様はご病気だ、会う事はかなわん、そもそも事前の申し合わせも無しに!」

「諦めろ、今日でここは終わりだ」


 ミルクはそう言うと、腰に下げた直刃の剣を自然な所作でスラリと抜き放った。


 ――――ゴバッ、ドガガガガガガ。


 その瞬間、大きな木製の城門は縦に切り裂け、吹き飛んだ。その上に覆いかぶさるようにある城壁も粉々になって消し飛び、空が開ける。


 何をしたのか全く分からない、ただ鞘から剣を引き抜いただけのようにしか見えなかったが、結果から見ると、どうやら城門を縦に切り上げたようだ。


 降り注ぐ瓦礫が当たったのか、門番は近くで気を失い倒れている。


「挨拶だ、これでケイダンにも知れたろう」

「すっげ、こりゃ馬鹿力のレティシアより破壊力は上かもな」


 ミルクもトーマスも、瓦礫を踏み分けて領地内へ入ってゆく。


 めちゃくちゃだ、突然押しかけて城門を消し飛ばした。殴り込みとはいえやり過ぎではないのか?


 壊れた門の先には、とても広い庭があって、遠くに石造りのお屋敷が見える。お屋敷というよりほとんどお城だけど、あそこにケイダンが居るのだろう。


 先に報告に走った門番により、敷地内には兵士が集まってきていた。しかし、門を破壊して見せたミルクに恐れ慄き、誰も近寄ってすら来ない。


 そんな中、兵士の集団の奥に、大きな人影がこっちに近づいてくるのが見えた。その人影の前に居る兵士も、サーと掃けて道を作る。


「あっ、あの人は!」


 その大きな人影には見覚えがあった。オーガのような巨大な体躯、縮れた髪を伸ばし放題にしたその風貌。SS級冒険者に匹敵する戦士、アーサーだ。


 ルコ村を襲撃した騎士団はこの街から来た、アーサーの拠点もこの街だろう。でも、アーサーはトーマスに倒されたんだ、今頃ヴァーリーで養生しているはず。


「久しぶりだナ、旋風の凶刃、そろそろ来る頃だと思っていたゾ」


 なんかまたミルクのこと物騒な名前で呼んでいる。


 そう言えば、レティシアのお父さんのアストラも、旋風の、とミルクを呼んでいたけど、その後に凶刃って続くのか……。


 それにしても、なんとなく今のアーサーはルコ村の時と雰囲気が違う。見た目は変わらないんだけど、少し理性的な喋り口調というか。


 その時、もう一人巨大な戦士が現れた。同じように兵士の中を突き進んでくる。


「うそ、もう一人アーサーが居る」


 まったく同じ見た目の巨大な戦士が肩を並べた。


「マチワビタゾ戦士みるく、貴様ノ首ハ、私ガイタダク」


 めっちゃカタコトだ、こっちの人が本物のアーサーか? 二人とも声色すら似ていてクローンかと思うほどだが、口調が少し違う。


 よく見ると、それぞれ装備の色も違う。先に来た方は黒い胸鎧だが、今来たカタコトの巨人は赤い胸鎧をしている。


「弟のアーサーが倒された知らせは届いていル、しかシ、我ら砂漠の重戦士三兄弟に失敗は許されなイ、此処で決着を付けさせてもらウ」


 三兄弟!? 全く同じ見た目の兄弟!?


「我ラニ敵ウ者ナド無イ、ユクゾごれいあ」

「了解ダ、フランソワーズ姉さン」


 アーサーの兄ゴレイアと、長女のフランソワーズ姉さンが、そのオーガのような体躯からは想像もできないほどの機敏さで襲い掛かってきた。


 赤い鎧の方は女の人なの!? とツッこむ間も無く、二つの大剣が凄まじい勢いで、ボク達の居た場所に振り下ろされる。


 しかし、大剣はボク達には当たらず、地面を大きく穿つに留まった。この豪剣はボクでは避けきれない、ミルクがボクを抱き寄せて一緒に避けてくれた。


 アーサーと同等の力、だがスピードはさらに早い、さすが兄と姉だ。


「やめておけ、無駄だ」


 そう告げるミルクに対して、姉弟オーガのような戦士は、大剣を構える。


「勇者PTの戦士ミルク……か。本来ハ、我らが勇者と共にユク予定だっタ、代々カーティン家をお守りすルお役目があルため、辞退しただけダ」

「コロス……コロス」


 特に、赤い胸鎧のフランソワーズ姉さンの目がやばい。怒気にあふれている。


「我らハ皆、剣を極めし者、それがニ対一でハ、さすがのお前でも勝てまイ」


 ゴレイアの中では、トーマスとボクは戦闘の頭数に入っていないらしい。見た目雑魚山賊Aと子ひつじちゃんではさもありなん。


 そう思っているうちにも、すぐさま姉弟の攻撃は開始された、さすがに息はぴったりだ。


 今度は、ミルクは剣を横にしてガードする、そこへ二つの大剣が同時に打ち込まれた。


 ミルクも背は高いが、オーガのような二人に比べればまるで子供だ。そのミルクは、二人の剣を同時に受けてもびくともしていない。


「ナニッ!?」


 横にした剣をそのまま押し返すと、巨大な姉弟は十数メートルも吹き飛んだ。


「グオオォォ、何ダコレハ!」

「バカナ、我々の力は拮抗していたはずダ」


 砂漠の重戦士には悪いが、ミルクにはボクのバフの力が流れ込んでいる。昔同じくらいの実力なら、今はもう勝つことは出来ないだろう。


「オノレ、コシャクナ! ごれいあ!」

「おウ!」


 今度は、二人縦になって突っ込んで来た。


 先頭のフランソワーズ姉さンは、剣を水平に突き出し凄まじい勢いで突進してくる。そのすぐ後ろには、ゴレイアが中段に剣を構えてピッタリと付いてくる。


 まるで列車が突っ込んでくるみたいだ、正面衝突する! ボクはそれを眺めるだけで足がすくんで動けない。


 ミルクは、フランソワーズ姉さンの突き出した剣を右へ薙いだ。すると、フランソワーズ姉さンは、視界から消えるように吹き飛んだ。


 次には、間髪入れず剣を突き込んでくるゴレイアを左へと薙ぐ。ゴレイアも吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「うぉォ何だこの剛力、この剣気、まさカ勇者と同等の力があルとでも言うのカ」


 ゴレイアの持つ剣は根本から折れ飛んでいた。先に吹き飛ばされたフランソワーズ姉さンは、遠くの城壁に頭から突き刺さっている。


「また妙な魔剣を使ったカ、この卑怯者メ!」

「さあな、表にある冒険者ギルドで買った剣だが」

「なんだト!? そんナ鈍らで、我の名剣でゅらんだるヲ……」


 ミルクの持つ剣は、確かにギルドで見た物と同じだった、雑多に売られていたSALE品だ。


 エモノは問題ないが、ミルクにはボクのバフが掛かっている、卑怯というならそれだろう。しかし、相手は二人がかり、こっちも二人がかりでフェア、そういう事にしてもらおう。


 そして、地面に膝からめり込んでいるゴレイアは動けない、同じく城壁に刺さっているフランソワーズ姉さンもだ。勝負あった。


 がっくりと頭を垂れるゴレイアを一瞥し、ミルクは辺りを見回す。視線の先の兵士達は大きく動揺し、その場に尻餅をつくほど恐怖している者も居る。


「悪いが通してもらうぞ、かかって来るなら止めはしないが、お薦めはできんな」


 そう言ってミルクが一歩を踏み出すと、すでに数百人と集まってきていた兵士達は、大きく道を開けた。


 悠々と前を歩くミルクの後に、ズボンのポケットに両手を突っ込んで兵士達に嫌な笑いを向けるトーマスが続く。さらにその後ろを、ボクはトコトコ付いて行く。



 お城のようにガッシリと大きなお屋敷に着くと、その重厚な扉の前に一人の紳士が立ちふさがった。


 黒スーツに身を包んだ老紳士は、少々頭は寂しいが、気品あふれる佇まいだ。


「ようこそお出で下さいましたミルク様、私はこの館の管理を仰せつかっております、執事長のクレイヴと申します」

「ケイダンの所まで案内しろ」

「現在ケイダン様は病に伏せっておりますが、ミルク様たってのご要望とあらば致し方ありませんな、どうぞこちらへ」


 胸に手を置き深々と頭を下げた老紳士は、ボク達を館へ招き入れてくれた。


 えんじ色の絨毯が敷かれた長い廊下をゆく。屋敷内は数々の装飾品で彩られていたが、むき出しの灰色の石壁が、なにか物々しい重厚な雰囲気を醸し出している。


 執事長だという老紳士とボク達の他に人影は無い。二階へと階段を上がり、さらに廊下を進むと、先をゆく執事長は一つの扉の前で立ち止まった。


「こちらにございます」


 他の部屋と比べても大きい、両開きの扉だ。執事長がコンコンコン……と、幾つかノックし、「どうぞ」とミルクに部屋に入るよう促した。


「うーん?」

「どうしたの? トーマス」


 首を傾げているトーマスをよそに、ミルクは両扉を一気に大きく押し開けた。


 その部屋はとても領主が居る部屋には見えなかった。広い室内に目一杯兵士が詰めている、壁際に三段に列をなし、それぞれの手には弩が握られていた。


 そして、間髪入れず、その無骨な木製のクロスボウから矢が一斉に発射された。一瞬で視界が埋まるほどの矢がボク達に襲いかかる、息を呑む間もなかった。


 しかし、ミルクは歩みを止めない、何も無いようにズカズカと部屋に入る。その足元には、粉々に切断されたクロスボウの矢が積もってゆく。


「ケイダンは居ないようだが?」


 矢の嵐が止んだ部屋の中心で、兵士達を見渡すミルクは、当然にして場違いな質問を執事長に静かに問いかけた。


 平静を装っていた執事長は、ミルクの剣により一本残らず細切れになって床に散らばる矢に目をむいている。


「も、申し訳ございません、へ、部屋を間違えたようです……」

「うむ」


 執事が部屋を間違えるわけがない、これは執事長が急遽用意した罠だ。しかし、ミルクはそんなことは気にも留めず、またスタスタと部屋を出ていった。


 兵士達は一巻の終わりかのような、恐怖に引きつった顔で固まっている、新たに剣を抜く者も一人としていない。


 場合によっては、この部屋は次の瞬間、兵士達の血で赤く染め上げられていてもおかしくなかったのだから。


「どうした? 案内を頼む」

「は、ハッ、ただいま」


 ミルクに言われて、執事長は慌てて付いていく。


「へっへっへ」


 トーマスは今の部屋からくすねてきたのか、高級そうなお酒をボトルのまま一口あおると、執事長の顔をニヤけながら覗き込む。


 さっきまでスカしていた老執事の眼球は、狼狽のあまりぐりぐりとおかしなほどに泳いでいた。

諸事情により、少しの間、隔日投稿になるかも。すみません。

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