56 ちいさな依頼02
「なにぃ? もう依頼書にサインしただと!?」
「うん、コレが控えなんだけど」
「……なんてこった」
だってケンカで負けて、無理やりサインさせられたんだもん。
「この依頼は受けられねー、反故にしろ」
「ええー、だってー」
「仕方ねえだろ? お前がいけねーんだからよ」
「冒険者証に依頼失敗しましたって書かれちゃうんでしょ?」
「そうだぜ? オレのじゃねーから知ったこっちゃねーけど」
トーマスが冷たい、っていうか普段通りのトーマス全開だ。
「いいわ、お姉ちゃんが一緒に行ってあげる」
「ホント? おねえちゃん」
「うん、だってユーノちゃんのためだもん」
レティシアが味方になってくれた。
「やめとけやめとけ、グジクなんて行かねーほうが良いぜレティシア」
「どうして? どうしていつもユーノちゃんにヒドイこと言うの?」
ああ、ケンカはやめて、街が壊れる。
「ちげーって、今グジクはヤベーんだよ、だから行くなって言ってんだ」
「何かあるの? トーマス」
グジクへ行くなら、王都への旅はかなり遠回りになる。それに加えて、厳しいルートを選択せざるを得ない。それ以外にまだ理由があるのか?
「この旅はユーノの旅だ、オレ達はただのサポート要因よ、ユーノが行きたいと言えば、それに従い付いて行く事もやぶさかじゃねぇ。だがな、あぶねえ橋は渡らせねえって言ってんだ」
「どういう事? そんなにグジクルートは厳しいの?」
「そうじゃねえ、お前が居る限り、どんなに厳しいルートでも無茶さえしなければ踏破は可能だ」
確かに、ボクが体調を崩さないように、二人に守られながら行くなら、例え北極点でも楽に行けそうな気がする。
「なんつーか情勢がヤベーんだよ、ゴタゴタしてるっつーか」
「何それ? どうヤベーのさ?」
「それはアレだ、政治的に難しいんだよ、とにかく危険が危ねーんだ」
どう危険が危ないのか聞いても、それ以上教えてくれない、実はトーマスも詳しく分かってないんじゃないの?
しかし、無闇に無視も出来ない。トーマスは元盗賊でこんなヤツだが、結局ボクの身をいつも案じてくれている、そこは信用しているところだ。
精神年齢中学生でも一応大人だし、ベテラン冒険者だ。精神年齢十歳のボクよりマシだろう、言うことは聞いた方がいい。
「分かったよ、グジクルートは取らない方が良いんだね?」
「そうだな、その方が賢明だぜ」
「わたしはユーノちゃんに付いて行くから、それで良いならいいけど」
グジクへ迂回する南ルートはリスクが多い、安全を取って今回は通常通り東ルートで王都を目指そう。ニーナには悪いが、この依頼はキャンセルだ。
結論は出た、ニーナの所へ報告へ行こう。ニーナが発狂するのが今からも想像出来るが仕方ない、お嬢サマのワガママには付き合えない。
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「そんなの認めるわけ無いでしょ! あなたは私の下僕なのよ!」
ニーナのホテルへと戻ると、さっそくニーナの激が飛ぶ。ボクはもはや依頼を遂行する冒険者では無く、ただの下僕になったようだ。
「あなたの仲間が私の行く手を阻むのなら、邪魔が出来ないようにきっちり言い聞かせる必要があるわね」
「待ってよ、ボク達だって相談して出した答えなんだから」
自分の思い通りにならない事が相当頭にきているようだ、もう怒りすぎて卒倒するんじゃないかと思うくらいだ。
「大体、グジクが危険ですって? どこから出た話よ、そんなデタラメな話で私の計画を阻止できるとでも思って?」
「えっ、だって、違うの?」
「当たり前でしょ! 仮にグジクが危険だとして、どうして私がそこへ戻らないといけないのよ? ケモノの脳みそでもそのくらい分かるでしょう!」
確かに、そんな危険な街ならば、大金持ちの娘が一人で冒険者を雇い、グジクへ戻るなんてことしないだろう。
ホテルのスタッフも、ニーナが家へ帰る事に反対する様子は無い。トーマスの言うように危険なら、もっと積極的に妨害するはずだ。
なんだか、トーマスが嘘を言っている気がしてきたぞ? 遠回りしたくないから、ダメ押しで嘘をついたのではないだろうか?
でも、たとえ嘘だとしても、やっぱりグジクルートは取れないよ。
「今から行って考えを改めさせるわ、誰が上か解らせる必要があるわね」
ニーナはボク達のPTに殴り込みをかけるつもりだ。すごいお金持ちで世間知らずでワガママ、そのくせ、超行動的なニーナはもう止まりそうにない。
トーマス達はボクほどヌルくない、会わせたらきっと大変なことになる。
「ダメだよ、落ち着いてよ、ボクの仲間にまで迷惑かけないで」
「あなた、冒険者PTっていうのは一蓮托生では無いの?」
「それは……」
「あなたが契約した時点で、あなたの仲間も依頼主の私の言う事を聞かなくちゃイケナイのよ」
さすがに、ただの依頼書にそこまでの拘束力は無いと思うが。
「とにかく、これからあなたの仲間に会いに行くわ、このままジェームスにバカにされたまま黙っているワケにいかないのよ」
教育係のジェームスに何を言われたかは知らないが、そういう事は内々でやってほしいものだ。
もうボクでは暴走ニーナを止めることは出来ない、トーマスに会ってコテンパンにやられちゃえば良いんだ、知ったことか。
結局ニーナを説得するのは失敗し、一緒にトーマスとレティシアの居るギルド宿へ行くことになった。
そうと決まったらニーナは早速行動を起こす、自室から出たニーナは、キョロキョロと周囲を警戒しながら、ホテルの廊下を慎重に進む。
「何してるの、もっと身を屈めなさい、敵に見つかるわよ」
敵というのは、もちろんホテルのスタッフさんだ、計画の日取りが迫っているので、ここからは悟られないように隠密行動するらしい。
なぜこんなスパイごっこに付き合わされなきゃいけないんだ。
そんなホテルのスタッフさん達も、横目でチラチラとこちらを確認してくるが、何も言ってこない。見て見ぬふりをしている、めっちゃ恥ずかしい。
そして、ある意味ニーナの城とも言えるホテルから、コソコソ抜け出したボク達は、トーマスとレティシアが居るギルド宿へ向かった。
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「はあ? なに連れて来てるんだよユーノ」
「ゴメン」
トーマスとレティシアは宿屋の敷地内で、仕上がった馬車の装備を点検し、荷物を積み込んでいた。
「ったく、それで? コイツがゴネてるニーナっつーガキか」
「な、なによ! 図体ばかりの野蛮人が」
ボクにレティシア以外の仲間が居ることは知らなかったようだ、背の高い大人のトーマスを前にして、ニーナはややたじろいでいる。
「クックック、よく一人で来たな? ここはオレらの拠点だ、よく親父はここへ来ることを許したもんだな? それとも娘がどうなっても良いのかな?」
トーマス……、いつかのイキった冒険者と同じ事言ってるぞ? 凄味があるはずの元盗賊は、負けフラグを持つ街のヘタレチンピラと大差なかった。
気丈にもキッと睨み返すニーナだが、その握り込んだ拳や膝は僅かに震えている。どうやら、トーマスの脅しは少なからず効いているようだ。
勢いだけで飛び出して来たは良かったが、いざ人相最悪の犯罪者ヅラトーマスと対峙して、今更ながらに自分の無鉄砲さを後悔しているのだろうか?
それに、チラチラとレティシアの方も気にしている。冒険者ギルドでファッションチンピラ達をひれ伏せさせた張本人だ。
ニーナはそれを目撃している、もしレティシアが動いたならば、さすがにどうにもならないと恐怖しているのだ。
今の相手は、あの時チンピラに掴まってイヤイヤしていた情けないボクとは違う。なんでもかんでも言いなりになる相手ではない。
「な、な、なによ、依頼主の私の言うことが聞けないっていうの?」
「ああん? 聞こえねーなあ?」
「ひっ」
小学生相手に凄まないで下さい、かっこ悪いです。
「私に、さ、逆らって、ぶ、無事に済むとおもって?」
「どうせどっかの貴族の娘だろ? 生憎だがオレ達はそういう者に縁が無くてな、貴族だろうが何だろうが関係ねえ」
ニーナの常識は家の外では通用しない、ここには誰も味方が居ないのだ。うっすらと涙を浮かべるニーナは、すがるようにボクの腕をキュッと掴む。
しかし、それも叶わない、ボクはレティシアに抱き寄せられた。最後にすがれる藁をもぶん取られたニーナは、もう依頼を諦めるしかないだろう。
かわいそうだが、これも社会勉強だと思ってもらおう。一人で計画する旅は達成出来なかったが、代わりに少しは世間を学ぶことも出来たはずだ。
「ま、負けないわ、私はニーナ・カーティン、誇りある砂漠の民を守護するカーティン家の一人として、あなたのような野蛮人に屈する事なんて無いの!」
「なにぃ?」
もう良いだろうトーマス、無駄に攻め立ててもこれ以上はイジメになるだけだ。
「ニーナ、ボク達にもしなくちゃいけない事があるんだよ、今回は残念だったけど、ボクはニーナのこと、頑張ったと思うよ?」
できればニーナから依頼を取り下げて欲しい、そうすればボクの冒険者証にキズがつく事もない。
「だめよ……私なら出来るんだから、一人でだって、ちゃんと……」
教育係によっぽど悔しいこと言われたんだな、でも、今回は諦めてもらわないと、普通に使用人達と一緒に帰るのが一番平和なんだから。
「その通りだ! ニーナ嬢ちゃんなら出来る!」
急にトーマスが大声を上げた。
「オレ達がついてる、グジクまで戻るなんて造作もねえ!」
「はあ? ちょっ、何言ってるのトーマス」
もうニーナは諦めていたと思う、しかし、なぜかトーマスが協力すると言い出した。さっきまでニーナを威嚇していたくせに。
「立派じゃねーか、応援してやらねーと男がすたるってもんだぜ、なあユーノ」
「ちょっと、何を急に……」
すると、トーマスはボクの手を引き、ニーナから距離を取ると、肩に腕を回してきてコソコソ話を始めた。
「いいかユーノ、この嬢ちゃんはすっげえ金持ちだ」
「知ってるよ、それがどうしたの? トーマスは貴族とか関係ないんでしょ?」
「バッカ、金だけじゃねぇ、カーティン家と言えばグジクの領主だ、この機に顔を売っとけば必ず役に立つ、これを逃す手はねぇ」
一つの街の領主? それはスゴイ、ホテルのオーナーさんどころではない、お金も権力も有る。
しかし、相手が予想より大物だったとしても、このトーマスの手のひらの返しようはヒドイ。毎度のことながらその小物っぷりに驚かされる。
「でもグジクは今危ないんでしょ?」
「何それ?」
「トーマスが言ったんじゃない」
「知らんなー、気のせいだろ?」
もう何なの? やっぱり別ルートが嫌で嘘をついていたんじゃないか。こっちは色々と詳しくないんだから、ちゃんと正確な情報を言ってくれないと困るよ。
「え? え? なに? 今、協力するとか聞こえたけど」
当のニーナも、困惑している。
「おう、そうだぜニーナ嬢、オレは協力する。今ユーノにもそうしろと言い聞かせていたところよ、そうだよなユーノ?」
ここで立場入れ替えは無理があるだろうトーマス、どれだけニーナに気に入られたいんだよ。
正直、ニーナの依頼に付き合うのは反対だ。しかし、やむなくとは言え、最初は協力するようにトーマスとレティシアに依頼を持ちかけたのはボクだ。
今更グジクに行くのはイヤだとも言えない。
「なんだかそういうコトになったよニーナ」
「ユーノちゃん、どういうこと? トーマスさん、依頼受けるの?」
レティシアも混乱している。トーマスはボクと同じようにレティシアを離れた所まで連れて行くと、同じようにヒソヒソ話をした。内容もボクと同じだろう。
「うん分かった、まだ聞きたいことは沢山あるけど、ユーノちゃんの為になるなら、わたしも協力する」
レティシアもトーマスの提案に賛成したようだ。どうせ説得するのにボクをダシに使ったのだろう。
「よーし、そうと決まれば善は急げだぜ、すぐに出発するぞ」
「えっ、今すぐ? まだニーナは旅の準備もしていないのに」
「私は問題ないわ、覚悟と誇りさえあればどんな困難も切り抜けられるって、お父様が言ってらしたもの」
ニーナ、それは準備しなくても良いという意味じゃないと思うよ?
それに、このままニーナを旅に連れ出すと、ボク達は誘拐犯ということにならないか? 幾らニーナ自身がボク達に依頼したと言っても、十一歳の女の子を突然連れて行ってしまうなんて。
「ねえトーマス、せめてニーナのお付の人には言ったほうが良いよ、ボクやだよ? 後でゴタゴタするの」
「大丈夫だユーノ、後ろの冒険者ギルドの角を見てみろ、いいか素早くだぞ」
急に声を抑えたトーマスに言われるまま、スッとギルドの方を見ると、慌てて建物に身を潜める数人の人影が見えた。
「な? アイツラ初めから居たぜ? 嬢ちゃんのやる事なんざ、すべてお見通しって事だろ」
どうやらスタッフさん達にも、今すぐニーナがグジクに帰る事は伝わったようだ。それなら改めてスタッフさんに挨拶する必要も無いだろう、この依頼はニーナに言わせれば、あくまで極秘任務なのだ。
スタッフさん達にはニーナの動向が分かり、ニーナ自身も使用人にバレず出発できると思い込んでいる。なんだかうまい具合に場が整ったようだ。
ニーナは、勢い良く馬車の荷台に飛び乗り、仁王立ちになった。
「ではこれより、私を護衛しつつグジクの冒険者ギルドまで行きなさい、そこで依頼は完了とするわ」
「おうよ」
こうしてボク達は、王都への直近ルートを変更し、グジクへ向かう事になった。
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サンドウエストから出発したボク達の馬車を、追ってくる者がいる。
ニーナの家の使用人達の馬車だ。バレないように追跡したいのだろうが、立ち上がる砂煙が見えるので、付いて来ているのは丸分かりだ。
「ちょっと、何でこんなにスピード出すのよ」
最初こそ「追手が付いたわ、もっと急いで」と言っていたニーナも、今では真逆の言葉を口にしている。
「こんなペースじゃ途中で馬が使えなくなって、行き倒れてしまうわ」
しかし、バフのかかったボク達の馬車の速度は、一向に落ちない。追ってくる使用人の馬車はもう彼方だ。
「クックック、一人で帰りたいんだろ? 奴らの目の届く所にいても自慢にはならねーぜ?」
トーマスが言うと誘拐犯の色が濃くなるな。それはそうと、これがいつものペースだが、やはり普通の人から見れば異常なのだろう。
それに、ニーナは幼くとも砂漠の民、砂漠の危険はよく言い聞かされていると思う、その表情には不安の色が浮かんでいた。
結局、レースのようなスピードで激走するボク達の馬車は、夕食の時間になるまでノンストップで半日を走りきった。
「ウップ、砂漠をゆく馬車で気分が悪くなるなんて……」
ニーナは馬車酔いしていた。
「こうやって体を固定していないと、体がばらばらになっちゃうよ?」
「あなた達異常よ、こんなペースで砂漠を越えてきたなんて、普通は死ぬわよ」
ニーナにはバフが効いてないみたいだ。それはニーナとボクの仲が悪いからなのか、ニーナが仲間だという認識がボクに無いからなのか。
その後も無茶な旅は続く。休み無く厳しい砂漠を爆走する強行軍に、砂漠の民たるニーナも大分辛そうで、ボクと一緒にぐったりしていた。
「おいおい、お荷物がもう一匹増えちまったぜ」
昨日の夜トーマスは、このお嬢さんに少々お灸をすえてやるぜ、などと耳打ちしてきたが、当然ボクもそのアオリを食らっていた。
でもそのおかげで、かなり距離のあるグジクへも、すぐに到着するだろう。