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55 ちいさな依頼01

 無理やり依頼書にサインを書かされたボクは、ニーナの泊まっているホテルへ招かれた、なんでも作戦会議をするそうな。


 一応、詳しい依頼内容を聞くためにも同行する。早く帰りたいのは山々だけど、ケンカにも負けた身だ、しぶしぶでも言うことを聞くしかない。


 ニーナが宿泊しているホテルは、倉庫の裏手にある大きな建物だった、ここから表通りまで全部ホテルの敷地らしい。


「お帰りなさいませニーナお嬢様」


 ホテルのドアマンがニーナに挨拶をする、本当にスゴイお嬢様のようだ。


「ニーナお嬢様、こちらの方は?」

「私の下僕よ」

「ではジェームス様に……」

「やめて! ジェームスには言わなくて良いわ」

「かしこまりました」


 下僕らしいボクは、ペコペコと頭を下げてホテル内へ入れてもらう、フロントも同じようにニーナにかしずいていた。


「すごいね、みんなニーナにペコペコしているよ」

「当然だわ、ここはお父様のホテルですもの」


 はー、それはそれは、お父さんがホテルのオーナーさんか。


「なるほど納得だよ、お父さん、こんなに大きなホテルのオーナーさんなんだ?」

「別にホテルなんてオマケよ」


 思っていたよりすごい、これ以上聞くのが怖くなるくらいのお金持ちだ。当然、通されたニーナの部屋はバカみたいに広く豪華だった。


 幾つもある部屋に、同じく高級そうな椅子があちこちにある、逆にどこへ座っていいか分からずソワソワする。


「なに突っ立っているの、そこに座りなさい」

「は、はい」


 さっきまで威勢よくケンカしていたのに、圧倒的なお金持ちパワーを見せつけられて、ボクは借りてきた猫状態になっていた。


 大きなソファにちょこんと座る、目の前にはドカッと座るニーナが構えている。


「失礼します」


 ノックの後に扉が開かれ、黒服のおじさんとメイドさんが部屋に入って来た。


 テーブルにお茶を並べ、メイドさんは部屋を出ていった、黒服のおじさんはドアの前に立ったままだ。


 お茶はホットミルクと少量のクッキーだ、今は夜も遅いので、カフェインの入ったお茶は出さないのだろう。


「じゃ、作戦会議始めるわよ」

「あの~」

「何よ?」


 ニーナの後ろに控えている黒服のおじさんがスゴく気になる、不審者なボクを監視するためにここに残ったのだろう。


「ああ、コレは執事だから気にしなくていいわよ」


 深夜に、お嬢様は素性の分からない男を部屋に連れ込んだ、そう考えると当然の対応だが、ボクとしてはどうにも落ち着かない。


 このニーナはスゴイお嬢様なのは分かった、ぶっちゃけボクとは身分が違うのだろう。それでも、これでは仕事の話にも入りにくい。


 ボクから質問したらいけないかのような、無言の圧力を黒服のおじさんは醸し出している。


「仕方ないわね、まあ良いわ、コレは極秘任務ですもの、下がりなさいロレンス」

「かしこまりました、では、あまり遅くなりませぬよう」


 黒服の執事ロレンスは、ニーナの命令に忠実に部屋を出ていった。ボクが子供なので危険も無いと判断したのだろう、小市民のボクは、とりあえず安心した。


「ふう」


 とりあえず一息つき、クッキーをひと欠け口に入れる、香りも良くしっとりと甘い、限界までバターを練り込んである高級菓子だ。


「じゃ、依頼内容を言うわね」

「うん」

「私を家まで送り届けてほしいの」

「……え、それだけ?」

「そうよ」


 ここはホテルだ、殆どニーナの私用になっている部屋だが、当然帰る家はあるのだろう、そこまで送って行けば良いだけの依頼だ。


「じゃあ、帰る間、悪い人からニーナを守ればいいんだね?」

「そうなるわ」

「敵の戦力とか分かる? どんな武器を持っているかとか」

「そんなもの持ってないわ、私を傷つける事なんて許されないもの」


 危害は無い?


「じゃあ、誘拐されるとか?」

「まさか、ありえないわ」


 どういうこと? わざわざ冒険者を護衛につける必要があるのか? それじゃ、ただ家に帰るだけじゃないか。それに、敵のことも知っている口ぶりだ。


「ねえニーナ、敵は誰なの? 知っているんでしょ」

「もちろんよ、私に分からないことなど無いわ、敵はジェームスという男よ」


 うん? ジェームスって、確かホテルの入口でドアマンが言っていた名前だ。


「ジェームスって、さっき聞いた名だよね」

「そうよ、私の教育係なの」

「はあ?」


 ちょっと待ってくれ、ボクは眉間を摘んで目眩を抑える。


 つまり、ニーナが家に帰る間、身内であるジェームスに捕まらないようにして欲しいと、そういうこと?


「えーと、どういうことなの? 分かりやすく説明してよ」

「これは私とジェームスの戦争なのよ」


 ……聞いてみると、実に子供らしい、くだらない理由だった。


 ニーナの家には、十歳を超えると一人でお使いへ行かなくてはならないという教えがあるらしい、今ニーナは十一歳、今年その教えを実行したのだ。


 しかし、一人でという条件なのに、使用人がゾロゾロと付いてきたという、先の執事やメイドさんもその内だろう。


 当たり前だ、そんな教えは形式だけのものに決まっている、大切な娘を本当に一人にする大金持ちも居ない。


 勝ち気でワガママなニーナは、それが気に食わないようだ。どうしても一人でお使いを完遂し、デキル所を大人達に見せつけて認めてもらおうとしたのだ。


 当然、そんな事は家の関係者に反対される、その筆頭が教育係のジェームスというわけだ。


「ねえ、ただのお使いでしょ? ニーナの家は何処にあるの?」

「グジクよ」

「グジク? 聞いたこと無いな」

「あなた何言ってるの? 冒険者として、いえ、この国の者として非常識よ」


 そんなこと言っても、ボクは異世界歴一年にも満たないのに、まともな地図も無いこの異世界じゃ、ヴァーリーから遠い土地なんてよく知らない。


 今まで忙しくて勉強できなかった、そもそも勉強するための教材があまりに少ない、異世界の地理や歴史も調べられる機会があればいいんだけど。


 以前、ミルクに触りだけ教えてもらったこともあったが、今度ちゃんとトーマスにでも先生をしてもらおうか。


 とりあえず、グジクとは、サンドウエストのどこの地区だろう?


「ゴメン、ボクこの辺には詳しくないんだ」

「まったく、所詮草原の民のシープ族ね、誇り高き砂漠の民とは比べ物にならないわ」


 ボクのせいで関係ないシープ族の評価が下がってしまった、ごめんなさい。


 本当は、この場でニーナにグジクの場所を聞きたいが、もっとバカにされるのは目に見えている、癪だから後でトーマスに聞こう。


 どうせそのグジクも、駅で言ったらせいぜい一駅分くらいの距離だろう。


「じゃあ、家の人に見つからないように、このホテルを出発したいんだね?」

「そうよ」

「だからって、何で子共のボクなの?」

「大人なんて信用できない、お金の事しか頭に無い連中よ、すぐに告げ口するに決まっているわ」


 まあ確かに、良く分かっているじゃないか、ボクでもそうするかも。だって、お金持ちのお父さんに恨まれるのやだし、実際色々と厄介だと思う。


 ニーナはこんな調子だ、どうせ周りの大人達のほうが正しいに決まっている、ボクだって大人なんだから! そう思って、説得を試みる。


「やっぱり、お家の人の言う事は聞いたほうが良いよ、みんなニーナのことが心配なんだよ?」

「余計なお世話よ、あなたは言われた事をやればいいの」


 ちょっと言い聞かせたくらいじゃダメか、どうにかボクのことを開放してほしいんだけど、ニーナは見た目通り頑固でうまくいかない。


「あなた忘れたわけじゃないでしょうね? すでに契約は成立しているのよ」


 そうだった、すでに依頼書にはサインしてある、付き合うしかないのか。


 それにしてもツイてない、こんな夜更けにあの大通りを歩いていなかったら、ニーナに捕まることも無かったのに。


 あの食堂は隠れ家的な名店らしい、とにかく背伸びしたい年頃のニーナは、一人で行動したいがために、ホテルの外で、しかも夜遅くまで食事をしていた。


 そこへ偶然、以前から目をつけていた子ども冒険者のボクが通りかかった、それで声をかけて、強引に自分のホテルの倉庫まで連れ込んだのだ。


 気が付かなかったが、おそらく近くにはホテルのスタッフも潜んでいただろう、あらゆる方面に迷惑かけまくりのおてんばお嬢様だ、先が思いやられる。


「ふわーあ」


 ニーナはお嬢様にあるまじき、大口を開けてあくびをしている。


「はー、もう眠いわ、私はシャワー浴びてから寝るから、あなたもそこのベッドで休むと良いわ」


 深夜でボクも眠気がピークだ、冒険中は無茶をすることも多いが、本来この幼い体は一日八時間は眠らないと寝不足だ、もう寝なくちゃ。


 この時間ではレティシアも寝ているだろう、仕方ない、今日はここで一泊していくか、こんなすごい部屋にタダで泊まれるんだし。


 ボクが寝る客室のベッドも、かなり大きくフカフカだが、ニーナの寝室には、見たこと無いようなどデカいベッドが置いてあった。


 ボクも与えられたベッドへ潜り込む、寝付けるか不安なほどふわふわだ。今日も色々と大変だった、最終的に何故かこんな部屋で寝ているし。


 とにかく、サンドウエストに滞在している期間はあと三日、そのうちにニーナの依頼を片付ければよい。いい暇つぶしだと、考えを切り替えることにした。



 翌日、ボクは一旦帰ることを許された。


 ボクにレティシアという仲間がいることはニーナも知っている、だから依頼書の控えを持って、一度仲間と相談してこいと言うのだ。


 相変わらず人の迷惑も考えず、さらに巻き込み型の迷惑なお嬢様だ。


 ボクはニーナをホテルから連れ出すために雇われた冒険者だ、ホテルのスタッフに呼び止められると思ったが、普通に見送られた。


「ニーナお嬢様のお知り合いの方ですね、どうぞお通り下さい」


 と来たもんだ、ニーナ自身は護衛だの狙われているだの言うが、所詮子どもの戯言だ、スタッフの方々もそこら辺はよく分かっている。 


 なんだかカーティン家の教育に勝手に利用される形になってしまった、しかし、ニーナが事前に冒険者ギルドで作成したという依頼書は本物だ、無視もできない。


 トーマスはこんなバカな依頼に協力してくれるだろうか? まあ、ボク一人でも問題のない依頼だから、一応断りを入れるという意味でも報告しておこう。


 トーマス達の協力が仰げないとしても、報告後に再びボクがニーナを迎えに来る事になっている。


 しかし、やっぱり、ギルド宿に帰るとレティシアが大変だった。



「ユーノちゃんどこに行ってたの! すごく探したんだから、言った通り帰ってこないとダメでしょ?」

「ごめんなさい」


 すっかりおねえちゃんモードのレティシアの説教だ。


「どこかで死んじゃったかもって、心配してたんだからね!?」

「イヤイヤ、コイツが死んだら分かるべ? オレらの力も無くなるんだからよ」

「トーマスさんは黙ってて!」

「ヒエー、コエ~」


 ニヤつきながらチャチャを入れるトーマスだが、おかげでうまい具合にレティシアの怒気がかき回され、落ち着くのも早かった。


 計算してやっているのか? この男は。


「それで? 本当に昨夜はどこほっつき歩いてたんだよユーノ?」

「実は……」


 昨日ニーナに絡まれたこと、勝手に依頼を押し付けられたこと、そして、一晩ニーナの部屋でお世話になったことを話した。


「なっ、なっ、知らない女の部屋で朝まで……」

「おほー、やるねえ」 


 ええっ、ソコなの? もっとこう、依頼の内容はどんなだとか、話すべく大事なことは他にあるでしょう?


「どうしてユーノちゃんはいつもそうなの? わたしというものがありながら」


 いつもって人聞きが悪いな、ボクが何したっていうんだよ。せっかく説教が終わったのに、またぶり返してしまった。


「まあ落ち着けよレティシア、男が一回や二回他の女と寝たくらい別に良いじゃねえか、そんなに目くじら立てるなって」

「良いわけ無いでしょお!」


 トーマスがなだめるが、余計な事を言ったのでさらに炎上した。どうやらこの件に関しては、トーマスの感覚はズレていたようだ。


「まってまって、どうしてそんな話になるの?」


 昨夜、当然ニーナとは何もない、子供同士でどうこうなるはずもない。そもそも、ボクが他の女と寝たとか何とか、そんな話になるのがおかしい。 


「ボクのイメージってそんななの? おかしいでしょ!」

「そりゃおめー、たらしのユーノだろ? 村でも有名だったんだぜ? その母性本能をくすぐるテクニックで、あのガードの固いミルクをも手篭めにしてるってな」


 いつの間にそんなウワサが? まったく身に覚えはない。レティシアは「ふぃーん」とか泣き出すし、もうめちゃくちゃだ。


「そんなことあるわけ無いだろう? 誰がそんなウソを言いふらしているの!」

「ドロテオさんが言ってたぜ?」


 情報元は村の長だった。



 それは違う、事実無根だと言い聞かせ、順を追って説明してやっとレティシアの誤解は解けた。


 じゃあもっと一緒に居て? とお願いされたが、ほとぼりが冷めるまでは仕方ない、やむなく承諾した。


 午前中はこんな事でゴタゴタしてしまった、もうお昼も近いので、みんなでギルド内の食堂へごはんを食べに出かけた。


 サンドウエストのごはんはヴァーリーと比べると辛い、暑い気候の土地だから、腐らないように香辛料を沢山使うのだろうか?


 しかし、そのせいで貴重で高価な水を大量摂取しないと、くちびるがタラコになるというジレンマも抱えていた。主にボクだけだが。


 ボクの好きなメニューは鳥のごはん炒めだ。エスニックで美味しいごはんを食べた後は、お茶にする、お茶はとても甘く、元世界ではチャイに相当する。


 世界が違えど風土が似ているならば、食べるものも似通ってくるのだろうか? 日本以外のお茶は甘いとも言うし、これが自然なのかもしれない。


 子どものボクの口には甘いものがありがたい、多少たらこ唇になるが辛い料理も美味しくいただける、大人と子どもの味覚の良いところが同居しているようだ。


「それでユーノ、依頼ってなんだよ? オレも手伝わないとダメなやつか?」

「ううん、そんな事ないよ、ただちょっと教えてほしいこともあるんだ」


 食後のお茶を飲みながら、本題であるニーナの依頼のことについて話す、特にグジクという地区は何処にあるのか聞きたい。


「はーん、護衛の仕事ね」

「うん、護衛と言っても身内ゴトだから危険も無いんだけどね」

「そのニーナとかいう嬢ちゃんをドコまで連れてけば良いんだ?」

「えーとね、グジクっていう場所、知ってる?」

「はっ?」


 トーマスは素っ頓狂な声を上げた、まさかトーマスも知らないのか? それとも、びっくりするような場所なのだろうか?


「お前、グジクが何処にあるのか分かってんのか?」

「え、知らない、どこなの?」

「バカかお前、あーバカかお前マジかよ」


 む、知らないのだからバカ呼ばわりされても仕方ないが、トーマスの嘆き方は普通じゃない、どうやら厄介な場所で合っているようだ。


「遠いよユーノちゃん、お姉ちゃんも遠いってことしか知らないけど」

「うそ」


 レティシアも知っているみたいだ、そしてここからも遠いみたいだ。


「それだけじゃねえ、王都へのルートからかなり外れる。グジクはここからさらに南下した場所にある要塞都市だ」

「うそお! 別の街なの!?」


 十一歳の女の子であるニーナが一人でお使いをする距離だ、まさかそんなに離れているなんて思わなかった。


 サンドウエストからグジクまで行くのに、馬車を使っても何日もかかるという。お使いどころじゃない、幼いニーナにとっては大冒険だ。


 一人で旅の仲間を手配して、準備を整え、グジクからサンドウエストまで何日もかけて砂漠を越える、しかも往復だ。


 カーティン家の教えはかなり厳しいものと言える、そりゃ沢山の使用人がニーナの旅に同行するわけだ。


 そして、遠いという他にも都合の悪いことがある、グジクの座標だ。


 ボクらの旅は、本来なら今居るサンドウエストから東へ抜けて、いくつかの中継点を経て王都へと向かう、それが最短ルートだ。


 しかし、何日もかけて南下する場所にあるグジクまで行き、さらにそこから王都を目指すとなると、かなり厳しい道のりになるというのだ。


 グジクから王都へ繋がるルートはあまり使用されていない、中継点も少なく道も悪い、その分大変な旅になるらしい。


 一度時間を捨てて、サンドウエストまで戻ったほうが良いかもしれないという。


 どうしよう、子共からの依頼なんて、サンドウエストでの滞在期間中にどうとでもなると思っていたのに、予想外に大きな事態になってしまった。


「無理だな、その依頼は却下だ」

「えー、でもー」


 困った、すでに依頼書にはサインをしてあるのだ。

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