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54 さらわれ(8回目)

「どれだけ捜索しても見つからないはずです、こんなにも愛らしく姿が変わっていては、魔王ユーノ様」

「なっ!?」


 魔王ユーノだって!? やはりそうだ、この人、ボクの正体を知っている!


 何となくそんな気もして、ボクはこの場へ一人で来たんだ。それでも、いざ異世界の住人から魔王の名を聞くと、驚きで言葉が出てこない。


 ボクを魔王と知っているのは本当に誰一人として居ないはず、もしそんな人が居たら、それは完全に異世界転移を知っている人だ。


 この人、魔王ユーノが現れるのを待っていたんだ、でも、実際のボクはすごく弱くて、魔王の力はほとんど失われている。


 強大な力を持ったままなら、さぞかしボクは目立つ存在だったろう、しかし、そうはならなかった、ボクは冒険者としての実力も平凡で、かなり埋もれた存在だ。


 それでこの人は、いつまでも現れない魔王ユーノを探すため、ボクが居るであろうデルムトリア国内の冒険者ギルドを使って、情報収集を始めたのだろう。


「随分と力を落とされておりますが、こうしてお傍で拝見すると分かります、その気配、そしてその魂、間違いありません」


 こうなっては、この人、確実にボクをゲーム内から異世界に導いた側の人間だ、いったい何者なのか、何を知っているのか。


「あなたは、……くぅっ!」


 ううっ!? 急に目眩が襲ってきた、視界がしぼみ始めるっ。


 色々質問しようという時に、これは眠気なのか? うまく判断できないけど、とにかく急速に意識がぼやけ始めた。


「もうし訳ありません、魔王ユーノ様、どうやらお別れの時間が来たようです」

「ま、待って」


 どうして転移したのか、誰が転移させたのか、ボクは異世界で何をすればいいのか、教えて欲しい、少しでいいから、何か情報を……。 


「監禁のような失礼をしてまで、迅速に事を運びたかったのですが、現在の我が主の力では、仮世界の維持はここまでのようです」

「仮? 何ですか? また、すぐに会えますか?」

「残念ですが、我が主はお休みになられました、それは叶わないでしょう」


 お休みになられた? 起きたらまた頼めないの? どういうことなの。


 どうやらこの眠気は、彼女が仕える主の術が切れかかっている事が原因らしい。これ以上は無理だ、意識を保てない。


「待って下さい、あなたは誰なんですか、せめて名前だけでも教えてください!」

「…………」


 もうダメだ、この強力な睡魔には勝てない、どんなに踏ん張ろうとも、強制的にボクの意識は閉ざされてゆく……。



「……ちゃん、……ーノちゃん、ユーノちゃん!」

「はべっ!? ふがっ」


 体を揺らされ、ボクは飛び起きた。


 素早く辺りを見回す、あの女性が居ない、いや、そもそもここは、あのお屋敷じゃない?


「……ここは?」

「もう、何寝ぼけてるの? わたしをギルドに呼んだのはユーノちゃんでしょ?」

「ギルド……」


 ボクを起こしたのはレティシアだった。


 どうやらボクは、ギルドの待機所にあるテーブルに突っ伏して、いつの間にか眠っていたようだ。


「……夢?」


 じゃない!


 あれは夢じゃない、今さっき起きていた出来事だ、ボクの体が覚えている。


 こうしてはいられない、せっかく色々な情報を聞けるチャンスだったのに、すぐあのお屋敷に戻らなくては。


「そうだ、依頼書」


 依頼書の控えを確認するために、全身のポケットをまさぐった。しかし、見つからなかった、気を失っている間に落としたのだろうか?


「あっ、ユーノちゃん?」


 急いで立ち上がり、ギルド窓口の兄ちゃんに問い合わせる。


「あの、すみません、今朝ボクが受けた依頼書、見せてもらえませんか?」

「え、依頼書? 何のことでしょう?」

「人探しの依頼です! あそこの掲示板に貼ってあったやつ!」

「ちょっ、分からないですよ」


 ギルドの兄ちゃんは知らないという、そんなはずはない、今朝の話だ。


 しかし、ふと思った、窓の外から朝日が差し込んでいる。そんなバカな、今朝依頼を受けてあのお屋敷に行って、時間的には正午を過ぎていたはずだ。


 あの美しい女性が、あれ? あの女性どんな顔をしていたっけ? 何を話したっけ? ……違う、確かボクが魔王ということを知っていて。


 ダメだ、上手く思い出せない、今さっきのことなのに。


 まさか、ただの夢だとでもいうのか? あんなにリアルだったのに。


「どうしたの? ユーノちゃん」

「……」


 とにかく、直接またあの場所へ行くしかない、忘れないうちに。


「おねえちゃん、ボク、急いで出かけなくちゃいけない用事が出来たんだ、呼び出しておいて悪いけど」

「そうなの? うん、いいけど、お姉ちゃんも一緒に行っちゃダメ?」

「ゴメン、一人じゃなきゃ……」

「分かった、ひょっとして危ないこと?」

「ううん全然、大丈夫だから、ちょっと行って来るだけだから、ゴメンね」


 あの夢が本当なら、話の内容は魔王についてだ、レティシアには話せない。


 魔王の事は不必要な誤解を招きかねないため、誰にも秘密にすると決めている、それはレティシアも例外ではない。


 一緒に連れて行く事は出来ない、夕方までには戻ると言い置いて、ボクは冒険者ギルドから飛び出した。



 すぐに馬車タクシーを捕まえて、さっきのお屋敷へ向け出発する。


「南西方向へ行って下さい」


 記憶はあやふやだけど、確かこっちの方角だった、もはやデジャブのような不確かな感覚だが、この景色は間違いない。


 しかし、何処まで行っても森らしきものは見えてこなかった。


「あの、すみません、こっちの方角に森がありましたよね?」


 馬車タクシーの御者に聞いてみる。


「いんや、こっちには無いねー、この街の森と言えば、リバーサイド公園しか無いけどな?」


 違う、あんなヤシの木が植林された公園じゃない、もっと鬱蒼とした森だ。


「ありがとうございます、ここで降ろして下さい」


 あの時も徒歩だった、ここからは歩いて探そう。


 もうほとんど、あの森が発見できない事は分かっていた、お屋敷のある森はこんな砂漠ではありえない景色だった。


 それでも、いつの間にか森に迷い込む事を期待して彷徨う。


 しかし、その期待も虚しく、やがて街を囲む壁まで行き着いた。その向こうには、ただ砂漠が広がるだけだ。


 森もお屋敷も存在しなかった、でも、それほどショックは感じない。あのお屋敷の存在が術だと言うのなら、森を含めて幻のようなものだったのだろう。


 他に何か手がかりがないか、くまなく周囲を探索するが、結局、収穫は何も無く、気がつけば辺りはすっかり暗くなっていた。


 懐中時計を見ると夜の七時だ、馬車タクシーは暗くなる前には運行業務を終了する。足がなくなってしまった、歩いて帰るしかない。


 こんな街外れから、街の中心にあるギルド宿まで徒歩で戻るとなると、到着する頃には深夜になってしまう。


 でも仕方ない、あの美女との再会を諦めきれなかったボクがいけない、徒歩でギルド宿まで戻る事にした。


 荷物もレティシアに預けて、慌てて飛び出してきたため、暗闇を照らすカンテラはもちろん、毛布などの夜露をしのげる装備も無い。


 大きな街とはいえ街灯も少なく、真っ暗な道を、ひたすら中心街へ歩いた。



 今朝起こった事は、すでに夢のように記憶が曖昧になっている。


 あの女の人は何だったのだろう、ボクがこの世界に転移していることを確認したかっただけだろうか?


 今となっては、何を話したのかもハッキリ思い出せない、夢か幻か、そんなことで片付けたくない、忘れないでおこう、この気持ちだけは。


 あれからかなり歩いた、時刻は夜の九時をまわっている、もう中心街は近い、あと数十分も歩けばギルド宿に到着するだろう。


 レティシアにすぐ戻るなんて言って出てきて、結局こんなに遅くなってしまった、心配しているかな?


 街の中心と言っても、相変わらず街灯も少なく辺りは真っ暗だ、今日は星も出ていないので尚更に暗い。


 少し広い道に出ると、道路脇に並ぶお店の幾つかから、ちらほらと灯りが漏れている、まだ営業している食堂もあるみたいだ、その前を横切り歩いていた。


「ユーノちゃん」

「えっ?」


 突然呼び止められ、手首を掴まれた。


「レティシアおねえちゃん?」

「こっちよ」


 レティシアなのか? 小さい声でハッキリ聞こえなかったけど、確かにレティシアのような、女の子の声で呼ばれた。


 見ると、背丈もレティシアと同じ女の子だ、ただ、こんなに暗い夜道なのに、同じような暗い色のローブを羽織っていて、顔が見えない。


 ボクは、手を引かれてついて行く。


「おねえちゃん、迎えに来てくれたの?」

「……」


 返答は無い、どこへ行くのだろうか? いつものギルド宿とは別方向だ。


 路地裏へ入ると、辺りはより深い闇に覆われる。

 

「お、おねえちゃん、どうしたの? なんか変だよ?」

「……ここよ」


 裏道をしばらく進んだ所で、レティシアは立ち止まった。


 すると、ゴゴゴゴと、重い横開きの扉が開かれる音がした。


「入って」


 言われるまま中へ入る、ひんやりとして、どこか埃っぽい空気の建物だ。


 やはり中は真っ暗だ、ゴゴゴゴと、再び扉が閉じられ、ガチャンとガギらしき音もした。


「ここどこなの? 本当にレティシアおねえちゃんなの?」


 最初にボクの名前を呼んだことと、背格好がレティシアと同じだったため、手を引かれるままこんな場所まで来たが、どうにもあやしい。


 ――バカン! バカン!


「うおっまぶしっ」


 突然、強烈な光に包まれた。


 手のひらで光を遮り、目を細めて辺りを確認する。どうやらサーチライトのような、強い光を発する二台の魔道具で照らされているようだ。


 レティシアだと思っていた人物は、おもむろに小豆色のローブのフードを外した。金髪だ、くるくる角も無い、レティシアじゃない。


「レティシアとやらじゃなくて残念ね」

「だ、誰なの」

「フフフ、さすが私ね、上手く捕まえたわ」


 ボクの問いかけはまったく無視か、何なんだこの子は。


「…………」


 ボクは閉められた扉に手をかける。


 ――カチャカチャ、ガチャン、ゴゴゴ……。


「ちょっと! なに逃げようとしているのよ」


 だって、別に縛られているわけじゃないし、普通に出て行きますけど?


「もー、なんなのキミ、何か用なの? 名前は?」

「フフフ、私の名を聞いて正気でいられるかしら?」


 ――ゴゴゴ……。


「待ちなさい!」


 早く帰らないと本物のレティシアが待っているんだけど?


「まったく油断も隙もない、コレだから下賤の者は」


 ブツブツ言いながら、彼女の手により扉は再び施錠され、ご丁寧に近くにあったロープで扉の取手はグルグル巻きに縛り上げられた。


 本当に何者なんだ? 多分、表通りの食堂から付いてきたのだろうけど。


 周りの状況も確認してみる、どうやらここは大きな倉庫のようだ、女の子の他に人影は無い、こんな所まで連れてきて何をするつもりだ。


「そろそろ名前を教えてくれる? ボクの名前は優乃、冒険者だよ」

「冒険者なのも知ってるわ」

「へっ?」


 まさか、ボク個人を狙った誘拐? こんな女の子が?


「恐れ慄きなさい、私の名はニーナ、ニーナ・カーティン。フフ、私の前に跪くことを許してあげるわ」


 ニーナ・カーティンと名乗った少女は、やはりレティシアと同じくらいの年齢に見える。細い眉を寄せ、腕を組んでふんぞり返っている。


 偉ぶった態度だが、その顔は精緻な人形のように整い、金髪ロングもサラサラで、見るからに良いところのお嬢さんのようだ。


「ニーナ……、知らないなぁ」

「はあ? あなた冒険者でしょ? 何で知らないのよ! 私があなたの名前を知っているというのに、おかしいでしょ!」


 どんな理屈だよ、これだからお子様は。いや、そうだ、なぜニーナはボクのことを知っていたのだろう。


「どうしてニーナはボクのことを知ってるの?」

「ニーナ様と呼びなさい! フン、教養のない者はコレだから。まあ良いわ、あなた数日前にこの街へ来たわね?」


 ボク達はこのサンドウエストに到着して間もなく、ギルドでオラついた冒険者と一悶着あった、ニーナはそれを目撃していたようだ。


 そこでボクの名前と、冒険者だということを知ったらしい。


「ふーん、それで用事って?」

「決まっているわ、依頼よ、私を護衛しなさい」

「はあ?」

「これが依頼書よ、冒険者として私を守るのよ」


 いやいや意味が分からない。


 ボクに指名が入ったことは嬉しい、でもこの異様なシチュエーションはどうだ? 明らかに関わっちゃいけないタイプのお嬢さんだ。


「やだよ、何でこんな所でそんな事言われなきゃいけないんだよ、明日にしてよ」

「シッ、静かに」


 突然ニーナは扉に聞き耳を立てた。常人より五感の鋭いボクの聴力で何も聞こえないんだ、普通の人に何かが聞こえたとも思えないが。


「どうやら通り過ぎたみたいね、実は私は追われている身よ、スゴイお家に住んでいるしこの美貌よ、当然だわ。だからこうして秘密裏に依頼をお願いしているの、察しなさい」


 とてもイタイですニーナお嬢さま。


「誰も居なかったみたいだけど?」

「うるさいわね、追われているのよ、あなたは黙って依頼を受ければいいの!」


 非常に関わり合いたくない。


「悪いけどボクは帰るよ、依頼したいなら明日ちゃんと冒険者ギルドでね?」

「ダメっ、ギルドには奴らがいつも張っているのよ、だからわざわざこんな夜更けに頼んで、いや、命令しているんじゃないの、そんな事も分からないの?」


 辻褄を合わせたってダメだ、そんな取ってつけたような話じゃ納得できない。


 しかも、さっき食堂の前を通りかかったボクを発見したのも偶然じゃないか、ボクは早く帰りたいんだ。


「ヤダっ、ボク帰る、そこどいてよ」

「私の命令が聞けないっていうの?」

「そうだよ、だってニーナのこと知らないもん、早くどかないと痛いよ?」


 こんな小さな女の子、ちょっと脅してやればすぐに退くだろうと思った。


「フン! 冒険者とはいえ子共のあなたが私に敵うと思って?」

「ニーナだって子共じゃないか!」

「こうなったら力ずくでも言うことをきかせるわ」


 なんだか、逆に脅されているようだが……。


 そんな事ですったもんだしていると、ついにニーナはボクに掴みかかってきた。


「早くっ、依頼書にっ、サインを書きなさいっ」


 ボクの腕を取って、強引にサインをさせようとする。


 何故こんなにムキになるのだろう、まだ事情がありそうだが、逆にその事情も分からず、会ったばかりのイタイ女の子に協力してやる義理は無い。


 それに、護衛しろと言うが、詳しい依頼内容も分からないのに、そんな事で何かの契約ができるわけがない。


 相手の都合もまったく気に留めない非常識さ、すごく自分勝手。きっとニーナは箱入り娘なのだろう。


 だんだんと激しさを増すニーナの攻撃に、ボクも耐える。


「このおっ、命令に逆らうな」

「くっ、子共のくせにナマイキなっ」

「なにを! あんたの方が背が低いじゃないの!」


 もう取っ組み合いのケンカだ。


 当然、魔王の力では怪我をさせてしまう、だから主に押し返す感じだが、ニーナは無遠慮に攻撃してくる、ボクの顔やら腕やらは引っかき傷だらけだ。


 ニーナは烈火のごとく、鬼の形相でニーナクローを繰り出してくる。


 こんな小さな女の子の、どこにこれだけのスタミナがあるのか、ヒステリーを起こしてバーサク状態になっているのか?


「もうっ、いいかげんにしろよっ!」


 ボクも我慢の限界だ、この勝負の行方は当然、と言いたいところだが、最終的に床に転がったのはボクだった。


 こちらから手を出す訳にはいかない、だけど、いつ迄もやまない攻撃に気疲れして、先に諦めたのはボクの方だった。こんなのに付き合っていられるか……。


「はあはあ、素直に言うことを聞けば、痛い目見ないで済んだのにね!」


 ニーナは一人で勝どきを上げると、ボクの目の前に依頼書を持ってきた。うう、サインしないと終わりそうにない。


 今朝は魔王関連でシリアスだったのに、今はこんなアホみたいな事に巻き込まれている、本当に泣きたいよ。

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