53 さらわれ(7回目)
多少のイザコザはあったが、その甲斐もあってか、以降ボク達に絡んでくる者も現れず、平穏に養生生活を送れていた。
トーマスはいつもフラフラと街中へ出かけている、何処で遊んでいるのかは聞かないが、朝には顔を見せるので問題はないだろう。
レティシアは基本ボクと一緒にいるが、意外とソロで行動することも多く、ちょこちょこ街で買い物をしているみたいだ。
ボクは、養生を理由にダラダラ過ごしていた。体がなまるとブラブラ散歩をしてみたり、おかげで大分元気になってきた。
なので、また簡単な依頼でも受けようかと思って、冒険者ギルドへ行ってみた。
改めてギルド内を見渡す、人も多いが、それに伴って構内も広く、窓口前の待合所には、長椅子とテーブルがいくつか設置してある。
後からレティシアも来る予定だ、とりあえず長椅子の端っこに腰掛けて、壁にある掲示板を眺めながら待つ。
ヴァーリーのギルドにも掲示板はあったけど、あまり利用されている様子はなかった、でもここは、頻繁に情報が張り出される。
眺めているだけで暇つぶしになる、オススメの依頼から、売り出し中のお店の宣伝、剣技講習会のお知らせなど、情報も色々だ。
指名手配書を見始めた頃には、ボクはいつの間にか席を立って眺めていた、顔の特徴を誇張しすぎた似顔絵があったり、なかなか面白い。
そして、最後は尋ね人の掲示板だ。そこには、兄が旅先から帰ってこないというものや、娘さんが家出して見つからない、徘徊グセのある老人の捜索、はたまたペットの猫を探してほしいなど、数々の捜索願が張り出されている。
そしてそれらは、大体がギルドの依頼として受けられるものだった。人の多い街では色々あるのだなと、端から眺めていると、そのうちの一枚に目が止まった。
他と同じように張り出された尋ね人の依頼書、しかし、その内容にボクは釘付けになっていた。
“人を探している、見つけ次第連絡を。男性、高身長、やせ型、色白、銀色の頭髪、赤眼、側頭部に一対の角を持つ。高い危険を伴う可能性あり、捜索対象との接触は避けられたし”
この依頼書だけ異彩を放っているように見えた、なぜなら、ボクはこの人物に心当たりがあったからだ。
「……ボクだ」
それは紛れもなく、ゲームの中で“魔王”だった頃のボクの姿だ。
今のボクは日本人の姿をしている、何故か体は十歳程度まで後退し、おまけにくるくる角まであるけど、一見して日本人だと分かると思う。
しかし、この手配書に書いてある特徴は、もう一人のボク、ゲームの中の魔王の姿だ、こんなに明確に特徴が合致している、誰がこの依頼書を?
この世界にはゲームから転移している、不完全だが力も受け継いでいる、異世界の住人の中で、ボクの正体を知っている人が居るのか?
心がざわつく、でも偶然だ、似顔絵も無い文章だけでは断定できない、きっと勘違いだ、乳白色の毛色を持つシープ族の事かもしれないし、赤眼ではないけど。
そうは言っても気になる、もしこれが、やっぱり魔王のボクのことを言っているのなら、どうしてその姿を知っているのか、聞きただしたい。
一応、そんなこと無いと思うけど、一応、念の為、この捜索依頼の事をギルド窓口に問い合わせてみる。
依頼者の素性は分からなかった、依頼の報告は、街外れにある大きなお屋敷を尋ねるように書いてあるらしい、それ以外は一切不明だ。
ギルド窓口の兄ちゃんも、おかしいな、などと不審がっている。依頼者の真意を確かめるには、直接そのお屋敷を訪ねてみる他ない。
ボクは、この依頼を受けることにした、幸いと言って良いのか、この依頼はすでに完了している、目的の探し人はボク自身なのだから。
・
・
早速、依頼書を握りしめ、街外れにあるというお屋敷へ向かう。
お屋敷はギルドからかなり遠いようで、馬車タクシーを使って行く、そして近くまで来た所で馬車を降り、徒歩で探る。
周囲は何の変哲もない住宅地だ、土壁の四角い建物が並ぶ。だいぶ来た所で、レティシアをギルドに置いてきたことに気が付いた。
しかし、もう目的地は近い、気が早って仕方ない、悪いがレティシアにはギルドで少し待っていてもらおう。
そのまま歩いていると、いつの間にか辺りの様子が随分と変化していた、住宅は減ってゆき、代わりに樹木が増えてくる。
その樹木も、サンドウエストで見かける南国特有のものではなく、ボクのよく知るヴァーリーや日本の樹海にあるような木々だ。
段々と空も曇り、急がないと一雨来るかもしれない、そう思わせる天気になった、雨の少ない砂漠では珍しい、湿気を帯びた空気が漂う。
砂漠の街にこんな場所があるのか? 地面も森林特有の黒土だ、徐々に妖しい雰囲気に包まれてゆく、ボクの怖がりな性格も顔を覗かせてきた。
その時、すぐ近くに一軒の大きなお屋敷が見えた、まるで森の中に突如として現れたように感じた、今まで気が付かないのがおかしいくらいの、大きなお屋敷。
広い敷地の先に、曇天に包まれた立派な洋館が、一軒だけ静かに佇んでいる、サンドウエストの土壁の建物とはまったく違う建築様式だ。
とりあえず目的の場所はここだろう、目の前の鉄格子の門から、お屋敷まではまだ距離がある、ボクは、キィィと鉄格子の門を開いた。
そして、敷地内へ一歩を踏み込む、すると、突然目の前に玄関ドアが迫った。
まるでストリートビューのように風景が後ろへ流れ、玄関までの距離が短縮された、鉄格子の門から玄関までの長い道を、歩いた記憶が無い。
何が起きたのか、急な現象に立ちくらみを覚える。
――ガチャリ。
まだドアノッカーも鳴らしていないのに、内側から玄関ドアは開かれ、中からピッとした黒スーツに身を包んだ、ロマンスグレーの紳士が姿を現した。
「お待ちしておりました」
「あ、あの」
まだクラクラする頭を抱え、一体どうなっているのか説明を求める。
「冒険者ギルドから連絡を受けております、どうぞお入り下さい」
「えっ?」
しかし、質問する間もなく、紳士の発した言葉にまた驚いた。
ギルドからの連絡? ボクはギルドで依頼を受けて、その足で馬車に乗り急いで来た、それより早く連絡が着ているのか?
電話的な物でもあるのだろうか、魔道具なら考えられるけど、そういった道具は今まで見たことがない。
そうこうしているうちに、また場面が切り変わった。
ボクは屋敷内に移動していた、後ろに玄関扉がある、さっきと違い、移動したのは数メートルのようだが、もうボクはかなり混乱していた。
何かヤバイ、すぐに外へ出ようと玄関扉のハンドルに手をかける。
しかし、ハンドルを押しても引いても扉は開かない、鍵も見当たらない。
どうして開けられなの? まさか、閉じ込められた?
「申し訳ございません、当館では一日に一組のお客様しかお招き出来ないよう、その扉は日に一度しか開閉できません」
「はうっ!?」
どういうことなの? なんでそんな不便な扉を付けているの? もう怖くておしっこちびりそう。
逃げられない、ボクは捕まってしまった。
例えば、この館が何か悪い組織の本拠地で、捕らえられたボクは、このまま売り飛ばされるかもしれない、大体そう相場は決まっているんだ。
「ご心配には及びません、お帰りの際は別の出口をご用意してあります」
「はぁ、はぁ、はぁ、……ゴクリ」
「どうぞ奥の部屋でおくつろぎ下さい、只今、当館の主人を呼んでまいります」
緊張して生唾を飲み込むボクに、あくまでクールに紳士は対応する。
もう帰りたい、でもどうにも出来ない、選択肢の無いボクは、紳士の言う通り、素直に奥の部屋で館の主人を待つことにした。
大きな窓にある白いレースカーテンが、柔らかな光を部屋へ導いている、屋敷の外で見た空は曇っていたはずだが、部屋は意外と明るかった。
クラシック調の家具が並び、落ち着いた雰囲気だ。のんびり構えている状況ではないけど、ふかふかなソファに体を預けていると、なんだか気持ちが安らいで。
だんだんと、眠たくなってくる……。
・
・
ゆっくりと、まぶたを開く。
いつの間にかうつらうつらして、眠ってしまったみたいだ。
顔を上げると、テーブルを挟んだ対面に、真っ白なドレスを纏った美しい女性が、両膝を揃えてソファに腰掛け、優雅に紅茶を口元に運んでいた。
「うわっ」
突然な事に驚いて、その拍子に膝がテーブルに当たってしまった。テーブルの上に置かれたお菓子入れやティーカップが、チリンと音を出す。
テーブルの上を見ると、ボクのお茶も用意してある、全然気が付かなかった、いつの間にこの美しい女性は部屋に入って来たのか。
この人が館の主人だろう、お行儀悪く失礼をしてしまったと、姿勢を正した。
「あの、すみませんボク……」
「良いのですよ、それより、この手配書の人物をご存知というのは本当ですか?」
「えっ!?」
今、この人喋った? いや、確かに喋ったと思う、あまりに美しい声、スッと頭の中に浸透するような、まるで歌姫を目の前にしているみたいだ。
それにどうしよう、なんて言えばいい? 勢いでここまで来てしまったけれど、あなたの探し人はボクです、なんて言っても、通用するのだろうか?
同じボクでも、手配書の人物は、ゲーム内のキャラクターの姿なんだから。
そもそもこの人も怪しすぎる、美しすぎる。加えて魔王の姿のこと、つまり異世界転移について、何かしらの事情を知っているとしたら。
よく考えると得体が知れないではないか、もしそうなら、やっぱり一人で来たのはマズかっただろうか、危険があるかもしれないのに。
「それほど警戒しなくてもよろしいですよ」
まるで思考を読まれているような錯覚に陥る。
「優乃様」
「な、なぜボクの名前を……」
名前を知っていることに加え、なぜ様付けで呼ぶのか、やはり依頼を出したこの人、ボクの魔王の姿を知っているのではないか?
「こちらに」
「あ、はい」
とも考えたが、ただの思い過ごしだった。彼女が指し示したテーブルの上には、ボクの名前が記してある依頼書があった、ボクが持ってきたやつだ。
……かっこわる。
それに、彼女から見ればボクは依頼を遂行してくれる冒険者だ、様付けで呼んでも何も間違っていない。先走りすぎた、少し落ち着こう。
勧められたお菓子をいただく、紅茶もとても香りよく、落ち着く。
「ふ~、おいしい」
「ふふ、しかし驚きました、報告に来られた方が、こんなにも可愛らしい冒険者さんだったなんて。うふふ、ごめんなさいね」
大人の女性といった感じだ、その優しく透き通る声に包まれると、ココロがとろけるようにリラックスする。
「冒険者家業は大変ですか?」
「はい、大変ですけど、毎日楽しいです」
この異世界に来て何度も死にそうになり、大変な事ばかりで、楽しいと言えるのか分からないけど、元世界の引きこもった生活よりは充実している。
「そうですか、ご苦労なさっているのですね」
なぜか苦労話を聞いて欲しくなって、色々話してしまった、この美しい大人のお姉さんに、甘えたかったのかも知れない。
「それで、依頼の内容のことですが」
「はい、それはもうよろしいのです」
「えっ、いいのですか?」
急にどうしたのか? 依頼について何一つとして話し合っていない、この女性が見透かすようにカンが鋭いとしても、あまりに不自然だ。
「でも、この銀髪赤眼の人物がどこに居るか、知りたかったのでは?」
「はい、ですがもう必要ありません」
必要がない? ならなぜこんな依頼を?
「わざわざお越しいただいたのに申し訳ありません、我儘ついでにもう一つ、よろしいでしょうか?」
「ワガママだなんてそんな、ボクに出来ることならば」
色々と不思議な人だ、でも、新たな依頼かもしれないし、耳を傾ける。
「ありがとうございます、実は、この屋敷に私一人、誰も相手をしてくれる方もいませんの、もう少しお付き合いしていただきたいのです」
表に居たロマンスグレーの紳士じゃダメなのか、使用人のようだし、話し相手にもなってくれないのか、まあ、見るからに仕事に実直って感じだったからな……。
でも、ボクに何を求めるのだろう、このままお茶を飲みながら、他愛もない会話を続けるのだろうか?
そのとき、彼女はテーブルの上のボクの手に、優しく自身の手を添えると、じっと濡れた瞳で見つめてきた。
身を乗り出したその胸元が、ちらりと目に入る。
ゴクリと生唾を飲み込む、まさか、何かエッチなことでも始める気だろうか? 清楚な彼女は妖艶とまではいかないが、そんな雰囲気もある。
まだ女性不信が抜けきらないボクは、ちょっと困ってしまうが、この美しい大人の女性なら、そんなボクでも優しくリードしてくれるかもしれない。
彼女はさらに身を乗り出し、目の前におっぱいが来るほどに接近した、ボクは、お姉さんに全てを委ねようと観念し、静かに目を閉じる。
「実は面白いものを手に入れたのです、これで少し遊んで行きませんか?」
そう言って、何かがボクの手に握らされた、目を開けて確認してみる。それは、優雅な彼女に似つかわしくない代物だった。
握力を鍛えるときにニギニギするトレーニング器具だ、確かハンドグリップという名称だ。どういう、こと?
どうやら、全然エッチなことじゃなかったみたいだ、ボクは貞操を捧げる覚悟もしていたのに、は、はずかしい……。
「あの~、これは?」
「初めてご覧になりましたか?」
いや、おなじみのトレーニング器具ですが。
「それは握力を測る魔道具です」
なるほど握力計か、これで遊ぶというのか? 握力を測って?
「本来なら、測る握力に比例して装置は大掛かりになります、鋼鉄を粘土の如く扱える方に対しては、装置が大きくなりすぎてしまいます」
鋼鉄を粘土のように? すごく人間離れした話だけど、ミルクみたいな人知を超えた強さの人も存在するわけだから、世の中には可能な人間も居るのかも?
「しかし、この魔道具であれば問題ありません、オルト連山を切り裂く力であっても数値化できるのです」
オルト連山? あの八千メートル級の山々ですか? なんだか意味がわからないけど、普通の握力であろうボクには無用の長物だ。
彼女の言いようでは、まるでボクにオルト連山をも砕ける力があるかのように聞こえる、何かの冗談だろうか?
ちょっとしたレクリエーション、話の途中の息抜きかな? まあボクが子共なので、飽きさせないように面白おかしく言っているのだろう。
だけど、実はこの握力計に興味があったりする、ボクの魔王Lv1の力はどんなものか、正確に測ったことがない。
こんな事でヘンにワクワクしてしまうのも、子供の性だろうか、さっそく計測してみることにした。
「ふにゅーっ!」
ボクは渾身の力を込めて魔道具のハンドグリップを握り込んだ、すると、ハンドグリップの上に数値が浮かび上がる。
「おっ! 90キロだ」
すごい、一般男性より力はあると思っていたが、こうやって数字で見るとその凄さが実感できる、このぷにぷにの細腕に、筋肉ムキムキマン並の力があるなんて。
「やったあ、すごーい」
思わず声が漏れる、うれしい。
こんな数値見たこと無い、小さな手に余るハンドグリップは、固くて微動だにしなかったが、ちゃんと握力は測れたみたいだ。
「おかしいですね、神器が故障するわけも無いのですが」
「えっ?」
訝しげな、それでいて美しい表情を浮かべる彼女は、そのハンドグリップを手に取ると、軽く、クイと握って見せた。
9494654236456465498321654……Error。
「ええっ!?」
ガチャンと、ハンドグリップが勢い良く閉じた音と共に、数字がずらりと現れ、そうかと思ったら、最後にはErrorの文字が浮かんだ。
こしこしと目をこする、今のは何だったのか、見間違えか? 億や兆ではきかない数字が出たと思ったけど……。
「問題は無いようです」
「…………」
多分、作動確認みたいな機能があるのだろう、そうに違いない。
だって、オルト連山を砕く力も計測できる魔道具なのに、この華奢で美しいお姉さんがErrorを出すまで握りつぶせる訳がない。
あの異様に固いグリップを苦もなく閉じたのも、きっと目の錯覚だ。
「しかし、これでハッキリいたしました、どうやら、危惧していた事態が現実となってしまったようです」
そう言って彼女は紅茶を口元へと運ぶ。先の握力計の件で、そのティーカップをつまむ指をつい凝視してしまうが、彼女は問題なく優雅に紅茶を飲んでいた。
彼女の発した言葉の意味と合わせて、ボクの頭は少々混乱している。
「どういう、ことでしょうか?」
「はい、優乃様には謝罪せねばなりません、こちらの手違いで、とんだご迷惑をおかけしてしまいました」
何が言いたいのかまったく見当がつかない、それどころか、さっきから彼女はボクの事ばかり聞いてくる。
ただの一介の冒険者であるボクに、そこまで執着する意味が分からない。彼女の本来の目的は、銀髪赤眼の男を探し出す事のはずだ。
ふつふつと沸き上がる疑問、彼女は、今の見た目が日本人のボクと、ゲーム内の魔王の姿のボク、両方を同一視しているのではないか?
全て知っていて、ボクをこの館へと招き入れたのではないのか?
「謝罪? あの、迷惑とは何のことでしょうか?」
「それについては、私どもも全てを把握している訳ではないのでお答えしかねます、しかし、不自由なさっている事に違いは無いでしょう、その点は謝罪いたします、申し訳ありませんでした」
どうにも話が見えない。
「もう幾月も過ぎたと言うのに、まったく便りが無いので少々不思議と思っておりましたが、そういう事情がおありだったのですね」
悲しいような、残念なような、慈しむような、そんな憂いを帯びた瞳で彼女はボクを見つめる。
「あの、何処かでお会いしました? なんだかボクのこと知っているようだから」
「はい、存じ上げております」
そして、一泊置いて彼女は言った。
「それにしても、こんなにも愛らしいお姿で、これほどお姿が変わられては見つかるはずもないですね、魔王ユーノ様」
基本的には漢数字を使いますが、特定の箇所にはアラビア数字も使います。