49 戦いのあとで02
ミルクはドロテオ達と会議があるため、また役場へ出かけて行った。
昨日レティシアが壊した村の片付けもあるだろう、ボクとレティシアも、家の掃除が終わったら役場前広場へ行ってみよう。
広場まで来てみると、みすぼらしい服を着た集団が後ろ手に縛られ、一箇所に集められていた、その周囲をプレートメイルを着込んだ人達が囲んでいる。
騎士団が復活し、再び山賊が捕らえられていた。
……わけではない、騎士団は身ぐるみを剥がされ、その立派な装備は山賊に徴収されていたのだ。
騎士団が着ているボロ布は山賊が慈悲で与えた物だろう、この寒空の下、ダメージを負ったまま一夜を明かせば死んでしまう。
「おう、早いなユーノ」
山賊集団の中から、声をかけてきたのはトーマスだ。
「スッキリした顔しやがって、ミルクと同じベッドだなんて羨ましいぜ」
もちろん、昨日ボコボコにされて落ち込んでいたボクが、こうして元気でいられるのはミルクのおかげだ、そばに居てくれるだけで安心する。
「トーマスも早いね、どうしたの?」
「戦利品を皆んなで分けてんだ、こういうのも懐かしいぜ、しかも今回は大量だからよ、そりゃ寝てなんていられねーわ」
それで朝からこんなに人が集まっているのか。
すっかり盗賊モードのトーマスは、戦利品の剣を眺めながらご満悦の様子だ。
「トーマスはああゆう全身鎧は着ないの?」
「あれは合わねえ、ガチャガチャするの嫌いだからよ、それよりユーノは何が欲しい? 何でも好きなもん持っていけよ」
確かに騎士団は敗者だが、それでも物を強奪するのは気が引ける、平和ボケのお人好し根性がジャマをするのだ。
「なんだいらねーのか? まあ子供のお前に合う装備も無いか、村を守った一番の功労者だってのに、残念だったな!」
ボクの欲しいものは無い、か、そういう理由ならそれでも良かった。
辺りには、分前を分配している人以外に、建物の残骸を片付けている人も居る、ボクも片付けを手伝うことにした。
「おねえちゃん、行こ?」
レティシアも山積みになっている戦利品に頭から突っ込んでいる、しかし、拳闘士であり子供のレティシアも、目ぼしいものは見つけられなかったようだ。
「うん」と返事をして、付いてきた。
近くに居たゴロツキに、片付けて良い瓦礫等を聞きながら作業を始める。
「ユーノ、来ていたか」
「あ、おはようございます」
作業をしようとした所で、今度はドロテオに話しかけられた。
「昨日あれだけタコ殴りにされたってえのに、気は落ちてねえようだな? アレか、ミルクにしっかり慰めてもらったか?」
なんかトーマスと似たようなこと言ってる、別に間違ってはないけど。
「がはは冗談だ、ミルクはそんな奴じゃねえからな! ……いや待てよ、ミルクには妙な性癖がある、まるきり無い話でもねえか」
「……それで、何ですか?」
ざんばらな顎髭に手を当てて、真剣に考えているフリをしているドロテオに要件を促す。
「おおそうだ、お前にも大事な話があるんだ、片付け作業は後にして中に入れ」
役場の中へ入れと、アゴで指示を出す。
「おえねちゃん、ボクちょっと行ってくるね」
「はーい」
せかせかと働くレティシアに断りを入れ、ドロテオの居る役場へ向かった。
役場の受付フロアは吹き飛んでいるが、奥の部屋はまだ使える、中へ入ろうとドアに手をかけると、丁度中からアビーさんが出てきた。
「また後で頼みますよ、アビーさん」
あのドロテオが敬語だ、勇者PTのミルクを除けば、やっぱりアビーさんがこの村で一番偉いみたいだ。
とりあえずアビーさんの用事が済んだので、次はボクということだろう。
歪んだ板壁の隙間から朝日が漏れてくる、そんな部屋の中には、椅子に腰掛けているドロテオと、テーブルに寄りかかっているミルクしか居なかった。
しかし、隣にはもう一つ部屋がある、昔ミルクが木剣を持ち出した倉庫部屋だ、少し開かれた扉からは、椅子に縛り付けられたベネディクト隊長が見えた。
身ぐるみを剥がされぐったりしている、それに、やけに老け込んでいた。
傍のテーブルには瞬間強力回復軟膏が幾つか置かれていて、他にも、何に使うのか分からない道具が色々と置いてある。
それを眺めているボクの視線を遮るように、ミルクは倉庫部屋の扉を閉めた。
「さて、報告は受けているが、ヴァーリーでは随分と羽振りが良いみてえだな?」
何かと思ったら、くろひつじカンパニーの事だ、やっぱりドロテオに断り無くルコ村のゴロツキを使ったのはマズかっただろうか。
「ごめんなさい……」
「うん? べつに謝ることはねぇ、立派なもんだ、この村の者も助かっている、感謝しているぞ」
ドロテオはちょっと怖い顔をしている、いつも眉間にしわを寄せているし態度も大きい、イマイチ心中を察知できない。
まあ、この村の男達は大体迫力ある顔面をしているけど。
とりあえず会社の事は怒ってないようで安心した。
「今回、お前のおかげで村の壊滅は防げた、本当なら甚大な人的被害も出ていたはずだが、それもユーノの薬で殆ど助かった、まったく良い時に来てくれたもんだ」
感謝しているのか、ただ便利に思っているだけなのか、多分これですっごく感謝しているんだろう。
「それに、あの薬は隊長から色々聞き出すのにも都合が良いわ、がっはっは」
やっぱり、拷問的なものと回復を交互に使い分けているんだ、それはベネディクト隊長が一晩で老け込むほど効果的なのだろう。
ボクが受けた苦しみとどっちがキツイかな? 彼らは突然攻めてきて数人の村人も手にかけている、同情は無かった。
その後ドロテオとは、ボクが旅に出ている間、代わりに会社を管理する事や、今回山賊が湯水のように使ってしまった瞬間強力回復軟膏の事などを簡単に相談した、細かいことはまた後日だ。
「それでだ、ここからが本題だがユーノよ、オレの仲間になる気はないか?」
先と違い、真剣な眼差しでまっすぐ見つめてくる、どうやら、このためにボクは呼ばれたみたいだ。
おかしなことを言う、以前ボクを村の仲間だと言ったのはドロテオなのに、あまり気は乗らないが、今だって仲間だと思う。
「ボクは村の一員だって、トーマスにも言われました」
「もちろんだ、だがそれとはまた別だ、実は新しく部隊を発足しようと思ってな、今のような山賊だか兵士だかも分からんゴロツキとは違う、本格的なヤツだ」
なんとなく分かる、めんどくさい予感だ、戦う仲間としてドロテオの部隊に入れというのだ、もちろんバフ能力が目当てだろう。
「新しい部隊にボクが?」
「そうだ、まだ兵の数は足らんが、お前さえ居てくれたら問題は無え」
「あの騎士団の大元をやっつけるの?」
「それは分からん、だがいずれそうなるかも知れん、部隊を作るのは前から決めていたことだ、ユーノが協力してくれれば計画が前倒しになる、そういうこった、どうだ?」
どうだと言われても、ボクにはまったくメリットが無い。
ドロテオは、その部隊を使って各地の不正奴隷を開放したいとか、耳障りの良いことを子供のボクに言い聞かせる。
しかし、ボクは正義の味方じゃない、魔王という性質で言えば真逆の存在でもある、ドロテオのように、まだ見ぬ誰かの不幸を率先して背負う度量など無い。
小さな人間なんだ、せいぜい手の届く範囲しか守れない、それだって上手くいかずに、今回のように命がけになる、そんな事を続けるなんて怖くて出来ない。
それにボクには目的がある、未だ不確かな魔王の力や転移者について調べたい、勇者に会って情報を集めることがまず第一だ。
ドロテオの正義の心に偽りはないのだろう、善行とはいえ武力など野蛮だが、そういう世界だし否定はしない、ボクも助けられた。
しかし正直、荒事には関わり合いたくないのが本音だ。
「うう~」
断りたいけど、強引に勧誘してくるドロテオに、気の弱いボクはハッキリとNOを突きつけることも出来ず、しどろもどろしていた。
「よし分かった、毎日美味いもんを食わせてやろう」
ついに子供をあめ玉で釣り始めた。
そもそも、ドロテオはバフ能力を高く評価しているが、ボク自身は微妙だ。
現時点で効果が強く発現しているミルク、レティシア、トーマス、そのあたりは確実に強化されているし、よっぽどでない限り効果が切れることもないだろう。
しかし、バフ能力は信頼するにはあやしい代物だ、いざという時、頼りになるかと言えばそうではない、他の者に対して確実に発動する保証など無い。
兵器と見た場合、そんな不確かな物はガラクタに近いだろう。
仮に、魔王レベルが上がれば信頼性は高くなるのかもしれない、一個大隊、いや、国中の兵士を何百倍も、何千倍も強化出来るかもしれない。
でも魔王のレベルは一つも上がらない、なので、そんなに期待されてもボクには保証は出来ないし、その責任を負う事も出来ない。
「どうやら話しはついたようだな、だから言ったろう、優乃にはやる事があるのだ、お前にかまけている暇など無い」
「おい待てミルク、まだ話は終わっちゃいねぇ」
「いいやここまでだ、優乃を困らせるな」
ドロテオにはお世話になっている手前、勧誘を断りにくい、困り果てていたボクにミルクが助け舟を出してくれた。
「くっ、ミルク、おめえオレに協力するんじゃねえのか?」
「私は何時でも優乃の味方だ、当たり前だろ」
ドロテオは、昔のクールな戦士ミルクはドコへ行ったんだと嘆いている。
「分かった、ガキに無理強いは出来ねえ、しかし、せっかくのバケモン製造機がもったいねぇ……」
「良いじゃないか、優乃はこの村の一員なんだ、それとも敵に回したいのか?」
「おいおいそういう冗談はよせ、ゾッとしねえわ」
歯にもの着せぬというか、言いたい放題のドロテオだが、どうにかボクのことは諦めてくれたようだ。
「仕方ねえな、この話はまた今度だ、それと、お前は勇者に会いに行くらしいが、それも後で話そう、昨日の今日だからな、色々とやらないといけねぇ」
色々とやらないといけない、実はその事で呼ばれたと思っていた。
あの騎士達はどこから来たのか、これからどうするのか、しかしドロテオは、そういった事情をボクに話す様子はなかった。
考えてみれば、そんなこと子供に話すわけなかった、この村の行く末について子供に意見を求めるはずもない。
これからの展開によってはNAISEIルートもあり得るなどと、昨日勝手に思い込んでいたが杞憂だった、ウェブ小説の読みすぎだ、ちょっとはずかしい。
完全に蚊帳の外という、転移者にあるまじき状況だが、それならボクも都合が良い、不思議な疎外感がもやもやするが、まあ良しとしよう。
「よし次だ、ユーノ、お前はもう良い」
用事が済むと、さっさと部屋から出て行けと言わんばかりにボクを追い払う、別に嫌味で邪険にしているわけではない、これがいつものドロテオだ。
次にはミルクが近づいて来て、目の前にしゃがみ込む。
「優乃、すまないが私は忙しい、会えるのはまた夜だと思う、今日はレティシアと一緒に村の皆に協力してやってくれ」
ボクはコクンと頷き、部屋から出た。
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広場には先程より人が増えていた、戦利品の分配は一段落し、みんな瓦礫を片付けている、まずはレティシアを探そう。
「お前は! 昨日の黒毛のシープ族」
ウロウロしていたボクを呼び止めたのは、リベリオ分隊長だ。
集められた騎士に混じって、同じく後ろ手に縛り上げられている。
リベリオ分隊長も疲れ切った様子だった、それに、レティシアに受けたダメージで体も思うように動かないようだ。
「なぜだ、昨日あれだけの重傷を負わせたのに、なぜ動ける」
「あ、昨日の騎士さん、こんにちはー」
「なぜ動けると聞いている!」
こんな姿になってまで高圧的な態度を崩さない、見上げた根性だ。
「実は、この薬があるので、昨日のうちに体は元通り治っていたんです」
ボクはそう言って、ポケットから瞬間強力回復軟膏を取り出して見せてあげた。
「その羊の文様は! 勇者が持つ薬と同じ効力が有るという噂の! ……北の辺境で出回っているというのは本当だったのか」
リベリオ分隊長は、この薬の事を噂程度にしか知らないみたいだ、ということは、騎士団がルコ村を襲撃した理由はボクの薬のせいじゃないのだろう。
以前ミルクが、この薬と競合するヒーラーの大元である教会から、目をつけられるかもしれないと言っていたけど、今回は当てはまらない。
ならば思いつくのは、アルッティの館をルコ村の連中が襲撃した事への報復か。
「キサマ、なぜ伝説の薬をそんなに持ち歩いている」
「だってボクのだもん、村のみんなにも使ってもらおうと思って、たくさん持ってきたんだ」
「なんだと? ではこの村の連中が今日になって傷一つ無いのは、お前の仕業だというのか?」
リベリオ分隊長は、悔しそうに縛られた身を乗り出す。
「なんてことだ、上手く戦士ミルクを遠ざけたと思ったが、こんなイレギュラーが存在していたとは」
どうやら、偽の依頼書を使ってミルクを遠ざけたのも騎士団の計略らしい、そんな事が可能なのだろうか?
英雄であるミルクへの指名は、相当位の高い人からの依頼なはずだ、その書簡をミルクにバレないクオリティで偽造するなんて。
そもそも、これだけの騎士団を動かすにも大きな力が必要だと思う、ますますボクが首を突っ込める案件ではない。
「それに、この村はバケモノだらけだ、これは捨て置けん」
バケモノだらけなのもボクのせいだと知られたら厄介だ、黙っとこう。
「辺境だからと許されることではない、お前達獣人は人間と肩を並べてはならんのだ、我らユナリア様の……」
なんか始まった、ちょっとキモいので立ち去ることにする。
「ま、待て!」
「はい?」
「その、その薬はまだあるのか?」
「いっぱい使っちゃったから、今は手持ちのこれだけです」
獣人は嫌いなんでしょうに、ほっといて欲しい。
さてと、さっさとレティシアおねーちゃんでも探して、片付け作業のお手伝いをしなくては、そう思ってボクは踵を返した。
「ふむ~~、ふんーー」
すると、後ろからリベリオ分隊長のうめき声が聞こえてきた、今度は何だろうと再度振り返ってみる。
リベリオ分隊長は、縛られた体で地面に這いつくばり、一生懸命首を伸ばしていた、その先にあったのはボクの瞬間強力回復軟膏だ。
踵を返した時にポケットから落としてしまったようだ、多分、偶然に。
リベリオ分隊長は倒れ込んでまで、落とし物を拾ってくれようとしていたんだ。
これは悪いことをした、レティシアにボコボコにされて満足に体が動かないのに、無理をさせてはかわいそうだ。
ボクは瞬間強力回復軟膏を拾い上げる。
「拾ってくれようとしたんですね? ありがとうございます」
「あ……あ……」
薬をポッケに仕舞い、丁寧にお礼を言って、その場を後にした。
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瓦礫の片付けを手伝おうとしたのだが、すでに殆ど片付けられていて、今は木っ端を皆んなで寄せ集めているところだ。
レティシアの姿が見えないので近くの山賊に訪ねてみると、レティシアは凄まじい速度で瓦礫を片付けた後、村外れの別の現場へ移動したらしい。
ボクも行ってみることにした。
そこは開拓も進んでいない森だった、すぐ崖となっていて見晴らしは良いが、こっち方面は宅地にも畑にも出来ない行き止まりだ。
森のほとりに十数人の村人が集まっていて、その中にレティシアの姿も見える。
「おねえちゃん、何してるの?」
「うん、騎士さんのお墓つくってたの」
建造物を破壊し、地面を大きく抉るレティシアの戦技を受けて、無事でいられる人間など居ない、広場で集められている騎士達は命があるだけでも運が良い。
しかし、それ以外の騎士は、はやりこういう結果になる。
今まで何度も死にそうになったボクだが、実際の人死に触れたのは初めてだ。
すでに騎士は土の下みたいだ、レティシアの前には小さな塚が作られており、“きしさんのおはか”と書かれた板切れが刺さっていた。
この状況を作り出したのは騎士団だが、この結果に至らしめたのはレティシアだ、そのレティシアも村人達も、死亡した騎士の事は気にしていないみたいだ。
命が軽い。
街のカフェでお菓子を食べながら、休日の過ごし方は日本とあまり変わらないと思っていても、一歩外へ出るとこんな惨状が普通に起きる世界なんだ。