48 戦いのあとで01
「しゅっ、しゅっ」
へっぴり腰でシャドーを打っているレティシアは、見るからに戦闘は素人だ。
リメノ村一番の戦士であるアストラに鍛えられたと言っても、数ヶ月ではこの程度なのかもしれない。
ボクのように、大人の理解力と魔王の身体能力があって、なかばインチキで修行を収めたのと違い、レティシアは普通の女の子なのだ。
それでも戦技を身につけた事は称賛に値すると思う、まあ、その戦技を含めて、まだまだ白帯さんなのだろうけど。
そのまだまだのレティシアでさえ、ボクのバフを受けると、強靭に鍛え上げられた騎士団ですら手も足も出ないほどの怪物になる。
レティシアの強さは、超人が存在するこの異世界からしても異常だった。
戦闘とまったく縁の無さそうな十二歳の少女は、この中では一番バフの影響が強く現れている、人によりバフ効果にムラがあるのも今回はじめて気付いた。
トーマスはスピードに偏ったパワーアップを果たした、長所がさらに強化されたのだろうか?
それにしたって、レティシアの強化幅はトーマスと比べても異常だし、逆に村の山賊の強化幅は少なかった。
初めて顔を合わせるような山賊は、すでにバフ効果が切れているし、村の中に居た顔すら見たことのない山賊は、初めからバフが乗っていなかった。
これはもう、バフの発動条件はボクの気分次第という事だろう、ただし、それは深層心理のようなもので、ボクにもコントロールできない。
今までは、同じPTに入るとパッシブスキルが発動するという先入観があった、その思い込みから、嫌いなフェリクスにもバフ効果が乗ったのかもしれない。
今回、トーマスはSS級クラスのアーサーを倒した、レティシアに至ってはミルクより強い、最も、今のミルクもバフでさらにとんでもないのだろうけど。
不思議だ、いくらバフ能力が付与されているとはいえ、強化されすぎている、ひょっとして、ボクの魔王レベルが上がったのだろうか。
そうも思ったけど、残念ながらそれは無かった。
一つでも魔王レベルが上がれば、大木を手刀で切り倒す事くらい簡単なはずだ、しかし、ボクの身体能力は、依然成人男性に毛の生えた程度だった。
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まだ動ける村の戦士達は、ボクがヴァーリーから沢山持ってきた瞬間強力回復軟膏を手に、傷ついた村人達を助けに行った。
ルコ村の全部を少ない人数で廻るのは大変だ、もうすぐ日も暮れる、ボクも動けるようになったら、みんなに合流しようと考えていた。
そんな時、突然村の入口方面から大きな声が聞こえてきた。
「今すぐ戦闘行為を止めろーーっ、それ以上戦うことは許さん! これ以上村人を傷つけることは私が許さんッ!」
村全体に響き渡るようなミルクの声だ、それと共に、馬の蹄の駆ける音が近づいてくる。
すでに戦闘が終わっている事をミルクは知らない、先と同じセリフを何度か叫びながら、ミルクは単騎で役場前へ現れた。
「どう、どう」
「ブルゥ……ブルルゥ」
あの疲れ知らずのミルクの馬が息を切らしている、一度にどのくらいの距離を来たのだろうか。
依頼された仕事は済んだのか? とにかく、何処かで騎士団がルコ村を襲撃する事を聞きつけ、全力で戻って来たようだ。
「ドロテオ! スマンどうなった、皆は無事なのか?」
「あ、ああ、村は大丈夫だ、今傷ついた村人を介抱しているところだ」
「襲撃を乗り切ったのか?」
「ああ、ユーノのお陰でな」
「優乃がこの村に居るのか!?」
馬上からキョロキョロと辺りを見渡しているミルクと目が合った、するとミルクは馬を飛び降り、横になっているボクへと走り寄り、頭を抱え上げ抱き寄せた。
そして、まだ真っ裸でいるボクの体を、まじまじと見つめる。
「怪我をしているじゃないか!」
「うん、でももう大丈夫だよ、あの薬も沢山あるから」
「そうか、良かった。それにしても、もう間に合わんと思ったが、そうか、優乃が居てくれたか」
ミルクは珍しく取り乱していたが、ルコ村の壊滅という最悪は免れた事を知って、大きく安堵のため息をもらした。
落ち着きを取り戻したミルクは、顔を上げ、村の様子を見渡す。
「しかし、なんという有様だ、ここまで村が破壊されるとは」
……先生、それはレティシアさんがやりました。
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騎士の大半は土に埋まっている、ミルクはその騎士の手を取り、引っこ抜いた、騎士はわずかにうめき声を上げている、他にも生きている者も多そうだ。
しかし、このまま一夜放置すると死んでしまう騎士も居るだろう、逆に息を吹き返して悪さをする者も出てくる、放っておくわけにはいかない。
一夜過ぎて死者が増えるのは村人も同じだ、村を守るという意味で騎士も放置できない、なので動ける者をふた手に分ける事にした。
「私達は騎士を一箇所に集める、残りの者は傷ついた村の衆を見て回ってくれ」
何とか動けるようになったボクも、お手伝いするために立ち上がる。
「優乃、怪我が治ったばかりで悪いが、村人を見てきてくれ、出来るか?」
「うん」
ボクは村を見回り、ケガをしている村人に瞬間強力回復軟膏を塗って歩く役だ、レティシアも同じく見回り組だが、人員が少ないのでそれぞれ手分けする。
ミルクが地面に植わっている騎士の回収を始めたので、ボクも村の中へ向かう。
役場前は更地となり、クレーターすら出来ている始末だが、村の中の建物は思ったほど被害は少ない、騎士団に火を掛けられる前でよかった。
裏通りの家など、見逃しが無いように、慎重に一軒一軒見て回った。
そして村の外れまで来た、初めてこの村に連れてこられた時、アビーさんに案内された畑だ、あの時はまだ開拓中だった畑も、今は耕され畝が出来ている。
すると、何軒かある家の一つから、女の人のすすり泣く声が聞こえてきた。
その声を頼りに近づく。
「ごめんくだ……さい」
やや立て付けの悪い引き戸を開けると、見覚えのあるうさぎ耳の女の人が居た。
ボクと同じく、アルッティの館で奴隷として囚われていた先輩奴隷の一人だ、確か彼女は、このルコ村で農業をして生きる事を選んでいたはずだ。
泣いている彼女の傍らには、犬耳のおじさんが血溜まりの中で横たわっていた。
犬耳おじさんは手足に幾つも傷を作っていたが、特に背中の傷は酷く、バックリと袈裟斬りに切りつけられている。
うさ耳先輩は、その犬耳おじさんにすがるように静かに泣いていた。
急いで駆け寄る、犬耳おじさんは瀕死だったが、まだ僅かに息がある、すぐに瞬間強力回復軟膏を手に取り、背中の傷に塗りたくった。
治療している間、うさ耳先輩に何があったのか状況を尋ねた、うさ耳先輩は泣いていたが、消え入りそうな声で答えてくれた。
この家に騎士が踏み込んで来た時、犬耳おじさんが身を挺して守ってくれたらしい、だが騎士の力は圧倒的で、犬耳おじさんは切り伏せられてしまった。
あわや、うさ耳先輩にもその凶刃が差し迫った時、役場の方角から笛の音が聞こえ、その瞬間、騎士はすぐさま家から飛び出して行ったという。
犬耳おじさんが稼いだ時間は僅かだったが、そのおかげでうさ耳先輩は傷一つ負わずに助かったようだ。
そんな状況を聞いている間にも、瞬間強力回復軟膏の効果は現れ始めた、犬耳おじさんの傷は徐々に塞がり、たちまちのうちに回復してゆく。
血液が沢山出てしまったので、完全な回復には少し時間が掛かると思う、でも、もう心配ない。
それを見たうさ耳先輩は、ホッとした表情を見せ、さらに涙を流していた。
犬耳おじさんは、うさ耳先輩がお世話になっている農家の人だろう、まるで我が娘のように、とても良くしてもらっているらしい。
この村へ連れてこられるまで、世界すべてに絶望し、死んだ目をしていたうさ耳先輩が、こんなに感情を現せるまで心が回復している。
うさ耳先輩はいい人に巡り合わせてもらったようだ。
もう大丈夫だからと、ボクは腰を上げる、ありがとうと、いつまでも見送るうさ耳先輩を後にして、再び各家々をまわった。
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役場前まで戻った時には、もう随分と辺りは暗くなっていた、時刻はまだ十七時だが、山岳地帯のルコ村にはいち早く夜が訪れる。
ボクの向かったルートに死者は居なかったが、見回りから戻った人の報告を聞いていると、何名か命を落とした村人も居るようだ。
ミルクの方も、騎士達の発掘はすでに終わっていて、騎士は役場前広場の一箇所に集められ、縄で縛り上げられていた。
「お前達、西の都の私設部隊だな?」
「ち、違う、我らは人民と秩序を守るため、有志により立ち上がった戦士!」
ミルクの問にベネディクト隊長は気丈に振る舞う、戦闘中、騎士団に守られていたベネディクト隊長は軽傷で済んでいた。
「まあよい、これからゆっくり話を聞こうか」
ミルクはそう言い、近くの山賊に「連れて行け」と合図を送る。
ベネディクト隊長は役場の方へ連行されていった。
「優乃、大変だったな、怖かったろう」
「うん……」
正直、何度も死を覚悟した、強がることも出来ないほど怖かった。
そんなボクを、ミルクは優しく抱きしめる。
「後は私に任せろ、今日はもう休め、レティシアも私の家を使っていると聞いた、二人で帰るんだ」
「うん、わかった」
多分、これからベネディクト隊長は、ミルク達に尋問を受ける。
子供のボク達は一足先に帰るように言われたが、もし残って尋問に参加すれば、今回の事件の真相に深く関わる事になるかもしれない。
いうなれば異世界生活のターニングポイントだ、この場に残れば、また違った展開に巻き込まれると思う。
この事件の原因を突き止め障害を排除する、皆の先頭に立って俺TUEEEして、王様の目に止まって、なんやかんやあってその王様を蹴散らし、この国を支配する。
……のだろう、転移者ならば。
しかし、ボクには無理だ、俺TUEEEなんて出来ないし、何よりそんな事をする気はない、NAISEIルートはヒキコモリメンタル的にも遠慮したい。
大人の事は大人に任せておこう、無双できる能力も知識もなく、スローライフすら困難であろうボクは、おとなしく日々を過ごすだけだ。
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夜の闇は刻々と深くなる、迫る山が真っ黒だ、星々が異様に輝く空の下を、レティシアに連れられミルクの家へ向かう。
「ねえ、おねえちゃん、どうしてこの村に居たの?」
レティシアが居てくれて助かったのは事実だけど、最初は肝を冷やした。
「うん、お父さんとの修行は一応の目処が付いたから、仕上げとしてこの村に来ていたの、ユーノちゃんもこの村で修行して立派に冒険者になったから」
修行の最後の仕上げとして、山賊の村を選んだようだ、一週間ほど前からルコ村に滞在しているという。
「それよりユーノちゃん、村をめちゃくちゃにしちゃうほどお姉ちゃんが強くなったのは、ユーノちゃんの力だって、ドロテオさんが言うの」
「そうだね、その事も少しずつ話すよ」
「うん」
突然に色々な事が起きて、レティシアも混乱していると思う、順を追って説明する必要がある。
ただ、転移者の事は言えない、余計に混乱させてしまうし、まだ慎重にするべきだと思う、何か勘付いているミルクにも、そうそう言い出せないボクの秘密だ。
そうこうしているうちに、すぐにミルクの家に着いた、懐かしい。
さっそく玄関扉の閂を外して、家の中に入る。
「これは……」
家の外観に異常は無かった、でも、家の中は荒らされていた。
騎士団に家探しされたのだろう、家具の引き出しは外され床に積み重なっている、衣服もあちこちに散乱していた。
生活に必要なもの以外、何も無いはずのミルクの家を、よくもここまで散らかしたものだ。
「ごめんね散らかってて、ユーノちゃんが来ると知ってたら片付けたんだけど」
レティシアはそう言うと落ち込んだ表情を見せた。
「おねえちゃんのせいじゃ無いよ! あの騎士の人達がいけないんだ」
「え?」
「ん?」
なぜかレティシアは、「えっと……」と伏し目になり、自分のくるくる角をいじいじ触りながら、体をもじもじさせている。
何はともあれ、この家に貴重品は無いはずだ、大事はないと思う、すぐに片付けてしまおう。
ランプの明かりを頼りに部屋の片付けを済ませ、今度は夕飯の支度をする。
食材は確認するまでもなく、イノシシの枝肉がまるまるキッチンに吊るしてあった、聞けば、外にも幾つもあり、すべてレティシアが仕留めたものだという。
この村でレティシアに修行をつけていたのはドロテオらしい、しかし、ドロテオは斧使いで、レティシアは拳闘術を使う。
ルコ村に拳技を使う者が居ないので面倒を見ていたようだが、どうやらドロテオも発破を掛けていただけで、何かを教えていたワケではないようだ。
なので、主な修行として、山のイノシシを殴り倒していたという。
鹿や兎などは人が近づけば逃げてしまう、しかし、イノシシなら逆に向かってくる、だからイノシシを探してはボコしていた、その成果がこの肉群だ。
「見てみて、これを使って殺るの」
指にはめて見せてくれたのは、お父さんに貰ったという鋼鉄製のメリケンサックだ、これでイノシシを殴り殺している画は、想像するとなかなかにエグい。
白帯だと思っていたのは訂正させてもらおう、アストラの修業を終えたレティシアは、バフが無くとも新米冒険者としてまあまあの力はありそうだ。
今日の夕食は、自動的に猪肉料理になった、肉はとても柔らかくこなれていて美味しい、レティシアが言うには、丁度よい殴り心地なんだとか。
……そうなんだ、よかった。
食事も済んだので、さっき脱いでおいた血で汚れているパーカーをよく洗って、早めに休むことにした。
ボクの体は瞬間強力回復軟膏のおかげで元通りになり、傷跡すら全く無いけど、今日は精神的に大分まいってしまった。
沸かしたお湯で体を拭き、ぱんつを履き替えてベッドへ向かう、ベッドの上では、すでに体を清めたレティシアが、下着姿で毛布にくるまっていた。
いつも通り、その隣へお邪魔しようと毛布を持ち上げる。
「ユーノちゃんはそっちで寝て」
「へっ?」
そっちって、床になりますけど?
今まで当たり前のように一緒に寝ていたのに、今日はダメみたいだ。
「おねえちゃん、どうして?」
「どうしても! 今日はダメなの」
冒険者として野営に慣れた今なら、床だろうと外だろうと寝るのには構わないけど、なにか釈然としない、問題は無いだろうに。
「だって、今日のお姉ちゃん、水浴びしてないんだもん」
え、そんな理由?
確かに、今日のレティシアは大暴れして汗をかいたかもしれない、しかし、今までお風呂無しでも一緒に寝ていたのに、今更何を気にする事があるのだろうか。
だけどレティシアの意思は堅かった、前みたいに、危機的状況が続いていた時と今は違う、日中は大変な事が起きたけど、今夜は問題なく眠れるのだ。
余裕が出来たことで、今まで気にしていなかった小さな事も気になるみたいだった、レティシアはちょっとでも汗の匂いを嗅がれるとイヤみたいだ。
お湯で体を拭いたくらいじゃ納得出来ないらしい、べつに臭うと思ったことなんて無いのに、実際無臭だし。
「ゴメンねユーノちゃん」
レティシアは頭まで被った毛布から目を覗かせて謝る。
仕方ない、ボクは床で毛布に包まり眠ることにした、まったく、乙女というのはよく分からないな。
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翌朝、目覚めると何やら柔らかいものに包まれていた。
最早よく知る感触だ、いつの間に戻ってきたのか、ミルクがボクと一緒の毛布に包まっていた、ミルクはすでに起きていて、ボクの頭をやさしくなでている。
それにしても、日々冒険の中で緊張した夜を過ごしてきたボクに気取られず、同じ毛布に入ってくるなんて、相変わらずミルクはすごい。
「うう……ん」
レティシアも目が覚めたみたいだ、ベッドの上で、もそりと上体を起こした。
「おはよう、レティシア、優乃」
「おはよー」
「あ、ミルクさん戻ったんですね、おはようござ……あーっ!」
朝の挨拶を交わしていると、レティシアがこっちを指差して大声を上げた。
「ミルクさんっ、胸っ、胸出てますっ」
「うん? ああ」
またもやミルクはトップレスだった、目の前にたわわにあるのでボクは分かっていたけど。
いつもながらに惚れ惚れする美乳だ、それにこの弾力と柔らかさ、こうやって顔をうずめると良く分かる、ボクのモチモチほっぺとの相性は抜群だ。
「イヤーっ、ユーノちゃん何してるのーっ」
朝っぱらから忙しいなレティシアは。
レティシアだって、朝になればボクに抱きついてたりするのに、自分の寝相の悪さに自覚がないのだろうか。
その後、レティシアはなぜか不機嫌になってしまった。
「わたしがイケナイのね、ユーノちゃんを床で寝かせたから罰が当たったんだわ」
「レティシアおねえちゃん、ごはん出来たよ?」
意味不明な反省をしていたレティシアだったが、ボクの作った朝ごはんを食べ終わった頃には、すっかり機嫌も直してくれた。